せっかくのバレンタインなので宮守妄想SSなんぞを
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2月14日、土曜日―。
民家がまばらに点在する田舎の国道を、塞はいつものように学校へと向かった。
昨晩の大雪が嘘のように晴れ渡った、気持ちの良い朝だ。
まだ足跡が少ない歩道の雪の上を、慎重に、しかし軽い足取りで歩く。
今日は授業は午前中だけなので、午後からは部活に専念できる。
その事が塞の気持ちを弾ませていた。
数週間前に赴任してきた熊倉トシが、正式に麻雀部の顧問となってからというもの、
宮守女子高校麻雀部の活動は急速に本格化していった。
それまでは部とは名ばかりの同好会のようなものであり、
麻雀が好きではあったが趣味の範囲を超えない程度のものであったのが、
トシの的確な指導により、着実に部員全員の実力が上がっていくのが実感できた。
また、トシの指導は麻雀の技術的な理論に留まらず、
一人ひとりの内に秘められた才能を発掘する事にも長けていた。
これまでは意識する事さえ無かった、いわば超能力とでも呼ぶべき非科学的な力。
トシはそれを当然の如く肯定し、またそれを自身で実証して見せた。
トシの指導は部員の中に眠る潜在能力を気付かせるものであり、
練習を重ねるほどにその力の存在を強く信じられる。
新しい世界が拓けていく、その不思議な感覚が塞には楽しかった。
来週にはトシがさらに新しい部員候補を連れてくるらしい。。
今までの高校生活が大きく変わる―そんな予感に塞は胸を躍らせていた。
学校に近づくにつれ、宮守の制服を着た女子高生の姿が増える。
彼女たちがどこかしら普段より浮き足立っているように見えるのは、
塞と同じように放課後の部活を心待ちにしているからではないだろう。
今日はバレンタイン・デー。女子高生にとっては最大のイベントの一つと言っていい。
宮守は女子校だからバレンタインなどというイベントとは無縁だろう―
―塞がそんな誤った認識を持っていたのは、昨年までの話だ。
校門をくぐり玄関に入ると、予想していた通りの光景に出くわした。
「……おはよう、シロ」
「……ん……おはよ…塞…」
すでに両手に抱えきれないほどのチョコレートの包みを抱え、靴箱の前に立ちすくむ白望。
白望の靴箱からも溢れ出した包みが床に散乱している。
白望は靴を履き替えることも、包みを拾う事もできずにぼんやり突っ立っている。
そうしている間にも1年生らしき女の子が頬を赤らめながら、
「小瀬川先輩っ!これ、受け取ってくださいっ!」と白望の持っている包みの山の上に、
さらに包みを重ねて足早に立ち去っていくのであった。
「シロ………いい加減ちょっとは学習しようよ……」
ため息をつきながら塞がカバンを開け、用意していた紙袋を取り出し、
白望の手に持っている包みをドサドサと入れていく。
大きめの紙袋が2つ、あっという間にいっぱいになった。
昨年は何も用意していなかったので、胡桃も呼んで3人で手分けして部室に運び込むしかなかった。
おかげで1ヶ月は部活中のお菓子に不自由しなかったが。
「ほら、シロ。これは部室に運んでおくから、早く教室に行きなよ。そこで突っ立ってたら、
また動けなくなるぐらいチョコを渡されるんだから。あ、これも持ってって」
塞がカバンからさらに3つ、空の紙袋を取り出し白望に渡した。
教室に行けば白望の机には、同じぐらいの量の包みが積まれているに違いなかった。
おそらく休み時間の間も際限なく白望の机の上には包みの山が積まれていくだろう。
「ん…ありがと、塞」
紙袋を受け取り、フラフラと教室に向かう白望を見送る。
よほど学校に来るまでに疲れたのか、いつも以上に気だるそうなのが少し気になった。
塞はカバンを脇に挟んで2つの紙袋を持ち上げ、部室へと歩き出した。
