☆朝夕の娯楽★天声人語&素粒子。35(サンゴ)にKY★

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12月1日夕刊2面   窓 論説委員室から

 名筆と悪筆

 皇太子さまが学友に送った年賀状を何枚か見せてもらったことがある。
 「すばらしい賀状ありがとう」「本年もよろしく」。書かれた言葉はふつうだったが、
その筆跡には目を見張った。
 庶民的というか、素朴というか、とりすましたところがまるでない。立場上、さぞ
典雅な筆をつかわれるものと思いこんでいたから、意外だった。
 東京・丸の内の出光美術館でいま、「書の名筆」展が開かれている。
 はるか平安の昔から、教養人たちは書くことに魂を注いできた。西行奉仕の筆は
あくまで繊細で美しい。「土佐日記」を残した紀貫之の書は、落ち葉を散らせたよう
だ。江戸の俳人、与謝蕪村の字はポップアートの陽気さにあふれていた。
 かく言う私は、情けないほどの悪筆である。見かねた祖父母のすすめで書道塾に
も通ったが、矯正できなかった。以来、わが字をのろい続けてきたので、ひとさまの
字の巧拙にもちょっとうるさい。
 最近見た中で特筆に値するのは、小泉首相の書「無信不立」。論語の「信なくば
立たず」である。11月下旬、内閣府の職員作品展で鑑賞させてもらった。
 なかなか雄々しい字だが、筆の運びが何とも自己陶酔的な感じ。線の太さに過剰な
自信と楽観がみなぎっている。実物をお見せできないのが残念でならない。
 すぐ隣には細田官房長官の作品が展示されていた。こちらはきちょうめんで、優等
生ぽい筆づかいだった。                            <山中季広>