蒼穹紅蓮隊とBAROQUE

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90イラストに騙された名無しさん:04/01/30 20:11 ID:LWMk2GbR
 19歳の若者は、そんな理由では納得しなかった。跳ね上がった眉の下、妙に据わった赤い目を
上目遣いにヤシダに向けてくる。
「なんで俺なんですか、武見のオッサンがいるじゃあないすか」
 タケミというのもJDFの隊員である。ただ、今年43歳になるタケミは、せんだって15も歳下の
相手と結婚したばかりなのだ。
 睡眠不足からくる疲労感を押し殺し、ヤシダは気力を奮い起こして説得を再開した。
「あっちは新婚だろう。短い新婚生活をぶち壊して恨まれるのは御免だからね」
「俺が、恨んでやる」
 ミカヅキは頭をばりばりとかきむしった。相当にストレスが溜まっているようだ。無理もない。
このところ尽星グループを狙ったテロが頻繁に起こっており、JDFはその対応で激務が続いている。
ヤシダにしても家に帰る暇さえなく、ペットのハムスターも人に預けているぐらいだ。
「まあ、辛抱してくれ。あんたには期待してるんだからさ」
 最後の手段だ。ヤシダはミカヅキの両肩に手を置くと、じっと相手の瞳をのぞきこんだ。
「ああそうですか。それはそれは」
 美女に至近距離から見つめられているというのに、なぜコイツは不満げなのだ。ヤシダは少し
不愉快に思い、山猫のような懐柔の笑みを浮かべたまま言葉をついだ。
「入社一年の若造は文句いわずに働け、といわれて喜ぶ奴はいないだろ?」
 ミカヅキは諦めたように首を横にふった。
「そんなこったろうと思った。ま、しょうがない、やりますよ。俺もプロですから」
「よくいった。じゃ、いこうか」
 ヤシダはあっさりと身をひるがえすと、ミカヅキの気が変わらないうちに愛機『屠竜』の赤い装甲に
手をかけ、身軽な動作で操縦席に乗りこんだ。
 ミカヅキはため息をついた。その背を押し出すように、オペレータの声が響く。
「屠竜及び紫電の発進準備、完了」
91イラストに騙された名無しさん:04/01/30 20:15 ID:LWMk2GbR