重い。白望は後輩からの方がより人気のあるタイプなのか、昨年よりさらに量が増えている。
――来年は台車でも用意しといた方が良さそうね――
塞はそんな事を考えながら、部室の中に紙袋を置き、自分の教室へと急いだ。
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午前中の授業が終わり、塞が部室に向かうと、すでにトシと胡桃が卓についてそれぞれ弁当を広げていた。
「うわ。やる気満々だね、二人とも」
「当然よ」
胡桃が唐揚げを頬張りながら答える。
トシが監督に就任し部活動の時間が充実していく事を、一番喜んでいるのは胡桃かも知れなかった。
何事も几帳面にやる事が好きな子だ。
これまでの活動も楽しくはあったが、胡桃には物足りない一面もあっただろう。
「ところであれ…例のアレ?」
胡桃が部室の隅に置かれた紙袋を指差し、塞に問いかける。
「うん。本日のシロの収穫……の一部。朝、学校に来るまでだけでアレだよ」
塞も卓の空いている席に座り、自分の弁当を広げながら答える。
「はぁ……相変わらず凄い人気ね、シロは。ばっかみたい。シロなんかにチョコあげても何も返ってきやしないのに」
口は悪いが、胡桃の言葉には塞も同意せざるを得なかった。
白望はおそらくチョコを貰った相手の顔すら覚えていないだろう。
部室に置いたままで、「ダル…」と家に持って帰る事さえ面倒がるのだ。
バレンタインというイベントを、どこまで正確に理解しているのかすら怪しい。
「胡桃は子供だねぇ」
トシがお茶をすすりながら、穏やかに胡桃をたしなめる。
「見返りなんて無くても、相手にプレゼントするだけで嬉しいものなんだよ、女の子は」
「んー…そんなものなのかなぁ…」
トシに子供と言われては、さすがに胡桃も反論できない。
「そんなものさ。シロがモテるのは分かるよ。私も後20年ほど若かったら良い勝負ができるんだけどねぇ…」
どさくさに紛れて随分サバを読んでいるようだったが、ここは突っ込まないのが大人の対応だろう。
塞も黙々と弁当を食べ始める。
3人が丁度弁当を食べ終わる頃、部室のドアが開きようやく白望が現れた。
部室に倒れ込むように入り、そのまま床にへたり込んだ白望の手には、誰にもらったのか、4つの紙袋が握られていた。
「……ダルい……もう、立てない……」
弱々しくつぶやく白望は本当に疲れているようだった。
今日が土曜日だという事が逆に不運だったのか、短い時間の間にチョコを渡してしまおうという、
女子生徒たちの猛攻に今までさらされていたのだろう。
「シロ、遅いよ。もうすぐ部活始めるから、早くお昼ご飯食べちゃって!」
白望の事情などお構いなしに胡桃が無情な言葉を浴びせる。
まあ、白望のこういう態度はいつもの事だ。
いちいち配慮していては部活が進まない。
「……ごめん、胡桃……今日は、ホントにダルい……もう帰ってもいい………?」
「またそんな事言って!ダメだよ、シロ。じっくり練習する時間なんてもう余り無いんだから。でしょ?先生」
「……そうさねぇ……確かに、インターハイの事を考えれば、今は一日でも惜しいのだけれど……」
トシも判断が出来かねているのか、珍しく言葉を濁し、塞に目配せする。
まだ部員たちと付き合って日の浅いトシには、こういう場合無理にでもやらせるか、
止めさせるかの判断は難しいのかも知れない。
「……ちょっと待って、胡桃。シロ、本当に具合悪そうだよ?帰らせた方がいいんじゃない?」
それまで白望の様子を注意深く見守っていた塞が口を挟む。
「――また塞はシロを甘やかして…っ――」
胡桃が言いかけて、しまった、というように言葉を飲み込んだ。
塞と胡桃の間に、一瞬緊張が走る。
塞はそれに気付かないフリをして、努めて平静を保ちながら、白望に近寄り額に手を当てた。
