産経抄 6月10日
きのう、沖縄地方が梅雨明けした。観測史上もっとも早い記録だという。
本州や四国、九州地方では、まだまだぎらつく太陽と青空は望めそうに
ない。じめじめした気候に沈みがちな気分を慰めてくれるのが、色とり
どりのアジサイだ。きのうの「朝の詩」に載った作品でも、モチーフになっ
ていた。
▼「あじさいには 雨の記憶がありました」。もっとも43歳の作者にとっ
て、水色の花が呼び戻すのは、けっして楽しい記憶ではないようだ。少
女時代の「あの日」に降っていた雨は、「涙のしずく」かもしれないという。
▼記憶といえば、詩人の金井直に「あじさい」と題した哀切きわまりない
作品がある。「また季節はめぐりきて うすむらさきのほほえみはよみが
える あなたは思い出 いつみても懐しい いつまでもあなたのそばに
いると あなたの色が沁みこんでくるようだ…」。昭和20年6月の空襲
で非業の最期を遂げた、年上の恋人を悼んだものだ。
▼アジサイの学名「ハイドランジア」は、「水の器」という意味をもつ。日
本原産の花は古くから親しまれ、万葉集にも歌われている。白から紫
まで「七変化」と呼ばれるほど、色彩の幅が大きいのが特徴だ。アジサ
イが生えている土壌が酸性に傾けば花の色が青に、アルカリ性だと赤
になりやすくなる。
▼それほど敏感な花なら、千年に1度の津波を起こした地殻変動に気
づかないはずがない。福島第1原発事故に伴って漏れた放射性物質も、
たとえ微量であっても感知しているはずだ。
▼東日本大震災から、3カ月たった。復旧が遅々として進まない被災地
に、無情の雨が降り続く。今年のアジサイの花の色を、人々は生涯忘
れることはないだろう。