【咲-Saki-】 竹井久×福路美穂子 【隔離スレ】
以前部キャプ(以下竹福。この呼び方はイカしてる)で連載させて貰っていた者です。
キャプテン攻めと「竹福」に萌えたので、また書いてみました。
前回の続きめいた感じで、さらに規制で時期を逸しているのですが、
またよろしくお願いします。
改めて考えてみると、性行為というものは実に面倒なものだ。必ず四方を壁に囲まれた
プライベートな場所で、しかも何か柔らかいものの上で行われなければならないし、事後
には必ず井戸の底に突き落とされるような疲労に付きまとわれる。さらに言えば通常のも
のだけでなく男同士でも女同士でも、個人差はあるだろうが少なくない量の液体が流れる。
匂いもある。事前にあれこれと頭の中だけで想像すると、なんで人間はこんなことをしたが
るんだろう、と奇妙な気分になってしまう。
ということを美穂子に話してみると、いかにもおかしい、という風情を全身に表して、彼女
はころころと笑声を上げた。ハムスターが風車を回す時のような声だった。私も苦笑いで
返した。何せ場所は自室のベッドの上で、姿は2人とも一糸纏わぬ状態だったからだ。
「久は私が何を聞けば笑ってしまうのかを心得ているのね」
ひとしきり笑ったあとで、美穂子はぐるりと首を回した。横になるのが疲れると、私たちは
ベッドに座り込む。私は毛布を抱え込み、あぐらをかいてのんびりとしているが、美穂子は
足を崩していても揃えているし、姿勢もだらしなくはない。ぎしり。わずかなベッドの揺れを、
美穂子は器用に身体から逃がした。
「だって本気で思うんだもん。美穂子が目の前にいないときは」
「じゃあ、私が目の前にいるときには?」
「少なくとも抱きしめたくはなってるわ、いつもね」
まあ、と美穂子は笑った。私も幸福感に包まれながら、多分頭の隅の方で、でもなあ、
なんて思っている。人には聞かせられない恥ずかしい話だ。私自身、独りで冷静になって
みると、恥ずかしさで転げ回ってしまうかもしれない。そういうことを平気で言えるというの
は、やはり性行為というのは、それだけ複雑な手続きを踏むだけのことはあるのだろう。
人間をこんなに素直に、というよりは狂気に足を一歩踏み込んだような状態にさせるのだから。
それは美穂子にもそう作用するのか。顔を赤くし、俯かせながら、彼女はぼそぼそと
本音のようなものを呟いた。
「私もね、少し思ったの」
「ん? なに?」
「一度脱いだ下着ってね、洗濯しないと、もう身に付けたくなくなるのね」
ああ、と私は頷いた。
「わかるわかる。5分穿いただけの靴下とかもさ、一度脱いじゃうとなんか汚くなったみたい
に思えるよね」
「そうなの」
美穂子はいかにも真剣そうに、頬に手を当てて頷き返した。
「だからね、久」
そして、顔の赤みを深くして、呟いた。
「私、替えの下着を持ち歩くようになっちゃったわ」
美穂子の身体までが綺麗にピンク色に染まる。話の内容も相まって、私も慌てて目を
逸らした。その、いつでもセックスをする覚悟がある、ということに等しい内容は、美穂子が
口にするにはいささか性的すぎる内容だったからだ。ちらりちらりと美穂子の足の付け根
に視線を送ると、いかにも恥ずかしげに美穂子はそこに手を置いた。私はさらに目を逸らした。
お互いの身体が標準からどのようにずれているのか、それとも実は標準そのものなのか、
そういうことも私たちにはよくはわかっていない。お互いが初めて愛し合った女性だったし、
そういうことに対する知識も少ないからだ。また性交渉に関する知識もそうはなく、私たちは
日々手探りで、それに関することを行っている。と言っても、結局はまだ数回程度しか経験
はない。互いの家に家族がいないと確信できるときでなければ出来ないし、なんとかホテル
に行くほどのお金も度胸も持ち合わせはない。性欲なんてなければ幸せかなとも思う。とは
いえ、美穂子の白くてやわらかい、しっとりとした肌や、ピンク色にわずかに存在を主張する
胸の突起、くすぐったそうに辛そうに身を捩らす仕草や、目を逸らしつつ小さく声を潜めて喘
ぐさまなどを想像してしまうと、私自身も胸がどきどきとしてしまうのではあるが。やはり人間、
本能からは逃れられないものらしい。
美穂子の痴態は、一度瞼の裏に張り付いてしまうと、容易にはとれなくなる種類のものだ。
それは日々の生活のどこかしらで、するすると表に出てきてしまう。教室でノートをとってい
