「ホワイトクリスマスだね、てるてる」
わたし、大星淡は空を見上げて言う。
ヒートアイランド現象とかモンスーンとか夏の間はよく聞いたけど、
聖夜の今日は、息も凍るような寒さが朝から続いていた。
朝の天気予報を見て、興奮しながら校舎について、
今年最後の例会を終えて、さぁ帰ろうといった時にようやく雪は降り出した。
エアコンの効率なんて関係ない、とばかりにカーテンを全開された窓の外は、
もはや陽が落ちて真っ暗な空を、白く彩る雪たちの乱舞だった。
いつものようにてるてるは私のお尻を触りながら、うひゃ!触りながら外を見る。
「さむそーね」
夢のかけらも情緒もない台詞をてるてるは返す。
そんな独創的なところも大好きだけど、
やっぱりもうちょっとロマンのあることを言ってもらいたくもある。
そりゃまぁ確かに雪は横殴りに降ってるから、風がすごい勢いで吹いてるだろうけど。
こういう日のこういう夜に降る雪を見て、寒そうとか、それはちょっと空気が読めてないよ、てるてる。
だからせめてロマンチックなことを、わたしは言う。
「てるてるぅ〜。ミーティング終わったら、一緒に街に出ようよ!」
それを聞くとてるてるはあからさまに嫌そうな顔をする。
確かてるてるの故郷って長野だから、寒いのには慣れてるはずなのに。
「いやよ、さむいし」
そう言うてるてるの頭をボフッと叩く、誰かさんの手。
わたしが唯一勝てないと思う人。弘世菫だ。
「チームメイトの誘いくらいは快く受けろ」
この人がてるてるをすんなり明け渡してくれるなんて、意外だ。
てるてるはチッと、隠しもしないで悪態をつく。
そういう感情に素直なところも素敵だよ、てるてる!
「あ〜。仕方無いか」
やた!やた!やた!
トラトラトラ!我奇襲ニ成功セリ!ニイタカヤマノボレ!
「ありがとうございます、会長!」
思わず声に出して感謝感激雨あられ!
でもそう言ってめったに下げない頭を下げた私を、会長は冷ややかに見下ろして、
「そんなに感謝されても困る。私もお供するからな」
ふえ?
えええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!
◇
淡をダシに使いはしたが、私とてこんなロマンチックな夜は好きな人と一緒に居たい。
去年は誘っても応じてくれなかったこのトーヘンボクも、
どうやら二人がかりでならなんとか攻略出来たようだ。
その意味では淡には感謝の念もある。
だが、ことこいつに関しては譲る気は毛頭ない。二人っきりで夜の街など歩かせてたまるものか。
気の変わりやすい、こいつのことだ。いつまたヤーメタと言い出すか分からないので、
私はすぐさまあいつの分も含めて全ての準備を終え、即座に街に繰り出した。
ミーティングの途中ではあるが、渋谷と亦野に任せておけば問題はなかろう。
もし問題が起こったとしても、応対する気は毛頭ないので携帯の電源も切っておく。
■
街はイルミネーションで覆いつくされていた。
ことクリスマスに関しては環境問題も何処へやら、という勢いだ。
だが淡い光によって包まれた街中は本当に幻想的だ。
どんなリアリストの戯言も、この雰囲気の前には無力に過ぎない。
金や環境問題や飢えた子どもたちや地球の未来などどうでもいい。
私自身の、これから訪れるであろう暗澹とした未来も押し流されていく。
ふと隣を見ればあいつと淡が腕を組んでいた。
やはり癪なので、私もあいつの空いてる腕を取る。
自分の胸が邪魔してなかなか密着は出来ないが、それでなんとか心の平静は保たれた。
あいつは、といえば私の方をニヤニヤと見やっている。
なんだ、それは。
まさか嫉妬させたいのか。
馬鹿な。そんな挑発に私が乗るはずがない。
無論、対抗心など沸くはずもない。
お前の腕をさらに密着させようとなど、するはずもない。
「なに睨んでんの」
あぁ?!なにを言っている。私は嫉妬もなにもしていない。
ましてやお前に対して独占欲など沸いてなどしていない!
自信過剰もいい加減にしろ!
「てるてるぅ〜わたしの方もちゃんと見てよぉ〜」
そうだそうだ。折角一緒に来てるんだから、淡にも構ってやれ。
だからと言って
目 の 前 で キ ス を す る な
◇
会長はこういう時、ほんとに迅速だ。
てるてるが夜の街に繰り出すといった瞬間、全ての業務をあっという間にまとめていった。
せーこちゃんとたかみーから聞いたところによると、去年は誘ってもてるてるが応じなかったらしい。
へー。
じゃあわたしの方が会長より、もしかして上になれたのかなぁウヒヒ。
まぁわたし可愛いからね!てるてるが放っておくハズがない!
