http://www.hokuriku.chunichi.co.jp/kaganoto/terakoshi/ 「助けられたのではなく拉致だとしても、監視付きながら息子さんに会うことができる
お母さんの胸中は複雑なものがあると思います」
めぐみさんの母早紀江さん(66)は99年に発刊した手記で、友枝さんのことをこう記した。
二人の出会いは、その2年前の97年。韓国に亡命した元北朝鮮工作員の「北朝鮮でめぐ
みさんを見た」との証言をきっかけに「北朝鮮による拉致」被害者家族連絡会を結成した
時だ。拉致疑惑の報道が過熱した同年秋、武志さんは平壌で日本の報道陣に「自分は拉致
ではない」と話し、友枝さんは会を離れた。
「どうみても“拉致”なのに、友枝さんは息子さんの身を案じ、訪朝の機会を失わない
よう我慢していた」。早紀江さんの目にはこう映った。
日朝首脳会談の数日後、早紀江さんは川崎市の自宅で「私たちの運動で拉致を認めさせた
が、肝心のめぐみは…」。ひと呼吸おいて「めぐみは新たな日朝関係をつくるための犠牲と
なった、と言える日が来るかもしれない。でも武志さんは…。このままだと永遠に“遭難”
になってしまう」と、友枝さんを気遣った。