     弐

 宇宙空間に溶けこむような黒い機影を最初に発見したのは、常時成層圏付近を航行し、地上と
軌道上の橋渡しを役割とする高高度プラットフォーム『慶絡』だった。航行予定のない空域を飛行する
その機体は慶絡からの呼びかけを無視し、尽星本社ビルのある東京府大田区へと直線的なコースで
大気圏突入を開始した。慶絡は即座に本社へ報告し、緊急の迎撃命令が発動、そこでヤシダ率いる
防衛二課の出番となったわけだ。
「作戦はシンプルだ。所属不明機を迎撃し、これ以上の本社への接近を防ぐ。以上」
「りょおかい!」
 前を行く屠竜に続き、紫電の高度を上げながらミカヅキは怒鳴った。なかばヤケだった。怒りの
興奮が彼の脳を刺激し、眠気は失せてしまった。もう今日は眠れないと考えて間違いない。貴重な
睡眠時間が、これで台無しだ。
「アホッたれのテロリストめ。スクラップにしちゃる」
 操縦桿を握りしめ巻き舌気味に毒づくと、ヤシダから苦笑混じりの通信が入った。
「まだテロリストと決まったわけじゃない。それに下は居住区ってことを忘れんじゃないよ。
解ったね、リョウタ」
「りょおかい!」
 応えたものの、ミカヅキにとっては相手がなんであろうと大した問題ではなかった。
ただ、睡眠を妨害されたからには、ドンパチでもやらかさないと気が済まないだけのことだ。
そして、花火はでかい方がよい。
92イラストに騙された名無しさん:04/01/30 20:17 ID:LWMk2GbR
 二機は茜色の雲を切り裂きながら急速に高度を上げていった。ミカヅキはセンサに集中しつつ、
肉眼で敵機を確認しようと全方位モニタに視線を滑らせた。その時、ピンとセンサに反応があり、
ほぼ同時に前方の雲の中から黒い機体が姿を現した。雲をまとった黒いブーメランのような機体は、
ふてぶてしいほど堂々とした様子で尽星本社ビルを目指し、直進していた。
「目標を肉眼で確認、先に行きます」
 つぶやき、ミカヅキは紫電の出力を上げた。JDF機の中で最も軽量な紫電は、それゆえに最高の
機動力を誇る。すぐに屠竜を大きく引き離し、所属不明機に迫っていた。
「リョウタ、手順を踏めよ!」
 追いかけるようにヤシダがいったが、ミカヅキは応えなかった。代わりに外部スピーカーのスイッチを
入れ、絶叫した。
「おいこら、そこの奴! こちらは『Jinsei Deffence Force』だ。引き返さないとテメー、後悔するぞ!」
 怒鳴りながらもミカヅキの目は、モニタに表示された対象の識別データを冷静に見つめていた。
本社のデータバンクから送信された情報によると、対象は62%の確率で合衆国空軍仮採用機『YF.152』
とのことだった。この高くはないパーセンテージが意味するものは、対象機が正規の機体をベースに
特化された機体だということだ。おそらくは都市制圧用に改造されているのだろう。機体の不法改造は
テロリストの十八番だ。
『これ以降、対象機を『黒瞥』と呼称します』
 オペレータの声が所属不明機の仮称を告げた。仮称をつけるのは外交上の配慮だ。外見が似ている
からといって、『YF.152』と呼ぶわけにはいかない。
 黒瞥はミカヅキの恫喝にも速度を緩めようとはしなかった。それどころか紫電めがけ、二発のミサイルを
続けざまに射出してきた。
93イラストに騙された名無しさん:04/01/30 20:18 ID:LWMk2GbR
「そうこなくっちゃな!」
 最低限の動きで軽々とミサイルを回避しながら、ミカヅキは思わずほくそ笑んでいた。
「避けてどうする! 下は居住区だといったろ。それと、外部スピーカーを切れ!」
 声と同時に、紫電をかすめたミサイルが空中で四散した。ヤシダが屠竜のパルスビームで
撃ち落としたのだ。
「ウェブを展開します! 隊長、援護の方、頼みますよ」
 ミカヅキは手馴れた動作で紫電の『N.A.L.S』を起動させた。『N.A.L.S』とは尽星グループが独自に
開発した照準システムで、機体の周囲にウェブと呼ばれる力場を展開し、力場内の敵機に対し
自動的に照準、レーザー誘導を行うというものだ。このシステムの有効さゆえに、JDFは他社の
追随を許さない強力な防衛集団となっている。そしてその強力すぎる戦闘能力ゆえに、JDFは
『蒼穹紅蓮隊』の通称で呼ばれることが多い。その名の由来は明白だ。蒼穹の空を、紅蓮に染める
戦闘部隊。
「後悔させてやる。たっぷりと」
 ウェブが展開する独特の振動を感じながら、ミカヅキは映画の悪役のように笑った。


     参

 かくして彼らの「活躍」により、本社襲撃の脅威は去った。ヤシダ、ミカヅキ両隊員の出動から
きっかり3分後、製造元が割り出せないほど粉々に破壊された黒瞥は、空に大輪の紅蓮の花を
咲かせた後、無数の火の粉となって住宅地に降り注いだ。その日、尽星本社には百件に及ぶ
苦情の電話が殺到したが、これはいつもの些事に過ぎない。
 本社襲撃未遂事件より一時間後、『中小企業解放戦線』を名乗るテロ集団から犯行声明が
出されたが、これも問題のごく表層に過ぎなかった。尽星にとって本当の問題は、発生当初きわめて
地味なアウトプットをとった。
 表面化した問題の発端――それは一人の発着場オペレータの気絶、である。
94イラストに騙された名無しさん:04/01/30 20:20 ID:LWMk2GbR
つかれた……。
続きは、誰か他の人に任す。
95イラストに騙された名無しさん:04/03/05 00:47 ID:FTirVWrB
保守
96イラストに騙された名無しさん:04/05/07 14:40 ID:SsbzSNVg
ホシュあげ。
97イラストに騙された名無しさん:04/05/07 21:48 ID:fy2kT7ri
懐かしき名前を発見
いきおいで中古の蒼穹買ってしまった
98イラストに騙された名無しさん:04/08/17 11:43 ID:LTuJwq6q
むかーしどっかの同人サイトが作ったアレンジmp3(蒼穹の一面)を聞いて、
その後学校にったら一日中頭の中でリフレインし続けて、しかたなく帰り道
に買って帰ったな……。
99イラストに騙された名無しさん:04/08/17 23:32 ID:pVpMrM+X
バロックシンドロームは確かに良かったな
ゲーム版もいい EDが恰好良かった。
あの世界を舞台にした小説が出て欲しいものだ
100ましゅまろ:04/08/18 23:49 ID:+apBEWOI
100get♪
101イラストに騙された名無しさん:04/08/21 22:53 ID:LB1nsPcf
>>89-93
乙。つーかよくやるな。

