一言言うと何倍にもなって返ってくるので放っておくわけにもいかんのだよな・・・
>>254 私は今までのように親切に対応するのはやめにする。それらはすでに論じたことだ。
前スレを読んでくれ。255は誤解を広げることを意図する悪意ある発言。
257 :
名無しゲノムのクローンさん :01/11/14 00:21
11よ、「質問をする人は、回答してくれる人に対して十分に敬意をはらいましょう」だぞ 質問するばっかで、何一つマトモに回答したことないんだから、よく読んどけよ. 誰もお前に親切に対応してくれなんて言ってないっつーの その前に、ちゃんと勉強し直してくれと言いたい.
このスレレベル低いな。。11だけじゃなく周りの奴らも。
259 :
名無しゲノムのクローンさん :01/11/14 00:30
258 おまえモナー
>>258 心理学板の厨房の相手をさせられる私の立場になってくれ。
さ、もう沈黙だ。
>>260 レベルが低いところで議論しても得るもの少なし。
時間の無駄です。
11逃亡の予感
>誤解を広げることを意図する悪意ある発言 をしているのはお前だ。 MooreやThorpeやPiajetやBanduraや小西を引用している238に対して、 11はそういう研究は「全く意味がない」と言っている。 死んで詫びを入れろ。
私は黙っていると宣言したのだから、私を中傷するのはやめて ちゃんと話を進めてくれ。
中傷とは何だ。 貴様が中傷したMooreやThorpeやPiajetやBanduraや小西や、 238やpaやその他の数多くの真面目な学徒に詫びを入れろと言っておるのだ。 その上で永久に沈黙しろ。
心理板から生物板にきて必死な心理屋ってよくみるなあ
11の分身もよく見るなあ(藁
270 :
名無しゲノムのクローンさん :01/11/14 18:01
Thorpe,W.H.(1963). Learning and instinct in animals (2nd ed.). London: Methuem. (1)社会的促進 本来的には生得的な行動が同一行動によって触発されることを指す。通常の本能行動との違いは、触発刺激と触発される行動が同じであるという点である。 (2)局部的強調 すでにモデルとなっている個体の行動によって特定の対象、部分に注意をひきつけられることから生じ、結果として同一となることを指し、本能的であるかは不明。 (3)真の模倣 本能的傾向がなく、新しい、個体にとって有用な行動様式のコピーを意味する。すなわち、他個体の行動を観察することで新しい行動が獲得される。 Galef,B.G.(1976). Social transmission of acquired behavior: A discussion of tradition and social learning in vertebrates. Advances in the Study of Behavior, 6, 77-100 (1)遺伝的行動 内発的に組織され、個体発生に影響する傾向として遺伝される。 (2)類似経験の結果としての同一行動 本来は個体学習であるが、時間的に隔たってはいても、類似の物理的環境に同じように対処する経験を通して、異なる世代の別々の個体が、結果として似たパターンをとるようになる。 (3)社会的相互干渉の結果としての同一行動 一つのグループの中で、個体から個体への行動パターンの伝達の結果、長期にわたって行動の同一性が生じる。
結局11次第だな
272 :
名無しゲノムのクローンさん :01/11/16 06:36
387 名前:Nanashi_et_al. :01/11/12 17:14
いまさら「ノイマンでは無理」云々をのたまふ人は、
ノイマン型計算モデルにおける数学的制約についてきちんと指摘していただきたいのぅ。
んで、人間の思考がその制約から自由であることの証明もしてくれぃ。
388 名前:Nanashi_et_al. :01/11/12 23:44
>>387 物質間の相互作用には完全な対称性が存在する。
すなわち作用反作用の法則が適用できる。
ところで、物質は心に作用する(酒、睡眠薬、麻薬等)。
また、心は物質に作用する(随意に身体を動かすことができる)。
しかし、心と物質間の相互作用には完全な対称性が存在しないと仮定したら、
人間の思考が物質の運動による制約から自由であることが可能になると思う。
>238氏および
>>270 氏
ども情報有り難うございます。
色々とあってお礼がおくれてもうしわけない。
既にコノスレッドはおわってるようなので
返事を期待するすべもないですが・・もう一つだけ疑問・・
スキナーは模倣については 生得的と
のべているようですが,
私たち人間が模倣するときは,もう少し柔軟に
真似ているようにも思われます。とすると
・ヨウムやチンパンジーの模倣
・人間の模倣(成人男性)
とはそのメカニズムにおいて,どこまで同じでどこからちがうんでしょうね?
