ラノベ・ロワイアル Part10

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 マンションから離れた市街地の端、電灯の切れ目付近に辿り着くと、佐山は立ち止まってラジオのスイッチを押し上げた。
 同時に空気の塊がスピーカーから吐き出され、両手に重い反動が伝わった。さすがに二回目なので、同行する誰も驚かない。
 微妙な沈黙を挟んだ後、以前と同じくすまなさそうな兵長の声がノイズと共に漏れた。
『……すまねえ、やっぱりどうしても許せなかった。あいつらとは別れたみたいだが、結局交渉はどうなった?』
「成否はつかず、一旦保留というところだよ。十全の結果ではないが、得たものはある」
 問題点と解決方法がわかっただけでもよしとすべきだ。
 理解とは短時間で容易に得られるものではない。歩みを止めぬまま、忍耐強く機会を待つしかないだろう。
「でもよ、ほんとにあんなんで和解できるのか? あいつら、俺が謝罪する暇もくれなかったぜ」
「肉耳おかずって感じだったよね。ぼくのことも無視されちゃったし」
「……聞く耳持たず?」
「そうそれ」
 謝罪という言葉からかけ離れた調子で、零崎とエルメスが話に割り込んだ。
「それに俺以外の殺人鬼はどうするつもりなんだ? さっきの放送の死人の数からして、まだたくさん残ってるだろ」
「心配しなくとも、私は私以外の全てを平等に扱うよ。君同様力づくでも跪かせて矯正するから安心したまえ」
 放送という単語に、隣に立っていた藤花が顔を暗くする。草の獣を抱く彼女の腕が強く絞まった。
 オーフェンと再会した直後に流れた十八時の放送では、二十四名もの人間の名が呼ばれてしまった。
 その中には、藤花の知人で零崎と同行していたという霧間凪、藤花を保護していた李麗芳、さらにその知人である袁鳳月と趙緑麗の名前が含まれていた。
(詠子君の知人も呼ばれてしまったな。再会の際には細心の注意を払って慰めねばなるまい)
 空目という少年は、彼女と何やら訳ありの仲らしかった。詳細を聞いてもサナトリウム的抽象表現しか返ってこなかったのが怪しい。
 妄想が百鬼夜行の中抱き合う二人を映したところで、兵長がふたたび口を開いた。
『そういや、もう放送があったんだよな。ちょっと聞きたいんだが、いいか?』
「知人の名前かね? ふむ、君は支給品扱いだから聞こえなかったのか」
『それもあるだろうが、そもそもあの時は電源切られてたからな。
……キーリとハーヴィーって名前は、あったか?』
 問いかけに、場に一瞬沈黙が満ちた。
 その間の意味に当然彼は気づき、声を張り上げる。
『呼ばれたのか!?』
「……キーリという名前は、確かに呼ばれていた」
『なっ……』
「ハーヴィー――ハーヴェイ君から名前は聞いていたが……残念な結果になってしまったようだね」
 息を詰めるような声と共に、漏れていた雑音が途切れる。
 が、すぐに低い唸り声が吐き出された。
『許さねえ……どこのどいつだ? くそ、ただじゃおかねえ、絶対ぶっ殺す……!』
 壊れたのではないかと思うくらい耳障りな雑音が、がりがりと空気を引っ掻く。
 同時に暗緑色の粒子がスピーカーから漏れ出し、鬼気迫る形相をした兵士の顔を形成していく。
 先程と同じ状況に、佐山は一瞬対応に迷う。今回は電源を切っても一時しのぎにしかならず、怒りに囚われていて説得を聞き入れてくれそうにない。
 悪罵と騒音をまき散らしながら空気を振るわせるラジオは、しかし唐突に止まった。
 落とされたのは電源ではなく、横にいた零崎の手刀だった。ラジオの筐体に向かい、右斜め四十五度の角度で筐体に吸い込まれ、硬質な打撃音が響く。
 一拍遅れてひときわ大きな雑音が漏れ、羽虫が散るようにノイズの顔面が霧散した。
『っ、何すんだ!』
「あれ、ラジオの雑音ってこう直すんじゃなかったか?」
「この場では間違っていなくもないが、それはテレビだよ零崎君。
……ともかくこの場は静まりたまえ。ここで君が怒りを呈しても、受け止めるべき相手には届かない」
『……っ』
 最後に舌打ちを残すと、雑音は消えた。
 もちろん、完全に怒りが収まったわけではないだろう。
 だから最低限、その感情の矛先と無謀な行動予定は修正させねばならない。
「君の怒りは理解できるが、本来一番にその激情を向けるべき相手――この場を創造した確固たる敵がいることを忘れてはならない。
その者の打倒のためにも、感情と能力は温存したまえ」
『んなこたわかってる! だが、キーリを殺した奴がこの島の中にいるってことも確実だ!』
「しかし殺人を強要される環境において、殺人者に能動的な意志があったかは証明しがたい。情状酌量の余地があると思わんかね?