漏れこないだサタマガ処分しちまったよ。創刊から全部揃ってたのに・・・orz
小説だけ拷貝しときゃよかった。

蒼穹はよくできたノベライズだったと思ったね。元の雰囲気壊さないで上手く
書いてる。クニムラがアレだっていう設定はよかったな。

バロックは・・よく覚えてねえ・・・。
102イラストに騙された名無しさん:04/08/25 16:06 ID:51yibR5d
hosyu
103イラストに騙された名無しさん:04/08/25 17:10 ID:5WB2rlCc
バロックシンドロームはゲームより小説のほうが良かった。
話に集中できたから。
104イラストに騙された名無しさん:04/08/25 21:02 ID:TI6Et2y5
このスレ見て思い出したが、昔ソフトバンクのゲーム雑誌で
「ムーンダンサー」って小説連載してなかったっけ?
「妖精王の帰還」ってのもあった気が・・・。

あれって完結してるんか?
105イラストに騙された名無しさん:04/09/09 00:59 ID:arI3Zhi0
最近やたら地震が多い。
よもや世界が歪み始めているのか……
106MARGINAL CONSCIOUSNESS☆:04/09/13 22:48:22 ID:RDZNT9Aj
黄武出撃age
保守BATTLEGARREGage
dat落ちGAMEOVER自営業阻止定期残業紅連隊

107イラストに騙された名無しさん:04/10/11 05:52:45 ID:qjz3/RaD
PS版のオペレータ萌え
108イラストに騙された名無しさん:04/10/16 21:09:12 ID:lmb9YJyM
こんなとこに、こんなスレがあったとは。
シンドロームは作りが甘いっちゅーかイマイチだったなぁ。
面白いけどね。上級とか(w
本で読みたいな。
109イラストに騙された名無しさん:04/10/17 00:49:30 ID:YfyGWX5B
超過疎スレだから期待しないほうがいいよ。

しかしまだ落ちてなかったのか・・・。
110イラストに騙された名無しさん:04/10/17 13:41:39 ID:57lgr9Sl
>>108

シンドロームを本で読みたい方はバロックワールドガイダンスをどうぞ。なぜかサントラのライナーノートまで入ってる
不思議な一冊。

おわぁおわぁおわぁおわぁおわぁとPCファンが五月蠅いのでage
111イラストに騙された名無しさん:04/11/06 19:24:19 ID:O0i5+cV/
読みたいけど復刊待ちな私。
バロック・インテルルディウム読み返して我慢の子。
112イラストに騙された名無しさん:04/12/08 14:46:36 ID:ltz5Iutw
>>104
懐かしいな。「シムルグント王族記外伝」か。
RPGの背景世界を先行して用意する企画だったような。
「ムーンダンサー」は一応終わったが、続編「妖精王の帰還」は未完。
自分たちの主である魔道師に挑む戦闘集団の復讐行みたいな話だっけか。
掲載誌はBeep。メガドラじゃないほうな。
113イラストに騙された名無しさん:04/12/28 22:02:23 ID:ZDGj6mk+
下がり過ぎでつよ。
114イラストに騙された名無しさん:05/01/26 07:28:50 ID:RBTT/l/G
バロックワールドガイダンス見つからないよ。。。
115イラストに騙された名無しさん:05/01/31 00:25:54 ID:dB1BnVzD
>>114
ヤフオクにときどき出ている
116イラストに騙された名無しさん:05/02/25 03:17:35 ID:UvzBUI9Z
清水マリコスレできますた。

清水マリコスレッド/嘘シリーズ/ゼロヨンシリーズ
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1109253614/

