もしもライトノベル作家が一つのクラスにいたら3

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139川上始動1/4
 何の変哲も無いただの教室。
 けれど妙な懐かしさを感じる不思議な教室。
 川上稔は一人、誰もいない教室の壁に向かって立っていた。
「古橋さん……」
 殴打。
 壁が重い音を立てる。拳に鈍い痛み。
 しかし、川上の拳は止まらない。
 殴打。殴打。殴打。
 今、電撃班の皆が黒化した古橋を追って行動している。
 見つければ即、戦闘。誰が戦っても相手が黒古橋なのだから、タダではすまないだろう。
 彼を止められる程の戦闘力の持ち主はそういない。
 だが、今、壁を殴る自分の拳にはその力がある。
 恐らく自分が出れば被害は一点集中、最小限に抑える事ができるだろう。
「しかし……しかし……!」
 黒化したから殴って黙らせる、と。本当にそれだけが正しいのだろうか?
 確かに黒化は過ぎた力だ。放っておけば皆が危ない。
 恨みで行動するのは馬鹿げていると皆が言う気持ちも分かる。
 最大多数の為に一人を打ち倒す。その理屈も良く分かる。
「だからと言って古橋さんの恨みまでを黙殺する事が本当に正しいのか?!」
 ひときわ強く殴打。
 壁に穴が空いた。拳からは血が流れている。
 しかし川上は止まらない。
 通信機を切り、誰とも喋らず、ただ自問の為に拳が振るわれる。
「あの人の恨みを叩き潰して、無かった事にして、その上に平穏を立てる事が本当に正しいのか?!」
 血を吐くような叫び。
 川上の拳は止まらない。
 血が流れつづけている。
140川上始動2/4:03/08/07 17:07
「川上君、何してるの?!」
 扉が強く開かれ、少女が一人飛び込んで来る。
 長い黒髪をなびかせ、尖った耳の少女が壁を殴りつづける川上の手を握る。
 己の手が血濡れになる事にも構わず、川上の顔を低い位置から強く見上げる。
「さとやす君か……。君も古橋さんを止めるために動いていたのか?」
 壁を凝視し、抑えられていない右拳だけで壁を殴りながら川上が呟く。
「やめてよ川上君! そんな事して……怪我までして!」
「今、ラウンジに生徒達が終結している。彼らが束になれば、いくら黒化した古橋さんとて最終的には捻じ伏せるだろう」
 さとやすの声は川上に届かない。
 ただ、川上は壁を殴り続ける。
「俺も古橋さんもコア作家だった。作品は売れず、強烈な信者だけがいて……」
 そして二人とも少し前、今までに無い売れ行きのレポートを書いた。
 コア作家でいる事が不満だったわけではない。だが、売れるレポートを書けた事は純粋に嬉しかった。
 その喜びを分かち合えたはずの友が、過去の傷を抉られ恨みに任せて動いている。
「俺には古橋さんの気持ちがよく分かる。だからこそ、皆の様にただ彼を捻じ伏せる事が出来ん……!!」
 壁にまた穴が空く。
「川上君が言ってる事、なんとなくボクも分かるよ。ボクは川上君とずっと一緒に絵を描いて来たんだから。
 だから本当によく分かる。川上君が古橋さんと戦えなくても、それでもいいと、ボクは思うよ」
 さとやすが壁に突き刺さった拳に優しく手をそえる。
 川上の両の拳を小さな両手で包み込んで、静かに言葉を紡ぐ。
「皆が古橋さんと戦うのは悲しいね。皆に分かってもらえない古橋さんも悲しいね。でもね……」
 さとやすの見上げる視線が、川上のそれとぶつかる。
「いつも頑張ってる川上君がここで諦めちゃうのは、ボクが悲しいな」
 川上は無言。殴打の音も無く、たださとやすの声だけが響く。
「今までずっと川上君は皆がよくなるように頑張ってきたんでしょ? なら、今回だって、同じ様に頑張ろうよ」
 さとやすの声は優しい。
「戦うだけが川上君の出来る事じゃないでしょ?」
「――!!」
 川上が目の前の少女を見つめる。
141川上始動3/4:03/08/07 17:07
 さとやすが言葉を続ける。
「戦うだけじゃなくて、喋ったり、考えたり、変わった事思いついたり、後は……その、えっちな事したり……」
 耳まで赤くしたさとやすを見下ろして、川上の表情がゆっくり変わる。
 緊から笑に。拳はとかれ、さとやすの手を握り返し、何かが吹っ切れた笑い声が教室に響く。
「そうだ。確かにそうだな、さとやす君。俺にはできる事が山ほどある」
「それじゃあ今の川上君は何をしたいの?」
「決まっているだろう」
 川上が胸を張る。笑みを強くし、声を大にして、宣言する。
「皆とまた笑う事だ」
 さとやすが微笑み返す。
「そのために力何か必要なら僕が一緒にいてあげる。川上君がくれた白帝で、何でも描き出してあげる」
「ありがとうさとやす君」
 らしくない。迷うのはいいが、しかし答えを出せずに止まっているなど、自分らしくない。
「俺は行動しよう。この、川上稔という作家の名に恥じぬ行動を」
 川上が血濡れの手で通信機のスイッチを入れる。
 そして宣言する。強く、強く、皆と笑うための、前進のための言葉を。
「こちら電撃班所属作家、川上稔だ」
 さとやすが拳の手当てをするに任せ、一切の妥協も諦めも無い己の詞を全校に向けて叫ぶ。
「今こそ言おう。これより川上の姓は悪役を任ずると!
