「ここでインド人を右にするのよ」
「その発想はなかった。ウリアッ上で牽制して、吸い込みの範囲にまで誘導するってことか」
四畳半の狭苦しい部屋に置かれたちゃぶ台の上で、ほむらと杏子は熱心に言を葉交わしていた。
その会話は一般人が聞いても理解できないだろうが、魔法少女がその場にいれば、
それが、ワルプルギスの夜への対策会議だということは、容易に理解できるだろう。
「かなり話はまとまってきたね。確かに、作戦自体は悪くないよ。
………相変わらず、あんたの手の内は読めないけど」
足を投げ出した姿勢のまま、持ち込んだ菓子袋を物色する杏子。
すでに、辺りには無数の空き袋が散乱している。
「能力については、追々説明することになるでしょうね」
ほむらは、机の上に無造作に積み上げられた、様々な魔女の情報がまとめられたファイルに目を通す。
まだ、十分な数が揃っているとは言えないが、ゆくゆくはもっと充実していくだろう。
記憶を持って時間をやり直せるということは、記憶は、きわめて重要な武器になり得ると言うことだ。
段違いに強力な魔女でもなければ、事前に対策さえ打っておけばどうとでもなる。
そのために、より効率的な魔女狩りを行うための協力者を作っておく必要があった。
佐倉杏子。見滝原近郊に縄張りを持つ、名うての魔法少女。
その手口の強引さと、利己的な振る舞いは、まさに札付きと呼ぶに相応しい。
自分のために願い、自分のために戦う。
願いと対価の呪いを背負う、魔法少女にはうってつけの存在だ。
縄張り意識の強い彼女と接触を持つのは簡単だった。
彼女の縄張りの近くで、派手に騒ぎを起こし、それだけで彼女は姿を見せた。
そして、超大型の魔女であるワルプルギスの夜を餌にすることで、協力関係を構築する。
張りぼての利害関係を結び、効率的に魔女狩りを行うことで、より多くの情報を集められると践んでのことだ。
今後、魔法少女同士の抗争に巻き込まれることも予想すれば、
腕利きの魔法少女と名高い彼女の戦術を学ぶことは、今後の役に立つ……そう思っていたのだが、
肝心の杏子はほむらに目もくれず、月曜発売の少年誌を読みふけっている。
……さすがにここまであからさまにやる気がないと、不安になってくる。
腕利きの魔法少女だと聞いていたが、これは見込み違いだったか――?
まあ、私個人に関心を持っていないのは好都合とも言える。
こちらも同類を装って、淡泊な利害関係を印象づけておけばそれでいい。
もし、仮にそこにつけ込んで攻撃をしてくるようならば、返り討ちにするだけだ。
「追々ねえ。そんな口約束を信用していいもんだかね」
バリバリと音を立てて、菓子の袋を開ける杏子。
足を投げ出し、大口を開けてエビせんべいにかぶりついている。
「信用しあう必要はないわ」
そう。私は佐倉杏子の信用を勝ち取る必要はない。
彼女の利己的な合理性と攻撃性はよく聞いている。
私と同じ。自分の目的のために他人を食らうことを肯定する無頼の輩。
まったく好都合だ。
仮に彼女を殺すことになっても心が痛まずに―――