天声人語 2008年11月13日(木)付
政治が思い描く人間像は、古くから、あまり美しいものではないと相場が決まっているそうだ。
だから近代の政治学はおおむね「人間性悪説」の上に築かれてきたのだという。
たとえばイタリアの政治思想家マキャベリは民衆について、「利益を与えれば味方をするが、
いざ犠牲を捧(ささ)げる段になると、たちまち尻をまくって逃げ出す」と辛辣(しんらつ)に
述べている。そうしたことを昔、政治学者丸山真男の著書に教わった。
だが、本紙世論調査の結果は、マキャベリ先生の人間観と少々違ったようだ。定額給付金を「不
要な政策」と思う人は63%に上っていた。逆に、消費税引き上げの考えを表明した首相を評価
する人は、しない人をわずかだが上回った。
お金がほしいのはやまやまだが、目先のバラマキより本当の安心がほしい。そんな民意を数字
に見るのは早計だろうか。選挙目当ても見え透いている。〈全員に配れば買収にはならぬ〉と朝
日川柳にあった。「座布団一枚!」の声が掛かりそうである。
それにしても政府の迷走ぶりには目を覆う。難題だった所得制限は結局、窓口になる市町村の
判断に丸投げをした。カネは出すから「良きに計らえ」とは、責任逃れもはなはだしい。政治の
貧困、ここに極まった光景だ。
英国の哲学者で、政治家でもあったベーコンは〈金銭は肥料のようなもので、ばらまかなけれ
ば役に立たない〉と国を治める勘所を語った。だが今回、その肥料から何が育つのだろう。2兆
円もの巨額である。何も生えない愚策では、ベーコン先生に顔向けできない。