実数の公理 と 本来の実数という存在 について。

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1132人目の素数さん
ずれてる
2132人目の素数さん:03/06/02 05:17
------------------------------終了-------------------------------
3mathmania ◆uvIGneQQBs :03/06/02 16:11
1は本来の実数とは、何らかの関数の零点として表されるものだとでも言い出すのかな?

実数の公理(他にもある。)
体の中に、0<1,a<=bに対してa+c<=b+cが成り立つ順序が入っていて、
上限定理が成り立つ空間。
4132人目の素数さん:03/06/02 17:03
------------------------------終了-------------------------------
5132人目の素数さん:03/06/02 17:28
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 |::::::|  三  |  三  |  < うるせー馬鹿!
  l:::::|    ___|__)  /    \
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6132人目の素数さん:03/06/02 17:28
------------------------------終了-------------------------------
------------------------------終了-------------------------------
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7132人目の素数さん:03/06/02 20:18
まったくずれてないと思うが。
どうずれてるというのだね?
8132人目の素数さん:03/06/02 21:04
とにかくきちんと形式化されたってのが気に食わないんだろ.
感覚的であいまいな話に終始していたいんだよ.
そのほうがカッコつけられるし.


ね?クズ哲のみなさん
9132人目の素数さん:03/06/03 00:14
とりあえずだな。スコーレムの定理を理解して来い。
10132人目の素数さん:03/06/03 02:56
>>8でほとんど正しいが、
実際に数学者は、実数の公理が正しいといいつつ、
問題を考える時には直観的な実数の概念を使って問題を解いている。
で、あなたは今直観的な実数の概念を使ってその問題を解きましたね?
と突っ込むと、いやいや、このように実数の公理から結果を導きました。
といってお決まりの「証明」を黒板一杯に書きなぐる。
それはそれで正しいからそれ自体には文句のつけようがないのだが、
しかし、よく考えてみれば、
なぜそういう問題に取り組めたのか、なぜそういう問題が問題として存在しえたのか、
そもそもなぜ実数というものが定義できたのか、
という疑問が、裏でないがしろにされている事実に気付く。

そもそも数学がマセマティカ=学ぶべきもの、といわれるのは、
それが人間の直観(の性質)についての学問だからであり、
直観を離れた公理の羅列は空虚であって、それ自体だけでは数学たりえない。
ユークリッドに金貨を投げつけられた学生は、その公理群に
自分の直観との類似を見つけることができなかったが、
現代においては、そのような、実数の公理と直観的な実数の関係
を適切に捉えられない学生がほとんどではないだろうか?
ほとんどの生徒は、それらの公理群に何か異質な窮屈さを感じているように思う。

しかし、数学者の顔を見ていれば分かる。彼らは自身の直観と
照らし合わせて、公理や証明の正しさを確かめている。
しかし、彼らはそういうことを自覚しないで、単にこの公理が正しいとしか言わない。
ほんとうは、直観があるおかげで物が言えてるのに、そういうのは全部秘密で、・・・
こういう状態は健全じゃないし、こういう風だからいつまでたっても数学が
マイナーで、偉大な定理が証明されてもほとんどの人間に理解されず、
そもそもガウスがいまだに、人間の名ではなく磁気の単位だと思われ、
アルキメデスとアリストテレスがどっちがどっちだか分からなくなったりする奴が絶えず、
もうほんとありえねぇよ。今の数学は。
11132人目の素数さん:03/06/03 03:03
http://bbs.enjoykorea.naver.co.jp/jphoto/read.php?id=enjoyjapan_13&nid=12395&work=list&st=&sw=&cp=1

さすがにやりすぎだな。人間としての感性を疑う。
マスコミは報道しないし、無垢で善良な日本人はこういうことを知らされないで生きてるけど、
お隣の国のヒトは、平気でこういうことします。
>>10
> しかし、彼らはそういうことを自覚しないで、単にこの公理が正しいとしか言わない。
> ほんとうは、直観があるおかげで物が言えてるのに、そういうのは全部秘密で、・・・

そんなことはみんな自覚しているし我々の感覚に合う公理を選んでいるのだと思うが?
それで何も不都合はないし、とがめられる筋合いもない。
>>10=クズ哲。
自分が理解できないからといって、ケチをつけまくる。だらだらと文句を言ってるだけのくせに、なんかすごいことを言った気になる。
クズ哲は脳味噌がずさん。
今井並み。
14_:03/06/03 04:06
>現代においては、そのような、実数の公理と直観的な実数の関係
を適切に捉えられない学生がほとんどではないだろうか?

それは学生の習熟度の問題であって現代数学の責任ではないのだが、
それ以前に「適切に捉えられない学生がほとんど」とは何だ??
いくらなんでも、その段階で挫折している学生はやばいだろ。
実数の公理はデデキント切断にせよコーシー列にせよ、
「直観的な実数」とストレートに結びついたものだと思うが。
そんな学生は位相とかコホモロジーとかやり出すとどうするのだろう。
(実数の公理などとは比較にならないほど抽象的な公理や概念がうようよ。。)
10はみんなが同じように実数を見ていると考えているわけで
それはちょっとトンデモな発想だな。
対象を同じように語ることが出来ても同じように見ているとは限らないし、
そもそも感じるというのは個別な事象であって比べることは出来ない。
まあ感じ方の違いを認め合うことは出来るが、全く同じであることは示しえない。
それと例えば松本幸夫氏の書く教科書が好きな人と嫌いな人がいて
その手の好みは数学屋が個々に持つ哲学を反映していると思う。
17132人目の素数さん:03/06/03 07:18
選択公理が使われるようになってから、確実に「有る」と言える実数の範囲と、
多くの数学者が「見える」と感じている、実数の公理で規定されているはずの
実数の集合Rとは、かけ離れてしまったのだそうだ。
(確実に有ると言えるのはチューリングの計算可能な実数?)

その結果、我々は、本来「無い」ものまで「有る」として語ることになった
のだそうだ。(非可測集合、非可測関数とやらがそうなんだって。)
18_:03/06/03 07:19
19132人目の素数さん:03/06/03 07:36
http://homepage3.nifty.com/coco-nut/
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
http://www.k-514.com/
> 直観的な実数の概念

何それ? 具体的にどういうものですか?
最終的にちゃんと証明してるなら問題ないと思うけど。

> なぜそういう問題に取り組めたのか、なぜそういう問題が問題として存在しえたのか、
> そもそもなぜ実数というものが定義できたのか、
> という疑問が、裏でないがしろにされている事実に気付く。

そのへんは、直観があったからできたことだ、と言いたいの?
それはそうだと思いますし、実際直観は数学の発展の中で重要な働きをしてるでしょう。
しかし、直観が入ってはいけないとこには入ってないし、
そうであれば、ほかの部分で直観が入ってても問題ないと思いますが。

> 彼らは自身の直観と照らし合わせて、公理や証明の正しさを確かめている。

この前後の文からも、
「公理が正しいっていうのは、公理系が無矛盾である」
って認識を持って無さそうな感じがするんですが。

実際のところは、公理系が正しいことは証明できないわけで、
正しさを確かめることはできず、間違いが出てこない限りよいか、って感じです。
別にそこに直観が入ってきてるわけではないです。
大体、多くの場合、直観が働いたりするようなレベルでもないし。

証明の正しさも同じような感じです。
ただ、こっちのほうは、正しいかどうか精査できるし、実際されます。
21132人目の素数さん:03/06/03 09:06
「完備な順序体は基本的には一つしか存在しない、つまり、完備な順序体を2つ持ってくると、代数構造・位相構造・順序を保存する1対1対応が存在する。」
を証明するのに、レポート用紙10枚近くかかったが、もっと簡単に出来るのだろうか?
>>21
証明の長さと内容の簡明さはあまり関係ない気がする。
長くてエレガントな証明もある。
>>17
ポイントがよく分からん。
物理的な測定にかかる測度はどのように特徴づけられるかという話か?
例えばSBRの一般性を主張する方法を考えよといった設定なら挑戦的ではある。
2410を書いてしまった人間:03/06/07 04:36
>>17
指摘さんくす。
ちょっと勉強してみる。

