俺とかが小説を書くスレ

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 朝。いやいやながらベットを出、いやいやながら出社をし、いやいやながら働いて、いやいやながら退社する。
家に帰れば疲れて寝込み、すぐにまたいやいやの朝が始まるのだ。
 俺は家畜の詰まった箱のような電車の中で、このいやいやの毎日を反芻し、もう限界だなどと思いながら、
仕事をサボることもなく休むこともなく続けている自分にうんざりして会社に着く。会社についたら考えない。
仕事をこなしている時は頭空っぽ。話しかけられると苦痛を感じ、いつもながらの残業の後、気後れしながら退社する。
 帰りの、朝の電車よりかはいくらか空いた電車の中で、俺は時間をもてあます。何か楽しい事でも考えられればいいが、
頭に浮かぶのは仕事の心配事ばかり、あれはどうしようこれはどうしよう。なにもできないまま期限が迫っている。
「はぁ」
 俺は人に聞かれることも気にせず大きな溜息をついた。なにか考えを変えてみようと窓の外に視線を移してみる。
そこには男が立っていた。暗い窓に写った車内。その中で、くたびれたスーツを着たサラリーマンが、
どこを見ているのか淀んだ視線を落とし、わたくし疲れております。そんな空気を発散している。
なにがそんなにつまらないんだよ。ああいう奴を見てるとムカついてくる。俺の嫌いなタイプの人間だ。
つまらない人間の代表のようなこのサラリーマン。どんな顔をしているんだと顔に視線を移す。
すると、そいつと目が合った。ああなんだ。こいつは俺じゃないか。窓ガラスに映った自分の姿を見て、
心底情けなくなってきた。
49:2006/01/24(火) 02:00:42
 夜の電車でよく見る風景。疲れたサラリーマンが雁首そろえて疲れた顔で眠ってる。
学生の頃の俺はそれを見て、こんな大人になりたくない!なんて思ったものなのだが、
みごとにそんな人間になってしまったな。
 今の俺を、陽子さんがみたらどう思うだろうか?きっと長い睫毛のあの冷たい視線で俺をみて、
表情を変えないまま視線を別の方向へ移してしまう。俺はそんな様子を想像してショックを受けた。
陽子さんに振られたような、見限られたような、今の自分をとても認められない堪らない気持ちになる。
じゃあどうすればいいんだよ?どんな俺ならそんな顔をしないんだよ。話したこともない
陽子さんに向かって問い詰めたくなる。
 いや。話したことなら少しはあった。制服を着ていたあの頃は、
そんな冷たい視線を浴びることもなかった気がする。

 朝。俺は特にいやいやとも思わずベットを出る。母親の作り置きした朝食を食べ、
自転車に乗って学校へ行く。昨日は遅くまで夜更かしをしていて一睡もできなかった。
眠れないから仕方なく、いつもより早い時間にベットを出た。いつも通る通学路が、
いつもと違って薄暗くて、不思議な雰囲気を漂わせていた。俺はそれを素直に
「綺麗だ」と感じながら、冷たい風を受けてペダルをこぐ。
 教室へは俺が一番乗りだと思った。教室からは物音一つしない。
俺が勢いよくドアを開ける。と、そこにはすでに陽子さんがいて、
椅子に座って本を読んでいた。
50:2006/01/24(火) 02:02:41
 俺と陽子さんの席は離れているから、特に挨拶もせず俺は自分の席に着く。かばんの中身を
机の引き出しに移し、机の横にかける。途端に教室は静かになる。若い男女が教室で二人きり。
しかしなんの会話も物音も立たない。ただ時々、彼女がページを捲る音が、サラッサラッと響いている。
俺はいたたまれなくなって教室から出たくなった。しかし急に教室を出ては、
彼女に一緒にいるのが嫌なのだと思われそうで出ることもはばかられた。
俺は何の気なしに教室を見回す。すると、大して熱心に世話をされていない
観葉植物の鉢が見えた。俺はこいつをダシに教室を出ることに決める。
「水遣り」という学徒が行うべき正しくも美しい行為のため、俺は堂々と教室を出た。
俺はトイレ手前の水道で水を換えながら、これはラッキーなのか
アンラッキーなのかなんて考える。でも彼女は、俺の事をなんとも思っていないだろうな。
いつも早く学校に来る彼女は、教室で誰かと二人っきりになる事など当たり前なのだ。
今日はたまたま俺だったというだけで、別になんということもないだろう。
 俺は心を落ち着けて、時間を置いたからか二人きりになることもそれほど抵抗なく
思えたので教室に戻った。相変わらず教室には陽子さん一人だけだった。
俺は彼女の読書の邪魔にならないよう、鉢植えを静かに置く。
51:2006/01/24(火) 02:04:43
「藤本君は花とか好きなの?」
 唐突に、本当に唐突に、彼女から質問を受けた。俺は一瞬何を言われたのかわからずに
黙ってしまった。彼女はいつものあの「我関せず」の瞳に少しだけ「?」の色を
湛えた顔で俺を見たままでいる。
「あ、ああ。花はあんまり好きじゃないけど、こういう葉っぱだけなのは好きかも」
「へー」とだけ言って、彼女はまた本へと視線を移した。
 なんてことのない会話だった。会話と呼ぶにはあまりにも言葉の少ない、
ただの言葉の応酬だったが、俺はすごく嬉しかった。俺は朝の会話のことを友人に
自慢したい気分になったが、このことは何故か人に言ってはいけない気がして、
人に言った途端その価値が薄まってしまう気がして、誰にも言うことはなかった。
しばらくは自分の中だけで満足する思い出として心の中に留めていた。俺はその時、
彼女をただ見ていただけの時よりも、彼女を少し好きになったのだと思う。

 と、窓の外の、駅名を書いた看板が通り過ぎていくのが見えた。
俺のいつも降りる駅より2駅先の駅の名前だった。周りのものが見えなくなるほど
考え事をするのは久しぶりだった。俺は珍しく、その事実でうれしい気分になれた。