これは部分的にはアップルコンピューターという企業のストーリーだ。また部分的に
はビデオと音楽を再生し、人々の個人的な娯楽を劇的に変えるであろう、新iPodのス
トーリーでもある。だが、主としてこれは、世間でやや誤解されている「新しいもの
」と「それがどこからやってくるのか」についてのストーリーである。
ちょっとの間アップルを見てみよう。変わった会社だ。忘れられがちなことだが、そ
の歴史は結構長く、知名度も高い。多くのハイテク企業が1つか2つの分野に集中して
いるのに対し、アップルはすべてを実行している。アップルはハードウェア(iBook
やiMac)をつくり、その上で動作するオペレーティングシステム(Mac OS X)をつく
り、さらにその上で動作するプログラム(iTunes、iMovie、Safariウェブブラウザ等
)をつくっている。さらにそこにつながる家電デバイス(急速に拡大しているiPodフ
ァミリ)をつくり、そこにコンテンツを供給するオンラインサービス(iTunes
Music Store)を運営している。もしマイクロソフト、デル、ソニーをひとまとめに
して会社をつくったら、アップルのような幅広いテクノロジー圏ができあがるだろう。
何故他にだれも同じようなビジネスをやっていないのだろう? 常識からすればアッ
プルのやっていることはみんな間違いだ。全部を一度にやればうまくはいかないもの
だ。いや、はっきりいえばアップルのやっていることはイノベーションを育むやり方
としては「やるべきでないこと」だ。ともかくアメリカではそうだ。伝統的、資本主
義的、アダム・スミス主義者的な世界では、新しい、より優れたものは自由で開かれ
た競争の中から生まれる。しかしアップルは本質的に自社の閉じた小さな技術経済圏
をつくりだしている。これはいったいなんだろう? ソビエト・ロシア? なぜデル
にMac OS Xをライセンスして、ハードウェアを他社につくらせて、市場にどれが一番
いいか決めさせてしまわないのだろう? スティーブ・ジョブズは巨大なアメリカバ
ザールでの競争を恐れているのだろうか?
だが……、この企業こそが過去30年間の3つの優れた技術革新、アップルII、マッキ
ントッシュ、iPodをもたらしたのだ。過去6週間だけでさえ、アップルは驚異的に小
さいiPod nanoとビデオiPod、そしてソファに寝転がってリモコンでコンピュータを
操作できる気の利いたFront Rowと3つの印象的な新製品を発表している。どれもすば
らしい。この革新の源泉はどこにあるのだろう。
アップルCEOスティーブ・ジョブズがためになる話をしてくれた。これを「コンセプ
トカーのたとえ」と呼ぶことにしよう。「普通の会社ってやつは」と彼は話し始める。
アップルの白く美しいシリコンバレー本部の会議場だ。まるでアイヴィーリーグと
iPodを足したみたいに見える場所だ。「ショーで試作車を見たとしよう。最高にかっ
こいい。そして4年後実際に販売される車を見ると、失望する。ここだ。何が起こっ
た? 自動車会社は最初かっこいい車を持っているんだ! 彼らの手のひらの中にあ
ったんだ! なのにそのまま握りつぶしてしまったんだ」
「つまりなにが起こったのかというと、デザイナーがとってもすばらしい案をだす。
それからそれがエンジニアのところに渡されて、彼らはこういうんだ『えー、無理だ
よ』。で、そこで案はぐっとだめになる。それからそれが製造に渡されて、彼らがこ
ういうんだ『無理無理!』。で、さらにぐっとだめになる」
これこそが1997年にジョブズ氏が現在のポジションについた時に発見した問題点だっ
た。ジョブズ氏と同社のデザイン責任者アイヴ氏は、宇宙家族ジェットソン(訳注:
ハンナ・バーベラの60年代テレビアニメ)みたいなキャンディーカラーのブラウン管
オリジナルiMacをつくりだした。ジョブズ氏は当時をこう語る。「もちろん、エンジ
ニアに最初みせたときは彼らは『ええー!?』っていって38個くらいの無理な理由を
あげてきたよ。でも『だめだだめだ、これをやるんだ』といったんだ。そしたら彼ら
は『しかし何故です?』っていうから『なぜなら私がCEOで、私がこれは可能だと思
うからだ』とこたえた。それで彼らはまあしぶしぶやった。でもそれがビッグヒット
になったんだ」
この話から二つの教訓が導きだせる。コラボレーションとコントロールだ。アップル
の従業員は絶え間なく彼らが言うところの「深いコラボレーション」「相互交流」「
協同エンジニアリング」について話している。本質的にこれは製品がチームからチー
ムに渡されるのではないということだ。分離された、逐次的な開発は行われていない。
