>>580 以下の様に推測します。
研究者としての山口人生氏は、あの年齢に達するまでに無価値な論文2本しか出版していない事実などを鑑みるに、
終わっているというよりもむしろ、終始始まりもしなかった、というのが一般的な定説と思われる。
強いて言えば、人工知能学会等でのトンデモぶりが専門家の間に知れ渡った時点で「終わった」と言えるであろうが、
それとてもう随分過去の話であり、此度のP=NP騒動は「駄目押し」というよりも「またか」というのが、
衆目の一致した見解であろう。
さて、問題となっている
>>575の
>ヤマジンは「終わった」な(w
という書き込みであるが、研究者としてとっくの昔に終わっている、否始まってさえもいない山口氏であるにも関わらず、
なぜ「今頃になって」なされたのであろうか?
ここからは推測であるが、我々一般人にとっては滑稽でしかない山口氏のパフォーマンスに対して、
「もしや奴は我をも越える天才ではあるまいか?」と恐れを抱き戦慄していた者が居るのでは無かろうか?
その者が、此度の神奈川大懲戒解雇、P=NP論文の立て続けのreject等、世に受け入れられない山口氏を見て、
「やはり我を越える者は無し」という一応の安堵とともに発せられた罵声が、
>>575の正体では無かろうか?
そう、我々はその様な人物を一人知っている。
fj.sci.mathや2ch等で論理改革・四色問題解決・確率論改革等を掲げ、21世紀数学を牽引しようともがく「あの御方」である。