846 :
文責・名無しさん:
ニッポン人脈記 「在日」という未来J
ドラえもんに心託して
朝日新聞 夕刊 2008年10月6日(月)付
(その1)
みやびやかな西陣織の世界の一翼を、在日コリアンたちが担ってきた。
在日1世の玄順任(ヒョンスニム、81)は織りを担当する職人だ。
この年になっても、京都市上京区の自宅の土間に据えた力織機に
向かうのは、腕への自信があればこそ。でも、働かざるを得ない事情もある。
夫はすでに亡く、いまは障害のある次男と2人暮らし。そんな玄に、受け取る
年金はない。
国民年金の制度は半世紀近く前にできた。玄は、西陣織職人の友人2人と、
役所へ加入の手続きにいった。窓口で玄だけが言われた。
「国が違うからあかん」」
このとき、国民年金は日本国籍でないと加入できなかった。玄が生きる西陣織
の世界は実力だけが物差しだった。「日本人がやっても朝鮮人がやっても料金
変わりません。それがええところですのや」。職人同士が、窓口で隔てられる。
友人たちが「可哀想やなあ」と言った言葉が、今も耳に残る。
国民年金は82年に国籍条項が撤廃された。しかし、様々な理由で結局、加入
出来なかった在日も多い。年金から疎外されたとして玄をはじめとする在日たちが
各地で訴訟を起こしているが、負け続けている。日本は朝鮮人を「日本人」として
戦争に動員した。10代だった玄も、軍服を織った。それなのに戦後、「国が違う」
と保障から除外するのか。「あまりにも虫が良すぎるのと違いますか」
(その2へ続く)
847 :
文責・名無しさん:2008/10/08(水) 21:33:57 ID:LzzSgshd0
ニッポン人脈記 「在日」という未来J
ドラえもんに心託して
朝日新聞 夕刊 2008年10月6日(月)付
(その2)
05年1月、弁護士になったばかりの在日2世の康由美(カンユミ、43)は
大阪で住居探しをしていた。気に入った部屋が見つかり、仲介業者を通じて
申し込んだ。ところが、家主から外国籍を理由に断られた。前に入居していた
外国人のマナーが悪かったという話も伝わってきた。
「私は日本生まれで、日本語をしゃべれます」
仲介業者の前で、思わずそう叫んだ。すぐ、恥ずかしくなった。日本へ新たに
やってくる外国籍を新参者と見下す発言だと気づいたからだ。
でも、外国籍だからと入居を拒否されたのは2度目だ。泣き寝入りはしまいと
思った。外国人事件を数多く手がける弁護士の丹羽雅雄(にわまさお、60)に
相談し、裁判を始めた。
結局、裁判は昨年3月に和解した。家主は謝罪し、100万円の解決金を康に
支払った。
(その3へ続く)
848 :
文責・名無しさん:2008/10/08(水) 21:35:23 ID:LzzSgshd0
ニッポン人脈記 「在日」という未来J
ドラえもんに心託して
朝日新聞 夕刊 2008年10月6日(月)付
(その3)
康が入居差別を受けたのと同じころ、在日2世の大手住宅メーカー社員、
徐文平(ソムンピョン、47)は大阪府寝屋川市で、取引先の日本人男性に名刺を
差し出した。漢字表記の名にハングルを添えたものだった。
男性は言った。「ようこんな名刺出すなあ」「これはスパイの意味やないか。
朝鮮総連の回し者か」
韓国籍で日本の学校を出たと徐が説明しても、「誰を雇おうが自由やけど、何で
お客の前に出すねん」と言われた。
「もし、僕が在日フランス人で、フランス語入りの名刺を渡したら、こんなこと
を言われたでしょうか」
徐は精神的苦痛を受けたとして裁判を起こした。提訴のニュースがテレビに流れた。
そのすぐ後のことだ。自宅の郵便受けに、手紙が入っていた。
「日本人としてとても恥ずかしく思いました。みんなが幸せに生活できる社会に
していくためにも裁判がんばってくださいね」と書いてあった。
ドラえもんの絵入りのびんせんに「近所に住むバイク好きな主婦より」とあった。
徐もバイクが趣味だ。手紙には、徐がバイクをいじっているのをよく見かけたともある。
「こんな考えの日本人はきっと多い」。背中を押された気がした。裁判は結局、
和解となり、徐は謝罪と解決金を受け取る。
どれだけ勇気づけられたかを、どうしても伝えたい。徐は子ども用のノートを
買ってきた。家のガレージのシャッターに、ノートの表紙を張った。そこには、
ドラえもんの絵が描かれていた。(植村隆)