にゃにゃ。 終わっちゃったのかにゃ?とりあえず「柔軟に」の意味と、 なぜ「成人男性」とことわってあるのかわからんにゃ。 ジェンダーロールと関連するのかにゃ? 「柔軟に」のほうは、模倣の対象が広いということかにゃ? しょうもない書き込みだけど、復活を願ってあげにゃ。 (自分でスレ立てると、疲れるにゃ。もうあれで、最初で最後にゃ。)
>虚無好き 氏 柔軟,と成人(成人男性とかいたのは手癖による誤りです。) については単純に次のように考えていました 手元に文献がないので正確なところはわからないのですが・・ ★成人・・乳幼児でも模倣行動らしき行動は見られるらしいが ・・たとえば,大人が舌をべーっとだすと赤ちゃんもべーっと 出すなど・・これが模倣ナノかどうかは議論がわかれるところだし また,このメカニズムについても(赤ちゃんは内観報告ができないので) どのようになってるのかよくわからない部分がのこる。 ★柔軟性 たとえば,ヨウムの形態模写だと基本的には(Moore1992によると) 観察・・・しばらくして模倣行動 といった遅延模倣となるのですが, 人間・・少なくとも成人だとモデルをみてすぐに模倣するばあいもあれば 遅延模倣をするばあいもある。 また,どの程度の行動まで模倣ができるのか?という点について ヨウムなどだと かなり頻繁に模倣行動がみられる場合も有れば 模倣行動がなかなか見られにくい場合もあったりすることから 「模倣しやすい」モデルの行動パターンがあるのかもしれない。 とすると人間の成人の方がより模倣となる行動パターンの対象が 広いのかもしれない・・と推測するわけで 上のような文章になりました。 要するに赤ちゃんの模倣行動を対象にいれるとハナシが ヤヤコシクなりそうなので・・ということです。
さえずりの模倣くらいならフィードバックした自分の鳴き声と鋳型や 教師となる刺激との比較などで説明できるかも知れないけれど、赤ちゃんが 舌を出す模倣はフィードバック刺激では説明できない現象であることに 気がついていますか? 成人の出した舌が自分の舌に対応することを どうして知っているのだろう。 ヨウムの形態模写もそうだよね。
>>276 >>277 乳幼児の模倣,っていうか,乳児が大人の表情を「反射」することは
発達心理学でもすごく興味持たれているテーマですね。私の記憶が
確かならそれは鏡映像を自分だと認識できるようになる前から生じる
行動だったはず。つまり,自分の舌や眉などの「かたち」を視覚的
フィードバックによって知る以前から模倣ができるという..........
この事を考える上では人間の顔の基本的形態が親子,大人と子ども,世代と世代を 通じてそれほど大きく変化しないこと(顔の形態に関する認知が生得的であっても それほど不都合は生じないこと)は無視できないと思います。 ただ,そのことと成人の舌が自分の舌に対応することを「知っている」という こととの間には多少の論理的距離があると思いますが(笑)。 進化的,遺伝的あるいは生得的に「なにかの行動ができる」ということを 「知っている」というのは適切か?ということですが。
>心理屋さん どうしてヨウムと人間のように異種間で模倣が起こるんですか?
>>278 心理屋氏
>>乳幼児の模倣,っていうか,乳児が大人の表情を「反射」することは
発達心理学でもすごく興味持たれているテーマですね。私の記憶が
確かならそれは鏡映像を自分だと認識できるようになる前から生じる
行動だったはず。つまり,自分の舌や眉などの「かたち」を視覚的
フィードバックによって知る以前から模倣ができるという..........
★そうなんですよ moore(1992)あたりだと大人がベーっとして赤ちゃんが
そのあとベーってするのは単なるcontagionかlocal enhancementでは?