むしろ同時的で有機的なのだ。デザイン、ハードウェア、ソフトウェアすべての部門
で同時に並行して開発がすすめられ、分野横断的な設計検討が繰り返し行われる。他
社であればマネージャーは会議で時間を無駄にしていないことを自慢するが、アップ
ルは会議を重要視し、誇りとしている。愛想の良い熊のようなイギリス人、アイヴ氏
によれば「我々のような野心的な製品づくりの場合、歴史的な製品開発手法は役にた
たない。複雑な挑戦の場合、製品を協同的、統合的に開発する必要がある」
アップルにいるだれもが、まるで機械のような調和の中で同じ感覚を共有している。
全員クールエード(訳注:粉ジュースの商品名)を飲んだことがあるというだけでは
なく、彼らには共通した好みのフレーバーがあるのだ。彼らは成功していてそのこと
を自覚している。(「ソニーの連中が通りの向こうで双眼鏡を持ってるよ」と上級副
社長は冗談をとばす。「連中は4階に部屋を借りたんだ」ハイテク毒舌トーク!)気
味が悪いくらいだ。従業員はみんなお互いのことが好きだ。彼らは選ばれた人間だと
思っている。くだらない失敗はしないと思っている。ここにいない他の死ぬべき運命
の連中はチャンスを逃しているのだ。
ジョブズ氏のたとえ話の2番目の教訓はコントロールについてだ。その意味に置いて
これはジョブズ氏彼自身についての話だ。彼はテクノロジーの世界で最も偉大な革新
者だが、これは彼がエンジニアやプログラマーだからではない。彼はMBAも持ってい
ない。大卒ですらない(彼はリードカレッジを1学期だけで中退している)。ジョブ
ズ氏はデザインに関して天性のすばらしいセンスを持っており、また天才を雇うコツ
を知っている。しかしそれ以上に、彼は必要があればすすんで憎まれ役を買って出る
のだ。
もちろん、ジョブズ氏は一緒にいて完璧に気持ちのよい人物だ。彼は周りの発言に注
意を払っている。だがもし意見が合わなければ、――もし、これはまったくの仮定の話だが、た
とえば、たぶん、あなたがiMacのポートがみんな手の届きにくい裏側にあって使いに
くいと苦情をいったとすれば――彼は怒鳴り返してきて、あなたが折れるか、すくな
くとも黙るまで力説しつづけるだろう。彼が親切にiTunes開発チームを指揮している
人物に紹介してくれる場合、よろこんで会わせるが、彼の名前を載せてはならないと
指示される。ジョブズ氏は競合他社に逸材を奪われたくないのだ。「ファーストネー
ムはかまわない。でもラストネームはだめだ。っていうのはどうだろう?」とジョブ
ズ氏はいう。これには従わなくてはならない。ちなみに彼の名前はジェフだ。
言い換えると、ジョブズ氏はコントロールを重視している。その事実自体はたいして
重要ではないものの、様々な面でアップルはジョブズ氏の個人理念の発現だ。アップ
ルがハードウェアもソフトウェアも自社で開発する理由のひとつは、ソフトウェア開
発がトラブルにあった時に、氏が知らない、首にできない連中によって開発されたハ
ードウェア上で動作しているのが彼はいやなのだ。彼は彼のソフトウェアが彼のハー
ドウェアで動作していてほしいのだ。他にどうやって彼のいうような――いや、力説
するような――すみずみまですべてが統合されている世界が実現できるだろうか。
グルメがフォアグラにこだわるように彼は技術にこだわるから、彼はコントロール
が必要なのだ。そして彼はますますネットワークされていく世界がどうなるのかを理
解しているのだ。ネットワークワールドではガジェットは単独で機能するのではなく、
相互に会話する必要がある。そしてジョブズ氏がその両側の脚本を書くことができれ
ばガジェットはよりよく機能するのだ。「こっちの会社がソフトウェアをつくり、こ
っちの会社がハードウェアをつくる。そのやり方じゃうまくいかない」とジョブズ氏
はいう。「速い革新ができない。充分な統合ができない。ユーザーインターフェース
に誰も責任を持てない。混乱だ」
これはビジネスの唯一の方法ではない。マイクロソフトを見てみよう。ビル・ゲイツ
氏はオペレーティングシステムに集中している。彼はハードウェアのことは気にかけ
ない。彼はライセンスフィーを支払う会社にウィンドウズを引き渡し、ハードウェア
についてはまかせてしまう。結果は? 彼は市場をむさぼり食い、大儲け史上最大の
大儲けをした。アップルは同社のマックオペレーティングシステムをほぼ自社ハード
ウェア専用にしてきた。あるいは倫理的――ないしは技術的、美的勝利かもしれない。
だがビジネスとしてはおよそ勝利とはいい難い。
しかしジョブズ氏は勝利を気にかけない。負けをいとわない。彼は十分すぎるほど負