触れた瞬間、はっきり分かるほどに熱さが伝わってくる。
「…ほら、やっぱり熱があるよ。胡桃も触ってみて」
胡桃も近寄り、白望の額に手を当ててみる。
「……ホントだ……ごめん、シロ……塞も。先生、シロを帰らせてもいいですか?」
「ええ、もちろん」
トシの優しい眼差しは、まるで最初から部員たちがその選択をする事を知っていて
敢えて選ばせたかのようだった。
とりあえず、胡桃が納得してくれた事に塞は安堵のため息を漏らした。
胡桃と塞とは、白望への対応をめぐって、過去に一度大喧嘩になった事があった。
取っ組み合い、罵声と平手打ちの応酬――思い出したくもない、苦い青春の一ページだ。
それ以来、塞が白望を「甘やかしている」と胡桃に疑われた場合は、
そんな事はないという客観的な根拠を示さなければならない―というのが、二人の間の不文律であった。
「私は、シロを家まで送ってくね。とりあえず様子を見て、戻れそうだったらまた連絡する。
熊倉先生、用務員室に大きいボブスレーありましたよね?ちょっとお借りしたいんですが…」
以前用務員のおじさんが、ボブスレーで荷物を運んでいた事を思い出した。
子どものソリ遊びにも、荷物の運搬にも使える、ママさんダンプと並んで一家に一台の雪国の必需品である。
白望の家までの道のりは割りと平坦で、距離もそれほどは無い。
白望の体を支えながら歩くよりも、乗せて運んだ方が遥かに楽だ。
「ああ、わかった。用務員さんに連絡を入れておくよ。……塞は良い介護士になりそうだねぇ」
トシの冗談とも本気ともつかない言葉に苦笑を返すと、塞はシロの腕を肩に担ぎ部室を出た。
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白望を校門の前で待たせ、塞が用務員室からボブスレーを借りて戻ると、
白望は校門にもたれ、カバンを座布団がわりにして地面に座り込んでいた。
どうやら立っているのも苦しいらしい。
「ほら、シロ、これに乗って。立たすよ?」
塞が手を掴み、白望を引き起こす。
起き上がった白望の身体は、自分一人では支え切れないのか、そのまま塞に正面からのしかかった。
塞は白望の身体を慌てて抱き止める。
白望の身体の重さと、普段の白望のイメージに反した柔らい女性的な感触に、一瞬塞の胸が高鳴った。
しかしそんな感情に浸る余裕は無い。
白望に押し潰されないように必死に踏ん張りながら、なんとかボブスレーに白望を座らせる。
「それじゃ行くよ。落ちないように気をつけてね」
ボブスレーの先端に付いた紐を腰に回し、塞が歩き始める。
雪質が良いのか、思ったより楽に進む。
しかしシュールな光景だった。
傍から見れば真昼間から女子高生がソリ遊びをしているようにしか見えない。
用が無い生徒はほとんど下校した後だったのが幸いした。
クラスメイトにでも見られたら、かなり恥ずかしい思いをしただろう。
辺りにはまったく人影が無い、静かな午後だった。
日光が雪に反射して眩しい。
一面の銀世界の中を、無言でひたすら歩き続ける。
「さえ」
20分ほど歩いただろうか。突然白望が口を開いた。
「ん?何?」
「……お腹すいた……」
少し申し訳無さそうに白望が言う。
「……お弁当は?」
「……今日は持ってきてない……コンビニで買うつもりだったから……」
「……チョコレートは?一つぐらい持ってるでしょ?あれだけ貰ったんだから」
「……いや……全部部室に置いてきた……塞は何か持ってない……?」
塞が少し考えながら辺りを見回すと、ちょうど岩根橋が見えてきたところだった。
あの近くになら腰掛けるベンチもあったはずだ。
「……もう少し歩いたら、休憩しよっか」
岩根橋にたどり着き、塞はベンチの雪を払って腰を下ろした。
思ったよりは楽だとは言っても、やはり慣れない運動はなかなかきつい。