って疑問を提示してたので,はたして模倣だろうかと思いさしひかえたわけですね。
ところで,スキナーなどが言及していたらしい
模倣行動の適応説ですが,小西正一の著書のなかでは
自然な状態で模倣行動を示す鳥もいるけど
オウムやキュウカンチョウについては自然な状態では模倣行動は
示さないと記されていたのですね。
とするとこのような種の鳥については
模倣行動の究極要因というのはなんだろうか?って疑問がでてきまして・・
>>280 >異種間での模倣
でしゃばるようでもうしわけないですが・・究極要因としては・・
★Moore によると最初は同種のさえずりをきいて学習するのがやがて
異種間での音声模写になり,そしてさらに 一般的な音の模倣になった
という進化の過程を考えていたようです。でなんでそうなったか?というと
小西氏の著書のなかのさえずり=なわばり防衛 仮説に
もとづくならば, 異種間の鳥の声を模倣する適応的意義としてはなわばりを
まもるときに色々な鳥の声をまねすることでより一層
他の個体を威嚇できるから?というのが起源なのかも
しれません。とはいっても,そもそも自然な状態では模倣しない
鳥もいるのでこの辺はまだ私的にはよくわからんのですが・・
心理屋さん、paさん、おふたりとも何を言っているんですか? 問題をそらさないでください。 僕が知りたいのは、同種間でも多種間でも、模倣という現象が起こる しくみを訊いているんですよ。さえずりなら自分の鳴き声というフィード バック刺激が利用できるけれども、形態模写だとそういうフィードバック 刺激は利用できないでしょ? だからどういう仕組みで生じるのか、 どうしてそういうことを行うことができるのかを訊いているんじゃない ですか。 contagion(感化)? local enhancement(局所強化)だって? なんですか、それ? じゃ、どうして感化という現象は起こるのですか? そのMooreという人、アホちゃいます?
283 :
名無しゲノムのクローンさん :01/11/22 12:09
>>282 で、あなたはどういう仕組みだと思うの?
>>282 氏
まぁまぁそんなにいきりたたないでのんびりいきましょうや わかっててネタとしてやってるのかもしれないですけどね・・
>280
>どうしてヨウムと人間のように異種間で模倣が起こるんですか?
★については この質問だけだと
「どうして?」の意味合いに多義性がのこります。
「どのようにして」とでもかけば語弊が生じる余地も少なかったのですが,
どうして,あるいは何故という質問についてはティンバーゲンに倣うなら
「至近要因」「進化的要因」「究極要因」「発生要因」
などがあげられます。私的には,至近要因についてはまさに私自身が質問してるわけですし
281で模倣の究極要因についてふれたので ついでに異種間の模倣そのものの「究極要因」の仮説について
記述してみたわけですね。
★また,
> contagion(感化)? local enhancement(局所強化)だって?
>なんですか、それ? じゃ、どうして感化という現象は起こるのですか?
> そのMooreという人、アホちゃいます?
ですが,そもそももとの文章は赤ちゃんが舌をベーって出す行動に
ついてのべたものです。contagionというのはMoore1992によると
犬が吠えたり,あくびが伝搬したりする現象をさすとのことです。
で,あくびについては別に他の人があくびしたからそれをマネしたわけではない・・どうやらあくびをしている口の形があくび行動を促す刺激に
なっているだけなのでは?という可能性なども考えられる・・と。
では赤ちゃんは? 赤ちゃんはほっといても口をあけたり舌を出したりする
そしてその行動は,息をふきかけたり,人間の顔によって
現れることがある,という。
といったことを元にして考えると・
大人が舌をべーって出したのが伝搬しただけなのでは?
という可能性も考えられる・・と(リリーサーによる生得的行動の発現では?とかいわれそうですが・・)
★また,模倣について
>形態模写だとそういうフィードバック刺激は利用できないでしょ?
1つの考えですが, 自身のカラダの動きについての何らかの表象があれば練習することで
自身の動きからフィードバックすることもできそうです。
すると問題は2点
1・自身の動きについての表象をもってるか?
2・練習してるか
2については私は当初は練習は必要ないと思っていたのですが,資料をあたるにつれてその辺あやしくなってきて・・
形態模写を行うヨウムについてもMoore1992を参考にした文章で私自身
>>235 > という記述がありました。ただし,このときにその提示者の行動を模倣するにしても「練習があったか?」
かどうかは不明。そもそも最初の練習の動きがヘタだったらそれが模倣のための練習かどうか
もわからないからでしょうが・・
★とかいてるわけですね。
また,そもそもThorpeの定義するところの
「新奇で非種特異的な行動パターンが外的強化なしに模倣される」
という模倣行動の定義に適う現象が 自己の行動の表象なしにできるのか
どうかもよくわからんのですが・・
(だから鳥と人間の成人との違いは?という疑問になってくる)
>>284 >自身のカラダの動きについての何らかの表象があれば練習することで
>自身の動きからフィードバックすることもできそうです。
そもそも、その表象の由来は? それが生得的と考えることもできるが、さまざまな
筋肉を動かす練習によって形成されると考えることもできる。赤ちゃんにとって、
この練習をする機会は無限にあるといってもよい。ベッドで横になっている時でも
寝返りを打つ、布団を持ち上げてみる、足をバタバタさせる、乳首を吸うなどの
さまざまな場面でそれを練習する機会がある。
しかし、模倣はただ単に自分の身体に関する表象だけでは説明できない。
>>277 が
指摘しているように、他者の身体部位と自分の身体部位との対応に関する知識が
なければできないはず。ヨウムの例ではそれに留まらず、他の種の身体部位と
自分の身体部位との対応に関する知識がなければできない。この知識の由来は?