第一、殺された君の知人は、君に復讐を望むような人間なのかね?」
『…………』
 返ってきた沈黙を消極的な理解と見て、佐山は説得を終了する。
 ひとまずは彼が感情のみに囚われることなく、周囲を顧みて先を見据えられるようになればそれでいい。
 事態の収束に胸中で息をつき、歩みを再開し、
『望んでいる、って言ったらどうする?』
 一歩目を踏んだ直後に響いた声に、思わず動きを止める。
 押し殺したような低い声は、先程よりも強い怒りを含んでいるように感じた。
 その原因が分からずにいると、こちらの返答を待たずに問いかけが来た。
『佐山、貴様は霊と関われる力があるか?』
「あいにくとない。君は特別のようだが」
 答えると、ふたたびスピーカーから粒子がこぼれ落ちた。
 今度は顔だけでなく、血と泥まみれの兵士の全身が瞬く間に形成されていく。
 ひときわ目立つ瞳孔部分の粒子が、射殺すような眼光を伴ってこちらを見据えた。
『死者のことを知っていたわけでもなく、“識る”こともできねえ奴が、勝手に引き合いに出す資格はねえ。
死者を薄っぺらい説得の道具に使うんじゃねえよ。俺はただ俺の意志で、キーリを殺した奴を恨んでいる。
……あいつがそれを望んでいるかどうかなんて、それこそ“本人”か殺人者に会わないことにはわからねえ。
どっちにしても、何よりも先に俺達の無事を望むだろうがな。そういう娘だ』
 最後の言葉だけは、兵帽の下に目を伏せて加えられた。
 しかしすぐに鋭い視線をこちらに戻し、彼は続ける。
『貴様の言うとおり、この世界自体にこそ一番の悪意がある。だがその中にいる奴の行動や感情すべてが、それに起因しているのか?
個々の人間には意志ってもんがある。状況やその外側に悪意があろうと、実際にぶつかり合うのはその中の人間だ。
情状酌量の余地は確かにあるだろうよ。だがそれを完全に認めるには、充分な時間か何か大きなきっかけか、あるいはその両方が必要だ。
それを貴様はわかっているのか?』
 叩きつけられた糾弾は、どこか追想するような感情も含まれていた。
 それでふと、佐山は気づいた。――これは、彼の実体験からの発言ではないかと。
 彼は既に死んでいる。
 このゲームの中でではなく、それ以前に死亡した結果、ラジオに憑依していると言っていた。その顛末は、あるいは現在と同じような状況だったのかもしれない。
『同じ巻き込まれた側にいるってのに、貴様は上から見下ろすだけで周りを見ちゃいねえ』
 その言葉を最後に、雑音混じりの声は途絶えた。
 ダナティア達のものとは違い、彼の弾劾には燃え上がるほどの感情が表れている。
 彼を殺人者と和解させるのは、彼女らとの交渉よりも難しいかもしれない。
 どちらにしろ、かけるべき言葉を見つけていないのは彼女らと同じだった。保留する他はない。
「死者を盾にしたことは謝罪しよう。こちらの浅慮だった。
だが、やはり復讐の幇助はできない。喪失は喪失しか生まぬのだから。
……今はただ、この競合を解決するために死力を尽くすことを誓おう」
 予想通り、言葉は返ってこなかった。
 その沈黙という返答に含まれるあらゆる意味を認めて、佐山は一歩踏み出した。


                            ○


 夜闇の中、佐山達はD−5に広がる森を南下していった。湿った土に足を沈め、冷えた大気の中を進む。
 零崎が先行して邪魔な枝や雑草を断ち、その後ろを草の獣を肩に担いだ藤花が続いた。
 最後尾にG-sp2をデイパックに挿し、ライトをつけたエルメスを引いた佐山が行く、はずだった。