>>23
は、1を語ってるつもりなのか?選択公理と物理はなんも関係ないよね?(w
う〜ん・・・なんかちがう・・・
>>24
1を語っても騙ってもないつもりだが、>>17にいいたかったのは
「確実に「有る」といえる」って何じゃらほいってこと。
ちなみに選択公理の弱い版としては denumerable AC がよく知られてるかと。
例えば、Banach-Tarski paradox は奇妙に思える結果だが、
奇妙に思えるかどうかの判断基準は数学にあるのかというのが
問題なんじゃないかな。決定性公理とZFで作る実数の理論を
奇妙でないと定義するのが妥当かどうかといった吟味の方法が
考えられるが、奇妙さを素朴に語る方法を数学は持ってない
んじゃないかと思う。

ユークリッドの原論は一つの素朴な立場だけど、素朴過ぎて
無限濃度さえも扱えない(ガリレオのパラドックス)。
28132人目の素数さん:03/06/07 10:05
選択公理は気持ち悪いな。出来るなら使いたくない。可算選択ぐらいは、仕方ないが。
29132人目の素数さん:03/06/07 10:33
コンパクト空間の無限直積がコンパクトなんて気持ち悪いよな。。。
30_:03/06/07 10:34
可算選択なら、いいのか。
コンパクト空間の可算無限直積がコンパクトでも、気持ち悪いのか。
32132人目の素数さん:03/06/07 16:39
>>31

コンパクト空間の可算無限直積がコンパクトであることって、可算選択で証明できるのかな?
>>27
そもそも奇妙なのは「測度」だという考え方もある。

足し合わせ方で0としたりある量を持つとしたりするのは
御都合主義だという批判を完全に論駁することはできないだろう。

34132人目の素数さん:03/06/07 20:02
「直観的な実数の概念」を「モデル化」しただけの話じゃないのか?
>>33
馬鹿の批判なんか論駁出来るわけないじゃん。相手は論理のわからない馬鹿なんだから。
論理体系が無矛盾であることと、公理で述べることの尤もらしさは関係がない。
上にあるバナッハ-タルスキのパラドックスは論理的にはパラドックスではない。
可算選択公理を充足しつつ選択公理を否定する
決定性公理に抵触してたら奇妙というのは
まあ分からなくもないけどじゃあこういうのは
奇妙な結果と思うの ? ttp://www.brics.dk/RS/94/24/
>>32
出来ないでしょうな。
ZFではACとTychonoffの定理(TT)は同値でZF+ACはZF+可算ACより真に強いことが
知られているわけだから。もっともZF以外の枠組なら話は違ってくる。
P.T. Johnstone, Fund. Math. 113, pp21-35 (1981)
"Tychonoff's theorem without the axiom of choice".

>>31
ACがTTより直観に反するというと私はそう思わない。正直どちらも直観には
訴えてこないからBTみたいな形にしてもらわないと分からない。
可算ACとADのどっちが分かりやすいかといわれると、可算ACの方が使いやすい
ように見えるがADの方がなんとなく気持ちは分かる気もする。
素朴に考えれば確率零の事象は現実的には起こらない。
一方で、これまで人間が表記してきた実数は有限個である。
ルベーグ測度では有限集合は零集合である。
では人間が表記する数に関する測度はどのようなものか。
40132人目の素数さん:03/06/24 03:20
もっと素朴に
だいたい上のような議論の出てくる以前の数学者の立場はいったいどうなるのか・・・
無限の対象を扱うならばユークリッドでは素朴過ぎるので矛盾が生じる
>>27 で指摘されてるわけだが
43132人目の素数さん:03/06/24 03:58
「この理論なら実数をちゃんと扱える、
「この理論だとこういう部分で実数がちゃんと扱えない、

とかいう議論の前提には明らかに本来的な実数の存在が仮定されてるように見えます。
(実数が扱えるか扱えないかという議論なのに、実数が存在するか、ということは全く問題にならない
のは、そういう理論で規定される以前の、より高い(or低い)存在としての実数を誰もが認めてる
からにほかならないわけです。(「実数がそもそも無いんじゃないか?」という主張など誰も相手にしない)
しかし誰もそういうものをわざわざあると主張しようとしない風潮がある。

ものを述べる時のマナーとして公理的な表現をするのは当然としても、
本質的な存在としては、自分は自分の頭の中に確かに存在しているこの実数のイメージをしか実数とは呼びたくない。
そしてこの実数のイメージはどこかから突然やってきたり、突然なくなったりするものではないと主張します。
そういう意味で、スレタイでもある「本来の実数という存在」は人間が根源的に持っている直観的なイメージであり、
実数の公理はそれを(より正確に)表現するための道具でしかないと結論します。(勝手に

そして前のレスの繰り返しですが、そういう表現のための道具でしかないはずの公理を持ってきて、
あたかもそれが実数そのものであるかのような教え方を大学初年級の生徒にするせいで、
多くの(学問を)やる気のある生徒に「自分は実数とかよく分からない」と思い込ませてしまって
若い芽を摘み取っている現状がある。・・・

(この辺でいったん止めとく・・・
>>44
実数体の一意性という命題が考えられた動機を無視するのはなぜですか?
>>45 どういう動機なの?
いや、煽ってるんじゃなくて無知なだけだから。念のため。
>>44
で、具体的にどうしろと言うの?
実数の公理を教えるときに、
「これらの公理は実数を厳密に表現するための道具でしかないです」
というような断りを入れろと?
実数の公理を教えないのだったら、それこそやる気のある生徒に悪いよね。

>>45
44も、
「「自分は実数とかよく分からない」と思い込んでしまったやる気のある生徒」
の一人だったので一意性云々はよくわからないのじゃないかと勝手に予想。
>>46
まあ最初に証明した人の気持ちは私も知りませんが
実数に限らず、公理系が与える対象の一意性を数学でわざわざ示すのは、
本質的に「同じ」対象を扱っていることを確信したいからだと思いますよ。
ざっと探したところでは、例えば
ttp://www.math.vanderbilt.edu/~schectex/courses/thereals/
はその点を特に強調してあります。

要するに対象の同一性を保証するのに現状の公理よりも良い方法が
知られていないからやむを得ず使っているといっても過言ではないでしょう。
その点に言及しないので >>44 は動機を無視しているように見えます。
極めて真剣に議論しようと思ってマジレスすると
>>10 とか >>44 は急に黙るのはなんでなんですかね。
5046:03/06/26 02:11
>>48 納得しますた。ありがとうございます。
51132人目の素数さん:03/06/29 04:33
age
52132人目の素数さん:03/06/29 06:40
実数とは……-3,-2,-1,0,1,2,3、……だと思うのですよ。だから公理なんて
いらないんじゃないかと。
53mathmania ◆uvIGneQQBs :03/06/29 06:42
◆ViEu890kng
実数とは、有理数全体の集合のデデキントカットだ。
1はヨウロピウムせんじて飲め
>>52
……-3,-2,-1,0,1,2,3、……とは何ですか。
もし公理がいらないとすれば証明とは何ですか。
56132人目の素数さん:03/06/30 15:18
>>52
実数とは整数だったのですか?

>>55
つっこむところが違いませんか?
57内田栄治 ◆0KFWZfjnEk :03/06/30 16:08
>>56
極めて的確な指摘だと思うが・・・・・。
>>56
……-3,-2,-1,0,1,2,3、……を整数と断ずるのは、
逆説と見れば面白い問いかけですが、この文脈では早計ではないですかね。

数学において、ある対象が何かということを述べる際には、
ひと揃いの命題を提示してそれらを満たすものであるという形しかとれません。
>>52は、このことに気付かない限り公理という方法が必要なことを
理解できないとは思いませんか。

またそうしなければ、どのような公理や論理体系が我々に容認できない実数を
与えるのかという次の議論に進むことができないのではないのでしょうか。
少なくとも私はそのような次の段階の議論を望むのですが。
なんか変なのが来たな。
>>52
勝手に思われてもなぁ
思うだけじゃ数学にならんのですよ
問題に不等号が出てきたら、例えばx<yが出てきたら、直感で「あー、
xはyより小さい数なのか」と考えるわけだけど、不等号の定義は
「y-xが正である」となっている。こんなふうに、いちいち定義とか、
公理を出すのは無駄なんじゃないかと。不等号が出てきたら単に、
「左辺は右辺よりも小さい(または大きい)」と直感的に想像したほうが
問題も理解しやすくて、解けやすいんでないかと。






どうよ?
>問題も理解しやすくて、解けやすいんでないかと。

いや、公理的手法ってそもそも理解したり問題解いたりするためのテクニックではないし。
高校生か?
公理は概念を理解するための方法だと思うぞ
理解するというより記述する方法でしょ。
承認しやすい形をわざわざ選ぶのだから記述というだけでは不十分かと
承認しやすいものばかりでもないとか?
ん?
>>62
>いや、公理的手法ってそもそも理解したり問題解いたりするためのテクニックではないし。
高校生か?