こっち関係で詳しい方作品リストのフォローなどしていただけたら。
117イラストに騙された名無しさん:2005/04/27(水) 08:21:56 ID:rmI8npay
indoan
118イラストに騙された名無しさん:2005/05/10(火) 01:32:12 ID:mfzf0SpM
age
119イラストに騙された名無しさん:2005/07/06(水) 19:31:12 ID:Orr5NBre
age
120イラストに騙された名無しさん:2005/08/20(土) 21:14:59 ID:SzUn4Q4U
「蒼穹紅蓮隊」とは、衛星打ち上げ請負業者「(株)尽星」の私設自衛部隊「JDF」の俗称である。
自衛部隊となっているが、危険と判断された作業を代行したり、お得意先からの要請で紛争鎮圧に
乗り出したりと、何でも屋的部署でもある。
 この物語は、その「蒼穹紅蓮隊」に所属する3名のパイロット、八指多薫、朏良太、国村リカと、
それをとりまく人々が織り成すSFドラマである。



第弐話 「知られざる花火の効能」


登場人物紹介

八指多 薫(ヤシダ カオル)
 尽星「JDF」の隊長。24歳。面倒見がよく、周囲の信望も厚いが、少々ムラッ気があるのが
タマに傷といったところ。企業兵として戦い続けることに疑問を抱き始めている。現在、区内の
借り上げ社宅でハムスターと一緒に暮らしている。離婚歴あり。

朏 良太(ミカヅキ リョウタ)
「JDF」隊員。19歳。入社1年目の新人ではあるが卓越した操縦技術を持っている。
父親(ミアマ会長=尽星の会長)に対抗意識を持っており、父と同じくパイロットとしてトップに
立つことを目指している。
121イラストに騙された名無しさん:2005/08/20(土) 21:17:19 ID:SzUn4Q4U
国村リカ
 あまりにも秀でたパイロット技能と歯に衣着せぬ言動が災いし、関連会社の月面採掘所防衛という
閑職に追いやられていたが、今回の事件を機に急遽防衛二課(蒼穹紅蓮隊)返り咲く。
心優しい面を持つが、その言動からそれが伝わらないことが多い。

ミアマ(社長)
 本名:御天 睦昭(ミアマ ムツアキラ)、52歳。ミアマ会長の実子で、尽星の2代目代表取締役社長を
務める。尽星グループの業績を飛躍的に伸ばし、就任前後囁かれた、「血縁人事」「親の七光」という
陰口はすぐに消えた。ミカヅキとは異母兄弟にあたるが、その事実はミカヅキしか知らない。