この知識の由来が生得的であれ、そうでないにしろ、これが身体による情報伝達に利用できる
ことは疑いない。チョムスキー学派はヒトと動物の言語能力には不連続な格差があると
判断しているようだが、この知識の由来や成立過程、その構造がまだ明らかにされて
いない以上、そう決めつけるのは早計であろう。
ここで私は「自身のカラダの動きについての何らかの表象」という言葉を
「自分の動きがどのようにみえるのか?についての知識をもつ」
というような意味合いでもちいてます。
>>285 氏
>そもそも、その表象の由来は? それが生得的と考えることもできるが、さまざまな
筋肉を動かす練習によって形成されると考えることもできる。赤ちゃんにとって、
この練習をする機会は無限にあるといってもよい。ベッドで横になっている時でも
寝返りを打つ、布団を持ち上げてみる、足をバタバタさせる、乳首を吸うなどの
さまざまな場面でそれを練習する機会がある。
☆由来って発達要因のことだったのね・・
で、これですが、そもそも赤ちゃんは 自身の体の動き についての表象をいつごろもつように
なるんでしょうね?
心理屋氏の文章だと 舌をベーっとする例については
>私の記憶が確かならそれは鏡映像を自分だと認識できるようになる前から生じる
行動だったはず。
とかかれてますが、そのころ赤ちゃんは自身の体の動きについてどのように
捉えていると 考えられているのでしょう?
>他者の身体部位と自分の身体部位との対応に関する知識が
なければできないはず。ヨウムの例ではそれに留まらず、他の種の身体部位と
自分の身体部位との対応に関する知識がなければできない。この知識の由来は?
☆これですがヨウムの形態模写について、その結果から
「他の種の身体部位と自分の身体部位との対応に関する知識」を
持っているといえるのかどうか私的にはよくわからないです
たとえば、人間のチャオという挨拶をヨウムは羽または脚をつかって
模倣するとmoore1992では報告されています。写真をみても
羽の場合と脚の場合があることがみてとれる。
ヨウムの形態模写については、他種個体とのあいだの
手⇒羽 といった対応についての知識などはつかわれてなくって、
単に モデルとなる対象のとんがった部分とかの動きのみをとらえ、それを記憶してそれをお手本にしてる
だけでは?という可能性はないのでしょうか?
動きが大きいときは羽で、動きが小さいときは脚で・・とか。
私は最近の研究はしらないのですが、ヨウムの形態模写についてはどの程度
まで対応ができるという報告があるんでしょう?
(それも上記の知識にふくまれるというかもしれません。
「>他の種の身体部位と自分の身体部位との対応に関する知識がなければできない」
の文章のいみにもよりけりでしょうが)
287 :
名無しゲノムのクローンさん :01/11/24 13:09
>ここで私は「自身のカラダの動きについての何らかの表象」という言葉を >「自分の動きがどのようにみえるのか?についての知識をもつ」 >というような意味合いでもちいてます。 あー、なるほど。つまり自身の身体の表象について、paさんは三人称視点での表象を 考えているわけだ。私は言うまでもなく、一人称視点での表象を考えています。この 前提が食い違っていたのでは以下の議論がかみ合うはずがありません。でも、言って みるものですね。言わないと永遠に分かり合えなかったでしょう。 一人称視点の表象と三人称視点の表象の違いはお分かりになります? 一人称視点の 表象というのは、その身体の内側に住む者から見た自分の身体の構造に関する知識で、 自分の身体各部の動かし方や、自分の五感で感じられる範囲での自分の身体感覚、 という感じになります。 これは、以前、認知地図の議論でも同じ食い違いがありました。paさんはあの時も あくまで三人称視点での認知地図を考えていたのに対し、私はそんなものはなく、 外界の事物が手がかりになっていると言いました。当然、この時も私は一人称視点で 考えていたのです。 >☆由来って発達要因のことだったのね・・ いえいえ、違いますよ。 paさんの、 >自身のカラダの動きについての何らかの表象があれば練習することで という表現から、paさんはまるでアプリオリにその表象は生得的と考えていると思われ たので、発達的な見方からも説明できるよ、と言いたかったのです。 もちろん、この時もpaさんはその表象を三人称視点、私は一人称視点で考えています。 この表象の視点の違いに関する文献は何かご存じありませんか? 私も探しておき ますが。 後の議論は自分自身の身体の表象を一人称で考えるか、三人称で考えるかで異なります ので、今は保留しておきます。
288 :
名無しゲノムのクローンさん :01/11/24 18:12
相変わらずこのスレは電波を呼ぶなあ。
>>288 自分の意見を言わずに煽るだけのカスは出ていってくれない?