ってことはだな、問題を考えたり、解いたりするときは直感、
ただし証明したりするときは、厳密な公理で記述しなければならない。
こんなことしたりするのは、随分無駄があるのだと思わないか?
全然。
70132人目の素数さん:03/07/09 11:03
>>68
無駄だというなら、どういうふうにその無駄を減らせるのか言ってみれ。
減らすことが出来ないなら、それは無駄じゃないってこった。
このスレ、結局誰も実数のこと勉強したこと無いな。
妄想、空想並べて自慰にふけってるだけ。
>>71

52いわく
「実数とは..., -3, -2, -1, 0, 1, 2, 3, ...のことだ。」
しかしこれだけじゃ、整数と同じになってしまうので、
「1と2の間には、1.1, 1.2, ..., 1.9があるものとする。」
これだけで十分納得できるだろう。
>>72
何が納得できるのかよく分からないのだが
実数を直感的にイメージすることだ
75_:03/07/09 14:06
>>74
それは納得すべきことなのか?
せめてアンチ公理が少しでも納得させる議論をすれば面白いんだがね
大学で微積がさっぱり分かりませんでしたという告白の域を出てない
>>68 19世紀半ば以降の数学史を知ってて言ってる?
79132人目の素数さん:03/07/09 19:16
>>68
そもそも公理的手法ってなんですか?
そもそも実数の公理ってなんですか?

知ってて書き込みしてる奴が少なすぎて萎えるなこのスレ。
80あぼーん:あぼーん
あぼーん
>>79
> 知ってて書き込みしてる奴が少なすぎて萎えるなこのスレ。

どのへんの奴が知らんと言うのだ?
とりあえず、>>10とか>>44なんかも、なんとなくぐらいは知ってるんじゃないか。
82内田栄治 ◆0KFWZfjnEk :03/07/09 23:18
ラッセルやヒルベルトは生まれてこなかったほうがよかったのですか?
だからさ、哲厨はうざいわけ。
それなら最初からそう書け
体で、順序があって、連続なもの
哲学さんでも話ができて面白ければ別に構わんのだが
>>72
その定義で lim[n→∞]Σ[k=1,n] 9/(10^k) の値が何になるか一意に定まる?
88132人目の素数さん:03/07/10 08:22
野矢さんの本なんかを読むと,実数の集合なんてモノは実存主義なんですよ,
なんていう話になってるが,哲厨はそこから動けなくなってるように見えるね.
とりあえずさ,高木の『数の概念』を一読するのがよろしいかと.
一意性が問題なのけ?
許してあげて下さい。一意性はだれもが夢みる数学者のロマンなのです。
>>88
動けないんじゃなくて動きたくないように見えるね
コンウェイ数なんか持ち出してみる。
∞を数だと思っている人にとってはこっちの方が
ありがたいのではないかと
93132人目の素数さん:03/07/10 14:05
実数を有理数の切断だと定義するのは数学的にはよかろうが、
物理的な概念としての実数とはちょっと相容れない気がする。
切断により定義するやりかたは、実数は最初から存在する量では
なくて、有理数が先にあって、それからの極限としての二次的
存在であるというわけだろう。しかし、先に実数全体があって
と仮定する論理の立場があってもいいと思う。それで矛盾の無い
論理が作れないのか?ユークリッド幾何なら直線というものがあって
という立場で公理を作っているし。
 有理数の補完としての実数じゃなくて、実数の中に有理数が
埋め込まれているというのがもっといいと思いたい。切断による
主義者は、神は自然数を作られたあとは人間が作ったのだといい
たそうに思えるが、神は実数を与え人間がそこに自然数の目盛りを
振ったという方が本当ではなかろうか?
>>93
宇宙スケールから見ればユークリッド幾何なんて局所的な近似に過ぎないのですが?
しかも量子力学的なスケールではユークリッド幾何がまた成り立たなくなります。
それから物理的に観測可能な測度が何であるかはまだまだ予断を許しません。
>>93
面白い主張だね、というよりある種の説得力があるね。
>>94
矛盾するようで大変申し訳ないが、この人の反論も面白いね。
>>93
まるで自分が書いたかと思うほど。
けど、自分はちょっと違って、神は数を作らず、人間が「長さ」を考える時に自然に定義されるのが実数で、
数える時に自然に定義されるのが自然数で、合理的に自然数を実数に埋め込んでいるのだと考えたい。

>>94
物理学者のは多少妄想が入っていると思う。
量子力学は現実の空間の上の関数環に関する理論で、現実の空間に対しては何も主張していない。
物理学者はどうしてもイメージを抱きたいからディスクリートと考えていると思う。
けど、量子力学が成り立つような「マクロな」空間がディスクリートって、ナンセンスだと思う。


ついでに自分も一つ意見を。
数直線というのを考えるのは自然かな? 自分はいつも無限をつなげた「数円」を想像してしまう。
R^nもS^nの部分空間と考えてしまう。
97132人目の素数さん:03/07/10 21:28
>>96
妄想厨UZEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE
こんな糞くだらないこと書き込んでる暇あるんなら、
手当たりしだいホモロジー計算しまくれヴォケが
>>93
先とか後ってのは微妙なんでないか?

S は順序体である。
集合 S のある部分集合が上に有界なら、その部分集合は S において上限を持つ。
このような S を実数という。

とか言っても有理数が先にあることになるのか?
実数を、連続の公理を満たす全順序体と定義すると、有理数は実数の部分集合として導出される。
この場合、集合論(またはペアノの公理)により自然数⇒有理数⇒実数と構成された実数は、
前掲実数のモデルの一つに過ぎない。
このモデルとしての実数では、当然有理数が先に存在する。

>>93はこの当たりの整理が混乱しているものと思われる。
そだね。全順序集合の範囲でだけ考えても実数の連続性を何らかの方法で
持ち込まない限り目盛というだけでは不十分なのね。

任意の桁の目盛が振れるということだけでは有限小数全体という可算集合と
区別できんし、無限の桁を指定しなければ指定できない数の存在を表明しても
異なる位相を持った非可算集合に仕立てる余地がまだあるし。
物理的にって言うワードが出てるんだから、
もう完全にそういう世界とは乖離してるだろ。93の言ってることは。
>>101
93は「物理的な概念としての実数」と「有理数から定義される実数」は
相容れないと言ってるのです。
明かにそう読めます。もう一回読みなおしましょう。
「有理数から定義される」ということを問題にしてるのです。
「実数の定義は抽象的で、物理的なものと乖離してるのでダメ」
というようなおバカな事を言ってるんじゃないのです。
>>102
そういう定義の順序が気になる人にこそ公理による指定が好まれそう
>>96
> >>93
> まるで自分が書いたかと思うほど。
> けど、自分はちょっと違って、神は数を作らず、人間が「長さ」を考える時に自然に定義されるのが実数で、
> 数える時に自然に定義されるのが自然数で、合理的に自然数を実数に埋め込んでいるのだと考えたい。
>
> >>94
> 量子力学は現実の空間の上の関数環に関する理論で、現実の空間に対しては何も主張していない。

