東ティモールのウソ
欧米列強の植民地支配の手法は様々だった。
ベトナムを支配したフランスは華僑を使って徴税からアヘン専売までやらせた。
スペインのカリブ海支配はただひたすらインディオの殺戮で、無人になると無人になると
今度は黒人奴隷を入れて働かせた。
香料を目指して東ティモールに来たポルトガル人は婦女を犯すことから始めた。「古参
兵の皮膚は甚だ黒いが、目鼻立ちが西欧人のそれを思わせるのはポルトガルの征服者がこ
こに子孫を残したことを示す。植民地を防衛する兵力を自分たちの息子でまかなうべく現
地の娘と結婚せよとの命令に兵士たちが従った結果だ」(N・ルイス「東方の帝国」)と
いうわけだ。
この小さな島に住む数十万の民は十一種の言語を別々に話す。ポルトガルが四百年間も
ほったらかしにして共通語も作らなかったからだ。
ただ現地女性に産ませた子供、いわゆるハーフカストは別で、彼らには教育を与えポル
トガル語も教えた。そして銃と父親の名、グスマンとかホルタとかを与えた。
彼らは母親の血筋より白人の血筋を誇りにし、忠実に植民地防衛のために働いた。母親
の血筋につながる島民が植民地支配に抵抗すれば、即座に彼らを殺しもした。
しかし七〇年代半ば、宗主国は無駄飯を食うだけの島を捨て、インドネシアが引き取っ
た。ポルトガルのほかの植民地ゴアがインドに吸収され、マカオが中国に帰属したのと同
じことが行われた。
島民の大半は喜んだ。地続きの西ティモールでは学校も病院もある。共通のジャカルタ
語ももつ。これでやっと東西の格差がなくなる、と。
しかしハーフカストの受け止め方は違った。彼らは宗主国に次ぐ支配者の端くれだった
から宗主国がいなくなれば次は自分たちが支配者だと思っていた。それがその他島民と同
じ扱いになるなんて。(
>>3に続く)