1
「ここに興味深いデータがある」
佐藤の言葉に一同は固唾を飲んだ。
…成人男性性交経験率10%
確かにそう書いてあった。
「どういうことだ?」
池村は佐藤のデータを呑み込めず、思わず口に出して聞いた。
「ここ数年、女子高生の性の乱れ、果ては小中学生までが売春をしているという報道がなされていた。
だが、それは嘘だったんだよ」
「ちょっちょっと待てよ」
思わず池村は口を挟んだ。
「売春をするということは、相手になる男性がいるということだろ?いくらなんでも90%が童貞なんてあり得ない」
…最もだ
昨今の性の乱れは少女だけでなく、男性にも広がっているはずなのだ。
突然、高柳が口を開いた。
「わ、分かった。これは、特定の男性が複数の女性と性行為を持っているという傍証ではないのか?」
静寂。
確かにそうかも知れない。イケメンは一人で、多数の女をモノにする。使い古されたその事実が、俺たちに突きつけられただけなのか…
池村は唇を噛んだ。
2
「違うな」
佐藤のその言葉に、一同は顔を見合わせた。
「ど、どういうことだ?佐藤。俺たちにモテないという事実を突きつけて遊ぶために持ってきたデータだったんだろ?」
高柳が詰問した。
「だから違うと言ったんだ。そんな程度の会話をするためにデータを持ってきたんじゃない。
ところでお前ら、最近奇妙な感覚に襲われることはないか?」
…何を言ってるんだ?
佐藤は元々変わっていた。学校では、図書館に篭って難しげな本を一人読むのが好きだというタイプだ。
またおかしなオカルト本の影響でも受けているのだろう。
一同が溜息をもらしたその時、突然池村が立ち上がった。
「もしかして…」
佐藤は池村の表情を見て、ゆっくりと頷いた。
「池村は分かったようだな。高柳、お前は本物の非童貞を見たことがあるか?」
「え?見たことも何も、近所のお兄さんだって自分は非童貞って言ってたし、大学の仲間も夏に筆降ろししたなんて話してたぜ」
「成る程…、つまり非童貞か否かはあくまで自己申告に頼っており、お前はその目で確かめた訳じゃないんだな?」
「そ、そりゃぁ…だって、実際に他人のセックスなんて見る機会ないだろ?」
3
「そこなんだ」
池村が確信に満ちた表情で叫んだ。
「俺たちは騙されていたんだよ。実際に男と女が出会って、裸で抱き合う等という関係になるとは考えにくい。
俺たちは誰もその現場を見たことがないし、経験したこともない」
「待てよ、エロビデオがあるじゃないか」
にやにやしながら高柳が言った。
「あんなもの、いくらでも捏造できる。通常、セックスという行為は行われない。
しかし、メディアはまるで、全ての男女がセックスを気軽に楽しんでいるかのような報道を繰り返す。
ここから導き出される結論は…」
池村と高柳は息を呑んで聞き入っていた。
4
「非童貞とは、選民を意味するキーワードだったんだよ」
その言葉を理解するまで時間がかかった。
池村と高柳は、言葉をゆっくりと反芻し、自分の中に定着していくのを待った。
「つ、つまり、童貞こそが人間の本来あるべき姿。にも関わらず、なんらかの陰謀で非童貞が製造され、今も尚、非童貞を製造する国家的な陰謀が行われていると…そういうことか?」
佐藤はそれに答えなかった。
ただ、夜空を見上げて悲しそうな目をしただけだった。
「今日はもう遅い。帰ろう」
今、この世界で何かが起きているのは事実だ。
それが一体何なのか、今の俺たちにはわからない。
2003年10月5日現在
成人男性(満20歳以上)の性交経験率10%
―国連調査機関による