■「近きより」昭和18年2月号
責任を知れ(巻頭言)
東条首相が二月二十九日貴族院に於いて伍堂卓雄の質問に対する答弁に
「・・・・・・此ノ英米ヲ相手トスル戦争ニ於テ、施政演説ニ於キマシテモ申上ゲマシタル通リ、
戦勝ノ確信ニ付キマシテハ十分持ツテ居リマス、負ケルモノトハ毛頭考エテ居リマセヌ、
唯併シナガラ負ケル場合ハ二ツアリマス、ソレハ一ツハ此ノ戦争ノ核心ヲ成ス陸海軍ガ、
ピシヤリト割レル場合デアリマス、是ハ敗戦デアリマス、併シナガラ此ノ点に付キマシテ
ハ私ハ豪末モ心配シテ居リマセヌ、何故ニカ、戦争ヲ現ニ対象トシテ今真剣ニ戦ヲヤツテ
居ル此ノ両者ガ割レルナント云ウコトハ思ヒモ寄ラヌコトデアリマス、第二ノ敗戦ノ場合
ハ国ノ足並ノ乱レル時デアリマス、是ハ明瞭ニ敗戦デアリマス、従ヒマシテ国内ノ結束ヲ
乱スベキ言動ニ対シマシテハ、徹底的ニ今後モ取締ツテ参ル積リデアリマス・・・・・・」
と述べている。
私はあらゆる意味に於て、この答弁を甚だ遺憾とする。先ず第一に、論理的矛盾が多過
ぎる。第二に敵の宣伝道具に使われる。第三に国体観念が足りない。第四に責任観念が乏
しい。第五に、空想力が皆無だ。
「陸海軍ガ割レルナント云ウコトハ思イモ寄ラヌコト」であるならば、誰も問わないこと
を何故突如として口に出したか、思わないことが口に出るか、論理的にも矛盾ではないか。
「此ノ点ニ付キマシテハ私ハ豪末モ心配シテ居リマセヌ、何故ニカ・・・・・・」といって陸海
軍の分裂なき理由として、「戦争ヲ現に対象トシテ今真剣ニ戦ヲヤツテ居ル此の両者ガ・・・・・・
思イモ寄ラヌコト」と述べているが、廻りくどい言葉を簡単にすると、現在真剣に戦争し
ているのだから分裂することは思いも寄らぬと言うのであって、換言すると心配シテ居リ
マセヌ理由は思ヒモ寄ラヌからだという同語反復となる。他に例をとれば「私はこれを白
と思う、何故なれば白に思えるから」というのと同じであって、理由にならない。もし現
在真剣に戦うことが分裂なき理由だとすると、真剣と分裂とは氷炭相容れざる観念の如く
なるが、およそ意見の相違などというものは、互いに真剣な時に起るものであって、一方
が不真面目ならば他方に引きずられるものである。真剣なるが故に直ちに分裂なしという
論理は出て来ない。もし「現在」という所に力を入れて、今戦っているから分裂の暇が無い
というなら、戦争の合間には分裂する可能性ありとの反対解釈を容れる余地が出る。いず
れにしても論理は十分でないのみならず、議会の公開演説は敵国にも直ちに伝わるだろう
から米英の新聞は大見出しで、「東条首相、陸海軍の分裂に悩む」とでも出され、敵の宣伝
道具に使われるにちがいない。こんなことに想い至らないのは東条氏の空想力の不足を物
語ると思う。日本に於て陸海軍の分裂などということのあり得ないのは、現在真剣に戦っ
ているからという薄弱な理由ではなく、日本の国体に於ては、陸海軍は、天皇陛下の統帥
し給うところであるから、分裂などあり得ないことなのである。統帥権については過去十
数年間、一般国民ですら骨の髄までしみ込まされているではないか。しかも東条氏は首相
であると共に陸相である。自分で自分が海軍と分裂することを口にすることは論理的の大
矛盾であるばかりでなく責任観念も疑われるのである。(後略)
■「近きより」昭和19年6月号
(前略)
しかるに現代、未曾有の国難に遇い、
挙国戦事に没頭し、他事を顧る遑なく
只管(ひたすら)国内の静謐を念とするに乗じ
俄か職権に陶酔して民衆を賤民視する者あり
同胞の困窮を逆用して私利を貪る者あり
その他獣心獣欲に耽り、神国の面目を
傷つくる者少なからず
正義が国の生命たるを信ずる我等は
彼等の横行を黙視するに忍びざれど
今、戦い酣わにして、
彼等の
不忠不臣を膺懲する(懲らしめる)を便とせず
されど神国の正義は没すべからず
いつの日にか彼等に鉄槌の下るを見ん
憂国の至情に燃ゆる同胞よ、来るべき日のために
彼等非国民の非行を綿密詳細に記録し置くべし
日時、場所、登場人物の氏名、天候までも記し
完全なる証拠を固め置くべし(後略)
■「近きより」昭和20年1月号
日本の危機が、今、二十歳前後の特攻隊員の連続的な自爆によって支えられていること
は、桜の蕾が嵐に吹きちぎられるようで惜しくかつ痛ましい。これに反し、戦争讃美の倫
理学者や宣伝文学者などが、いち早く疎開し、自家用の野菜作りに日を送っているのを見
ると余りにもその心境の高低の差を感ずる。東条氏なども、せめて硫黄島にでも行って働
いたらどうであろう。