 いいか諸君! 古橋秀行は理解されぬ苦しみを恨みとして、方や諸君は恨みをぶつけられる苦しみを理由として戦う!
 どちらもが正しくどちらもが間違った戦いだ!
 故に俺はここに命令する! どちらもが正しくあれる答えを探せと!
 理解されぬ恨みを知る売れぬ者よ! 恨みを理解できる売れる者よ!
 このまま一人に不幸を押し付けて全てを是とする事に異論を唱えられる者達よ!
 俺の元に集え!
 妥協という妥協を粉砕し、諦めという諦めを捨て、皆が笑うために力だけに頼らぬ戦いをするために!!
 前進せよ、前進せよ、前進せよ!
 恨みを撒きそれを刈り取る時代は終わった!
 これより先は未来を、正しく未来を信じられる者の時代だ!
 来い! 俺はどちらの陣営にいた者だろうと等しく共に戦う事を誓おう!
 古き時代にしか生きられぬ馬鹿達をこれからの時代に引きずり出せ!!」
 川上の叫びが校舎中に響き渡る。
142川上始動4/4:03/08/07 17:08
「かっこいいね、川上君」
「どうだろうな。誰も集まらん可能性もある。だが――」
 さとやすはフフ、と笑って川上の次の言葉を待つ。
「俺は決して諦めない」
「今回は一人じゃないしね」
 うむ、と深く頷く川上。
「それでは戦う準備をしようか。力任せでなく、言葉だけに終わらず、そして皆が笑うための戦いの」
「うん!」
 さとやすの握る神形具『白帝』が光を帯びる。
 短刀にも似た武具たる絵筆が、中空に一枚の絵を書き出す。
 現れるのは一着の制服。白を基調とした、コートにも似た戦闘服だ。
 実体を得て地に落ちようとする制服を川上が手に取る。
「これは?」
「ボク達が、敵も味方も超えて新しい仲間になった人達に渡す服だよ」
「ふむ……さとやす君らしいな。ならば宣言した立場として、俺が一番に袖を通そう」
 言いつつ着替え始める川上。
 さとやすはその光景から目をそらしつつ、もう一着の制服を描き出す。
 それはデザインを同じくした女性用のものだ。
「今から着替えるけど、み、見ないでね? お願いだよ?」
 言いつつ教室の隅に移動してカーテンの影に隠れるさとやすを、川上はまじまじと見る。
「カーテンの長さが足りていないな。脱いだら足に尻に丸見えだぞ。ついでに言うと外から見られたらアウトだ」
「――!!」
「安心したまえ、俺は後ろを向いていよう。遠慮なく脱いで裸身をさらしつつ着替えてくれたまえ」
「なんか言い方がいやらしいなぁ……」
「気のせいだ。早くしないと他の生徒が来るかも知れんぞ?」
 言われ、さとやすは慌てて着替えを始める。川上が後ろを向いたのを確認して、自分も川上に背を向けて。
「しかしなんだな」
 背中越しに、川上の声。
「ナニ?」
「いつ見ても君の尻はまロいなぐぁっ!!」
 涙目で振り向いた真っ赤なさとやすの投げつけた白帝が、男性心理に正直な川上の顎に命中した。