確かに。ユークリッド幾何との関係は主張しないというべきだった。

>>103
物理的な対象というか経験的な対象には構成よりも公理が向いているのだろう。
物理学の中でも現象論である熱力学には公理が使われるという例もあることだし。
本来の姿を公理で宣言しそれを操作できるようにモデルを構成するという方法は、
そもそも実数についても当てはまってるんじゃないかな。
線分の長さに関するアルキメデスの素朴な言明こそアルキメデスの公理なんだから。
無駄なところを引用してしまった。すまん。
106supermathmania ◆ViEu89Okng :03/07/11 16:30
実数の公理(他にもある)
体になり(四則演算が定義され)、0<1かつ、a<b⇒a+c<b+cなる全順序集合の構造を入れられ、
アルキメデス性(どんな自然数よりも大きい実数は存在しない。)が成り立ち、
区間縮小法の原理([a_n,b_n]をa_n<b_nによる閉区間とし、[a_k,b_k]⊃[a_{k+1},b_{k+1}]となり、b_n-a_nは0に収束するならば、すべての[a_n,b_n]に含まれる実数がただ一つ存在する。)を満たす空間を実数空間とする。
「すでにある」のをわざと無視して「あってもいいんじゃないかな」と言うのは如何な物か。
そんな感じで>>97に賛成。
108supermathmania ◆ViEu89Okng :03/07/11 18:10
Re:>107
数学は、直感だけで成り立つ学問ではない。
数学には論理で扱うことが必要だ。
だから、実数も論理で扱えるようにしないといけない。
109107:03/07/11 18:29
「わざと無視して」
荒らすつもりは、全然ないんだ。信じてくれ。
でも、今はオレは、コーンポタージュが非常に喰いたい。
この気持ちを、おまいらにも分かってホスィんだ。
>>110
お前にとっての「荒らす」の定義を述べよ。
「先に実数全体があってと仮定する論理の立場」が
いわゆる実数の公理からはじめるものであることを
>>93は理解してないということでよろしいか。
>>112
そう思う。

実数の公理を満たすものを全て実数とすること(本質的には一意だが)と、
実際に構成された、実数の公理を満たすモデルの一つとしての実数(切断とかコーシー列とか)を
混同している。

前者を後者と同じだと言いたいようだ。
>>113
性質は同じでも実数のモデルはそれぞれ違うもんだということが
慣れ親しんだ記数法に隠されちゃうから分かんなかったのかも。

ベクトルの公理と数ベクトルの区別がつかないまま
線形代数が終っちゃう学生さんも結構いそう。

数学は表記がすげえ直観的だからな。いろんな場面で同一視を
導入して異なる対象に同じ表記を与えても混乱しないのは
まさに直観のなせるわざということが分かるとすっきりするかな。
115山崎 渉:03/07/12 12:29

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄
116132人目の素数さん:03/07/12 13:29
>>114
さすがに、ベクトルの公理と数ベクトルの区別のつかない数学科学生はいないと思う。
117132人目の素数さん:03/07/12 15:35
>113
>実数の公理を満たすものを全て実数とすること(本質的には一意だが)と、

スコーレムの定理は知ってる?
118132人目の素数さん:03/07/12 16:03
哲厨はおよびでない。消えろ。
119ぼるじょあ ◆yEbBEcuFOU :03/07/12 16:33
>>117
私は基礎論は詳しくないが、確か、高々可算個の公理からなる公理系には、
可算個の元からなるモデルが存在する、とかいう内容じゃなかったっけ(間違ってたら訂正しておくれ)?
もしそうなら、可算個の実数のモデルがあるといいたいんだろう。

知識としてはスコーレムの定理を聞いたことがあるが、大学の授業では、実数の一意性を習うし、
実数体の濃度は可算濃度より大きい。
117がこの当たり詳しいなら、この矛盾を説明してもらえると嬉しい。
別に矛盾って訳ではないんじゃ。
土台となる論理体系が違う(制限されてる)だけなんじゃねーの。
なぜなにスレかどっかに、親切な解説があったろ?
>>119にレスがつかないところを見ると、本件に関する>>117の知識も私と同程度なようだな。
スコーレムは忘れて、実数体は(本質的に)一意に定まるということで良いね。
>>119
ttp://linas.org/mirrors/www.ltn.lv/2001.03.27/~podnieks/gta.html
が分かりやすいんじゃないかな。
>>122
ありがとう。かなりの量だね。印刷して読んでみるよ。
>>123
Appendix 2 は関係ないから範囲指定して印刷した方が良いかと
形式的でない話をしてるときにスコーレムの定理を出されてもなあ。よって>118に同意。
>>118に同意という点は、オイラも同じだが。
しかし、公理の話をしてるときに、「形式的でない話」とまで言っちゃって
いいもんなんだろか?
>>126
そう言う人は>>117を責められないと思われ
今日>>122の資料を印刷して読んでみた。
この資料には証明が記されていないが、おおよその意味は判った(つもり)。

大雑把に言えば、可算・非加算の議論は
スコーレムの定理によって得られる可算モデルの中の議論でないとのこと。
それ自体は納得できる。

しかし、実数の公理を満たす順序体間では、同型写像が存在し、本質的に一意に定まる筈。
可算モデルと集合論から得た通常の実数モデル間に前単射がある筈がない、と思い
また判らなくなってしまった。

これ以上理解するには、本格的に基礎論を勉強せざるを得ないみたいなので、
取り敢えず諦めた。
そのうち暇があったら勉強してみるか・・・
129山崎 渉:03/07/15 12:46

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄
>>128
なんか混乱してるようだけど、話としてはまず一階の形式的理論Xがある。
XのモデルM(X)=(D,J)は大雑把にいえばXからDへの写像JとDの組なんだけど、
例えば、Xを形式化されたZFCの公理を含む一階の形式的理論 zfc としたとき、
M(zfc)は zfc の文で表されているのではないよ。だから zfc の標準モデル
z と超準モデル w を区別する文が zfc の中にはないことは矛盾にならない。

スコーレムの定理は上でも指摘されてるように形式化された一階の理論を
前提としないと意味がない。スコーレムの定理を数学に適用しようとするとき、
形式化というのは超数学的に定義された術語であって日常語ではないことに注意。
(・3・)工エェー
ぼるじょあにそんな難しいこといったって、
理解できるわけないYO
>>131 (・3・)工エェー
おまえうざいYO!
>>131
http://science.2ch.net/test/read.cgi/math/1025998879/682
     ∧ ∧    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     (,,・∀・)  < チンコ好きは黙ってろでち。他の奴らに変態が伝染る。
    @_)    \__________________
つーか誰が何を納得した?このスレで
自分が馬鹿であることを、オレが納得した
(・3・)工エェー
ヴァカ比べだったら、こっちの方が上だYO!
>>136
そんなこというやつはヴァカさ加減の比較可能性でも検討しておけ
(・3・)工エェー
>>137もヴァカ比べに入りたいのなら、素直にそういえば入れてやるのに・・・
ならば多くの人が納得するようなヴァカ比べの方法を提示してみよ
ぼるじょあって何人?
連続体らしいよ。
http://pc2.2ch.net/test/read.cgi/pcqa/1058375656/1n


それにしても初心者板の質問スレは10カ月で188までいっちゃうのか。すごいな

http://pc.2ch.net/pcqa/kako/1032/10328/1032847313.html
> 1 名前:ぼるじょあ◆EncckFOU 投稿日: 02/09/24 15:01 ID:???
143132人目の素数さん:03/08/11 04:51
6
144山崎 渉:03/08/15 18:50
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン
145132人目の素数さん:03/09/01 08:14
15
146132人目の素数さん:03/10/07 05:59
17
147132人目の素数さん:03/11/02 05:39
19
148132人目の素数さん:03/11/14 05:56
24
149132人目の素数さん:03/11/14 11:51
なかなか面白いですね。
数学的には論理的に存在するかどうか?
が問題ですからね。
それが、本当に存在するのかというのは
数学(特に現代数学)では忘れがちな事ですからね。
例えば、連続体濃度以上の濃度なんて宇宙には存在しないですし、
代数幾何でのスキームとかのハウスドルフでない空間も宇宙では存在しない対象ですからね。
#もちろん論理的には存在しますが。。。

誰の言葉か忘れたけど
「人間は宇宙のほんの一部だけど、人間は思考で宇宙を飲み込む」
という言葉を思い出したよ。
>例えば、連続体濃度以上の濃度なんて宇宙には存在しないですし、
>代数幾何でのスキームとかのハウスドルフでない空間も宇宙では存在しない対象ですからね。

この前散歩してたら、裏の空き地にスキームあったよ。
>>149

哲厨キター。
>>149
では可算濃度やハウスドルフな空間の実在についてはどう考えているの?
なんというか、数学的実在についての認識が浅すぎるように思う。
そもそもこの話題はスレの主題と全く関係が無いし。
153132人目の素数さん:03/11/15 01:32
だいたい、数学板で「存在」とか「実在」とか言い出すやつは厨だ。
実数は妖しすぎる。
>>153
「実在」はともかく「存在」は必要じゃないか!
>>155

