1 :
名無しさん:
ジョージオーウェルを知ってますか。スペイン内戦で
ファシズムに反対し義勇兵として活躍しました。しかし
彼は左翼全体主義の危険性にも気づいていました。1944年
ソ連がまだ欧米の同盟国でソヴィエト批判がしにくい雰囲気の中、
彼はスターリニズムを痛烈に批判した「動物農場」を発表しました。
彼こそ真に自由を愛する「左翼人」といえるでしょう。
ところが日本の「左翼」を見てください。アメリカの核は悪いが中ソ
の核はいいとか、日本軍国主義を批判する一方軍拡を進める今の中国
を意図的に無視。また欧米では中国要人がくると市民団体が必ずチベット問題で抗議
しますが、日本では皆無。それどころか某テレビ番組が「某中国要人とと市民の
対話集会」などと持ち上げる始末。最近では作る会教科書を民族主義、デタラメといいますが
もっと民族主義でデタラメな中韓教科書にはだんまり。
日本の「左翼」は左翼ではないのです。
2 :
これは!!:2001/07/03(火) 01:03
なかなか優良スレですな・・・
3 :
文責:名無しさん:2001/07/03(火) 01:07
だれかこれ政治思想板にたてろ
広島の反核団体で「共産国の核は自衛の為認める」
という主張をする団体は確かにある。
でもそれがすべてじゃない
5 :
文責:名無しさん:2001/07/03(火) 01:19
6 :
???:2001/07/03(火) 01:28
その昔、広島の反核集会で、ソ連のSS20に反対しよう!と叫んだ人が
演壇から引きずり下ろされたことがある。
反核団体とはソビエト・中国・北朝鮮シンパの偽装工作団体であった
ことはすでに明らかである。
7 :
文責:名無しさん:2001/07/03(火) 01:30
9 :
文責:名無しさん:2001/07/03(火) 02:20
慰安婦問題について。
●あった派
『朝鮮人慰安婦は(狭義の)「強制連行」で慰安婦にされたんだから
日本は謝罪と賠償をするべきだ。
でも日本人慰安婦は(狭義の)強制連行されたわけではないから日本人は
連合国に謝罪も賠償も求める必要ナシ』
○なかった派
強制連行説を論破。っていうか、強制連行の証拠すら一つもでてきてない。
●あった派
『なかった派が狭義の強制連行にこだわるのはおかしい』
『広義の強制連行と言える行為がたくさんあった』
○なかった派
『慰安婦の輸送に軍隊を使ってたから広義の強制連行になる』
『政府は悪質な韓国人業者を使うな、と通達を出している。関与の証拠だ!』
などのあった派の妄言を論破。
慰安婦が必要悪であることや、現代でも行われていること、
また当時の時代背景をまるで無視するあった派を注意。
●あった派
『お前ら日本人慰安婦にも同じ事が言えるのか!』
『お前らみたいな奴のせいで日本人慰安婦が名乗り出られないんだ!』
○なかった派
あきれる。
最初に日本人慰安婦を見捨てたのはあった派だろうに。
・・・慰安婦問題を見れば左翼の偽善性がよく分かります。
10 :
文責:名無しさん:2001/07/03(火) 02:55
サヨは中国のチベット人権弾圧に賛成です
サヨはつい最近まで産経の特派員派遣を認めなかった中国に賛成です
サヨはポルポト派のカンボジア支配を「アジア的なやさしさ」と書いた朝日新聞に賛成です
何でこれがマス板?
