やっちゃた!今日の朝日のドキュン記事 その3

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109何言いたいの?天声人語
8月14日 火曜日 天声人語より――
参拝するかしないか、それが問題だった小泉ハムレットは「熟慮」の末、
参拝を選んだ▲参拝を終えた首相が、靖国参拝は「平和の礎になった
戦没に敬意と感謝の念を捧げることだ」「と言い、A級戦犯について聞か
れると「特定の個人にお参りしたのではない」とかわした▲この間ずっと
気になっていることがある。戦没者が「平和の礎」になったとしても、あ
まりに犠牲が大きすぎたのではないか。少なくともその犠牲者を大幅に
減らすことができたのではないか。そのことへの痛恨の思いはないの
か、である▲日米開戦を避けようという動きがぎりぎりまであったのは
周知の通りだ。終戦工作もいろいろ考えられた。いずれにしても、犠牲者
を増やさないための機会はたびたびあった。「心ならずも逝った人々」
のことを語るとしたら、それをしなかった指導者の責任をどう考えるのか。
指導者としての小泉首相に尋ねたいところだ▲古い「天声人語」(56年
4月23日)を読んでいたら、軍首脳だったA級戦犯のこんな言葉に遭遇
した。「敵軍が本土に上陸したら、互いに血は流したろうが、敵軍は惨憺
たる光景になったろう。敗けたと思うとき初めて敗ける。敗けたと思わな
ければ敗けない」。戦後になってもこんなことを言う人がいたのに驚かさ
れる▲小泉首相は、これとは違う。「二度と戦争の道を歩むことがあって
はならない」と繰り返している。そのためには追悼とともに、あの大戦の
指導者たちについて、その責任の重さについて、学ぶべきことが多いと
思う。