卑劣★在日団体がサンデー毎日を脅迫しました

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「あの男は、女優に逃げ場のない劇場のミキサー室に案内させ、突然、豹変したんです。
小柄な女優の服を引き剥がし、彼女が激しく抵抗すると、威圧しながら彼女の目の前で、
口にできないような行為をしたのです」
 あの男とは、演劇の分野では韓国で名門として知られる檀国大学演劇映画学科の李東逸
(イ・ドンイル)助教授(40)。身長180aを越える偉丈夫である。
 被害にあった女優は、日本の劇団に所属する女子大生。そして、冒頭の衝撃的な証言を
したのは、李助教授の通訳として劇場に同行した柳鐘局(ユ・ジョング)(32)氏だ。
 李助教授は今年7月末、日韓の文化交流を推進するこの劇団の公演に招待される形で来日した。
 事件は3日後に起きた。
 柳氏が続ける。
「その日は、劇団の公演の打ち上げパーティーが、劇場に隣接する事務所で行われていま
した。李助教授は酒は飲めないのですが、女優らの労をねぎらうように、深夜まで熱心に
懇談していました。そして、被害女性に『劇場施設を案内して欲しい』と声をかけ、自分
から進んで劇場へと行ってしまったのです」
 複数の関係者の話を総合すると、助教授は主演の続く事務所に一人で戻ったのは20分
ほどたってからだった。
「疲れた」と告げて、劇場関係者と握手してホテルへと戻った。
 事務所の前で、泣いている女優の姿を劇団員が見つけたのはしばらくたってからのことだ。
劇団員が尋ねると、
「私は韓国には行きません」
 とだけ告げ号泣した。劇団員が問いつめると、女優は李助教授から受けた屈辱的な行為を
劇団員らに語り始め、酒宴の場は、一瞬にして重苦しい雰囲気につつまれた。
 劇場からの通報を受けた所轄署が間もなく到着する。捜査員が女優から事情を聴き、
ミキサー室のカーペットに付着した体液などの物証を押収。宿泊先のホテルで李助教授を
逮捕したのは翌早朝だった。
 驚くことに、警察が逮捕した際、助教授は一緒に来日した韓国の女性演劇関係者と同じ
部屋に宿泊していた。劇団側は2人分の部屋を用意していたにもかかわらずにである。
助教授は強姦未遂の後、別の女性と”不倫関係”を続けていたことになるのだ。
 李助教授の身柄はその後東京地検に移送され、拘置された。
 ところが、約1週間後、助教授は突然、釈放されて、ソウルへと飛び立ってしまった。
 被害女性が一転して告訴を取り下げ、示談に応じたのだ。そして、関係者も沈黙し、
この事件が日本で表沙汰になることはなかった。

 父親のコネで事件はウヤムヤ

 いったんは闇に葬られそうになった事件は韓国側で蘇る。
 事件の噂が東京駐在の韓国紙特派員の間で広まり、容疑者の名前を伏せたまま、複数の
新聞が以下のように報じたのだ。
<この秋ソウルで開催される、韓日演劇フェスティバルに参加予定の日本の劇団公演を
見学するため訪日した某大学の助教授が、該当劇団の女優に性的暴行を加え、この女性の
申告で出動した警察に逮捕されていた>
 記事がきっかけになり、李助教授が教べんをとる檀国大学で大きな波紋を巻き起こす。
「最初はまさかと思いましたが、記事を見て、我々の学生会で運営するインターネット上
の掲示板に、在校生、卒業生からの問い合わせが毎日20件近く殺到したのです。李助教授
のことではないかと……。学校の名誉に関わる問題なので、情報収集を急ぎました。事実で
あることを確認した時は非常に不快に思い、李助教授を許すことができなくなったのです」
 ソウル市内の高級住宅地に広大なキャンパスを誇る檀国大学。演劇学科4年で学生会長も
務める丁海益(チョン・ヘイク)さんは、ソウル市内で本誌のインタビューに応じ、自らの
恩師でもある李助教授を激しく糾弾した。
 しかし、大学側の腰は重かった。日本から帰国した本人から直接説明を受けた大学関係者
はこう証言する。
「『あの事件は、日本側がでっちあげた陰謀だ』と李助教授は主張していました。『強姦の
事実などない。合意のうえで、ちょっとしたことがあった』などと開き直っていたのです」
 納得しない学生らは、矛先を大学当局へと変え、大学側は8月下旬に「李東逸事件・調査
委員会」を設置させ、9月9日までに報告書をまとめると約束した。しかし、あくまでも
大学の人事委員会に提出される報告書であり、学生への公表は拒んだ。
 ところが、韓国の有力紙が再び取材を始めたことで、事態は変わる。
 前出の大学関係者が語る。
「李助教授は『報告書』の提出期限2日前の9月7日に突然辞表を提出し、その場で受理され
ました。実は、有力紙が顛末を報じることが分かり、その直前の慌ただしい辞任劇につながっ
たのだと思います。
 助教授は「報告書」が提出される前日に辞職したため、大学側は報告書を無効とし、懲戒
解雇などの処分が出ることはなかった。
「ほとぼりが冷めたら、また表舞台に出てきますよ」
 これは前出の関係者の話である。
 それにしても、なぜ、事件は示談として処理され、大学側の調査もうやむやに終わったのか――。
 大学関係者や学生会の誰もが、その理由として指摘するのが、助教授の父親である李泰柱
(イ・デジュ)氏の存在だ。
 韓国演劇学会会長や国立劇場「芸術の殿堂」理事などを歴任し、日韓の文化交流事業にも
隠然たる影響力を持つ、韓国演劇会の重鎮である。米国留学を終え帰国した李助教授の檀国
大学への就任も、父親が同大学の定年退職と入れ替わるようにして実現している。誰もが、
「父親のコネあっての助教授就任」
 と口をそろえるところだ。
 さらには、被害にあった女優の所属する劇団と李助教授を引き合わせたのも、この父親だっ
たという。
 今年6月、アジア諸国間の文化交流を活性化させていた日本の劇団関係者がソウルでの
公演を成功させるべく、李泰柱氏のもとを訪れた。劇団は彼から惜しみない協力を約束され、
交流にふさわしい人物として息子の李助教授を紹介されたのだ。
 被害女性の友人が怒りを抑えきれない様子で語る。
「事件が起きると、父親の李泰柱氏が急きょ来日し、劇団のソウル公演を成功させるから、
息子を助けてくれと懇願したそうです。被害者のことなど頭になく、交換条件を示してきた
わけです。拒否されると弁護士を頼み、『合意の上での行為』を主張していた容疑者の息子
と示談させるべく奔走したのです」