「……また、あたしのせいで遅れちゃったね」
「君が気に病む必要はないよ。零崎君にはムキチ君が同行しているため問題ない。
むしろ後続に合わせるという行為を知らない彼に報復するため、もっとスローペースに行こう」
 気楽に言うと、藤花の緊張が少し和らいだ。
 障害を払う手間があるにもかかわらず零崎のペースは速く、あっという間に闇の奥に消えてしまっていた。
 佐山はともかく普通の女子高生である藤花が追いつけるはずもなく、自然に二人だけが取り残された形になる。
「もっと道が広ければ、ぼくに乗れるんだけどなぁ」
『セマイノ』
『みやした いたい』
「あ、ごめん」
 後ろ足を引きずられ抗議する草の獣を、藤花が抱え直す。
 正確には、二人と一本と一匹と一台と一台が、この場に存在していた。
 口数自体が少なく、内二名は文字のみであったり未だ沈黙を続けているため、それほど騒がしくはないが。
(……彼の沈黙は、こちらに対する非協力の意図もあると考えるべきだろうな)
 注意は前方に向けたまま、首に提げたラジオの筐体に視線を移す。
 こちらを見殺しにはしないだろうが、殺人者には確実に害を為すだろう。何かあれば、暴走する可能性もある。
 それでも、電源を切るわけにはいかない。彼の意志を遮断することは、分かり合うことを拒絶する行為に他ならない。
「……あの、ちょっといい?」
 視線を藤花の背中に戻すと、不意に彼女が口を開いた。
「何かね?」
「さっきは怖くて、言えなかったんだけど」
 話している間も、やはり足を引っ張ることを気にしているのか、彼女は歩みを止めない。
 表情を見せぬまま、おずおずと話を切り出す。
「あたしも、家族や友達が誰かに殺されちゃったら、その人を許さないと思う。
顔を見るのも嫌だし、仲良くするなんて絶対無理。きっと死んじゃえって思う」
 忌憚のない言葉は、先程の兵長に対する共感だった。
 語り出す前の“怖くて”の主語は、おそらく零崎だ。さすがに殺人鬼を公言する者の前では言えないことだろう。
 普通の少女であるため遠慮がちになり、また零崎に出会ってからは状況が落ち着かなかったこともあり、“藤花”とはこの状況に関する込み入った話をしていない。
 貴重な機会であると認識し、沈黙を持って先を促す。
「麗芳さんを殺した人だって同じ。あたしは絶対許せない。
……どんなに頑張ったって、そういう“嫌”って気持ちは、どうしても生まれちゃう。
それを全部消しちゃったら、心がないのと同じだと思う」
 何気なく出た単語に、佐山は思わず足を止める。
 今の彼女はブギーポップではない。“藤花”には、自分の詳しい事情もアマワのことも話していない。
 止まった歩みの意図を勘違いしたのか、藤花は慌てて立ち止まり振り返った。
「べ、別に佐山君が悪いって思ってるわけじゃないよ?
むしろ、ちょっと尊敬してる。そんな風に何かに一生懸命になれるなんて、すごくうらやましい」
 ここにはいない誰かを見ているような感傷を見せた後、彼女は真っ直ぐに佐山を見据えた。
「ただ、“状況が悪い”ってだけでなかったことにしちゃったら、殺された人達が思っていたこと全部が否定されるような気がしたの。
……少なくともここでは、佐山君の考えの方が正しいと思う。でも、あたしみたいな弱い人がたくさんいるってことを、認めて欲しいの。
否定してもいいから、拒絶しないで理解して欲しいの」
 告げられた理解、という言葉を佐山は胸中で噛みしめる。
 確かに彼女の言い分は、結局のところ弱者の甘えでしかない。
(だがその甘えを排除して、一体何が残る――?)