     壱

 日付けが変わろうとしていた。
「無人、ですか」
 ちら、と時計を見て、ため息混じりにミカヅキは応えた。会議室のモニタには、機体のカメラが
とらえた数時間前の戦闘の記録が写しだされている。映像に目をやったまま、ヤシダはうなずいた。
「あんたがコナゴナにしてばらまいたもんだから、部品の回収にえらく手間がかかった。ところが
未だにパイロットらしきモノが出てこない」
 モニタでは、今まさに黒瞥が破壊されようとしていた。最後のミサイルを右旋回で回避した紫電から、
奔流のようにレーザーが射出される。照準システム『N.A.L.S』によって対象を自動追尾するレーザーは、
クモが獲物をからめとるように黒瞥を隙間なく包みこむと、次の瞬間大爆発を引き起こした。
火の雨と化して住宅街へ降り注ぐ黒瞥を見て、ミカヅキは疲れた声で「たまやー」とつぶやいた。
「この花火の主が無人のオートパイロットだったとする。それは何を意味するか?」
「このテロ組織、『中小企業解放戦線』でしたっけ? こいつらは、金持ちである」
 ヤシダは苦笑した。
「金持ちならもっと効率のよい方法を選ぶだろう。テロは効率が悪いよ」
122イラストに騙された名無しさん:2005/08/20(土) 21:18:47 ID:SzUn4Q4U
「つまりこいつはテロリストじゃない。あるいはスポンサー付きのテロリストってことですか?」
 ミカヅキが腕組みして考え始めたので、ヤシダも独りで考えることにした。なぜオートパイロットなのか。
今回の襲撃の目的は何か。
 無人機を選択した一番ありそうな理由は、最初から破壊されることを前提とした攻撃だった、という
ことだ。例えば陽動のための。戦闘中の反応から見ても、無人のまま都市制圧が可能なほど高性能の
プログラムが入っていたとは思えない。つまり尽星本社襲撃は本当の目的ではなかったということだ。
こうなると『中小企業解放戦線』なる組織名もひっくるめてダミーの可能性が高い。だとすれば、
自分たちは敵の思惑通り、めくらましの花火を打ち上げる手伝いをしたことになる。ならば、
何から目を逸らすための花火だったのか……。
 ヤシダの思考は、突然の雑音に遮られた。隣を見ると、ミカヅキが腕組みしたまま首をのけぞらせて
眠っていた。耳障りな、苦しげなイビキだった。
「起きろリョウタ! さっさと報告書まとめちまえ!」
 ミカヅキの額に手刀を叩きこむと、不意に後ろで声がした。
「どこも人材不足みたいですね、ヤシダさん」
 ふり返ったヤシダの視線の先に、見覚えのある、それも意外な顔があった。
「クニムラじゃないか!」
 極端に短い茶髪の女は、中性的な顔に笑みを浮かべながら軽く頭を下げた。
「お久しぶりです。また戻ってきました」
「戻ってきたって、JDFに異動かい?」
 突然の話で、ヤシダは心底驚いていた。まさかクニムラがこんなに早く戻ってこられるとは思わなかったのだ。
「ヤシダさん、こちら、どなたすか?」
 椅子に座ったまま、ミカヅキはクニムラにうさん臭げな目を向けた。先ほどの「人材不足」という言葉に
棘を感じたのかもしれない。この瞬間、ヤシダは初めて『ミカヅキとクニムラの相性』というものに思い至り、
背筋が凍るのを感じた。
「……国村リカ。あんたの先輩だよ。二年前に異動になったんだけど、戻ってきたそうだ。クニムラ、
こっちは朏良太。まだ一年目の新人だ。二人とも、仲良く、やってくれ」
 ヤシダは慎重に応えた。互いを値踏みするように観察した後、二人はうなずきあった。
123イラストに騙された名無しさん:2005/08/20(土) 21:20:52 ID:SzUn4Q4U
 クニムラは優秀なパイロットである。それは問題ない。さらに彼女は人を思いやれる優しい人間でもある。
これも問題ない。問題なのは、彼女がとんでもなく不器用な人間だということだった。気持ちをストレートに
伝えられないことにかけては、小学校の少年に匹敵する。いや、それ以上かもしれない。彼女にかかれば
励ましの言葉すら罵倒に変わってしまうのだ。
 二年前の異動――というか月面への左遷だが、これも彼女の口の悪さが原因である。任務は取引先の
護衛だった。先方の責任者というのが運悪くコンプレックスの塊のような男で、クニムラの言動がそれを
刺激したらしい。たったの三十分、任務に関する「打ち合わせ」をしただけで、責任者は席を蹴立てて
退出した。以降、その会社との取引はない。
 なにごともなければいいがというヤシダの願いも空しく、クニムラは口を開いた。
「今日の戦闘で所属不明機を撃破したというのは、あんたね」
「そう。三分で片づきましたよ」
 ミカヅキは胸を張って応えた。クニムラはうなずき、軽く頭をふった。
「コナゴナにして、住宅街にばらまいたんだって? 手際が悪いっていうあんたの評判、月まで届いてたけど、
どうやら本当のようね。でも、あんたはまだガキなんだから恥じることはないわ。身のほどを知れってことよ」
 天敵。不意にそんな言葉がヤシダの脳裏をよぎった。
 ミカヅキの顔から表情が消えた。無駄だと知りつつ、ヤシダは補足してみた。
「今の発言の主旨は、『あんたはまだ若い。のびるのはこれからだから、焦ってはいけない』、ということ」
 沈黙の後、ゆっくりと椅子から立ち上がると、ミカヅキは巻き舌ぎみにいった。
「テメー、もういっぺんいってみろ。よくわからねーが、女か? だからといって容赦しねーぞ。
偉っそうな口叩きやがって」
 やはり聴いちゃいなかった。ヤシダは激しく疲労し、仲裁する気も失せた。
「口だけは達者ね。腕は未熟だけど」
 クニムラの涼しげな笑い声を聞きながら、ヤシダはぼんやりと考えていた。今の発言の真意は『あんたの
恫喝は、なかなかサマになっている』、だろうか?
「……表でろ。勝負だ」
 妙に低いミカヅキの声がして、ヤシダの徒労感を倍加させた。
 今日という日は、いったい、いつまで続くのだろう。
124イラストに騙された名無しさん:2005/08/20(土) 21:23:26 ID:SzUn4Q4U

