洗練されたMacの固定メニューバー4本目

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485名称未設定
とりあえず、まとめその1

過去ログは保存していなかったので記憶に頼っているところあり。
筆者は Mac 使いであり、多少偏った視点になってしまうのはお許しいただきたい。

抜けている部分があったら補完よろしく。

メニューバー廃止(ウインドウメニュー推進)派の論点
それに対する反論(とその反論に対する反論):

1)【距離と操作性の問題】メニューバーは離れているので、マウスを動かすのが面倒だ。特にスクリーンが広い場合。離れているので、遠くに目を移す必要がある。

反論:
1-1 マウスポインタを飛ばしてぶつける方が、ポインタをきっちり合わせる必要がなくて楽だ。加えて、遠くに目を集中させなくても適当に合わせられる。特にトラックボールなどある種のデバイスの場合など。
1-2 ショートカットを使え。そもそもウインドウメニューだろうとメニューバーだろうと結局はショートカット使うじゃないか。
1-3 ドザだってウインドウを最大化して使う人が多いじゃないか、実質メニューバーと変わらんだろ。(反論 1-3-1 そんな奴は一部だ)
1-4 解像度比依存の GUI なら緩和されるので云々(ここの論点ははっきり覚えていない)


2)【マルチウインドウの問題】メニューバーが別のモニタにあるときにマウスを移動させるのが面倒。

これに対する反論はあまり出ていなかったようだが、あえて、付け足すと:
2-1 それはメニューバー自体の問題ではなく、例えばアクティブなウインドウのあるスクリーンにメニューバーを表示させるなどの対処だってできるのでは?
486名称未設定:2005/09/18(日) 14:12:17 ID:UpThpYRE
>>485 のつづき
3)【GUI の直感性】操作対象そのものにメニューがあった方が直感的だ。
メニューバーはどのウインドウに対して操作しているのかわからなくなる。

反論
3-1 どのウインドウがアクティブなのかは明白だ。
仮にアクティブなウインドウがはっきりしないとしてもそれはスキンの問題。
(反論の反論 3-1-1:そうでないケースも:デスクトップをクリックしてアプリが Finder に切り替わっているのを見落とし易い。
反論の反論の反論 3-1-1-1:そもそもデスクトップがFinderに属すること自体がおかしいのでは?
筆者:例えばデスクトップを dashboard と統合してみるのはどうか?)
3-2 そもそもツールパレットと同じで離れていることが、即、直感的でないということはない。
3-3 メニューバーの方が絶対位置が一定なのでわかりやすい。
(反論の反論 3-7-1:ウインドウメニューの方が相対位置が一定でわかりやすい)
3-4 グローバルなメニューもウインドウ内に組み込むのはおかしい
(反論の反論 3-4-1:そういったメニューだけドックなどに組み込んだり、メニューバーに残しておけ)
3-5 ウインドウを閉じたときにアプリが終了してしまうのはおかしい。書類を再び開くときにもう一回起動してスプラッシュスクリーンを見るなんてだるい。
(反論の反論 3-5-1 アプリ自体は終了させない - 例えば dock に残しておくなどの - ような仕組みを作れ)
3-5 あまり使わない機能までウインドウメニューに入れるのは煩雑で整理がつかない。
普段使わないものは遠くに置き、頻繁に使う機能はツールバーがその役割を受け持つべきだ。
そもそもメニューは機能の一覧であり、アプリケーションの機能を把握するためのもの。
3-6 ウインドウメニューだと MDI みたいな糞インターフェイスにしないと操作性が著しく悪くなるアプリがある。
487名称未設定:2005/09/18(日) 14:14:14 ID:UpThpYRE
>>486 のつづき

4)メニューバーだとアクティブなウィンドウを切り替えながら使うことになり、不便だ
反論
4-1 アクティブでないウインドウのコントロールがクリックに反応してしまうのは困る。単にアクティブにして前面に出したいだけなのに、反応しない領域を探さなければいけないじゃないか。
(反論の反論 4-1-1 いや、どのウインドウのコントロールも1クリックで反応してくれた方が、2つのウインドウで作業しているときなどに使い勝手が良い)

5)メニューバーはメニューが切れることがある。ウインドウメニューは >> により切れたメニューにもアクセスできる
反論
5-1 ウインドウメニューは折り返されることもあったりして、表示位置が一定でなくなったりする。
5-2 常にある程度の領域は確保されていて、切れてしまうことはあまりない(切れる様なメニューはアプリ開発者にも責任あり)。
5-3 メニューバーにも >> の機能を実装すれば済むことなので、メニューバーという方式自体を否定する理由にはならない。