 新庄に会う前の自分ならば容赦なく切り捨てていたそれこそが、彼女が一番大切にしていたものではなかったか。
「……っ」
「佐山君!?」
「うわ、倒れる倒れる!」
 面影が脳裏をよぎった瞬間、激痛が来た。
 思わず胸を押さえ、結果ふらついた身体と支えを失ったエルメスが地面に叩きつけられた。
 デイパックとエルメスをクッションにした後地面を転がり、泥を全身に纏う。
『ダイジョウブ?』
「……ああ、問題ない、とも」
 傍らの木を支えに身体を起こすと、眼前に傾いたG-sp2が労りの言葉をかけた。
 実際は、まだ痛みは続いていた。だがそれを言い訳に、動きを止めてはならない。
(痛みなど……私だけのものではない!)
 兵長や藤花も――いや、この島にいる大半の人間がそれを抱えている。
 それが物理的なものか精神的なものかは関係ない。あるいはその大小にも拘泥すべきではないのかもしれない。
 ただそれが誰かに少しでも在るという事実が、この状況に抗わなければならない理由になる。
 肩を貸そうとする藤花の手をやんわりと払い、何とか自力で立ち上がる。
 軽く泥を払い、エルメスを近くの大木に立てかけたときには、痛みは既に止まっていた。
「いらぬ心配を掛けてしまったね」
「……もしかして、あたし何かした?」
「いや、君には何の責もない。私の心理的な問題が原因になっているだけなので安心したまえ」
「ならいいんだけど……って、どっちにしろ痛くなるならだめじゃない!
そういえばさっきのマンションでも痛がってたし……狭心症? 何か止める方法はないの?」
 心から自分を心配する藤花を見て、佐山は改めて理解する。
 彼女――ブギーポップではない宮下藤花は、本当にごく普通の女子高生だ。
 辛うじて加えるなら明るいという形容詞が似合いそうな――ただそれだけの少女。
「今のところどうしようもない。だが先程の君の発言で、耐えるための足がかりが見えた」
「そ、そう?」
 言葉を補っても、藤花の表情は曇ったままだった。こちらの狭心症に対する懸念と共に、自身の発言に対する恐れがあるのだろう。
 それを払拭させるためにも、彼女への答えを告げる。
「悲しみを捨てる必要はない。縋ったままでも構わない。耐えろ足掻け抗えとも今は言わないでおこう。
ただ、それを引きずってでも進みたまえ。停滞は緩やかな終焉にのみ繋がり、思いを劣化させるものだと知りたまえ」
 そして未だだんまりを続ける兵長にも、ひいては自分自身にも決意を示す。
「それを手伝うためにも、私は君を理解してみせるとも。
君の手を取り率いる価値を自らに付加するために。君にとって有り難い人であった彼女が、君に残した思いを失わせぬために。
そして未だ在る者も既に亡くなった者も、その存在自体が決して無駄にならぬように。
私が求めるのは喪失の許容などではなく、その徹底的な拒絶と克服なのだから」
 それこそが、新庄の求めた形であろうから。
 胸中でそう付け加え、佐山は口を閉じた。
 唖然としてこちらを見つめる藤花から目をそらすことなく、答えを待つ。
 場に沈黙が満ち、今まで気にも留めなかった木々が擦れる音が耳に届く。
 やがて、囁くような言葉が紡がれた。
「……たくさんの人が死んですごく悲しいし、実際に麗芳さん達を殺した人と対面したらどうなるかわからないし、ほんとはずっとうずくまって泣いていたいくらいだけど」
 そこで一旦言葉は切られ、彼女の口唇がゆっくりと弧を描く。
「今は、佐山君を信じるよ」
「有り難う」
 快い答えに、佐山は感謝と笑みを返した。
 藤花と自分の間にはまだ隔たりがある。それでもその距離を、自分と彼女自身が歩み寄って埋められたことは大きい。
 今はまだ、手を伸ばして指先に触れられる程度の距離でしかないけれども。
 握れるほどになるまで、そう遠くないように思えた。
 そんなことを思っていると、藤花がぽつりと呟いた。
「……にしてもあたし、助けられてばかりだなぁ。戦うのは絶対無理だけど、せめて足手まといにはなりたくないのに」