るとき、その紙の白さに目を焼かれて。ぐいと白を盲牌するとき、その手触りを思い出して。
日常生活の様々な部分で、様々な美穂子の姿がぬっと顔を出してくる。それは勿論心地よ
いものだが、その心臓を柔らかくしかし急激に包み込まれるような気分は、簡単に慣れるも
のではない。たまに過呼吸でも起こしそうになるのではないかと感じてしまうのだ。
ただ、私が最も心を乱されるのは、美穂子が私でそのような症状を起こしているとしたら、
と想像する瞬間だったりする。
美穂子の部屋でしたのは過去に2回だけだ。そのときはどちらも恋の熱情にやられ、頭が
パンクでもしそうな状態で行っていたために気付かなかったのだが、実際美穂子の部屋は、
私にとってアウェーである。なにせ四方八方から美穂子の匂いが漂ってくるのだ。机や本か
らですら、ふわりと美穂子の存在が主張される。もはやどうしようもない。布団に顔でも押し
つけようなら、などと考えると、それだけで顔のあたりの熱量が増すし、腹部が何か、なんと
も言えない感じになる。それが生理中の、あの腹の内部を大勢の小人に蹴られてるような不
快感とは全く違うところが、私をとても恥ずかしくさせる。
だから今回、美穂子の部屋で唇を奪われた時に、ああしまったな、うかつだったなと思った。
思ったが、もう仕方ないなとも感じた。なにせ美穂子に会うのは10日ぶり、声を聞くのは3日ぶ
りだ。その間、美穂子のフラッシュバックに悩まされ続けた私には、かなりの飢餓感がある。
そんな私が、前後上下左右、美穂子で溢れている部屋に入ればどんな状態になるかは、火を
見るよりも明らかだろう。
「……久」
水音とともに、何かに取り憑かれているような目で、かすれた喉で、美穂子が私に覆い被さってくる。
布団の上で半身になって、私はぼんやりと美穂子を見上げた。
「美穂子」
発音した途端、また唇が呑まれる。途端にお腹が重くなる。あーあ、と頭の隅が唸った。替え
の下着が必要というのは、確かなことなんだなと。それをされただけで、多分下着が湿るくらい
に何らかの液が分泌された、という感触が登ってきた。
鼻だけで呼吸をしながら、身を絡ませ合った。甘くて熱い鼻息が、身体の隅々に染みていく。
んん。ふぅん。どこが天井かシーツかわからなくなる。息や体温が服ごしに混じり合い、ぐるぐ
ると渦を作っている。
「美穂子ぉ」
自分が発声したとは信じられないくらいの、甘ったるい声だった。きっと清澄では誰も私と
は信じてくれないだろう。ごくり、と美穂子の喉が動くのが見える。でも仕方ない。こんな八
方を美穂子に囲まれたような状態で、私に抵抗などできるわけがない。
美穂子が私の部屋でそうなるように。その想像が、私の頭にさらなる膜をかけていく。私の
匂いで興奮している美穂子の姿は、私にとって最高の媚薬になる。
上手くできたかどうかわからないが、私は美穂子に微笑んでみた。淫靡な、相手を誘うよ
うな表情を狙ってみたのだが、美穂子にどう映ったのかは不明だ。鏡の前でそんな練習を
したこともない。でも、その表情のままでぐいと上着を上げたとき、まるでシマウマを捕食す
るライオンにも似た風情で、美穂子が覆いかぶさってきた。
「久。久、お願い……」
何かに耐えるように言うと、じっと私の目を覗き込む。その顔はぼわんと真っ赤になり、
性的な、しかしいつも私の下にいる時とはまた別種の、肉食獣のような部分も垣間見せている。
「……私にさせて」
囁くように、耳元で言った。思わず微笑みそうになり、私はまず背筋を伸ばした。そして下
から、美穂子をぐっと抱きしめる。頬と頬を擦り合わせて、私は耳元で囁いた。
「たっぷりお願いね」
わざわざ言わなくてもいいのに、黙って犯してくれる方が心地いいのに。あんなに熱い声
でそんなことを言ってしまう私の恋人が、私は愛おしくてたまらないのだ。
触れ合った頬は、熟した桃のような感触だった。
ブラを外した途端、獣のように美穂子が被さってくる。その熱い吐息のままで、喉の横の
方にかぶりついた。ん、と私の喉が鳴る。美穂子はれろ、と口の中で喉の皮膚をなめ回す
と、手で器用に私の乳房をまさぐった。随分と冷静だ。悔しさのようなものを感じながら、
でも私の感覚が熱を帯びていく。
ゆっくりと確実に、美穂子の手は私の乳房を変えていく。ぎゅっと握る。ふるふると揺らす。
指先から脂肪を溢れさせる。ゆるりゆるりと上下させる。それでも、敏感な突起には触れ
