「頭、痛い……」
いつものように卓球場でひとりラケットを振っていた私は、ふいに訪れた鈍い痛みに額を押さえた。
それは『激痛』というほどのものではなく、しかも数分くらい卓球台に手をついて大人しくしていたら、じきにスーッと楽になった。
ただ、最近こんな頭痛を覚える瞬間がときたまある。
最初は確か、8月19日の深夜1時ごろだったと記憶している。
(これはいったい、どういうことだろう?)
何か悪い病気にでもかかったのかと思って、医者の扉を叩いたこともあるのだが、しかし診てくれた医者は「何にもない」というのだ。
『しかし、おかしなこともあるものです。最近、あなたと同じ軽書校の生徒さんたちが何人も、
あなたと同じような症状を訴えて診察に来るんですよ……あの学校、何かあるんですかねぇ?』
首を傾げる医者に対して、私は何の心当たりを伝えることもできなかった。
そういえば、ここのところ変な夢も見る。
なぜか私が、この卓球場で黒い顔をした怖い人たちに襲われる夢だ。
そのあと、私は……
(あれ、思い出せない――?)
私はしかし、それを思い出したいとは思わなかった。
そういえば、頭痛が始まったのはあの夢を見るようになってからだ。
このふたつは、何か関係があるのだろうか?
これは、いったい……?
「……野村さん?」
「えっ! あ……お、乙一くん……?」
いつの間にか、乙一くんが私の顔を不思議そうに覗き込んでいた。
なぜだかわからないけれど。
私は、乙一くんの顔を見るのがとてもとても久しぶりに感じた。
そんなこと、ないのに。
昨日だって、ここで一緒に部活したのに。
何がなんだか、さっぱりわかんない。
「どうしたの?」
「え? ……あ! いや、えと、あの……その……!」
どきどきどき!
乙一くんの顔が近い。
ほんの数ミリ、くちびるを前に突き出したら、届いてしまうくらいに。
乙一くんの顔が、近づいてくる。
「乙一くん……!」
あわてる私に気づきもしないで。乙一くんの額が、私の額に触れた。
「あ……っ」
「熱があるみたい、だけど?」
「ち、違……っ!」
これは、ただ……
……私が、色惚けしている、だけだよ……
「熱とかじゃないの!」
私はあわてて乙一くんの胸を押して引き離した。
「大丈夫。大丈夫だから」
そして、戸惑う乙一くんにニッコリと笑ってみせた。
「ほら。わたし、元気だよっ!」
「……そ、そう」
面食らった乙一くんが、あまりにも可愛らしくて。
私は、もっともっと笑える気がした。
「さあ、乙一くん」
「うん」
「部活しようっ!」
「……うん」
こうしてまた、いつものように、新しい今日が始まる――