「自身を省みて前進できる人間が、私の妨げになることはありえない。私のように最低限慎ましやかな矜持は持っておきたまえ。
君といた彼女だって、君の存在を嫌がってはいなかっただろう?」
「……多分。初めて会ったときも混乱してるあたしを優しく落ち着かせてくれたし、心細い夜の間ずっと話し相手になってくれた。
それに、あたしのことを見て妹さんのことを……」
『みやした あめ?』
「え?」
 水滴が一つ、針葉の体毛に落ちていた。
 草の獣の声にあっけにとられる藤花の目から、透明な液体が堰を切ったようにこぼれ落ちていく。
「あ、あれ?」
『あたたかい』
 それに気づいた当人は頬に手を伸ばし、困惑を深める。
 ぬぐってもぬぐっても肌が乾くことはなく、ぼろぼろと涙が流れ続けた。
「どうしよ……放送聞いたときは現実感がなくって、今までは殺した人の方を考えてたから、大丈夫だったんだけど……」
 肩を振るわせながら、藤花は草の獣を強く抱いた。
 どうしようもない感情の奔流を押しつけるように、柔らかな体毛に縋り付く。
「今さら、ほんとに今さら、麗芳さんはもういないんだなって、実感しちゃって……」
『れいほう きえた?』
 草の獣は首をかしげ、曇りのない瞳を彼女に向けた。
『また あたらしい れいほう くる?』
「ううん、来ないよ……」
 嗚咽混じりの呟きに同調するように、首に提げたラジオから、わずかに雑音が漏れた。


                            ○


 藤花が落ち着いたのは、痺れを切らした零崎が戻ってきた後だった。
 ふたたび三人で森を歩き、草原に出て前方に倉庫らしき建物が見えた時には、既に二十二時を超えていた。
 結局荷物の整理をした後、そこで藤花に休息を取らせて零崎に周辺の探索を任せることとなった。
 佐山自身は、倉庫の外で見張りをしていた。コンクリートの壁と鉄扉に阻まれた内部では、訪問者への対応が遅れるためだ。
 もちろん鉄やコンクリートすら突き破れる存在は否定できないため、藤花のそばには兵長を置いていた。
 彼女を頼むと伝えた際にも応答はなかったが、非力な少女を見殺しにするような人物ではないと判断した。
『さやまは ねむらないのですか』
 制服の内ポケットにある割り箸から、ムキチの声が響く。
 万一の時彼に協力してもらうために、今回は草の獣の方が零崎に同行していた。倉庫内で見つけた頑丈そうな紐で、エルメスの荷台に固定して。
「三日程度なら徹夜可能のハイスペック仕様だよ私は。疲労回復は栄養摂取と身体を動かさないことだけで充分だ。
さらに君の排熱効果の恩恵も受けていれば、重畳といえる」
 零崎に刺された左手が強く握れなくなってはいるが、これはどうしようもない。
「だがそれでも、健全な女子高生である宮下君に充分な休息が必要なことには変わりない。
……口惜しいところだが、放送までは彼女らに活躍の場を譲るとしよう」
 呟き、遠方の闇夜に浮かび上がったマンションへと視線を向ける。
 ちょうど森を出た頃、少し前に別れたダナティアの声が島中に響いていた。
 彼女はこのゲームの打倒を宣言すると同時に明かりを灯し、マンションの屋上に姿を見せた。来るなら来いと言わんばかりに。
 彼女らならば、並大抵の殺人者など再起不能にして捕縛できるだろう。
 たとえ仲間が何人か欠けたとしても、その意志は残ったものが継ぐはずだ。
 今のところ、そこに悪役の入る余地はない。
 ひとまずは、彼女らの手の届かない部分を補うべきだ。零崎にも、マンションから遠く離れた南半分の地域を回るように言ってあった。
(主催者打倒、という点においては私と彼女は同じ立場だ。そこから私自身の往く道を定めなければならない)
 失われた者も失わせた者も前を向き、共に真に敵対すべき者に立ち向かわなければならない。
 そう彼らは宣言した。それはとても正しいことだ。
(ならば悪役は――正しく間違うべき自分は、何を為せばいい?)