だが、ここまで来れば白望の家までは後わずかだ。
塞はポケットからラッピングしたチョコレートを取り出した。
「はい、これ。あげる。食べていいよ」
塞が放り投げた包みを白望が受け取り、しげしげと眺める。
どう見ても手作りだ。
「……これ、塞が作ったの……?」
「まあね。……一応、部のみんなに。一度試しに作ってはみたかったけど、渡す相手もいないからね」
白望が包みを開け、中のチョコレートを一つ口に含む。
「………どう?」
「……うん……おいしい……」
「そか」
白望の表情はほとんど変わらないが、長い付き合いで嘘を言っていない事はわかる。
それだけで、塞は口元が緩んでくるのを感じた。。
――部のみんなのためにチョコを作ったというのは、嘘だ。
昨年、白望と一緒に大量のチョコレートを処理した経験から、白望の味の好みを何となく塞は知っていた。
それは紛れもなく、塞が白望の好みを考え、白望のために作ったチョコだった。
――私も、あの子たちと同じだ。
白望にチョコを食べてもらったというだけで、こんなにも嬉しい。
今朝、白望にチョコを渡していた女の子たちの姿を思い浮かべながら、自嘲の笑みを浮かべる。
胡桃がそんな自分を見たら「ばかみたい!」と吐き捨てるだろう。
白望がくしゃみをした。
「寒い?」
「……うん……少し……」
塞が着ていたコートを脱いで白望の肩にかける。
「……ありがとう……塞は大丈夫……?」
「ん。今日はそんなに寒くないし、どうせ動いたら汗かくぐらいに暑くなるしね」
『塞がシロを甘やかすから――!』
かつての胡桃の言葉が塞の脳裏をよぎり、胸を刺す。
『塞が甘やかすから、いつまでもシロはダメなままなのよ!!あんたの偽善がシロをダメにしているの!!』
――あの時、私らしくもなく逆上して、思わず胡桃の頬を張り飛ばしてしまったのは、
きっと胡桃の言葉が図星だったからだろう。
白望に対しては、誰もがある程度「これ以上の我侭は聞かない」という線引きをする。
もちろん塞にしても、塞自身は白望の要望を際限無く聞いているつもりは無い。
だが胡桃から見れば、塞のその基準はかなり甘いらしかった。
喧嘩の原因は些細なものだった。
1年の夏――ただゲームとしての3人麻雀を繰り返しながら、
インターハイをどこか遠い世界の事のように眺めていた日。
いつも通り、部活中に「ダルい」を連発する白望の態度を、胡桃が注意する。
ただ、その日は今までの鬱憤の積み重ねがあったのだろう。
いつも以上に胡桃は厳しい言葉を白望に浴びせていた。
それを見かねた塞が白望を庇って仲裁に入ったところで、
今度は胡桃の怒りの矛先が塞に向いたというわけだった。
女同士の本気の喧嘩は恐ろしい。
髪を引っ張り合い、殴り合い、お互いに意味の分からない事を喚き合って――
二人が暴れ疲れて嗚咽しながら座り込む頃には、沈む直前の夕日が教室を赤く染めていた。
夕暮れの静かな部室に、二人のしゃくり上げる声だけが響く。
涙を流し尽くして頭が冷静になってくるにつれ、お互いに対しての怒りも憎しみもなく
ただ何故こうなってしまったのか、という後悔と悲しみが残るばかりだった。
明日からどんな顔をして会えば良いのか。
謝りたい、と思いながらも、言葉を発してしまえば僅かな関係修復の可能性すら消えてしまいそうで
塞も胡桃もただ黙って座り続けるしかなかった。
そんな時、それまでどちらに加担するでもなく、喧嘩を止めるでもなく、
ただぼんやりと二人の喧嘩を見守っていた白望が突然口を開いた
「じゃ、帰ろっか」
そのあまりに間の抜けた、しかし的を得た一言に、胡桃と塞は顔を見合わせ思わず吹き出した。
きょとんとしている白望を前に、ひとしきり笑い転げ、部室を片付けて下校する頃には
もういつもの3人に戻っていた。
