BS11 6998

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1000名無しさん@お腹いっぱい。
784年。うだるように暑い日の夜、一人の抗夫が地下から壁を越え、ウォール・シーナに入ろうと
試みた。ウォール・シーナに行けばいい暮らしができるかもしれないーー数日前、炭鉱に入って円匙を振るっているときに突然そんな考えが
抗夫の頭に浮かんだ。それはある意味においては啓示と言ってもよかった。それから抗夫は何日かかけて歩き回り、壁沿いに密生する森の
中に掘削地点を定めた。そこならまず誰も来ないし、頭上を覆う葉っぱが壁上で監視に立つ兵士から穴を掘る自分の姿を隠してくれるはず
だ。彼はそう考え、翌日の夜を決行日とした。抗夫は使い慣れた大きな幅広の円匙で地面を掘った。作業は順調に進んだ。穴の深さはすぐ
に自分の背丈を越えた。すくい上げた土を外に放り出せなくなると、土を布の袋に詰め、梯子を上って外に捨てた。時折水を飲み、凝り固ま
った筋肉をほぐすとき以外は掘ることに没入した。
穴を掘るという行為に対して、抗夫は絶対的な自信を持っていた。彼は二十年間休むことなく穴を掘り続けてきたのだ。そしてその間に彼
は誰よりも深く早く、効率的に穴を掘る術を身につけた。 誰もが手を焼くひどくやっかいな坑道でも抗夫にかかればあっという間に道が開
けた。しかしその日は少し様子が違った。何時間掘り続けてもまるで先が見えてこないのだ。 途中で何度か横に円匙を入れてみたが、無駄
だった。壁の基礎はどこまでも深く地中に根を下ろしており、抗夫の行く手を阻んだ。それでも抗夫は決して諦めることはなかった。 何がなん
でもウォール・シーナに行きたかったからではない。そのときにはもうウォール・シーナでの暮らしなんてどうでもよくなっていた。抗夫はただ壁
を征服してやりたいと思っていただけだ。 穴を掘り続けた俺の二十年をかけて、絶対にこの壁を越えてやる。ひっきりなしに流れ出る汗を拭
いながら、抗夫はそう心を決めた。 円匙の先が固い岩盤に当たったのは抗夫が自分の背丈の四倍か五倍以上は掘った後のことだった。岩
盤? と抗夫は思った。それは地中に根をおろした壁の基礎と同じ材質で出来ているようだった。 抗夫は岩盤に力いっぱい円匙を振り下ろした。岩
盤には傷ひとつつかず、円匙の方が壊れてしまった。抗夫はこれまで二十年かけて掘ってきたどの穴よりも深く大きなため息をついた。