会長みたいに綺麗な人には、二年のアドバンテージがある会長には、
麻雀も恋も、何時まで経ってもかなわないかもって思ってた時もあったけど、
乙女最大のイベントであるクリスマスで勝ったと言うことは、これはラス親で役満上がったようなもの。
もはや完全勝利と言っても差し支えないんじゃないかな!
会長の方をニヤニヤしながら見ていると、ふと気が付く。
てるてる、会長の方しか見ていない。
慌ただしく支度をしながらも、本当に嬉しそうに微笑んでる会長の方しか見ていない。
わたしの方なんて見もしていない。
■
夜の街は本当に綺麗で。
様々な光に彩られて、キラキラと光りながら落ちる雪と相まって、まるで万華鏡のようだ。
宝石箱をひっくり返したようだ、と言っても差し支えない。
好きな人と見る景色としては申し分ないというか、これ以上ないロケーションだろう。
実際周りを見ると、腕を組んで楽しそうに微笑みあうカップルの姿ばかりだ。
わたしもホワイトクリスマスの街中で、一番好きな人と腕を組んでいる。
こんな素敵なシチュエーションってないと思うんだ。
でも、わたしには自分の吐いた息で白くなる、てるてるの横顔しか見えない。
ねぇ、なんでこっちを見てくれないの?
さっきから正面か、会長の方しか見てないよ?
わたし、我慢強くは無いんだから構ってくれないと、駄目だから。
本当に、駄目だから。
景色がちょっと滲んじゃってる。寒いからなのか鼻水まで出てきそうだ。
駄目だ、駄目だ、駄目だ。
こんなのわたしじゃない。
例え、てるてるが私のことなんて眼中に無かったとしても、
例え、会長のことしか頭に無かったとしても。
そんなのどうしたって言うの。
だからって、身を引く理由には全くならないんだから!
だったら無理してでも、てるてるをこっちに振り向かせてやるんだから!
「てるてるぅ〜わたしの方もちゃんと見てよぉ〜」
精一杯可愛い、甘えた声で言ってみる。
これで振り向いてくれなかったらどうしようとか、考えない!
そうだ、振り込んでこないなら、ツモるまでじゃない!
決意とは裏腹に、精一杯可愛い顔を、おねだりするような顔をする。
全力を尽くさなければ、あの人に、会長には勝てない。
だったら全力で戦うのみ!
そう考えていると、てるてるはわたしの方に振り返り、組んだ腕を器用にほどいてわたしの腰に回し。
てるてるの顔が。
顔が。
あ ぁ 幸 せ ぇ 〜
■
物凄く長い間、唇と舌を交わしていたと思う。
わたしの喘ぎ声にも似た溜息、聞こえちゃったかな。
わたしはあまりの事に両手がお留守になってしまった。
いざ結ばれるとなると、やっぱり気恥ずかしいな。
目がトロンとなって、周りの風景とか全然見えない。
折角のロケーションなのに、肝心の場面ではあなたの顔しか見えないんだね。
息が苦しくなるほどに唇を重ね、舌と舌が糸を引いて離れた。
はぁはぁと舌をちろっと出しながら、心臓が音もでないほどに動きまくっている。
白い吐息が辺りを支配する。
ふと気がついたように、わたしはてるてるを抱きしめる。
わたしは今、ここでてるてると結ばれた。
キューピッドさんが祝福のラッパを吹き鳴らしている。
てるてるの愛は唇を通して十分伝わった。
二人は相思相愛だ。
そうだ。
悲しむことなんて、切なくなることなんて、嫉妬することなんて、焦ることなんて。
全くなんの必要も無かったんだ。
これだけ愛されているのに、なんで気づかなかったんだろう。
それに気づかなかった悔しさなのか、本当に嬉しいからなのか。
わたしは涙をぼたぼた流していた。
「なに泣いてるのよ」
そうは言ってもね、てるてる。
涙が出ちゃうんだよ、乙女だから、女の子だから。
てるてるは、そんなわたしの涙を人差指でぬぐってくれた。
優しいんだね、てるてる。紳士だね。
真摯な紳士。
思いついちゃったからしょうがない。
でもそれで泣き止んだ私に、てるてるは「あ、そうだ、忘れてた」なんて言いながら、
わたしの腰に回してた手を、自分の懐にやった。
そこから出てきたのは、
紫色の小箱?
