高山正之再び登場!新潮「変見自在」

このエントリーをはてなブックマークに追加
104自爆テロは処女の特権なのか
週刊新潮 5月30日号 変見自在 高山正之

自爆テロは処女の特権なのか

 パキスタンの西半分はそれこそ道もない砂漠地帯だ。もう一昔前、まだ新聞記者の
ころにそこを抜けてイランに入ろうとした。
 道先案内人を探し、さあ出発というとき外務省から電報で「イランに入れば逮捕さ
れる」から入国するなという。
 実はテヘラン駐在の見聞をまとめた本(『鞭と鎖の帝国』)を出し、それがいたくイ
ラン当局を怒らせたといううわさは聞いていた。
 で、テヘランの日本大使館に聞くと「その通り」。おまけに「あんたの百分の一ぐ
らいを英字紙に書いた大使がイラン当局に捕まったばかり」だから情報は確実だとい
う。
 確かにヘンだった。取材にはやたらうるさいイラン当局が、今回に限って「取材ビ
ザ?いいからいいから」とビザなし入国を勧める。さすがに無害通行ビザを与えてお
いて捕まえたくはなかったらしい。その真正直さがイラン人のいいところでもある。
 で、あの本のどこがイラン当局を怒らしたのか考えた。山ほど思い当たるけれど、
その中の一つに女子大生の処刑話がある。
 彼女はそのころのみんながそうしたように反王制を叫ぶ学生運動に加わり、ビラを
撒きデモにも参加した。そしてホメイニ師の革命が成就して間もなくに逮捕された。
 彼女が属したのは反ホメイニ派のムジャヒディンハルクだったとかで、彼女は叛逆
罪に問われて銃殺された。
 あの混乱の時代にはよくある話だが、取材する気になったのは、処刑のあと親元に
五百リアル、約七ドルが送られてきたからだ。
 こういうとき、普通は(と書いていいのかどうか)銃殺に使った銃弾の代金が請求
される。それが逆にお金が払われたのはなぜかというと、イスラムの教えでは女性は
処女のまま死ぬと天国にいく。しかしホメイニ師に逆らう大罪を犯した者を天国には
送れない。
 そういうときイスラム世界には便利な制度がある。一時婚(シーゲ)だ。適当な額
を払えば一ヶ月でも一日でも結婚できる。
105自爆テロは処女の特権なのか:02/08/14 18:45 ID:Z34QLWji
 売春とどう違うのかよく分からないけれど、ともかく彼女はこの制度を適用され、
死刑囚の監房の中で処女を失い、天国にいけない身になって処刑された。親元に届け
られた金はシーゲの代金から銃殺に使った銃弾の費用を差し引いたものだった。
 宗教の独善に吐き気を催しそうだが、イスラムにはそういう形で常に天国が考えら
れている。それも蓮の台といった抽象的な天国ではなく、妙に現実的に描かれる。そ
こには涼風が吹き渡り、緑の木陰の傍らには澄んだ小川が流れ下り、そして七十二人
の処女が待っている、という図である。
 いかにも砂漠と酷暑のアラビアならではの天国の描写だが、それを現世に引き写し
たのが十二世紀、暗殺集団アサシンを率いたハッサン・サバーフだ。
 彼はテヘランの西アラムートの山中にこの天国を作り、若者を眠らせては連れ込ん
でしばしの天国を味わわせた。そして大義に殉ずればあの天国に行けると説き、多く
の若者が再び帰ることのない暗殺者として旅立ったという。
 この天国観は二十世紀のイ・イ戦争で甦り、イランの少年志願兵(バシジ)が喜ん
で地雷原を駆け抜けた。そしてパレスチナの自爆テロへ、さらにアルカイーダの米国
中枢への特攻テロに引き継がれていった。
 ただ、少し気になるのが、この天国はどうみても男性用でしかない。女子学生が行
けなかった女性の天国はどんななのか、あちこち聞いてみたが、男物ほど明瞭な描写
にはめぐり会わなかった。あるいは処女ではない既婚の女性はどうなるのか、それも
よく分からなかった。
 イスラエルで、若い女性による自爆テロが続く。この前は結婚を控えた十八歳の女
性が決行し、その前も結婚前の処女だった。「天国は処女のみ」という教えがそうさ
せているなら、もっとやりきれない話だ。