「愛国」の陰で マル1(2003年5月3日掲載分)
子供の心まで採点
「元寇、君ならどうする」 討論授業が「将来の模範」
評価項目の中の言葉に目が留まった。昨年7月下旬、福岡市内に住む在日コリアンの弁護士が、小6のおい
の1学期の通知表を見ていた時だった。社会科の「関心・意欲・態度」の評価項目の説明にこうあった。「我
が国の歴史や伝統を大切にし国を愛する心情をもつとともに、平和を願う世界の中の日本人としての自覚を持
とうとする」評価は3段階(ABC)の「B」。「知識・理解」など他の評価は「A」だった。「歴史や伝統」
「平和を願う」という表現に交じって、通知表にに初めて盛り込まれた「国を愛する心情をもつ」「日本人と
しての自覚」。国を愛する心情とは……。どう評価するのか。校長に削除を求めたが、校長は「学習指導要領
にある文言なので問題はない」とし、「B」評価の理由は「関心や意欲など全体で判断した」と繰り返した。
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福岡市の小学校で「国を愛する心情」を通知表に盛り込んだのは半数近い63校。市内の小学6年生のある
担任教師は、最初に通知表の文案が示された1学期の職員会議でこの文言に気付かなかった。当時の最大の関
心事は、本格導入された総合学習の評価をどうするかだった。教育内容の3割削減でカリキュラムが変わった
ばかりでもあった。気付いた後、評価をどうするか同僚と話し合った。結論は、「子供の愛国心は評価しよう
がない」。2学期以降は全児童の評価を3段階(ABC)のBにそろえた。評価方法を模索する動きもある。
昨年6月。福岡市中心部の公立小学校では、市教委が「将来の模範」と位置づける社会科の研究授業があった。
6年生の教室には、他校の校長や教員が詰め掛けた。「元寇」をテーマにした討論授業が始まった。ある児童
は「高麗のような属国になるくらいなら戦った方がいい。命を懸けて大切なものを守る」と訴えた。一方で「
話し合いで解決できる」という意見も出た。両論が出そろったところで、司会役の担任(37)が切り出した。
「戦争賛成と反対のどちらの立場でも、外国の侵略から日本の国を守りたいと思う気持ちは一緒なんだ」担任
は「国を愛する心情」を「歴史や伝統を調べてみることで育まれていく、自分の生まれた地域や郷土、国を愛
する気持ち」と解釈。「学習態度や授業中の発言、ノートを見れば評価は可能だ。元寇の授業を受けた子ども
は全員が愛国心を持っています」と話す。
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埼玉県行田市は昨春、市教委が事務局となり通知表改訂についての「検討委員会」をつくり、教員らが文案を
考えた。その結果、市内全15校の通知表に「自国を愛し」という言葉が入った。市内で昨年度6年生を担任
した教諭は、完全週5日制の導入で忙殺され、文言に気付かなかった。「削除すべきだと指摘したいが、1年
たって既成事実化した以上、とても言い出しにくい」京都府南部の宇治田原町では昨春町内の3小学校の教務
主任会で通知表のモデル案を作った。教務主任会に立ち会った校長は「国の文言を一字一句でも変えると、理
由についての説明責任が生じるので全く変えないようにした」と説明する。子供の通知表を受け取った福井県
丸岡町の40代の主婦は話す。「『国を愛する心情』をなぜ今、入れなければならないのか。親も子ども自身
も気付かないうちに、心の評価が浸透していくのは、戦前のようだ。子どもは国や権力を批判したら評価が悪
くなると思い、発言を控えてしまうのが心配です」
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米英のイラク攻撃、北朝鮮の問題……。国際緊張を背景に、「愛国」の言葉がよく語られる中で、排他的風
潮も漂う。そんな社会の足元を見つめる。この長期連載は87年5月3日の朝日新聞阪神支局襲撃事件をきっ
かけに始まった。事件は昨年、時効を迎えたが、今後も「言論・表現の自由」の今を追いかけ、連載を続けて
いく。