>>287氏
>>☆由来って発達要因のことだったのね・・
>いえいえ、違いますよ。 paさんの、
>>自身のカラダの動きについての何らかの表象があれば練習することで
という表現から、paさんはまるでアプリオリにその表象は生得的と考えていると思われ
たので、発達的な見方からも説明できるよ、と言いたかったのです。
あ、そうでしたか了解。ちょっと文脈がとんでいたのでわかりずらかったのですね
☆それはともかくとして、表象の1人称視点と3人称視点について
表象については須藤(心理学辞典)ではアナログ的表象と分析的表象
にわけてましたが、私としては
>>287 >「自分の動きがどのようにみえるのか?についての知識をもつ」
=自身の身体についてのアナログ的なイメージをもつ
とはかぎらないと考えてはいます。
これは認知地図についてもそうでして、>117でコメントしてるとおりです。
機能的に同等ならば
頭の中に自身の身体をイメージしている
or データベースの一覧表のようになっている
についてはとりあえず棚上げにしておくと。
一人称視点の表象というのが何を意味し、どのような機能を
持つと想定しているのかはよくわからないのでこの点は
教授いただければ幸い
291 :
名無しゲノムのクローンさん :01/11/25 07:48
>>290 今述べている表象はあくまで、自らの身体の構造や動かし方に関する
表象で、一人称の表象は主観的subjectiveまたはego-centricな表象、
三人称の表象は客観的objectiveまたはallo-centricな表象と言い換えても
同じことです。この方がPubMedで検索しやすいでしょう。
自らの身体の構造や動かし方に関する一人称の表象は
>その身体の内側に住む者から見た自分の身体の構造に関する知識で、
>自分の身体各部の動かし方や、自分の五感で感じられる範囲での
>自分の身体感覚
という説明では不満ですか?
それから「あの心理屋」さんはともかく、私は表象の機能という言い方や
考え方が理解できません。paさんは知識の機能は?と訊かれたらどう答えます?
表象の機能を問うのはそれと同じ質問と感じます。
293 :
名無しゲノムのクローンさん :01/11/25 12:57
>>292 ある概念をなんらかの実体と結び付けることができるなら,
その構造または機構と機能との区別は容易にできるはず。
構造と機能とを論理的に区別できない概念は「意図」とか「目的」と
同様に,現象を抽象化(解釈)しているだけの概念。
少なくとも認知科学(あるいは心理学)の基礎を理解していれば,
たとえば知識そのものと知識の機能は容易に区別できる。
基本的な(かつ個性的な)論理の誤謬から誰だかアイデンティファイ
されてしまうところが11の面目躍如だね。
294 :
名無しゲノムのクローンさん :01/11/25 12:59
ていうか11には機能という用語の意味自体がわかってないんだろう。
>>292 氏
表象の機能というのは
「その表象をもちいてなにができるのか?」
という意味で使っています。
たとえば,次のような実験を想定します
赤ちゃんが自分である形に口をうごかす
つづいていろんな形の口の絵を提示する
視線を向けるなどで自分がやったのと同じ形の口の絵を選択する
とします。ここで赤ちゃんが自分の口の形についての表象を
もちいていたとすると
「赤ちゃんは自身の行動についての表象をもちいて
口がどのように見えるのか,知識を持っている」
と私は解釈するわけであり先の
>>287 の冒頭の表現になるわけです。
ではこのような結果がしめされたときの表象はどのような表象
となるのでしょう?その辺ご教授いただければ幸いです。
296 :
名無しゲノムのクローンさん :01/11/27 04:03
>>295 >>285 の前段で書いた、主に自分の身体の動かし方に関する知識が主観的な表象、
>>285 中段の、他者の身体部位と自分の身体部位との対応に関する知識が客観的な表象、
ということになるかと思います。
>>295 に書かれている思考実験としての実験では、本人が無自覚に行ったかも知れ