えーと、わざわざカッコで囲んでる意図を読んでください。
>>151 あれは哲厨じゃないよ。存在論っていうものについて少しでも知ってたら
恥ずかしくて>>149みたいなことは言えないよ。
>>156
はい、すみません。
そういう意図な気はしたんですが、書いちゃいました。
159132人目の素数さん:03/11/16 22:46
>>157

存在論を少しも知らないあたりが厨。
まあ、ハイデガー投げ出しちゃったおいらが言う事じゃないけどナー。
>>159
つまりあなたは、たとえば喫茶店に入ったりした場合、
自分以外のほぼ全員が厨として目に映ってるわけだ・・・
>だいたい、数学板で「存在」とか「実在」とか言い出すやつは厨だ。
そういう言い方・考え方が数学の自由性を奪ってることに気付かないのかな?
存在を疑うと前に進めなくなると思ってるんだろうね。
実際には存在を疑ってない奴がどうしようもなく前に進めないのにね。
>>161

「『存在』とか『実在』について考えること」、と「『存在』とか『実在』について
数学板で発言する事」は別。「存在」と「実在」について考える事がどれだけ
重要であれ(漏れは重要だと思うよ。少なくとも哲学的には)、それについて
数学板で発言してるやつのレベルが概して低いことには変わりが無い。
>それが、本当に存在するのかというのは
>数学(特に現代数学)では忘れがちな事ですからね。

宇宙内にあるかとかいう問題はハナから数学の範囲外。
これを「数学は忘れがち」と捉えている時点でアウトでしょう。
というか、積極的に「忘れる」事によって数学は発展してきたわけだが。
165132人目の素数さん:03/11/20 22:59
>>163-164
激しく同意
懐疑論はそれだけでは何も語れないんだよね。

懐疑の果てに何が得られるかが問題なわけで。だから、>>161みたいな
「とりあえず疑っておきなさい」みたいな態度は、正しいけれど、その絶対
的な正しさゆえに、何も語れていないと思う。
議論に関するメタ議論は正直どうでもいい。
つか、濃度概念は実数の一端であってむしろ実数らしさは
完備な順序体という特徴づけにあるんだから
そのどこが気にいらんのかと聞きたい。
>そのどこが気にいらんのかと聞きたい。

ワスには理解できんのが、この上も無く腹立たしいッス!!!
>>167

順序がはいることじゃないかなあ。最初から全ての数の大小
比較可能ってのが気に入らないんじゃないかな。よくわからんけど。
ええー、そんなのが気に入らんのは計算機屋だけじゃねえの?
具体的な話になると哲厨さんいなくなっちゃうんだもんなあ
つまりなんとなく気に食わないってことなんだろうな。
そういうやつは哲学にも向いてないから別の厨を目指した方が良さそうだ。
173132人目の素数さん:03/11/28 18:53
計算機がどれほど発達しても「本物」の実数は扱えない。
↑は証明されている。
上の事実は
実数が本質的に幽霊であることと同値である。
174気付き@幸せ掴む:03/11/28 19:26
政治家や官僚皆さんの人格や人生観(生き方)が政策には如実に反映されるものです。利己的で
迎合主義の癒着や事勿れがまかり通り、面倒な問題を避けたりして現状を直視したくないのかも
しれません。だから確かな判断が出来ずに結果的に間違った政策を執ることになるようです。
一番に大切な事柄は人でしょう。人の真心や愛念が総ての物事を成し遂げて行くからです。
過去にあった難儀な事業を成し遂げたのは乏しい資金でもほとんど優れた人々がいた。
正しい学問と教育を確立して立派で高い人格や徳を備えた人物を育成し揃えることが大切だろう。
様々な災難から逃れ幸せを掴むには、何時、如何なる場合も人格や品性、徳の高さが要求される。
この件に関する出典の説明があるHP↓に注目。参考にしよう。
ttp://www.d7.dion.ne.jp/~tohmatsu/
175132人目の素数さん:03/11/28 22:25
>>173
じゃあ、無限集合も幽霊だな。
>>173 離散的なコンピュータの場合の話?
たぶん、計算機がどんなに発達しても「本物」の哲学は扱えない。
だから、哲学も幽霊だね。
たぶん、計算機がどんなに発達しても「本物」の厨房は扱えない。
だから、厨房も幽霊だね。
179132人目の素数さん:03/12/08 03:20
22
763
181132人目の素数さん:03/12/23 20:21
容量が有限で、内部状態が有限しかない計算機に於いては、
扱えるものは、なんらかの符号化により表現され
自然数と対応関係をつけられた有限個しか要素を持っていない
有限集合の要素だけである。
よって、ある表現対象が実数であるとすれば、そのようにして
表現可能で計算機の内部に蓄えられる実数とは、実数全体の中から
有限個選びとってきたうちの1つであるとみなせる。
182132人目の素数さん:03/12/24 13:50
通常知られている実数に関する公理系に、それとは独立な新たな公理を
追加要請することが果たしてできるのだろうか? それとも現在の実数の
公理体系は極大であって、さらなる公理の追加は不可能なのだろうか?
従来の公理の組みを AS とし、新たに追加する公理の候補として
A1、A2、A3、、、 があったとするとき、

AS+A1、 AS+A2、 AS+A3、、、、

をそれぞれ公理系とする実数は異なる公理系の下の存在となるわけだが、
そのようなA1、A2、A3、、、、は存在するのかしないのか、それが問題だ。
追加したら実数でなくなってしまうのでは?
存在はするだろう。単純に、新しい演算とか同値関係組み込めばいいだけだし。
できるけど同値関係入れると順序が困るよ
186132人目の素数さん:03/12/25 02:00
>>182-184
「任意の実数の集合はルベーグ可測である」という命題や、「全ての2変数
実函数f(x,y):[0,1]×[0,1]→[0,1]に対し、次の式が、(右辺、左辺とも
存在すれば、という意味で)成り立つ。(多分積分はルベーグの意味)
∫(0から1まで)∫(0から1まで)f(x,y)dxdy
=∫(0から1まで)∫(0から1まで)f(x,y)dydx」
という命題はZFCと(当然実数論とも)独立で、しかも、巨大基数の集合論
における独立命題にかかわっていることが示されています。
 また、其処まで行かなくても、今話題にしている実数論が自然数論を
含むのならば、新しい演算を特に導入などしなくても、(今の時点で考えて
いる函数、述語記号を用いた論理式の中に!)公理系からの独立命題が存在
する、ということは、不完全性定理の直接の帰結です。
 182が"追加要請"と言っていることの意味が少々不明瞭ですが、ここらの
事情は基礎論のLoewenheim-Skolemの定理(いわゆるSkolemの"逆理")や
不完全性定理を勉強して少し考えてみるとすっきりすると思います。
「超積と超準解析」(斎藤正彦)(因みに河東さんは中学生のときに
読んだらしい...欝だw)の付録でこのスレと同じような議論を1流の数学者
がしていますから、参考にしてはいかがでしょうか。(下に参照URL)
http://math.cs.kitami-it.ac.jp/~fuchino/tmp/kikaku03.pdf
http://www.ms.u-tokyo.ac.jp/~yasuyuki/vitae2.htm
187186:03/12/25 02:04
ごめん、あげちゃった。付録、というのは本の最後の対談のことです。
大学の図書館なんかにおいてあると思います。
188132人目の素数さん:03/12/26 01:04
すると、186のいわんとすることは、我々が素朴に信仰している「実数の集合」
なるものは、その性質が完全に確定しているものではなくて、さらに余分な
公理の要請をしたり、それを否定した性質を要請するなどの撰択の余地が
あるということですかね。そのような異なる実数の集合相互の間には、
いかなる関係があるのか。例えばある実数集合の中に他の実数集合の
モデルを構成できるかなどが面白そうだ。(ユークリッド幾何の中に
ポアンカレ平面を構成して非ユークリッド幾何のモデルを実現できるように。)
>>186
の意味がよくわからん。正確な意味はどういうことですか?
 
