一月前。
結局、僕はヒビキさんの後を追う事が出来なかった。
力も、覚悟も足りなくて。ヒビキさんの足手まといになる。
それが、痛いくらいに自覚できて。
だから、その場に留まった。ただ、ヒビキさんの背中を見送った。
また法事で屋久島に行くことになった。
それは、つまらない願掛けのようなものだったけれど。
あの日、この船でヒビキさんに出会えたから。
ホントは嫌だったけれど、母親について行くことにした。
逍遥と甲板を歩く。
あの日と同じように、少し母親と言い合いをして。
海面を見れば、あの日と同じようにイルカの群れがいて。
でもあの日とは違って。
変な替え歌を唄い、くしゃみをするヒビキさんはいない。
いつかのヒビキさんのように変な替え歌を歌い。
しばし海を眺めたりしていると――
やっぱりあの日と同じように、子供がイルカに気付いて。
あの日と同じように子供が――落ちる!?
子供が、海に――!
あの日とは違って、ヒビキさんは居ない。
子供を助けてくれるヒーローはいないのだ。
――今、ここに、ヒビキさんは居ない――
あの日の僕には理解しがたかったヒビキさんの行動。
今なら理解できる。
それは、損得や善悪なんかじゃなく。
ただ、そうあることが当たり前だから――身体が、勝手に動いた。
屋久島に着いた。
親戚一同が集まる場所。
やっぱりその居心地悪さは変わらない。
屋敷を抜け出して森に行く。
あれ以来、ヒビキさんには会っていない。
もしかしたら、と言う気持ちはあったけど、
初めてヒビキさんと出会えたように、今度もまたこの場所でヒビキさんに会える、なんて都合が良すぎる妄想だ。
魔化魍はまだ各地に潜んでいるんだ。
きっと、ヒビキさんは今もどこかで――――
「よッ!」
「うわぁ!」
「また会ったな」
いつかのように、ヒビキさんはそこにいた。
「ちょっと力を借りに来たんだ」
ヒビキさんは変わらなかった。
はじめて会ったときと、何も変わらなかった。
それはヒビキさんの強さで。だから、そんなヒビキさんに憧れたのに――
僕は変われなかった。
弱いままで、変われなかった。
「……また、あの木に――ですか?」
「いや、今度は違うんだ」
首を横に振るヒビキさん。
「貸して欲しいんだ。……君の、力を」
「…………っ」
それは、誘いだった。
求めて止まなかった言葉だった。
でも、僕はまだ――
「……僕なんかが、ヒビキさんの力になれるわけないじゃないですか」
あの日から、何も変わっていないから。
「子供を、助けてたじゃないか」
「……ッ。見てたんですか!?」
微笑み、頷くヒビキさんは
「その気持ちが、行動力が一番大事なんだ」
そう言葉を繋げた。
「無理に、とは言わない。気が向いたらでいい。猛士に来てくれ」
答えに詰まる僕を置いて、ヒビキさんは去って行く。
いつかと同じ、言葉だけを残した背中がそこにある。
「ヒビキさん!」
追い続けていた背中を、呼び止める。
しかしヒビキさんは立ち止まることなく、振り返ることなく進んで行く。
一年前、手の届かないほど遠くに行ってしまった背中。
それが、今は手の届く位置にある。
それは、きっと錯覚だけれども。
走って、追いつく。追いついて。そして、今度は。
――――二度と、見失わない。
高鳴る胸。
力強く、優しく、懐かしい、鼓動。
それはまるで、いつかの響きを思い起こさせた――――
仮面ライダー響鬼 完