もしもライトノベル作家が一つのクラスにいたら3

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 十傑衆の後を追うように歩きながら、時海は思う。
(でも……どうして、師走くんが?)
 この騒動は、売れていない人間が暴れているものだと思っていた。
 だが、師走のレポートの売り上げは、自分と同じぐらいか……おそらくこの間の新作で抜かれただろう。
 それに……悔しいが、評価では自分のものよりも、師走のレポートの方が上だ。
 それなのに、なぜ、師走が黒化してしまったのか――?
「?」
 ふと、前を歩く十傑衆の足が止まった。時海と上田も足を止める。
「おや、どうしたんだい?」
 上田が言うと、十傑衆が同時に振り返って、言った。
『富士ミスの匂いがする』
 ――富士ミスの匂い?
「この匂いは」「DQNな弁護士」「薄いヒロイン」「滑ってる共産娘」「アホな検事」「逆転裁判」
「半分以上が法廷」「異議あり」「異議あり」「異議あり」「異議あり」「異議あり――」

『――師走トオルの匂いだ』

 はっと、時海は顔を上げた。十傑衆の視線が見据える先――階段の上。
 そこに。
 師走トオルが、いた。

「師走くん……!」
 階段の上に佇む、師走の姿。
 ――その姿は、血にまみれている。
 そして、その手に握られているのは――ボウガン。
「!」「!」「!」
 師走がボウガンを構えるのと、十傑衆が銃口を上げるのは、ほぼ同時。
「――なんで」
 そして、不意に師走が口を開く。
「なんでお前らが邪魔をするんだ、時海、上田ぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」
 師走が、吠える。
 矢が、放たれる。
 それと同時に、十傑衆の銃口が、火を――
「撃たないで」
 それを押しとどめたのは、時海。
 そしてその、時海へと向かって飛ぶ、矢が。
 ――時海に突き刺さる。
「――っ!」
 左手に鋭い痛み。手のひらから甲へ、矢が貫通していた。
 それでも、時海は悲鳴を上げず。
 流れる血をそのままに、階段を上り始める。
「な――」
 師走は動かない。動けないのか。左手から血を流して、それでも自分に向かってくる時海を見つめたまま。
 そして、時海は。
 師走の前に立って。

 ――パァン、と乾いた音が響いた。

「もう……やめようよ、こんなの」
 頬を叩かれた師走は、呆然として。
 叩いた時海は、なぜか目尻に涙を浮かべて。
 正面から、富士ミス二期生の二人は向かい合う。
「どうして……どうして師走くんがこんなことするの?」
 あの、地獄絵図と化した富士ミス班。暴れ回った師走。
「――時海」
 不意に、師走が口を開く。時海の顔を見据えて。
「お前は、富士ミス班にいて、それで満足なのかよ?」
「……え?」
「あんな沈没しかけた、いつ無くなるかも解らない班の作家で、お前は満足なのかよ!」
 師走が叫ぶ。どこか、悲痛な叫び。
 ――それは、暴走した富士ミス班の作家の、全ての心の代弁のごとく。
「本を書いても電撃班や本家のファンタジア班に比べれば全然売れねぇ、おまけに地雷だ何だと騒がれて、
もはや地雷であることだけにしか存在意義のない班にいて、それでいいのかよ!」
「師走、く――」
「いつか富士ミス班は無くなる、おそらく遠くない未来に。あざの先輩や水城先輩のレポートが終わってしまえば、
富士ミス班には何も残らねぇ、いずれ班自体が無くなり、レポートは全て焼却処分されて、誰の記憶からも消え去る……
それが解ってる班に、何の意味があるんだよ! 何もねぇじゃねぇかよ!!」
「そんな――約束したじゃない! 三人で、富士ミス班を支えていこうって、忘れちゃったの、師走く――」
「覚えてるよ」
 時海の叫びに、師走はまるで吐き捨てるかのように、返す。
「あぁ、このライトノベル校に入学したときは、俺だって希望に満ちあふれていたさ、たとえ地雷班と名高い
富士ミス班でも、いつか俺たちがそれを変えてやるんだって、そう思っていたさ――」
「だったら――」
「だけどな!」
 時海の抗弁は、師走の怒声にかき消される。
「俺たち程度の力じゃ何も変わらねぇんだよ! 所詮は富士ミスでそこそこ売れたってだけの話だ、
何も変わらねぇ、富士ミスが地雷レーベルなのも、沈没寸前なのも――何も変わっちゃいねぇんだよ!
富士ミスに必要なのは俺たちじゃねぇ――電撃班の上遠野先輩みたいな、もっと名の知られている
有名作家やメディアミックスの起爆剤なんだよ……どこの馬の骨ともつかねぇ新人じゃねぇんだ」
 吐き捨てるように、師走は叫ぶ。
「俺は必死でやった、必死で書いた、だけど何も変わらねぇ、富士ミスは富士ミスのままだ――
だったら俺たちのやってることに何の意味がある? 俺たちの書いたレポートに何の意味があるんだ!?」
『――甘えるな』