 レイプは「ちっちゃな問題」か

 被害女性側の弁護士は、事件直後、関係者にこう語っている。
「彼女が告訴を取り下げない以上、『犯人』は間違いなく起訴され、刑の確定は免れない」
 ところが、自信を持って被害者と接触していたはずの弁護士が一転、
「加害者側の弁護士に、やりにくい相手が出て来た」
 と語ったというのだ。
 その相手とは、在日韓国人の間で英雄的存在の人権派弁護士、金敬得(キム・ギョンドク)
氏である。
 在日外国人として史上初めて司法試験に合格し、指紋押捺拒否運動、従軍慰安婦問題、
参政権運動を次々と手がけ、在日韓国・朝鮮人の権益擁護で主導的な役割を果たしてきた
中心的人物である。在日大韓民国民団が主宰する委員会の代表なども兼務する。
 こんな経歴の持ち主が強姦未遂の弁護を買って出たのだから、関係者は耳を疑った。
 レイプを経験した女性はほとんど例外なく「レイプ・トラウマ」に襲われ、精神的に
不安定になる。裁判ともなれば、二度と思い出したくない場面を、法廷で繰り返し争わな
ければならない。被害者が二重に追い込まれるケースが多いのも事実だ。
 結局、被害女性は、李助教授が強姦未遂を犯したという事実を認めることを条件に示談に
応じ、本人も劇団関係者も沈黙することになった。そして、彼女は、女優の道を断念し、
劇団を去っていった。
「彼女は逆に、裁判を続けられなくてゴメンネと言ってくれました」
 前出の柳氏は、そう語ると自分の無力さを悔い、目には涙を浮かべていた。
 李助教授の言い分も聞こう――。
 金弁護士は電話で取材を申し込むと、取り付く島もなく怒鳴りだし、一方的に電話を切られた。
 更に驚くべき対応をしたのは父親の李泰柱氏である。
「これは当事者がなに一つ言わない、終わった事件です。李助教授に法的な責任はない」
 と流ちょうな日本語で言い切ったのである。被害女性に対し謝罪の気持ちはないのかとただすと、
「むしろ僕は、この問題をもっと大きな視点でとらえたいと思いますね。今は、日本と韓国
が活発に文化交流をしようとする時期です。そもそも彼の訪日は日韓の文化交流のために始
まったのですよ。それがちょっとした事故になった。こんな個人的なちっちゃな問題で、
文化交流が被害を受けてはならない」
 ここまで言うのだ。
 加害者の李教授とは大学辞職後に一度だけ、携帯電話がつながった。図太い声で「取材ですか」
と聞き直し、
 「今、会議中だから、後で掛け直します」
 という言葉を最後に、二度と連絡がとれなくなった。
 金大中政権発足以来、活発化する日韓の文化交流は歓迎されることだ。だが、それを踏みに
じる行為を行った李教授と、強姦未遂を「ちっちゃな問題」と片付ける父親が日韓の橋渡し役
として失格であることは間違いない。