祐巳のトレードマークであるツイン・テールを、現在飾りたてているリボンが、
姉である祥子からのプレゼントだということは、瞳子ならずとも、薔薇の館の住人ならば誰もが知っていた。
特に包み隠すことも無く、皆の前で、祥子から祐巳に渡されたものだからだ。
可南子が祐巳に、好きな色は? などと聞いている。察するに、可南子も祐巳にリボンを贈るつもりか・・・・・・。
自分なら、すぐにリボンを贈って“お祖母ちゃん”たる祥子さまに対抗するのは避けるかな、と瞳子は思う。
ただ、瞳子は何も贈るつもりはない。妹がいる上級生に妹でもない下級生が、突然プレゼントをするのは不自然だろう。
・・・・・・不自然だろうか? まあ不自然だろう。
休日、デパートに出掛けた瞳子は、婦人用アクセサリー売り場へ足を運んだ。
リボンを贈ろうとも探そうとも思ったわけではない。ところが偶然というのはあるもので、目の前の陳列棚に、まさしく<<あれ>>が見えた。
ことによると祥子さまもここで買われたのかもしれない。
祥子から贈られ祐巳の頭を飾っていた、竜胆の色。そして、忘れもしない忘れな草色。
ある日の放課後、薔薇の館に赴いた瞳子の目に入ったのは、
竜胆色のリボンを手に困り顔の祐巳と、涙ぐみながら謝っている可南子の姿だった。
「・・・・・・どうかなさいましたか?」
「あ、瞳子ちゃん。あ、ちょっとね、メロンの染みが・・・・・・あ、メロンというのは
前薔薇さまからの差し入れでね、あ、あの覆いの中のが瞳子ちゃんの分」
「はぁ、ありがとうございます。・・・いやちょっと落ち着いてください、祐巳さま。メロンがどうしました?」
「う〜ん・・・・・・いや、リボンにね、メロンの汁が垂れてたみたいで、ちょっと染みになっちゃって・・・・・・」
「お姉さますみません。本当にもう、もうわたし・・・・・・」
「だから可南子ちゃんも、本当にもう謝らなくてもいいって。仕方ないよ、これくらい」
姉の頭越しにメロンに手を伸ばした妹の不手際、というところか。まったく、でこぼこ姉妹なんだから。
「気付かなかったのですか?」
「すぐ拭いたんだけど。あとは乾けば何とかなるかと思って」
「祐巳さまは、お甘い。まさにメロンよりも」
「おっ、瞳子ちゃん、座布団一枚」
「それはいいですから・・・・・・祥子さまからの贈り物なのでしょう?何とかしてあげましょうか?」
「何とかなるの?」
「母の着物を扱っているお店が、染み抜きがとても上手らしいんです。2〜3日預からせていただければ、新品同様でお返しできると思いますわ」
「わ、助かるぅ。瞳子ちゃん、ありがとう」
リボンをせしめた瞳子は、早めに薔薇の館を出て、デパートに向かった。
<<片割れ>>と突き合わせて確認する。間違いない。模様も細かいから、柄の位置で見分けることも不可能だろう。
瞳子は叩きつけるようにして、代金を支払った。
「毎度ありがとうございます」
店員の声を背中に聞いて、瞳子は早足でそこから立ち去った。
メロンの果汁を吸った竜胆色のリボンは、今瞳子の手にある。
夕食を済ませ、バスで汗を流して、フリルのゆったりしたネグリジェに着替え、ベッドの上に胡坐を書き、
目の前に祐巳のリボンを置いてみる。自分自身滑稽で、笑いが込み上げた。
明後日、祐巳に新品を渡しても気が付くわけがない。
「感謝してほしいものですわ。正真正銘新品なのですもの」
瞳子は膝まで捲り上げたネグリジェの裾をつかみ、身を乗り出すようにして、竜胆に話しかけた。
「・・・・・・さて、あなたはどうしましょうか? 押し花にでもしてあげましょうか?」
瞳子はリボンをつかむと、六つに折って部屋の隅に置き、本を一冊上に載せた。
視線がしばらく部屋をさまよい、机の上の広辞苑に目を止めると、それも重ねて載せた。
テレビを点けると、見たことも無い番組をやっていた。
最後まで見てテレビを切り、それからベッドに横になり、
瞳子は、顔を覆って、泣いた。
了