     弐

 同時刻。尽星本社ビル最上階に位置する社長室にて、一人の男がその日の悪夢の総決算を迫られていた。
男は重厚なデスクに肘をつき、頭痛でもこらえるようにエラの張った四角い顔のこめかみを押さえていた。
その顔は、実年齢の五十二よりも遥かに老けて見えた。
「で、オペレータの容体はどうかね?」
「意識は回復しました。犯人の顔を記憶しています。やはりあの男です」
 男の前に立つ、凛とした雰囲気を持つおかっぱ頭の秘書が応えた。日本人形のような美貌の秘書は、
渋面を通りこして凶相に近くなった男の顔を無表情に見つめたまま、手にした文書を差しだしてきた。
「本日十八時の戦闘について、自衛隊からの抗議文です。これからは自衛隊機の出動を待つように、
とのことです」
「奴らに任せていては自衛は成りたたんよ。そのためのJDFだ」
 苦々しげにはき捨てると、目も通さずに文書を破棄し、男は報告をうながした。
「調査部に指示を出しておきました。目撃者には先ほど通達を。防衛二課への正式な辞令は明朝になります」
 男は疲れたようにうなずいた。それを見て、秘書はわずかに眉を寄せた。
「目撃者の扱いですが、よろしいのですか? このクニムラという社員、愛社精神とはほど遠い人物のようですが」
「月に送り返すよりは、近くに置くほうが把握しやすい。監視はつけたろうな」
「はい」
「ならいい。ご苦労だった」
 秘書は一礼し、男に背を向けてエレベータの前に立った。そのとたん、どっと疲労が押し寄せてきて、
男は我知らず、すがるように秘書に声をかけていた。
「なあシノブ君。私にはまだ信じられない。これは事実なのか?」
 エレベータが開き、秘書はボックスに足を踏み入れてからふり返った。その余りにも冷徹な凝視に、
男は怯んでしまう。
「御天社長、これは事実です。本日十八時をもって、S.O.Qシリーズ第二十七案は――」
 女の指が制御盤から離れた。
「――ロストしました」
 社長室には男独りが取り残された。それでようやく、男は頭を抱えた。
125イラストに騙された名無しさん:2005/10/24(月) 10:29:17 ID:u3/ja5gU
なんてスレッドだ。まだ書き込めるのか…?
126イラストに騙された名無しさん:2005/11/02(水) 15:56:39 ID:ZUJNG8lh
ブックオフでバロックワールドガイダンス発見、購入
千円だったけど少し破けてるし髪とか挟まれててorz
中古だからな、内容は濃くて面白かった
127イラストに騙された名無しさん:2005/12/08(木) 07:26:59 ID:AAgnUzlA
age
128イラストに騙された名無しさん:2006/01/17(火) 17:01:14 ID:XBWeX3hc
age
129イラストに騙された名無しさん:2006/02/10(金) 08:56:45 ID:hjmKSQxL
前史とインテルルディウムに新規書き下ろし加えて完全版出してくれんかなぁ。
バロック屋の話もっと読みたいよ。
130イラストに騙された名無しさん:2006/03/08(水) 08:30:19 ID:lwwIdcDy
懐かしいな
131イラストに騙された名無しさん:2006/05/28(日) 01:41:25 ID:m6PzS2ta
保守
132イラストに騙された名無しさん:2006/07/19(水) 01:50:03 ID:TH+5xmI9
保守
133イラストに騙された名無しさん:2006/07/31(月) 22:59:47 ID:xQsTypMW
久々にあげてみるか…
134イラストに騙された名無しさん:2006/09/26(火) 15:11:51 ID:y44RdcLM
保守ぬるっぽ
135イラストに騙された名無しさん:2006/10/09(月) 04:03:26 ID:RK/krna3
一年近くココでは小説が上がってないようですが、
別の場所で上げ終えたんでしょうか?
136イラストに騙された名無しさん:2006/11/19(日) 17:09:17 ID:Y11Z6D2o
サタ&ドリマガさんと仕事した時に担当氏のお世話になってたが
もっとアツく語っておくべきだったな、蒼穹の単行本化を

売れないだろうけどなage
137イラストに騙された名無しさん:2007/03/17(土) 01:53:14 ID:SshbrwQ2
                                            ,. - ´                                                                   
138イラストに騙された名無しさん:2007/03/24(土) 10:02:16 ID:X/LqAsE+
保守
139イラストに騙された名無しさん