 唐突に、無個性な、無機質な声。
 そして、師走へと突きつけられる、十個の銃口。十傑衆の銃口。
「富士ミスは」「沈没寸前」「地雷レーベル」「そんなのは百も承知だ」「そんなものだ」
「だが」「かつては電撃も」「地雷レーベルと呼ばれていた」「地雷の山に埋もれていた」
「それを」「一大勢力まで」「育て上げたのは」「名もない新人たちの力だ」
「甘えるな」「売れないからなんだ」「地雷レーベルだからなんだ」
「認められたかったら」「ただ書き続けろ」「命を削って書き続けろ」
「富士ミスを変えたいと願うなら」「変えられるレポートを己の手で書き上げろ」
「お前も」「曲がりなりに」「作家の一人だろう」「師走トオル」

 まるで十人が一人となったかのごとくに、十傑衆の言葉は続く。

「新人が」「自分のレポートの意味を問うなど」「十年早い」「片腹痛い」
「悔しければ書き続けろ」「書いて書いて書きまくれ」「書けなくなるまで書きまくれ」
「そして書けなくなったなら」「それでも自分の名前が忘れ去られていたら」
「今度こそそう叫んで見せろ」「そうしたら」「俺たちはこう答えてやる」

『俺たちは、お前のことを覚えている』

「――――」
 がくりと、師走が膝から崩れ落ちる。
「師走くん!」
 それを支える、時海の手。
「……時海、俺は……」
「ううん、何も言わなくていい」
 時海は首を振る。そして、左手の痛みを堪えながら、それでも満面の笑みを浮かべて。
「まだ――頑張ろう?」
 そして、時海は師走の身体を抱きしめた。
「……やれやれ、とりあえずは一件落着なのかな」
 それを見上げながら、上田が肩を竦めて慨嘆する。
「まぁ、師走君の気持ちも解るけどね」
 独り言のような上田の言葉に、答えたのは、十傑衆。

「確かに」「富士ミスは消えゆくレーベルだ」「電撃のようになる前に」「消えてしまう可能性は高い」
「だが」「どんなレーベルも」「いずれ消える」「失われる」
「どんなレポートも」「いずれ再版はかからなくなる」「消えていく」
「どんなものも、いつかは確実に失われていく」

『だが』

「俺たちはそれを覚えている」「富士ミスというレーベルがあったことを」「一つの地雷レーベルの存在を」
「そこで書かれた数々の地雷を」「数々の駄作を」「そしてごく一握りの良作を」「傑作を」
「いつまでも覚えていてやる」「愛し続けてやる」「俺たちの本棚に残し続けてやる」


『――それが富士ミスの住人にして十人だ』


【師走、黒化解除。時海ルート終了】