『産経抄』ファンクラブ 第24集

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>>479
日本のコメカレンダーは過去2件。激しくデジャヴだったんだが気のせいだった。
新しい方。
[2002年10月20日 東京朝刊]

 「空も土地も木も私にささやく、お帰りなさいと」東京では表情が重たかった曽我ひとみさん(四
三)の、故郷・佐渡での第一声にはやはり胸が熱くなった。東京から新潟までの新幹線の中で
メモにした言葉だという

 ▼曽我さんも他の四人と同様、複雑な事情を胸にしまって帰ってきたに違いない。しかし、新幹
線が長いトンネルを抜けた後、刈り入れが終わった越後平野の水田や、遠くの山並みを見て気
持ちが開かれた。素直に日本人の心に戻ることができた。そう思えてならないのだ

 ▼そんな折、早くも来年の「日本の米カレンダー」(サン制作 TEL03・3669・8371)が送ら
れてきた。立正大教授の富山和子さんが毎年作っておられる。鮮やかな稲作の写真をいつも
楽しみにしているのだが、来年の九月は、越後平野のたわわに実った稲穂である

 ▼そのキャプションで、富山さんはこう書いている。「重く垂れた稲穂を見ると それだけで幸せ
になり天に感謝し土地の豊かさを思う これはもう遺伝子に刻み込まれた日本人の血 民族の
心」。しかし富山さんの言いたいことはそれだけではない

 ▼もともと、この信濃川氾濫原も洪水に悩まされる土地だった。昭和になって排水ができ、今
のような穀倉地帯に変わったのだという。今、最も忘れてならないのは、山に木を植えて水をた
くわえ、灌漑(かんがい)をしながら米を作ってきたこの国や故郷の歴史であり文化なのだ

 ▼中教審の教育基本法改正素案が、新たな教育理念として愛国心や郷土愛を盛り込んだ。
軍国主義を教えるのではない。こうした歴史や文化への思いを育もうというのだろう。曽我さんを
熱くしたのも、土地や木や川の向こうに見えた母国の人々の営みではなかったのか。
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古い方。こっちの方が今日に近いかな?
[2000年11月23日 東京朝刊]

 産経新聞のカメラマンによる写真集『にっぽん原風景』(東方出版)ができあがった。中でも目を
引いたのは、宮崎県の棚田に「はさ掛け」された黄金色の稲がどこまでも続いている写真だった

 ▼「はさ」は稲架とも書く。稲刈りの終わった田んぼに杭を立てて横に長い木や竹を渡し、これ
に刈った稲を掛けて干す。上にはワラで屋根をつくる。これがはさ掛けである。少し前までは、ど
この農村でも見ることができた。文字どおり日本の「原風景」だった

 ▼「日本の米カレンダー」を作っている富山和子さんは「この美しい稲干しを見ていると、日本の
米は芸術品だと思う」と書いている。日本人なら誰もが、はさ掛けの稲にたまらないなつかしさを
感じる。豊かな実りへの喜びを表しているように思えるからだろう

 ▼今日の勤労感謝の日、宮中や全国の神社で新嘗祭が行われる。その年に取れた米や粟の
ご飯を、場合によって果物や魚などもいっしょに神前に捧げ、神さまとともにいただくのである。
収穫に感謝すると同時に、次の年の豊作を祈る行事だとされる

 ▼その原型は民間にあった。真弓常忠氏の『日本の祭りと大嘗祭』によれば、石川県の奥能
登地方にはアエノコトという行事が残っている。民家の床の間に新穀の俵を置き、これに海の
幸、山の幸を供えたあと家族で食べる。稲に宿るとされる神に謝するのである

 ▼戦前まで新嘗祭は祭日であり、国民あげて収穫を祝った。それが宮中行事だというので勤
労感謝の日という抽象的な名目の祝日に変えられてしまった。お父さんやお母さんたちの肩た
たきをするのもいいが、新穀への感謝の日だったことも忘れたくない。