>∫(0から1まで)∫(0から1まで)f(x,y)dxdy
>=∫(0から1まで)∫(0から1まで)f(x,y)dydx」
>という命題はZFCと(当然実数論とも)独立で、しかも、巨大基数の集合論
 
てったって普通のZFC上に構築された解析の教科書で普通に証明されてるような気が・・・
独立っていうことはそれを仮定してもその否定を仮定しても矛盾がおこらないという
意味だとおもうけど、普通の解析の教科書にのってる定義にしたがっていけば証明
されてしまうということは否定を仮定すると矛盾してしまうのでは?
Lebesgue可測でない集合って、選択公理があれば構成出来るんじゃなかったっけ?
授業でそう言ってたのを聞いただけで証明も何も知らないんだけど。
>>189
リンク先のには f が可測な場合しか証明されてないって書いてあるよ。

積分が存在する と 可測 ってのが同値ではないってこと?
一変数づつだからとかそんな話かな…。

>>186 >>190
「任意の実数の集合はルベーグ可測である」
という命題は ZF + AD から証明されるって書いてあります。
選択公理を除いて述べているので、>>190説が正しいのでしょう。
>>191
>リンク先のには f が可測な場合しか証明されてないって書いてあるよ。
 
fが可測でない場合に
 
>∫(0から1まで)∫(0から1まで)f(x,y)dxdy
>=∫(0から1まで)∫(0から1まで)f(x,y)dydx」
 
とは何?もしかしてfについてる条件って
fはyを固定するごとにxの関数として可測でありさらにyについての関数
B(y)=∫(0から1まで)f(x,y)dxはyについて可測であり
さらに
fはxを固定するごとにyの関数として可測でありさらにxについての関数
A(x)=∫(0から1まで)f(x,y)dyはxについて可測である
とき
 
>∫(0から1まで)∫(0から1まで)f(x,y)dxdy
>=∫(0から1まで)∫(0から1まで)f(x,y)dydx」
 
であるか否か?なのかな?ならば普通の解析の教科書にのってる範疇をこえるのかも
しれないな。
193690:03/12/26 16:38
すいません、なんか、嘘を書いたような気がする...
リンク先(集合論に関するやつ)をキチンと読んでなかったので...
もっと考えて書けばよかった......申し訳ないです。

最初の主張はZFCじゃなくてZF+ADで証明される命題(ZFからは独立なのかな)
2番目(以下*)はZFCからの独立命題で、マルティンの公理、或いはCHを加えると
反例が構成できるがZFCのモデルで(*)成立させるものも(ZFCが無矛盾
ならば)存在するということのようです。(*)はTonelliの定理により、
fが可測ならば成り立つが、可測性を除くと、ZFCからの独立命題となる、
(したがってZFCでは真とも偽ともなんとも言いようがない)ということ
だと思います。(正確なことはリンク先を参照して判断して下さい。)
あまり関係ないが、LebesgueはACは認められない、という言明を表明して
おきながら、無意識のうちにACを使っていたらしいです。皮肉なことですね。
まぁ、普通の数学者の立場からは逆に、だから可測でない集合のことなど
あまり気にせんでいいのだ、ということにもなるような気がしますが。
 『超積と超順解析』の付録は、我々がよく知っている「あの実数」と
所謂ε-δ式の理論で定義される「実数」の違いだとか、微積分の黎明期
(ライプニッツの頃)は、実数に対するイメージもまた現在とはきっと
異なっていただろう、などと書いてあって面白かったです。
194690:03/12/26 16:45
失礼。自分で読み返してみたら、文章の意味が我ながら分からん(w
2番目(*)→だから(ry。あまり関係ないが、(ryと脳内補完して下さい。
195186:03/12/26 16:49
またまた失礼。上の2つの690は186だと脳内補完して下さい。
なんども相済みません。
197
197
198132人目の素数さん:04/01/25 13:22
age
199132人目の素数さん:04/01/25 14:40
Qpについても考えませんか?
lim← Z/(p^n)
射影極限って現実に存在するの?みたいな話ですか
201132人目の素数さん:04/01/26 20:19
Qpって、小数以下が有限で整数の方に無限に展開が伸びていくイメージがある。
・・・・・・1234214.2123 (mod5)
みたいな。だから、実数の逆っていうかそんな感じです。
だから、なんとなく存在してそうでない?

ヌレもまだQpにあまり真親しんでいないので練習しませんか?
例: ・・・・・・4444444+1=0 (mod5)
(こういう書き方でいいのかな?不安)
∞には最初からいくつか種類があるのじゃ。
みそくそいっしょにしてしまったので、復権しているのじゃよ。
203132人目の素数さん:04/01/26 20:57
>>202
すいまセソ。何いっているのか伝わらないんですが。。
>>201
じゃあとりあえずQ_5のいろんな元を書いてみる?

1/4=・・・3・・・34

Q_pでの割り算の筆算のやり方忘れたよう(ノД`)
思い出したかも。こんなんでよかったよね?
・・・313132
─────
・・・000001( 3
     11
────
・・・44444
     14
────
・・・4443
.    3
────
・・・444
   14
───
・・・43
   3
 ・
 ・
 ・
>>201
Qpに入る位相を考えれば
「そんなもんあるのか?また数学者がこんなもん作りやがって」
という感想を持つ人も現れそう。
>>206

実数が「存在」する、って言うとき構造も含めて「存在」するのかねえ。
「存在」は現実世界に存在、とか脳内に存在とかいろいろあてはめてくれ。
>>207
おそらく大抵の人の脳味噌には存在するだろうけど、
構造込みで存在するんじゃないかな
その存在の構造は人によって大きく違うと思う。
実際自分の場合だけを考えても実数についての構造は
自分が新たに知った性質や、実感したことの影響で今まで色々変化してきてるし。
>>208

存在ってのは、得た知識によって性質を変えるものなのか?
「存在に対する認識」が変わるんじゃないのか?

そろそろカントに詳しいやつにご登場願いたいな。
210132人目の素数さん:04/01/27 03:59
クロネッカーの立場は、構成論的な有限数学の立場から言えば
極めて正しいものである。例えば論文や計算機の中には、整数(自然数)
のみが真に存在して、それ以外は人間が約束事により認識可能なものと
して造ったものである。この立場ではいかなる実数も、それが最初から
存在するのではなくて、構成されたものであり、するとそのような実数の
全体は可算集合になるのです。
211208:04/01/27 04:03
>>209
そんなご大層な意味で答えたわけではなく
もっとふわふわした感じでああ言った訳だが。
>>210
それは実数のモデルが可算個ということですか?
213132人目の素数さん:04/01/27 09:22
<<205
なるほど、実数の割り算と逆の方向にやっていけばいいんですね。
>>212
有限の記述で指定できる実数全体は可算個ってことじゃね?
大雑把な言い方だが。
215132人目の素数さん:04/01/27 18:56
小数展開で…とかかれる部分は、まだ構成されていないわけだから任意のものが
来てもよいよ、という記号なのである。…の部分がどうなっているかは、構成
規則を与えねば決定出来ない。

少数展開に寄らない方法で、カントール式の実数の非可算証明が可能であるか?
そもそも、構成可能な実数のみを集めて来てもそれは可算なのだから
自然数との一対一対応があることは自明の理であり、最初から
矛盾などないのである。
216132人目の素数さん:04/01/28 00:07
そういえば、Qpには超越数みたいなのってあるんですか?第一感はあるきがする。
Qpはヘンゼルの補題(?)によって代数閉体にはなっているんですよね?
専門家でないので初歩的質問スマソ。

>>216
代数閉体にはなってないよ。
たとえばQ_3の中にはX^2+1の根はない。
218132人目の素数さん:04/01/29 00:44
Qp の代数拡大体 Qq、q=p^N N:自然数を全て合併した拡大体Apを考えると、
ApがQpの代数閉体であることはすぐに示せる。
>>218
示して。
>>216
これでどうかな?

f:N→Q_pに対してf(n)をp進展開したp^nの係数をa_nとして
a_n=0ならb_n=1,そうでなければb_n=0とすると
(b_n)p^nはfの像に入らない。
だからQ_pは非可算。
Q上代数的な元は(固定したQの拡大体の中で考えて)可算個しかないから
Q_pはQ上超越的な元を持つ。
221132人目の素数さん:04/01/29 20:18
>>220
かっこいい!!
222132人目の素数さん:04/02/02 22:22
02年2月22日22時22分に222ゲット
>>222
残念。今年は2004年
>>207etc.
たしか、無矛盾ならばその概念は「存在する」と見做そう、という
立場があったと思う。