 皆を正しく導くために、どのように間違うべきなのか。
 自分だけではなく、他の者が許し分かり合うためにはどうすればいいか。
 確固たる目的はある。それを成し得る意志もある。
 だが具体的な行動は――進むべき道は、まだ決まっていない。
 零崎をどう償わせるべきなのか、彼の被害者にどうすれば理解してもらえるのか。
 先程の藤花のような“被害者と自分”ではなく、“被害者と加害者”がどうすれば和解できるのか。
 兵長のように復讐を求める人間を、どうすれば説得できるのか。
(全竜交渉と違い、今回私は完全な第三者だ。
零崎君には被害者に出会ったらここに連れてくるように言ってあるが……より積極的に“悪役”として動く必要があるかもしれんな)
「……先は長いな」
『タイヘンダネ』
「今はまだ、手がかりに指が掠めだけにすぎない。私たちも、彼女らすらも、まだ何も取り返せていない」
『つきは とりかえせましたよ』
 胸元から響いた声にはっとして、佐山は空へと視線を向けた。
 数時間前は暗雲が立ちこめていただけのそこから、今は淡い光が漏れだしていた。
 ムキチの世界には存在しない、弱すぎて熱を取り込めない光。しかし真っ暗だった世界を、確かに照らしている。
「……確かにこれは、大きいね」
 ダナティア達がこの世界から取り戻した、一片の光。
 あれに比肩するものを、自分も取り戻さねばならない。


                            ○

「しかしさっきの放送――」
「また雰囲気エロい人だったっけ?」
「あんな長い名前よく噛まないよな」
「そりゃ自分の名前だから。ふつーさ、もっと他に感想が浮かぶものじゃないの? すごかったー! とか、なんだこいつ! とかさ」
「特にねえな。……あー、また謝りに行ったとき、これにも関して聞かれるか? 面倒くせえ」
「後が面倒になる殺人なんてしちゃだめだよ。キノみたいに本当に必要なときだけずがん! じゃないと」
「殺したときは面倒になるなんて思わなかったからな。
殺しちまった奴の仲間とまともに話した経験なんてねえし、どうすりゃいいんだ?」
「とりあえず相手の気持ちを想像してみたら? 君だって、死んだら悲しかったり困る人が一人くらいいるでしょ?」
「いねえな」
「うわ即答されたよ」
「しいていうなら――まぁ、兄貴だが……こっちに来てから何か記憶が曖昧で、生きてんのか死んでんのかわからねえ。だからノーカンだ」
『ぜろざき ろんりー?』
「独身義賊ってやつだね。っていうか、そもそも何で謝ろうしてるのさ?」
「傑作なことにあいつに負けちまってな。それであいつの仲間になることと、殺しちまった奴に謝ることを約束しちまったんだが……」
『やくそく? さやまとやくそく?』
「ああ。っつてもつまんなくなったら抜けるってだけのきまぐれだがな」
『きまぐ――まぐれやくそく?』
「かはははっ、そうとも言えるな! まぁ悪気は一応あるし、今んところは守る気でいるが……やっぱりちょっと面倒になってきたな」
「それほんとに悪気あるの? 確かに、ダナティア達にも謝らないといけないのは難しそうだけど」
「聞かれたから坂井以外にも殺ったって言ったら、そいつの知人にも謝れって言われるしなぁ。名前も知らねえってのに。
〈策師〉や追われてた人類最強が死んでくれたから動きやすくはなったが……どーっすかなぁ」
「ここがいわゆる証券馬だね」
「……正念場?」
「そうそれ」
【E-4/倉庫前/1日目・23:00】
【佐山御言】
[状態]:左掌に貫通傷(物が強く握れない)。服がぼろぼろ。疲労回復中。
[装備]:G-Sp2、木竜ムキチの割り箸(疲労回復効果発揮中)、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1800ml)
    PSG-1の弾丸(数量不明)、地下水脈の地図
[思考]:放送まで待機。悪役としての今後の指針を明確にしたい。
    参加者すべてを団結させ、この場から脱出する。
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる(若干克服)

【E-4/倉庫/1日目・23:00】
【宮下藤花(ブギーポップ)】
[状態]:休息中
[装備]:兵長
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1500ml) 、ブギーポップの衣装
[思考]:佐山に同行。殺人者を許せない。

【E-4/平地/1日目・23:00】
【零崎人識】
[状態]:エルメス運転中。全身に擦り傷、疲労回復中
[装備]:自殺志願、エルメス
[道具]:デイパッグ(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
    包帯、砥石、小説「人間失格」(一度落として汚れた)、草の獣(疲労回復効果発揮中)
[思考]:島の南方面を探索。
    悠二、シュバイツァー(名前は知らない)の知人に出会ったら倉庫に連れて帰る。
    気まぐれで佐山に協力。参加者はなるべく殺さないよう努力する。
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。
※持っていたパン三人分は二人に分けました。