けてきた。彼はただ不完全なのはいやなのだ。そしてそれがおそらく、急速に勝利へ
の道になっているようだ。デザインと使い勝手の良さがすくなくとも増え続ける機能
と同等に重要であることをiPodが証明した。そしてiTMSがオンラインサービスとスム
ーズに統合された物理的デバイスの重要性を証明した。「過去10年間でプロダクトの
定義が変わったと思う」とiPod部門エンジニアリングバイスプレジデントとして、最
初のiPodの開発で重要な役割を果たしたトニー・ファデル氏は見ている。「現在、プ
ロダクトはiTMSとiTunesとiPod、そしてiPodのソフトウェアだ。ほとんどの企業はコ
ントロールを持っていない。もしくはシステムを真につくりだす協調的な手法で機能
できないのだ。我々はまさにそのシステムのために働いている」
これがコントロールの一側面だ。そしてもうひとつ。ジョブズ氏が受け入れたもの、
彼が直面することをいとわず、他の人々が避けようとするする真理。つまり「新しい
ものは自然には発生しない」ということだ。革新は新たな問題を引き起こす。そして
単純に革新を避けた方がよっぽど簡単なのだ。他の人々は回避する方向に行ってしま
いがちだ。だがジョブズ氏は違う。彼は頭が切れる。だがそれだけではない。彼は社
員を肩越しに覗き込み、今夜のディナーを予約しないように、そしてオフィスで仕事
をするのだと、think differentするのだということをいとわないのだ。
さて、ここで教訓の終わりだ。ジョブズ氏がiMacを発売して以来のストーリーだ。「
ここにいる人々は――何人かは去って行ったが」と彼は話す。「実際、何人かは私が
クビにしたのだが。しかしほとんどの人々は『なんてこった。今わかったよ』ってい
ったんだ。我々はもう7年やってきた。そして今ここにいる全員が理解している。理
解できなければ去るのだ」
もしジョブズ氏が、たとえば、ヘッジファンドや歩兵小隊を運営していたのなら、そ
れほど極端に愚直な印象ではなかっただろう。だが、彼こそレノンとガンジーを何千
というビルボードに張り出した男なのだ。控えめに言っても、彼の言葉には身を引き
締められる。そしてこのアプローチが新iPodをはじめとする、輝かしい革新的な製品
を生み出している。新しいiPodはアップルが15ヶ月前に発売した旧機種と同じ値段(
$299)だが、より大きいメモリ(従来20GBに対し30GB)を内蔵し、さらに薄い(従
来1.52cmに対し1.09cm)。さらに、ビデオ再生機能を搭載している。画面はたったの
2.5インチだが、非常に明るくシャープなため、実際より大きく見える。これこそ一
度知ってしまうとそれなしの生活が考えられなくなるような製品だ。
市場には他にもポータブルビデオプレイヤーがいくつも売られている。しかしどれひ
とつとして新iPodほどかっこよくないし、使い勝手もよくない。そしてiTMSとの組み
合わせはすばらしい。ジョブズ氏が「シームレス」と呼ぶ形で、ユーザーにすばやく、
合法的に、手頃な値段でビデオコンテンツを買う手段を提供してくれる(現時点では
ミュージックビデオ、いくつかの楽しいピクサーの短編フィルム、abcネットワーク
のテレビ番組“Lost”と“Desperate Housewives”が購入できる)。これこそアップ
ルのアプローチが可能にする統合だ。
現在、デジタル音楽の将来性とアップルがその門番である事実に議論の余地はない。
もし同社がポータブルビデオの門番になったら、いや、その、すげえ。ビデオは現代
文化の血液であり、リンパ液であり、共通言語だ。音楽だってもちろん重要だ。だが
スケールが違う。通常の週でトップセールスアルバムは30万枚くらい売れる。視聴率
トップのテレビ番組は3000万人の視聴者を持っている。映画予告編に加えて、短編ア
ニメ、古いシンジケーテッドショウ(訳注:全国ネットではなく地方局に販売され
るテレビ番組)、DVDエクストラ方式の限定ビデオ、そして新しい収益源を求めてい
るテレビ業界全体が新しい方向に向かわなくてはならなくなるだろう。そしておそら
く他のいくつかの業界も(ゴホ! ポルノ! ゴホン!)。新iPodの可能性はあまり
に巨大だ。その巨大さはジョブズ氏をすら控えめにさせてしまう。「現時点でポータ
ブルビデオの市場は存在しない」と彼は言う。「我々は音楽を再生したい数百万の人
々にこれを販売する。そしてビデオ機能は一緒にバスに乗ってやってくる。ビデオを
入れたい人はそうするだろう。結果はいずれわかる。」その通り、結果はいずれわか
る。我々は同じバスに乗っている。そしてもうみんな誰が運転することになるのか知
っている。