ない行動の後にその行動に関する刺激を提示して判断を求めるのは非常に難しいと
感じます。その行動が無自覚であるかも知れない上に、その行動を記憶している
ことが求められるからです。だから、普通は刺激を提示して、それを模倣できるか
どうか、という実験が行われるのだと思います。
なお、ここで示される刺激は明らかに他者の身体部位であるので、上で述べた
客観的な表象になると思います。
それから、やはり表象や知識の機能を問うのは私は意味がないと思います。表象や
知識は脳内に保存されたなんらかの構造であって、その構造に保存されている情報は
それ自体では利用することも機能を発現することもできず(本自身はその情報を利用
できない)、それを脳内の別の実体(その本の読者)がその構造の情報を取り出す
ことで機能が現れるのです。この議論は「認知革命(H.Gardner、産業図書)」第11章
「心像は想像が生みだした空想物か」を念頭に書いています。この本は今となっては
古いが、ここまでの議論ならこれで十分、と考えます。
一人称的といえば 人間は自分の声についてはほかの人が どのような音程できいているか正確なところをしらない・・だから カセットで録音されるのをきくと違和感を感じる・・とかんがえれば 自身の声については一人称的な表象をもっているといえるのかもしれないですが・・ 今 imago(イマーゴ)95年 12月号の岡の谷氏の 「鳥の歌のメカニズム」をよんでいたのですが ちょっと興味を引かれる文章がありました。 鳥がさえずりの鋳型学習をおこなうときに フィードバックがどのようにはたらいているかを しらべる実験をおこないました。ここで 自身のさえずりのフィードバックとしてはおおまかにわけて2つ考えられます 1・音を出す鳴管からの感覚フィードバック 2・聴覚フィードバック ここで、ジュウシマツについては聴覚フィードバックを遮断すると歌の学習がだめになる しかし、鳴管からの感覚フィードバックを遮断すると歌の学習には影響がない、 という結果になったとのことです。 もちろん鳥の種類によって結果はことなるでしょうが、すくなくともジュウシマツについて 1鳴管からの感覚フィードバック・・・一人称的なもの? 2・聴覚フィードバック・・いったんそとにでた音だから 3人称的? とかんがえるとジュウシマツのさえずり学習では 1はなくなっても影響ない、ということで モデルの歌声からできた鋳型とのマッチングは2の3人称的表象を 用いているということになるのでしょうか? ☆あと興味あるのは 目がうまれつき見えない人の表彰はどうなっているのか? 絵をかいてもらったらどうなるんでしょうね?
299 :
名無しゲノムのクローンさん :01/11/27 09:20
>>296 あなたの話はたとえば記憶という現象をわかりやすく
説明するための比喩,あるいはおとぎ話に過ぎない。
そのうち「自発性の物語」もまた始まるんだろう。
情報を取り出すこと,あるいは機能とは独立に「保存された構造」あるいは
「知識そのもの」が存在するという考え方は,多くの認知科学者が
すでに捨て去った過去の遺物だ。あなたが知っているような
「認知革命」はすでに終わった,大昔の話。最近の研究を勉強してよ。
>>296 氏
>それ(表象)を脳内の別の実体(その本の読者)がその構造の情報を取り出す
ことで機能が現れるのです
>>295 での私の文章
>表象の機能というのは
>「その表象をもちいてなにができるのか?」
似たような意味でつかっています
>>299 氏
>情報を取り出すこと,あるいは機能とは独立に「保存された構造」あるいは
「知識そのもの」が存在するという考え方は,多くの認知科学者が
すでに捨て去った過去の遺物だ。
これですが、不勉強にして私もこの辺のメカニズムについてよくわからないんで
現在では記憶とその検索とについて
はどのような関係であると考えられているのか教授していただければ幸いです。
302 :
名無しゲノムのクローンさん :01/12/26 02:33
年内御教授age
これが、2002年最初の書き込みか……。
2002年 2ゲット
305 :
名無しゲノムのクローンさん :
02/03/14 00:53 げっと