1894年に甲午農民戦争が起こり、朝鮮の力が及ばず清に救援を要請し、清は朝鮮出兵を決め天津条約に基づき日本
に朝鮮への出兵を申告したものの、その中で 清は朝鮮を属領と称しており、朝鮮を独立国としてみる日本には到底看過できないものであった。
6月28日、大鳥公司は朝鮮政府に独立国であるか否かを問うたところ、6月30日に朝鮮政府は独立国であると回答した。
日本は朝鮮の恒久的安定を得んがため、以下ような朝鮮内政改革案を6月28日に閣議決定し、これを機密命令として大鳥公司に送り、7月3日、 五カ条の改革案を以て朝鮮に内政改革を切に求めた。
日本は嘗て朝鮮との旧交隣好を重んじ、且つ東亜の大局に鑑み他国に率先して修好条約を締結し、朝鮮が一個の独
立国なることを列国に明かにした。然るに朝鮮は徒らに旧章を墨守して未だ宿弊を除去せず、内乱相次いで起り、竟(つ
い)に自主独立の基礎を破壊し、??(しばしば)累を隣邦に及ぼし、延いて東亜大局の平和を乱さんとする恐れあるに至った。斯くの如きは我国が隣邦の情誼に於ても、又た自衛の道に於ても拱手傍観する能はざる所である。
因て朝鮮政府は秕政改革の道を講じ速に自主独立の実を挙げ、王国の栄光を永遠に維持する長計を講ずべし。
一、官司の職守を明かにし、地方官吏の情弊を矯正すべし
一、外国交渉の事宜を重んじ、職守其人を撰ぶべし。
一、裁判を公正にすべし。
一、会計出納を厳正にすべし。
一、兵制を改良し、警察の制を設くべし。
一、幣政を改定すべし。
一、交通の便を起すべし。
http://www55.atwiki.jp/staff-officer/pages/147.html