>>212、214
実数の公理をとにかく論理式で厳密に書き下して、(多分連続の
公理が結構面倒くさいと思うけど)、∃xΦ(x)が証明できるような
xだけを集めた実数体の部分集合(体)をR*とでもおけば、R*は
明らかに実数の公理を全て満たしており、しかも可算(論理式の
集合は可算だから)。しかも定義から明らかに、R*の元からR*に
含まれないような実数を構成する事は出来ない。一寸噛み砕いて
いえばこういうこと?昔々レーヴェンハイムがこんな事をやっていた
と思うけど

>>215
別に小数展開によらなくても、区間縮小法で実数の非可算性は
証明できたと思う。というよりも、Cantorはもともとこの方法で
証明を行ったんじゃなかったっけ
225132人目の素数さん:04/02/05 00:32
>219
自明である。
なぜなら任意のQ_p上の既約N次多項式がQ_qに於て根を持つことから
A_pに於て根を持つから。
226132人目の素数さん:04/02/05 02:19
R*はデデキントの切断を満たすような集合であろうか?
>>226
実数体の集合をRで表して公理を書き下すと、R*が可算であるにも
関わらずその公理から(論理式が長くなるので例えば
A∩B=φ∧A∪B=R∧∀a∈A∀b∈B(a<b)をRCut(A,B)
A∩B=φ∧A∪B=Q∧∀a∈A∀b∈B(a<b)をQCut(A,B)
r∈A∧∀a∈A(a≦r)をr=maxA、r∈B∧∀b∈B(r≦b)をr=minB
とでも略記すれば)
RCut(A,B)→∃!r∈R(r=maxA∨r=minB)や
QCut(A,B)→∃!r∈R(r=maxA∨r=minB∨∀a∈A∀b∈B(a<r<b))
が証明できるので満たすといえば満たす。つまりR*でも対応する
関係は成り立っている。ただし連続の公理の解釈が元のRでの
解釈と比べて当然少しおかしくなっている。RをQより先に定義する
場合Qの解釈でさえおかしくなる可能性がある。ユークリッド空間内に
非ユークリッド幾何学のモデルを作る話は聞いたことがあると
思うけど誰もそれを矛盾だとはいわないのと殆ど同じです。
スコーレムの逆理/パラドックスで調べて、基礎論の適当な入門書を
読めば良く分かります
228132人目の素数さん:04/02/05 10:54
あまりよくわかっていないけども、RとR*の違いは、濃度以外に何がありますか?

R*はその元が小数展開できるようなものなのだろうか?
おそらく無限小数展開が出来るのではなくて、常に有限の
精度までの展開を与えることは出来るが、けっしてそれの
極限である最初から可算無限の桁が確定したということが
任意の元に対しては言えない、というようなことになって
いるのだろうね。(有限の記号でかかれたル-ルに基づく
たとえば有理数なら、可算無限の桁がどうなるかを有限の
記述で規定できるけど、漠然とR*の元があるといったときには
xがそれだとしたときに、xの可算無限の彼方までの展開が先に
決まったとは出来ないような存在として)

そういうイメ-ジが正しいのだとすれば、R*が可算であることは
不思議でもなんでもない。R*はRの可算近似(常に有限の精度で
近似するが、その精度には固定の限度がない)だというのであれば。
228が何言ってるかよくわからんのだが、多分全然違うと思われ。
まず、R*は実数論のモデルで、ある(可算)集合だが、Rはあくまでも
数学を記号変形ゲームと見做したときの、ただの記号だから、集合で
さえない。RとR*は全然違う。

だからといって、「本当の」実数が可算個しかないことに
なるかどうか、というと多分そうはならない所が面白いけど。
230132人目の素数さん:04/02/09 01:01
実数の公理を満たす集合は、Rが唯一のものであることの証明はあるのか?
もしも、RとR'が両方共公理を満たす集合であって、その可算部分集合に
関しては一致しているが、それを除外した非可算部分について異なって
いたとしても、見分ける術はないというようなことがありえないだろうか?
>>230

それを同じとみなすかどうかは人の勝手だが、演算と順序を保った
同相写像がつくれる。
232132人目の素数さん:04/02/09 11:31
231>
演算と順序を保った同相写像の例を、私達が普通に知っている(とおもっている)
実数の集合Rをベ-スにして、作ってみせて欲しい。
233not231:04/02/09 21:59
Z、Q、Rの順に構成していけばいいんじゃないの?
あまり考えてないから(明日から試験)よく分らんが。
234132人目の素数さん:04/02/10 00:41
違うよ、実数の公理を全て満たすが通常のRとは集合として異なるR'が
あったとして、RとR'が同相になっているという例をさ作ってみて欲しい。
>>234

考えてみると意外と難しいね。基本的にはRにもR'にも自然に有理数体
が含まれていて、それどうしの体同型が作れる。これをうまく実数全体に
拡張する。ってことだろう。面白そうだから考えてみるわ。
236132人目の素数さん:04/02/10 01:04
>>234
そんなもの出来る訳がない。第一、反例が簡単に作れる。
Rを通常の集合論で構成した実数とし、
R’をLöwenheim-Skolemの定理により得られる可算モデル(最小モデル)とすれば、
RもR’も実数の公理を全て満たすが、
RとR’の間には全単射が存在しないから、同相にはなり得ない。
>>236

そのあたりのマニアックな話ってよくわからんのだよね。
「実数の公理」ってのは加法、乗法の定義と、それと順序との関係、
それと連続性の公理のこと?
「順序体の公理+連続の公理」を満たすモデルはどれも同相のはずなので、
>>231の言う事は正しい。でも>>236の言う事も正しくて、
実数の可算モデルR’と非可算モデルRは濃度が違うので同相のはずがない。

これは食い違いは、R’とRで連続の公理の意味合いが異なる事からくるんだよね。
連続の公理は「実数の任意の部分集合について、それが上に有界で空でなければ
上限を持つ」と表せるけど、可算モデルを構成する時には「任意の部分集合」を
可算個に制限するので、非可算の場合とは実質的には違う公理になってる。
ただ、この違いは一階の論理では字面上は区別できないから、
可算モデルでも実数の公理が満たされていると考える事が出来る。

だから>>230の質問への回答も、何を同じと見なすのかで違ってくるんだろうね。
>>225
その体の元を係数とする一次以上の多項式が
その体に零点を持つものを代数閉体という。
240236:04/02/10 20:57
>>238の補足は判り易いね。

もう一つ補足すると、モデルを一つ固定すれば、その中では、実数の公理を満たす存在は一意に定まる。
通常は、これを以って、実数の一意性としている。
>>230への回答は、こんなところだと思う。
RとR'があったとして、一意性は
i: Q→R
i': Q→R'
という自然な包含写像を使ってf:R→R'を
f(x)=i'(i^(-1)(x)) on i(Q)
として連続に拡張?
すぐ思いつくのはこれぐらいなんだけど。
>>241
それでいい。
>>241

Rの任意の元xに対し、xに収束する有理数コーシー列{x_n}がある。
R'の数列{f(x_n)}を考えると、これもコーシー列であり、極限値yが
存在する。f(x) = yと定義すると、この定義は数列の取り方に拠らない。
作り方から、この写像は連続。

って感じですかね。
もとの質問の内容によるけど、特定の公理と言語を選んで、
ペアノの公理を満たす集合を構成する方法は一意ではないから、
そこから出発し「集合として」異なるものはいくらでも作れるんじゃないの?
モデルの話をしているんだと思うが、ペアノ算術のモデルは
いくらでも構造の異なるものが存在するけど、自然数の標準モデルは
ωと同型なものだけだから無理だと思われ。少なくともごく普通の
数学者が使う意味での自然数論を含む範囲では。飽くまでPAは
自然数論の近似的な理論だから。

本当に無理かどうかは、元の質問で、当面取り扱う数学として
どれくらいの強さの理論が想定されていたかによるから、想像に
よるしかないが。逆数学とPAの超準モデルに詳しい人コメント
きぼんぬ。そんな人がこのスレにいるのか知らんが。
同型の範囲ってことなら納得。
>>234の言い方だと同型だけど異なる集合は別モノ扱いかと思った。
247132人目の素数さん:04/02/12 03:49
実数の公理を全てみたしながら、実数Rよりも真に大きな集合は
作れないのでしょうか?
実数体は定義極大アルキメデス順序体として定義できる、
という論文をHilbertが書いているらしいから、普通の意味では
無理だと思う。