ま・じ・で清二歯槽板に帰んなさいよ>あんたら
12 :
文責:名無しさん:2001/07/03(火) 03:45
保守系の人が本を書くには、ゼロから考えなければならないし、
それでも話題性にとぼしいからな。
左翼系の人は、小林よしのりの著作をベースに学説ゼロで
けなすだけの本を書けば話題になって、学者と呼ばれる。
俺も左翼で学者になろうかな…。楽そう…。
13 :
文責:名無しさん:2001/07/03(火) 03:57
<左翼思想の危険性>
「思想、言論、集会、結社等の自由に関しても、資本主義社会とは
自ずから異なった逆の限界がなければならず、社会を資本主義に
逆転せしめ、革命の発展を崩壊せしめるような思想や行動に異常な
警戒が払われねばならぬことは、世界に資本主義の勢力が厳存し、
あらゆるチャンスを掴んで反革命の勢力を盛り返さんとしつつある
現在の状況にあっては、なおやむを得ないことといわねばならない」
-柳田謙十郎-
こういう論法では、東欧で国民の意思を無視した共産革命が強行され
、その達成のためにあらゆる人権と自由への侵害が行われても「やむ
を得ない」となる。
その論法は東欧共産党の連中も同じであろう。
権力欲や出世欲、特権的生活を欲した者だけではなく、善意の人間
でもこの論法に汚染されたが最後、あやゆる暴虐は正当化される。
14 :
文責:名無しさん:2001/07/03(火) 03:59
新島淳良早大教授は、「朝日ジャーナル」68年9月29日号の「報告・
新しいコミューン国家の成立」で、「私はこの八月、三週間の短い
旅であったが中国各地を訪れ、中国社会の巨大な変化を見てきた」と
前置きして、その一つにプロレタリア独裁機関の仕事、権限の多くが
、既に大衆の手に移されており、それは「プロレタリア独裁は大衆
独裁でなければならない」という毛沢東の言葉に沿ったものであるとし、
こう書いている。
「大衆独裁とは何か。それは階級敵に対する独裁(教育による改造を
含む)を、公安(警察)、検察、法院(裁判所)の手をかりることなく、
大衆自信が行うことである」
新島は近代国家においてなぜ「法の支配」が必要条件なのかを考えて
みたことがあるのか。
裁判や処刑まで大衆の手に委ねれば、恣意的なリンチの危険が常に
存在する。
にもかかわらず新島はさらにエスカレートして、「犯罪の調査も、
判決も、執行(監督)も大衆がやり、義務労働(引用者注 強制労働
を指す)を解除するのも大衆が決める。しかも公安、検察、法院へ報告
したり許可を求めたりする必要もない」と書く。
では殺人事件などの捜査も大衆がやるのか。
鑑識その他、専門的技能を要する犯罪捜査を大衆がやれば、冤罪だらけ
になるのではないか。
しかし新島はこういうことができるのも「これは大衆に対する指導者の
絶大な信頼を物語るものである」と澄ましている。
15 :
文責:名無しさん:2001/07/03(火) 04:00
「ベトナム革命の革命的波及力という<革命的ドミノ理論>に、私たち
自身が立つべきなのです。一般的に言えば、平和であろうと戦争であろう
と「革命」は正しいことであり、戦争であろうと平和であろうと「反革命」
は正しくないことであるという、価値自由的な現実主義者がいちばんいや
がる私たちの主体的価値を導入すべきなのです」
ベ平連のいいだ・もも、「世界」69年1月号にて
(略)
ベ平連の理論的指導者は革命教信者が多数を占めていたらしいが、それな
ら「ベトナムに平和を!市民連合」などと羊頭狗肉の看板を挙げず、「
ベトナムに革命を!市民連合」と、いいだの台詞どおり「いとも晴朗に」
本音の看板を押し立てておけば、少なくとも正直ではあったろう。
「解放戦線は、もちろんテロをやっている。米軍に対してはいうまでもな
いが、非協力的な政府軍(解放軍に協力的な政府軍兵士も存在する!)や、
「カイライ政権」の出先としての群長、村長も対象になる。しかしこれらは
、いずれも目的が明白なテロであって、無差別とは意味が違う」
「戦場の村」。本多勝一。
では目的をもったテロなら正当化されるのか。
本多はこのルポの中で解放戦線が隠した地雷の置き場を政府軍に密告したり、
川魚漁を装って「解放軍」の動きをスパイしていたという科で母子二人を含む
六人の村民が銃殺されたテロの実例を書いているが、政府軍に協力的な民間人
に対する報復テロが許されるなら、政府軍が解放戦線支配下の村で解放戦線
についての情報を明かさぬ村民を拷問したり処刑したりしても正当だという
ことになりかねないだろう。
16 :
文責:名無しさん:2001/07/03(火) 04:02
<左翼の思考と旧日本軍人の思考は同根>
オール・オア・ナッシング的な議論を好むのも進歩的文化人の特徴であって、
非武装中立か軍国主義、戦争の道かという二者択一論は自ら選択の幅を狭める
ものではないか。
現実にはその両極の間にさまざまな選択の道があり、段階的に彼らの目指す
理想に近づいていくことも不可能ではない。
それを知らず原則論に固執するのは、敗戦直前に亡国か本土決戦、玉砕かの
