【産経抄】1月8日
2008.1.8 03:21
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「旦那(だんな)の鼾(いびき)に守られている夜の静けさの中で、ワンちゃんが無言で泣いた」。
こんな表現に出合うとドキリとする。「前世紀八〇年代の後半」なんて言い方は、今度使ってみ
ようと思う。
▼ 中国人作家の楊逸(ヤンイー)さん(43)が日本語で書いた「ワンちゃん」(文学界12月号)
にはうならされた。日本人と中国人の結婚問題を通して、両国の文化の違いを描いたおかしくも
悲しい一編だ。昨秋の文学界新人賞の受賞に続いて、今度は芥川賞候補にノミネートされて話
題になっている。
▼大学院で日本語を専攻したというアメリカ人の学生に、授業で出た漢字のテスト用紙を見せ
てもらったことがある。江戸時代の儒学者らしい人物の名前の読み仮名がわからず、その学生
が満点だったことを聞いて二重に恥をかいたことを思いだす。
▼ テレビタレントから、詩人や俳人、エッセイストに至るまで、日本語が上手な外国人が増えた。
なかには日本人以上の使い手もいる。芥川賞でもすでに、リービ英雄さんやデビット・ゾペティさ
んら外国籍の作家が候補になっている。今さら、中国人だからといって、大騒ぎすることはない
のかもしれない。
▼ そもそも純文学は、日本語の実験の場といってもいい。行儀のよさ、型にはまった美しさより、
たとえ破天荒であっても、日本語の可能性を広げるような作品こそが評価されるべきだ。母国語
と日本語のはざまで格闘してきた外国人作家が芥川賞の歴史を変えるのも時間の問題だろう。
▼楊さんは、文学界新人賞受賞の際、読売新聞のインタビューにこう答えている。「日本にはカ
タカナ語があふれていますが、私は純粋な日本語で小説を書いてみたい」。その意気やよし。16
日の芥川賞の選考とともに次回作が楽しみだ。