朝日新聞 2006年(平成18年)3月15日 1面
岐路のアジア 第4部 チャイナパワー (2)
『親中派づくり 援助外交、権力に照準』
南太平洋に浮かぶ島国トンガ。親日家として知られる国王ツポウ4世(87)は身長190センチの
立派な体格で有名だ。最近は海外療養生活が続き、首都ヌクアロファの王宮に戻ることはほとん
どない。普段は静まりかえったこの王宮に、昨年9月、全人口の1割にあたる1万人の群衆が押し寄
せ、公共料金の引き下げや民主化を訴えた。
きっかけは、独占電力企業ショアライン社を経営する国王の長男、ツポウトア皇太子(57)に
よる私的流用疑惑だった。側近とともに、1年間で200万パアンガ(約1億2千万円)を遊興費など
に使っていたと告発された。爆発した国民の怒りには、中国などと結びつく「王室ビジネス」へ
の批判も込められていた。
王宮の庭に、等身大より一回り大きい国王の銅像がある。97年、国王が訪中した際に江沢民
(チァンツォーミン)国家主席(当時)から贈られた。毛沢東(マオツォートン)や金日成(キ
ムイルソン)の像を手がけた著名彫刻家の作品だ。翌98年、トンガは長く友好関係にあった台湾
と突然断交し、中国と国交を結んだ。
くら替えを主導したのは国王の長女ピロレブ王女(54)だ。王女が経営する人工衛星関連企業
と中国との大きな取引があったと言われる。一方、台湾と親交が深い皇太子は猛反発し、当時務
めていた外相を辞任した。
04年、皇太子も突如、親中派にくら替えする。ショアライン社が携帯電話ビジネス参入失敗で
多額の負債を抱えた。救いの手を差し伸べたのが、中国国有の4大商業銀行の一つ中国銀行だった。
「皇太子と中国大使との直談判で決まった融資は1億パアンガ(約58億円)に上る。借金返済に
回ったのは3割だけ。担保も金利も公表されず、返済のめどもない」。同社の元幹部、ピベニ・ピ
ウカラ氏が告発する。この資金の一部が流用されたと見られる。皇太子は未開設だった大使館を
北京に開き、初代大使に自社の役員をつけた。
(続く)
(続き)
中国が6年がかりで完成させたトンガの「路線転換」は、日本にも思わぬ余波をもたらした。
日本政府は昨年、国連安全保障理事会の常任理事国入りに力を入れた。ドイツやインドと共同
の安保理拡大案(G4案)を打ち出すと、太平洋諸国から次々と支持が集まった。ところが、トン
ガだけが反対した。
日本のトンガに対する途上国援助(ODA)は累積で200億円近くに上る。中国は数億円規模の学
校建設が2件ある程度だ。しかし--。
「絶対王制に近いトンガでは一般大衆より王室に援助した方が効果は大きい。中国は権力の所
在をよく知っている」。人権運動家ロペティ・セニトゥリ氏は皮肉る。
「所得水準で見れば、我が国は中低位の途上国だ。しかし、ほかの途上国に対して最大限の協
力の用意がある」。昨年9月の国連特別首脳会合で、胡錦涛(フーチンタオ)主席は3年間で100億
ドルの優遇借款の供与を表明した。
中国の04年決算で、対外援助は61億元(約850億円)。5年前と比べると5割増。援助供与国とし
ての台頭ぶりがうかがえる。
特にアフリカなど途上国への援助には数字では見えない面がある。中国商務年鑑に示された04
年の援助実績によると、病院や児童館など民生向けだけでなく、軍人住宅設備(モザンビーク)
や外務省庁舎(ウガンダ)、軍警察兵舎(ガーナ)など公権力への援助も目立ち、金額もはっき
りしない。
スーダンの首都ハルツームで今年1月、アフリカ連合(AU)首脳会議が開かれた。主な議題だっ
た安保理拡大問題は7月まで先送りされ、日本の外交団を失望させた。
会議で先送りへの流れを作ったのはジンバブエのムガベ大統領だった。
「既に常任理事国になっている国と、もっと話し合ってからにしよう」
6万人収容というアフリカ屈指の巨大スタジアムから戦闘機、空港のレーダー施設、大統領警備
員宿舎……。ジンバブエもまた、中国の「援助」が集中している国の一つだ。
(武石英史郎、望月洋嗣、島俊彰)
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誤字脱字などありましたら、お詫びいたします。