【解説】冷たい判決 40年前の文言適用
判決は、原告らが「六十年余、人生をねじ曲げられた」と訴えた事実関係はおおむね認めつつ、
日韓請求権協定という政治の壁を理由に賠償請求は退けた。戦後補償裁判は各地で司法による
救済の流れが出ていただけに、”冷たい判決”との印象がぬぐえない。
戦時中の強制労働や従軍慰安婦などをめぐる戦後補償裁判は、冷戦構造が崩壊した1990年代
以降、50件余も提起された。日本が加害者として真摯(しんし)な謝罪と償いを置き去りにしてきた
裏返しと言える。
それぞれの訴えは当初、時効の壁など幾重もの論点で拒まれてきた。ただ、ここ数年は原告らの
境遇を酌み取った柔軟な判決も相次いでいた。
今回の判決は、韓国内の民主化や日韓関係が未成熟な四十年余も前の協定を文言どおりに適用。
日本は韓国に三億ドル分の生産物、役務を無償供与するなどしたことで「国家間の請求権の問題は
解決済み」との立場をとる国の主張をほぼ全面的に認めた。
差別を恐れ、つい最近まで半世紀余も沈黙を強いられた原告らはとても納得できないだろう。
司法の限界を露呈させた。
原告らはだまされ、時には脅かされて挺身隊員となった。体裁は「志願」だが、幼なかった本人や
家族にしてみれば、まさに”拉致”ではないか。
日本の政治が北朝鮮による拉致の解決を重大な課題としているのに、自国が犯した不条理の
解決をいつまでも司法任せとしているのはどうしたことか。判決後、原告らが「なぜ日本人と韓国人で
差別するのですか!」と涙した意味は重い。
(社会部・今村実)