一方で無限濃度のモデルを持つ理論は任意の濃度のモデルを持つ、
なんて定理もあるが、これとの関係が良く分らん。
249132人目の素数さん:04/02/13 00:13
自然数の集合Nの濃度と有理数の集合Qの濃度は等しい。
有理数の集合Qと、有理数体上代数的な数の集合Aの濃度は等しい。
ところが代数的数の集合Aの濃度と実数の集合Rの濃度は異なるわけだ。
(カント-ルを信じれば)

さて、それでは有理数の集合Qよりも濃い濃度であって、
しかも実数の集合Rの濃度よりも薄い濃度の数の集合は、
どのようにすれば構成できるのだろうか? 何種類位
の異なる濃度があるのだろうか、それともQとRの途中の
濃度の種類の数は無限なのだろうか?
>>249
連続体仮説の話?
251224=227:04/02/13 01:13
>>249
我々の直観だけでは解決しようがないと思われ。
というか、CHだし。

ところで、224の真ん中に書いたことは論理的ギャップがありました。
やはりSkolem函数をとって定数から順に系統的に構成していき、終いに
nを飛ばす、という方法じゃないと無理みたいです。アレじゃACを使った
形跡がないから全然だめですね。失礼。
>>248
実数の濃度が定義できるような世界において
その世界の住人にとっての実数はやっぱり同型の範囲で一意で、
結局、その世界の実数の濃度は相変わらず一意。
>>249
自然数の集合Nと実数の集合Rの濃度の間には中間の濃度が存在しないという仮説は
連続体仮説と呼ばれていて、これは公理的集合論ZFCでは肯定も否定も
証明できない事が知られている。つまり、中間の濃度が存在しないモデルも
存在するモデルも作れるって事ね(勿論、ZFCの無矛盾性を前提にした上での話)。
中間の濃度の種類も、1つだけ存在するようにも出来るし無限に存在するようにも出来るよ。
(細かいこと言うと、連続体のcofinalityは非可算である事がZFCで証明できるので、
ちょうど可算無限個にするのは不可能)
ゲーデルが、間に二つあるモデルを作ってたような気がする。
cofinalityとは何でつか?
>>255
集合論では、∈を順序として整列している「順序数」というものを考える
(濃度も順序数の一種と見なす事が出来て、その場合は基数と呼んだりする)。
順序数αのcofinalityとは、次のような関数が存在するような最小の順序数βの事。
  f:β→α s.t.(fは順序∈で非有界)

連続体濃度(=実数の濃度)のcofinalityが非可算というのは、具体的に言うと
ω番目の基数アレフ_ωではあり得ないという事ね(アレフ_(ω+ω)等も駄目)。
ちなみに、連続体濃度がアレフ_(ω+1)になる事は可能なので
中間の濃度を可算無限個にするのは不可能というのは、不正確な言い方でした。
更に詳しい事は集合論の教科書を見て下さい。
257132人目の素数さん:04/02/14 13:48
否定も肯定も出来ないのであれば、それは公理にしてもよろしいんですな。
(否定あるいは肯定あるいは1つ、2つ、3つ、無限個でも)
中間の濃度が存在するという公理を入れた理論と、
中間の濃度が存在しないという公理を入れた理論とでは、
何が変わってくるのかが、極めて興味深い。
>>257
本当に興味があるならば、まず set theory のテキストを読んでください。
>>258

つまり、本当は興味がないんだよ。
260132人目の素数さん:04/02/26 06:08
デデキントの公理を否定すれば、実数が完備な対象ではなくなるので、
カント-ルの背理法は成立しなくなる。
>>260
釣れますかぁ?

餌てんこ盛りよりも、こっそり仕込んでおくぐらいのが釣れるんじゃない。
こんなスレで釣りもない
そもそも「本来の実数」なんて恐らくないわけで。

デデキントの公理を否定すれば、順序体が完備な順序体(つまり実数体)
ではなくなるので、の対角線論法は成立しなくなる。

 だ か ら 何 ?
264132人目の素数さん:04/03/03 02:15
有限回の操作で到達したり構成出来ないものは、一種の神学であって、
信仰に近いものである。到達出来ない、構成できないものを仮定して
議論するわけだから、有限回のステップでは論理破綻には到達しない。
だから、導入しても論理的には構わないのだが、逆の立場からすれば、
そんなものは無くても逆に論理破綻はしないのである。

宇宙の果ての決して到達出来ない場所に、どんなに奇妙であるいは素晴らしい
ものや宇宙人が住んでいるという話を仮定しても構わないのです。
あるいは神さまの存在と同じです。あってもなくても関係ない場合、
あるとするかどうかは好みの問題です。しかも神さまが0人、1人、2人、
、、、という立場もそれぞれあり得ます。少ない程簡単ですが。。。
何で有限=人間、無限=神っていう二項対立を好むのかねえ。
明らかにヨーロッパの神学から来た発想なわけだけど。キリスト教徒じゃない漏れにはよくわからん世界だ。
>到達出来ない、構成できないものを仮定
これってどういう事なんだろう
じゃあもともと人間が持ってる線分のイメージはいったいなんなのかと・・・
コレは何かの錯覚ですか?、(全人類共通の
というかどんな言語にも可算名詞と非可算名詞があるわけで・・・
>>267

図形的なセンスは、かなり文化依存性が高いと思うよ。
「絵を描く」という文化がないところでは当然「直線」のイメージもないだろうし。
270sage:04/03/04 00:16
>>267は鋭いよね。
恐らく、共通性の高い錯覚と、共通性の低い錯覚とがあるのだろう。
あ、sageはmail欄に書くのか(w
>>266
われわれの観測できない空間いたるところに神が存在します。

と仮定してもなんら矛盾しないということじゃない?
>>272
実数の公理に関しては別にあってもなくてもどっちでもいいものを
仮定してるわけじゃないので、その例はちがうんじゃないの?
274132人目の素数さん:04/03/04 15:46
我々の宇宙とはまったく独立の、お互いに相互作用しない宇宙がいくつ
あっても、それは物理的には問題ありません。
我々の知っている物質となんらの相互作用もしない素粒子が何種類余分に
あっても、それは物理的には問題ありません。所詮あってもなくても
関係しないからです。
>>267
多分西欧の合理主義に毒されたことによる錯覚じゃないの?
僻地の未開部族の人で、(例えば石ころのような)球がいくら
入るかで体積の大小を測る人たちがいて、その人たちに数学的な
積分の考え方を理解してもらうのは非常に困難だったという話を
聞いたことがある。ソースを忘れちゃったし、人類学のことを
余り知らんので確証はないが。それに、ピタゴラスの時代の人は
非可算な「実数」のイメージなんて殆ど持ってなかったわけで。

でも、だからこそ数学史って面白いんだよね。多分オマルハイヤーム
みたいなアラビア数学者は実数に対して現在とかなり異なるイメージを
持ってたんだろうな、なんて。S先生、一学期授業切っちゃって
スイマセン。
なんかそういう数学にまつわる話って貴重だよな。
そういうのをより多く盛り込むと数学に興味を持つものが増えるんじゃないんだろうか…。
256
無限を認めないが有限は認めるというのはそもそも同じ信仰だろ。
有限は無限を用いて規定されるんだから。
漏れが神様っぽさを感じるのは、コンパクト化とか物理の変分原理とかだな。
こういうのはいきなり外の世界からモノを借用して話を作ってしまう。
これに対して実数とか自然数といった対象は手続きという分節化の自然な帰結だろう。
>有限は無限を用いて規定されるんだから。

もっと詳しく説明してくれないと、分から〜ん。

ところで、カルヴィーノの「不在の騎士」で、主人公(?)の
「抜け殻騎士」が石並べて「ピタゴラスの定理」を確認するシーンが
あったね。あれ読んだとき、氏ぬほど笑ってしまった。
280132人目の素数さん:04/04/03 06:56
386
岡潔だったら、知と情の違いとして説明する。
実数の公理=知
実数の直観的なイメージ=情
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