「あいつに焼香させるな」と書き残して自殺した「朝日」販売所所長
このところ自殺者急増の印象を抱くのは杞憂ではあるまい。
インターネットで出会った若い自殺志願者の心中事件が大きく報じられたが、
やはり最大の原因は経済的閉塞感か。
2月中旬、都内の朝日新聞販売所の所長が自ら死を選んだ。
まもなく発見された遺書には、借金苦だけでなく、「あいつに焼香をさせるな」と、
恨みを込めた名前が綴られていたのだ。
2月15日、北区のJR駅前にある葬祭場では、中内孝次氏(49)=仮名=の告別式が
営まれていた。
故人が朝日新聞の中規模の販売所所長だったため、本社役員の名が添えられた
供花が飾られ、本社販売局の部長が嗚咽を堪えながら弔辞を読み上げていた。
この告別式で、弔問客が一様に無念の表情を浮かべたのには理由がある。
死亡の原因が生命保険で借金を清算するという目的の覚悟の自殺だったからだ。
この3日前、新聞販売所の2階で夫人が、首をつっている変わり果てた夫の姿を発見。
直後に救急車で運ばれたが、すでに蘇生不可能の状態だったという。
同じ朝日新聞の販売所経営者がガックリ肩を落として話をする。
「慌てて病院に駆けつけた時にはもう霊安室に安置されていた。
15、16人の仲間が来ていて、簡素な祭壇に手を合わせていたけど、
普通に亡くなったのではないのはすぐにわかったからね。
この霊安室に、朝日新聞本社販売局の担当者も来ていたんです。
ところが、中内さんの奥さんが現れて、本社から来た地区担当者に向かって突然、
“パパの遺言です。お焼香をしないでこのままお引き取りください”と詰め寄った」
その剣幕に驚いた販売局の担当者は、半ば蒼ざめて退室したという。
販売所仲間が続ける。
「その後で、奥さんが言っていたのは、中内さんの遺書の中身のことなんだと
わかりました。コピー用紙3枚に黒のボールペンで書かれた奥さん宛ての手紙が、
職場のFAXの上に置かれていたそうです」
文面は、死を選んだことを妻に詫び、幼い子供たちの将来へ思いを馳せ、
さらに、借金をした知人、友人たちの名と額も几帳面に記されていた。
「遺書の中にも“自分の生命保険で、世話になった人への借金を清算して欲しい”と
はっきり書いてあった。保険証書も同じ場所に用意してあったそうです。
その遺書の文末に“最後のお願いですが”と震える字で、
焼香をさせないでほしいという2人の人物の名前が書かれていた。
その1人が、霊安室にやって来ていた本社の販売担当者だったわけです」(同)
社内的には「心不全」
故人が朝日新聞の販売店に勤め始めたのは昭和63年。
6年前に独立する形で、北区の販売所の所長を務めるようになった。
同じ地区の同業者は、
「彼は本社販売局から、“増紙”という部数拡大のノルマを押し付けられて、
達成のために自腹を切っていたのだと思います。運転資金にも困っていたね。
しかも、2年前から担当になった本社の販売局員には苛められて、
たまに酒を飲むとグチを言ってましたよ。
結局、友達や知り合いから、2000万円以上の借金をしてしまって、
このまま事業を続けても返せないと諦めてしまったんでしょう。
責任感の強い男だったから、生命保険しかないと思いつめたんだと思います」
では、追い詰めてしまった本社の販売局員本人はなんと言うか。
「亡くなった原因は、社内的に心不全と聞いていますが……」
霊安室の一件を忘れたかのように口を拭って自殺の事実すらすっとぼける。
これでは故人が浮かばれまい。(週刊新潮2月27日号より)