催促されるままにそれを開けると、
「綺麗…」
それは本当に、本当に綺麗なペンダント。
あ、駄目だ。また泣いちゃう。
こんなロマンチックな夜に、
こんなロマンチックなキスをして、
こんなロマンチックなことをしてくれるなんて、
本当に、本当に、てるてるってすごい人なんだね。
てるてるはチュって唇の先だけでキスをして、わたしに微笑みかけた。
そんな可愛い笑顔、今までで一番の贈り物だよ、てるてる。
◇
私はそれを傍観するしか無かった。
あいつが淡を貪り食う、様を。
淡が幸せそうな顔でペンダントを身につける、姿を。
私にも見せたことの無い、極上の笑顔を淡にプレゼントしている、あいつを。
先程まで感じた、あいつの挑発的な雰囲気ももはや感じない。
あいつは本当に淡にだけに集中している。
今までこんなことは無かった。
何時だって、そう何時だって、私のことを気にかけてくれていた。
心の底にあの女が居ることは勿論ではあるが。
それでもあいつの中の微成分の、結構な割合は、私で出来ていたはずだ。
その視線を存在を、今、全く感じない。
あいつが見てくれない世界が、これほどまでに味気ないものだったなんて。
白糸台に来るまで、私は独りだったはずなのに。
世界に私は独りだと、そう分かっていたはずなのに。
そうだ、あの頃に戻っただけだ。
寂寥感のみが支配する、あの頃に。
白糸台が、照の居るこの空間が、ティル・ナ・ノーグであった事など分かっていたはずだ。
幻。真秀場。そんなあやふやなものだったことなど、とっくの昔に覚悟していたはずなのに。
なぜ
なぜ
何故、私は涙を流しているのだろう。
■
どのくらいの時間が経っただろう。
淡はもう遅いからと言って、腕をぶんぶん振りながら帰っていった。
好きなオカズは延々と、最後まで残しておくタイプなのだろう。
私だったら、チャンスと見たら食い尽くすのだが。
あとに残ったのは、あいつ。
あぁそれと私、か。
もはやステージの上を見つめるだけの存在と成り果てた私に、
なんの価値が、意味があると言うのか。
勘定に入れる必要など無いよな。
そう思い、私も寮に帰ろうとする。
だが。
何故か離れられない。
精神的な問題ではない。
私の肉体的な問題でも無い。
あいつは未だ、ずっと私と腕を組んだままだったと言う事に気づいたのは、
あいつが私に向き返った段になって、ようやくのことだった。
■
「なにしてんの」
あいつが語りかける。
「離せ」
私は帰りたいんだ。一刻も早く、孤独に慣れなければならないんだ。
「嫌」
あいつが返す。
「黙れ」
私が返す。
お前はもう私のことなど忘れてしまったのだろう?
私もお前のことなど忘れるから。
私に対してもう、なにも与えないでくれ。
「言わなきゃ分からないの?」
あぁ分からんね!
三年間お前のことだけを考えて生きてきたが、
結局、お前の事を理解することなど出来はしなかった!
飽くまであいつの顔を見ようとしない私の顎を、あいつは右手で掴み見据えさせる。
「聞いて。私はお前のことが大好きなんだ」
「バカなことをいうな!心にも無いことをいうな!ふざけるのも大外にしろ!」
「嘘じゃない。三年間ずっと、好き。愛している」
「だったらなんであんなことをする?!もう沢山だ!淡と幸せに暮らせばよかろう!」
「淡もお前も大切だよ?ただ淡は拗ねやすいから」
傷付いたような顔をするな。怒りづらくなるじゃないか。
泣きたくなるじゃないか。私はお前を傷つけたいわけじゃない。
私はお前のことが、やはり好きなんだ。
「だから、最初に渡したの」
そう言って、あいつはポケットの中のものをゴソゴソと取り出す。
「お前がロマンチストなんかじゃないのは、分かってはいたけど」
うるさい。お前に言われたくない。
「ここまでムードもなにも無く、渡す羽目になっちゃうとはね」
なんだ、それは。
紫色の小箱。
先程のものより、やや小さい、それは。
「開けてもらいたいんだけど」
そう言われて、素直に開けてしまう自分が恥ずかしい。
手が震えているのが分かるのが恥ずかしい。
歓喜が心の底から沸き上がってきている事を、実感しているのが恥ずかしい。
中に入っていたのは。
ちいさな、ちいさな
「バイト代三ヶ月分。わかるよね」
指輪だった
■
私はもう、なにも考えられなくて。
ただただ涙を流すしか出来なくて。
そうか、これが聖夜の奇跡なのだと、心の底から感謝することしか出来なくて。
あいつの顔すらまともに見られなくて。
私の嗚咽だけが、雪が舞う私のこの世界に響き渡っていた。
「もうちょっと、こう、なんというか、感想とか言えないの?」
黙れ、アンチロマンチストめ。
私の様子を見て察しろ。
もはや感謝とか感激とか幸福とか
そんなものでは言い表せない状態なんだ、私は。
大体、あの時淡が誘わなければ、
私が諭さなければ、何処でどう、これを渡すつもりだったんだ。
まさか部屋の中でか?それこそロマンも何も無いだろうが。
まぁそれはどうでもいいか。
今、考えるべきはこいつに返す言葉だ。
もはや言葉に出来ないほどの感情を与えてくれたこいつに、
私からプレゼント出来るものなど何もないが、
ただ一言、声に出して表せる言葉といえば
「ありがとう」
そしたらあいつは私を抱きしめながら、こんなことを返してくれたんだ
「メリー・クリスマス」
メリー・クリスマス、"照"。愛してる。
私達は、雪で真っ白になることなどお構いなしに、ずっとずっと、抱き合っていた。