■《天声入語》
満員のソウルスタジアムが静まり返っていた。サッカーの韓日国際親善試合、後半のロス
タイムに日本がまさかのゴールを奪い1−0でW杯4強の韓国に勝ったからだ。「信じられ
ない。ホームゲームで負けるとは思わなかった」。韓国サポーターの一人が漏らした。
首都バグダッドを米軍に侵略されたイラク人の気持ちもこれと同じだろう。フセイン政権
に対する思いはどうあれ祖国を蹂躙されて快く思うものはいない。<解放>の笑顔の裏にあ
る複雑な思いがさまざまな形で噴出してきた。
たとえば治安の悪化だ。フセイン政権が崩壊し、警察機構も機能しなくなってしまった。
市内は無秩序状態に陥り、職員の安全が確保されないために病院すら閉鎖される始末。アメ
リカの言う自由と解放を、銃を持った自警団が巡回する街に見つけ出すのは難しい。自由と
無法とは似て非なるものだ。
メソポタミア文明の貴重な出土品が眠る国立博物館も略奪にあった。文明発祥を巡る第一
級の史料はことごとく持ち去られ、空の木箱だけが残された。世界的な文化遺産が失われた
ことは人類全体にとって計り知れない損失だ。
朝鮮統治時代に日本も美術品から資源・食料まで徹底的に略奪した。スポーツの親善試合
ですら両国の間に今尚ぎこちなさが残る。当時の略奪とはどれほどのものであっただろう。
日本の奪ったゴールは運が味方したものだ。いつ日本が奪われる側にまわってもおかしく
ない。勝利の歓びを味わうのもいい。「奢れる者も久しからずただ春の夜の夢の如し」。遠
くメソポタミアに思いを馳せた。