天声人語 2009年1月24日(土)付
ウソという鳥をご存じだろうか。その名にちなんだ「うそ替え神事」がこの週末、東京の亀戸
天神などである。去年買ったウソの木彫りを神社に納め、新しいものに替えると、去年起きた悪
いことが全部うそになって幸せを招くとされる。
「うそ替え」によって、自分が去年ついたうそ一切を清算する意味もあるそうだ。優しいうそ
なら天神様も許してくれようが、帳消しにできぬ悪質なうそも世に多い。今なら「振り込め詐欺」
あたりが、その筆頭だろう。
だまし取られた金額は昨年、276億円にのぼった。秋までは過去最悪のペースだったが、官
民あげての取り組みが効いて免れた。とはいえ半端な額ではない。プロ野球全球団の選手の年俸
総額に、おおむね匹敵する。
被害がワースト2位の神奈川県警は、新たな作戦に打って出た。詐欺だと気づいても、だまさ
れたふりをして金を手渡す約束をしてもらう。そこへ捜査員が同行する。うそを以(もっ)てう
そを制する作戦だ。見事に功を奏して、おととい男を逮捕した。
「相手をだまそうと熱心な者ほど、まんまとだまされやすいものだ」と言う。攻めるにかまけ
て、守りはがら空き。詐欺師のスキを作戦は突いたとみえる。こんなうそなら天神様もお目こぼ
しだろう。
うそ替え神事の日は「身が引き締まる思いがする」と、作家の半村良が冗談めかして書いてい
た。なにせ毎年、原稿用紙何千枚もの「うそ」を創作しているからだという。作家の「二枚舌」
なら上手なほど楽しめる。だが詐欺師の舌には、くれぐれも用心が必要だ。
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朝日新聞の記者諸氏も、納めに行かないとな。
文章や内容は面白い。「政治家の二枚舌」に持っていかなかった自制心を賞賛する。