616 :
ミッキー:
背があった。
触手に貫かれ、蹂躙され、襤褸切れのようになったその背は――ひどく、大きく見えた。
「へへ……おい、黒服。俺がSOSに入らなかった理由はな……」
ミッキーの眼前。触手に全身を抉られた平服の男は、血を吐きながらも言葉を紡ぐ。
平服の手が、ミッキーの頬に添えられた。
――ぬめりを帯びた、鮮血まみれの、その手。
「……アンタの、隠れファンだったからさ――」
一瞬、唇を重ねられ――ミッキーは黒服の方へと、掌の一撃で吹き飛ばされた。
それを見届けることなく、平服は身を翻す。
ただ護った、その結果を背にして――エキドナに向かって。
――重心を落とし、拳を構える。
「二十年、練り続けた、基本技だ――」
拳を、突き出す。
が、とも、ぎ、とも聞こえる音。
全力の一撃に、拳が砕ける感覚が伝わって来た。
しかし確かに装甲を砕いたと、その感覚もあった。
「――八極拳・馬歩衝捶」
触手が迫ってくる。
もう避けられない。
黒曜の少女からの賞賛も、貰えない。
それでも――
「惚れた女を護れりゃ……悔いもねぇ、や……」
同時に、平服は先に倍する触手に貫かれ――者から物へと、化した。
激痛と共に意識を失いながらも、最後に見えた光景は――己が一撃が叩き飛ばした、エキドナの巨大な脚だった。