爆笑問題・太田光

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470文責・名無しさん
TVブロス平成16年5/1-5/14号連載コラム

文*太田 光

●従順

 一連のイラク人質事件を通じて私が感じたのは、日本人のじれったいほど従順な
国民性である。解放された三人に対しては現在、「自己責任がとれないならああいっ
た地域には行くな」「反省しろ」などと批判の声があがっている。人質の家族に対
しては三人が解放される以前から批判や嫌がらせが集中したという。それに対して
家族は記者会見でしきりと謝罪をしていた。皆さんに迷惑をかけてすいませんとい
うわけだ。それを見ていて私は、果たして家族がそこまで謝罪する必要が有るのだ
ろうかと疑問を感じていた。自衛隊の撤退が人質解放の条件であるのならば、それ
を国家に要求する事は家族として当然のことではないのか。もし私の肉親や友人が
人質となっていたら、私は絶対あの時点で謝罪などするきにはならないだろう。国
歌がその国民を守るのは当然の義務である。家族が人質の救済を国に求めることの
何がいけないというのか。それに小泉総理は犯人からの脅迫状が届いた早い時点で、
自衛隊は撤退しないと言う方針をはっきりと表明していた。つまり家族からの要求
を何一つ受け入れてくれたわけではない。ふつう、国内で人質事件が起きた場合、
犯人の要求をいきなりつっぱねるなどという危険なことを警察がするだろうか。今
回それほど急いで犯人の要求を拒否してみせたのは、そういった日本の姿勢をアメ
リカや国際社会にアピールするためである。「今自衛隊が退いたら日本は世界中の
笑い者になる」と言った政治家がいた。それが政府の正直な意見だろう。優先順位
としては、日本が国際的な信頼を得ることが、人質の生命よりも先にくるのだ。国
際的な信頼を得ることと、人間の命とどっちが大切なのか。私が人質の家族だった
らそういって泣き叫んだだろう。世界の笑い者になることが何だというのか。国民
の命を救うたねばら喜んで笑い者になることを選ぶのが国家ではないか。国民の命
を守れないような国家ならば、そんな国家はいらない。きっとそう主張したに違い
ない。
471文責・名無しさん:04/05/02 11:04 ID:UeMqVq1D
しかしもしあの家族がそんなことを主張したとしたら、それこそ世間からの
猛反発をくらうだろう。「勝手なことを言うな」「これ以上国に迷惑をかけるな」
と。私はそういった日本人の反応を見て、なんてこの国の国民は聞き分けが良いの
だろうと思う。政府の意にそぐわない要求を持つ国民がいたとしても、その要求が
国家レベルの問題になる前に別の国民がその国民をひねりつぶしてくれる。政府は
家族に撤退拒否の言い訳をする必要すらない。世間がその家族を勝手に黙らせてく
れるのだ。国家に問ってこれほど従順でコントロールしやすい国民はいないだろう
と思う。国際協調なんかクソ食らえ、日本人の命が一番大事なんだと、勝手な主張
をする人間は一人もいない。皆、国家やアメリカに迷惑をかけてはいけないと自覚
している。なんて物わかりの良い国民なのか。またそんな日本はアメリカにとって
なんて都合の良い国だろうか。
 現在。解放された三人の中にイラクに残るという意志があることについて世間か
ら批判が集中している。その批判に乗じて小泉総理までもが「これだけ皆に迷惑を
かけてまだそんなことを言ってるのだろうか」と、あからさまにあの三人を批判し
た。しかし人道支援という名のもとに自衛隊を派遣している小泉総理にあの三人を
批判する権利はない。むしろイラク国民のために残りたいという彼等の意志を尊重
するべき立場である。イラクの国民を救済するという目的において、あの三人も自
衛隊も同じはずだ。
 なのに総理の態度が矛盾するということは小泉総理の自衛隊派遣の目的が、イラ
ク国民の救済ではなく、アメリカに対する点数稼ぎのみであるということの証明だ。