【栗本薫】グイン・サーガ90【惰性の靄】

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991イラストに騙された名無しさん
ケイロニアの都サイロン、すべての赤い街道のゆきつくところにして、
黄金と黒曜石との幻影にも似た神聖なる都サイロンには、猫の年が訪れてこのかたというもの、
季節のうつりかわりにもうつろうことのない、災厄の陰翳がその不吉な翼を拡げていた。
992イラストに騙された名無しさん:2006/11/04(土) 17:22:52 ID:52SYEz1N
七つの緑の丘と疎水とによって守られ、伝説のシレノスの再来ともささやかれる奇怪な半人半獣の王をいただき、
その帝王の勇猛ゆえに、竜の年よりこのかた、虎視眈々たる近隣諸国の野望のツメがのばされることもなく、
匈奴のウマのヒヅメにふみにじられることもなかったサイロンの都に、鹿の年の盛大なる即位の宴以来はじめて迎える危機が、
忍び寄って来ようとしているのである。
993イラストに騙された名無しさん:2006/11/04(土) 17:23:29 ID:52SYEz1N
マリウスは死にかけていた。彼は、これでもう丸四日というもの、水しか飲んでいなかったのである。
994イラストに騙された名無しさん:2006/11/04(土) 17:23:43 ID:52SYEz1N
赤い街道を、彼の倒れ伏しているかたわらをかけぬけてゆく隊商の群れや、伝令、飛脚、そうしたものはいくらでもあった。
995イラストに騙された名無しさん:2006/11/04(土) 17:24:01 ID:52SYEz1N
しかし、かれらは、頭にミロク教徒の黒いマントをすっぽりとかぶって打ち伏している彼に、目もくれようとはしなかった。
996イラストに騙された名無しさん:2006/11/04(土) 17:24:17 ID:52SYEz1N
人情あつい北方とことなり、もう中原もだいぶ南方にちかいこのあたりでは、
人は、自分のウマの水は自分で確保しろ、というロムスの教えを忠実に守っているのである。
997イラストに騙された名無しさん:2006/11/04(土) 17:24:59 ID:52SYEz1N
越えてゆかねばならぬ、幾多の困難をはらんだ日々が、かれらの前にひろがっていた。
998イラストに騙された名無しさん:2006/11/04(土) 17:25:11 ID:52SYEz1N
 おだやかな嵐のあとの海は、ゆうべのあらあらしさの名残りもとどめず、レントの海はとろりと甘い紺青を空にうつして凪いでいる。
999イラストに騙された名無しさん:2006/11/04(土) 17:25:26 ID:52SYEz1N
「リンダ……」さっきから、イシュトヴァーンは力を少しでもたくわえるのだといって、船室の隅で、毛布をかぶって眠っているらしかった。
1000イラストに騙された名無しさん:2006/11/04(土) 17:25:57 ID:52SYEz1N
彼にとっては、過ぎたことよりも、これからおこることの方がいつでも重要なのだ。
「ねえ、リンダ、そんなに気をもんでも、しかたがないよ」 レムスが昼食をのせた盆をかたわらにおいて、
窓べからうごかず、青い海をじっと見つめている姉のそばへ、つと寄った。

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