あんな事があっても―いや、あんな事があったからこそ、胡桃は塞の大切な親友であった。
あの喧嘩の後、胡桃は少しだけ白望に小言を言うことを止め、
白望は少しだけ我侭を言うことを自重し、塞は少しだけ白望に厳しくなった。
そんな風に、少しづつ大人になっていくのかも知れない。
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「……そろそろ行こうか」
あんまり休んでいては身体が冷えて、今度は自分が風邪をひいてしまう。
塞は立ち上がると、先ほどと同じく白望の乗ったボブスレーを引いて歩き始めた。
「……それにしても、風邪をひいているなら学校休めば良かったのに。どうせ土曜日なんだし」
「ん……親にはダルいから休みたいって言ったんだけど……無理矢理追い出された……」
そのやり取りは塞にも容易に想像できた。
白望の家族なら、そんな事は日常茶飯事なのだろう。
「……日頃の行いだね……自業自得ってやつ?……ま、シロもちょっとは反省しなよ」
「ん……でも、塞はどうして風邪だって分かったの……?……誰も信じてくれなかったのに……」
「ん?……ああ、私はほら、アレだよ。モノクル付けたら不思議と人の体温とか分かるから」
「……?……今日は、塞がモノクル付けてるとこ、一度も見ていない………」
――白望は変なところを結構良く見ている。そこは気付いてもスルーするところでしょ。
白望の事をいつも見ているから―などとは口が裂けても言えるわけがなかった。
塞は顔が火照ってくるのが分かって、後ろを振り返れなかった。
「さえ」
「……ん?」
「……いつも、ありがと……感謝してる……」
「…………そか…………」
そんな一言で、白望の全てを許せてしまえる。
――私は、ダメな女だ――多分、シロとは違う方向でダメな女なのだろう。
『シロがこのままダメな人間になったら、塞はシロの一生に責任が持てるの!?』
喧嘩の時、胡桃にそんな事も言われたのを思い出した。
何を大袈裟な、とあの時は思ったものだが、白望がこのままろくに自立できない人間になってしまったら、
その責任の一端は、確かに自分にもあるのかも知れなかった。
――だけど、それならそれで、一生シロの面倒を見るのもいい。シロがいつか熊倉先生の年を越えて、
本当に介護が必要になっても――
それもまた、自分にとっては幸せな人生のように塞には思えた。
そんな考えを胡桃に話したら、きっと呆れられ、罵倒されて――
――それでもきっと胡桃は、何があっても最後まで私の味方でいてくれるだろう。
もちろん、白望が他人に迷惑を掛けない程度に、自分の事をやるようになってくれればそれに越した事はないが。
「ねえ、シロ。シロは全国に行きたい?」
全国。一年前の私たちなら考えもしなかった言葉だ。
「……塞は?」
「…私は行きたいかな……やっぱり、どこまで行けるか、試してみたいから……」
「……うん……塞と胡桃が行きたいなら、がんばる……」
白望の予想外の言葉に驚いて振り返る。
「……へぇー…変わったね、シロも」
「……そう……?」
やや消極的な言い方ながらも、白望の口から「がんばる」などという言葉を聞いたのはこれが初めてだった。
トシが来て部活動の内容が変化した事が、白望にも良い影響を与えているのかも知れない。
「一緒に行こうね、全国」
白望が誰にでも優しい事も、白望の面倒を見るのが自分じゃなくても良い事も分かっている。
それでも、きっと何か素敵な事が起こる予感を塞は感じていた。
3年のインターハイ。最初で最後の挑戦。
まだ遠い夏へと思いを馳せながら、塞は白銀の新雪の上を歩き続けた。
―Fin―
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んー、あんまりバレンタインっぽくないですねー。駄文失礼しました。