二者択一を国民に強制した軍部の二の舞いになってしまう。
非武装中立については、それが中立の侵害を排除できる実力を
持たなければ有名無実だから、非武装中立という概念それ自体
が論理矛盾であると指摘している。
また仮に米ソが日本の中立を宣言しても、実際に開戦に至った
場合、両国によってそれが遵守される保証はないとし、ソ連が
四五年八月に日ソ不可侵条約を破棄して日本に宣戦した事実を
挙げ「かかる歴史の教訓が、目前にあるにも拘らず、尚且つ、無力
なる日本がただ中立を願ひ、それを宣言さへすれば、同じソ連を
前にして、それだけでよく中立を遂げ得るものの如く説くのは、
果たしていかなる心であるか」と問い、「中立維持に自信を持つ
ことなしに中立を唱へているものが、少なくないことだけは事実
であると思ふ。つまり、出来ないと知りつつ唱へているといふ印象
を、私は受けたのである」と、喝破している。
現実から逃避し、夢想に酔い痴れる点で、進歩的文化人らは太平洋
戦争開戦時の軍首脳と同類ではないか。
17 :
文責:名無しさん:2001/07/03(火) 04:03
「中国思想と人民公社」で、寺尾五郎日朝協会理事はこう語っている。
「この全人民をつかまえつつある気負い立った気魄、溶鉱炉がなければ
土ガマを満点の星の数ほどつらねて鉄鋼をつくろうという、不可能を
可能にしようとする思想の力を考えないで、今の中国の躍進を説明する
ことはできません」
「土ガマ製鋼で品質はどうかと聞くと、これだけみんなが熱中してかか
っているのだから必ずそれは解決される。熱中していなければ近代的
大設備をもっていたってダメだ、この全人民的な白熱した努力は、土
ガマでも洋式と全く同じ技術水準、品質に必ずすぐなりますとの確信を
きかされる」
対談者の安藤彦太郎早大教授も寺尾に相槌を打って、こう述べている。
「ともかく現実にできる形で土鋼を生産し、そこで農民が働いていく
中で、一歩一歩中国の農村の近代化、工業化が農民自身の手で、それこそ
地に足をつけて実現されてゆく。土ガマはこういう効果を十分ねらって
やっているので、採算を無視したような労力の注入も、本当は初めから
ちゃんと計算に入っているのではないか」
問題は採算云々以前に、土法高炉でできた鉄が使い物にならなかったこ
となのだ。
寺尾にせよ安藤にせよ、技術というものを舐めきっているのではないか。
いくら産業革命以前の技術とはいえ、製鉄は普通の農民がおいそれと
マスターできるものではない。
18 :
文責:名無しさん:2001/07/03(火) 04:05
日本の江戸時代のタタラ製鉄でさえ、鉄師という専門の技術者集団の専業
であって、農民が製鉄に従事していたわけではない。
中国の土法高炉は、安藤のいうように、「地に足をつけた」ものである
どころか、毛沢東のカリスマ的権威で技術的現実を全く無視して強行され
たのであり、その結果、風車に突撃したドン・キホーテ的結末に終わった
のではないか。(略)
「必勝の信念があれば」と現実を無視し、神懸かっていた旧軍人の思考
を継承しているのが戦後左翼であることがよくわかる。
新島の回想を読むと、彼はユートピア幻想に酔ったコミューン主義者である
ことがよくわかるが、他の文革賛美者も大なり小なりそういった傾向を持って
いたに拘らず、願望や幻想をあかたも事実、現実であるかのように言いくるめた
ことに対し、未だに何の反省もしていない。
願望や幻想を基礎に戦争を始めた旧軍の指導者と同じく、言論人としての罪は
免れ得ない。
19 :
文責:名無しさん:2001/07/03(火) 04:06
西園寺の言説には、夫の毛が紅衛兵を見限ったあとも、なお未練と愛着をもって
いた江青の影響があるのかもしれない。(略)
話が江青のことになり、西園寺が「実に清潔な美しさに溢れた人だ」と褒めそや
したので、何の気なしに「肌のきれいな人なんでしょうね」と聞いた。
とたんに顔色を変え、「君たちジャーナリストはそんな下卑た関心を抱くから
ダメなんだ」ときついお叱りをこうむった。
私は戦時中、国民学校児童だったとき、「皇后陛下も便所にゆくのやろか」と
休み時間に無邪気な疑問を話していたtのを教師が聞き付け、ビンタを張ったのを
ゆくりなくも思い出した。
(略)ヴェトナム戦争の複雑な要素と、段階的な質的変化を敢えて無視して、善玉、悪玉
二元論に終始したことである。
日中戦争勃発から、当時のマスコミは中国軍に対しては「暴戻なる支那軍」、日本軍に
対しては「精強無比の皇軍」というパターン化した常套句を使い、太平洋戦争では「神軍」
対「鬼畜米英」の戦いという、ほとんど神話劇に近い仕立てで報道した。
20 :
文責:名無しさん:2001/07/04(水) 20:50
21 :
文責:名無しさん:2001/07/10(火) 12:29
22 :
文責:名無しさん:2001/07/14(土) 15:47
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