ない。どんどん身体が愛撫に物足りなくなっていく。たまらなくなって、はあ、と私は息を
ついた。
それが合図になったかのように、美穂子の顔が下に降りていく。鎖骨を歯でなぞり、胸骨
に唇で触れた。ぞくり、ぞくり。私の脊椎が期待でりんりんと鳴っている。わずかに、美穂子
が微笑む気配がした。思わず目を開いた瞬間、きりりと私の敏感な部分からの刺激が、
身体と快楽中枢を灼いた。
「あぅぅっ」
思わず声が出る。と同時に、びくりと上半身が折れ曲がった。右の乳首を吸いたてられ、
左の乳首は美穂子の親指と人差し指の中にある。
意識しないうちに、右手がシーツを掴んでいた。開けたと思った瞼は既に閉じられている。
突起をぐりぐりと握られ、やわやわと押さえつけられ、舌の上や下で弄ばれ、歯で細かく
激しくいたぶられる。乳房の柔らかくゆっくりと持ち上げられる感覚とは違い、それは与え
られるたびに目の奥に光が走り、頭の奥がちりちりとなるものだった。
数分後、美穂子が乳首から口を離した。安心する間もなく、唾液混じりでさらに敏感に
なったそこへ、指と爪が攻撃をしかけてくる。ぅぅ。唸り声のようなものがでる。
「ひさ」
耳元から、美穂子の声が侵入してきた。応える余裕はない。両手で器用に両胸を弄りな
がら、美穂子は一度頬に口を付けると、また耳元に顔を移動させた。
「声、聞かせて」
きゅっと乳首が抓られる。うんっ。痛み半分甘さ半分の声が、頭の上から漏れる。目はき
つく閉じた。歯も食いしばっている。美穂子は優しげな、しかし情欲に濡れた声で、私の身
体の中に熱を送ってきた。
「いっぱい、聞かせて。久の声、いっぱい、私に刻んで」
美穂子の匂いに囲まれて。美穂子の身体に包まれて。美穂子の声に入られて。私の身
体は既に私のものではないようだった。私は身を捩りながら、美穂子の愛撫に耐えていた。
「ひ、ぃっ……」
その部分を布越しでいじられると、それだけで声が出る。そんな部分が身体にあるというのが
信じられない。胸の突起を吸われながら、下着越しに触られる。その刺激だけで何故砂糖をま
ぶしたケーキのような甘ったるい声が出て、陸に上がった魚のように身体がぴくぴくと震えるの
か、私にはとうてい理解が出来ない。
美穂子の愛撫は、ゆったりとしていても相当にねちっこかった。同じ部分を長い長い時間を
かけて、様々にいじくりまわすのだ。それが身体に染みていく。こちらの状態をまるで観察し
ているかのようだ。とても美穂子らしいと思う。しかしそれが私の身体にとって幸福なことな
のかどうかは、よくはわからない。
横抱きのような姿勢で、美穂子は指を下腹部に差し入れ、実に器用にくにくにとその部分
を愛撫している。それがあまりに的確なので、私には喋る余裕がなくなっていた。常に感じ
ているわけではないが、私が喘ぎ声と涎以外のものを口からはき出そうとすると、枕にして
いる片腕を器用に動かし、唇でそれを塞ぎにかかってくる。涙が出るほどに正確なそれに、
私は踊らされ続けていた。まさに好調なときの美穂子の麻雀を、身体で再現されているよう
だった。
「下着の替えなんて、持ってないわよね」
熱を帯びても静かな声が、私の肌を撫でている。余裕たっぷりに答えようとしたけれど、
声が出る瞬間にまた敏感な場所を責められた。いぃっ。結局は意味のない喘ぎ声が、喉
の手前から漏れただけだ。
生理のとき以上に分泌されている液体は、下着を容赦なく濡らしている。
「そろそろ脱ぐ? このままがいい?」
子猫に話しかける優雅な貴婦人のように、ゆったりとゆったりと、美穂子は私の耳元に
声を送り続ける。私はびくりびくりと跳ねながら、それを身体に溜め込んでいる。
また答えようよした瞬間に、今度は唇をふさがれた。美穂子は私の身体の状態すべてを
把握しているらしい。しかし今の私にそんなことを考えている余裕はない。与えられた唇
による愛撫を、腹を空かした豚のように貪るだけだ。
指をぐにぐにと動かされたままで、咥内を舐られる。私も自然と行っていたその愛撫が、
これほどまでに身体に効くものだとは思ってもみなかった。思考回路が寸断され、まとも
に快楽を受けてしまうのだ。性的な部分の感覚が鋭くなり、それ以外が限りなく鈍くなる。
今や私は、アザラシのように悦楽に蠢くだけの存在になっている。
ぷあ。唇を離すと、美穂子は笑った。両目が緩く開いて、完璧に妖艶な何かが浮かんでいた。
「久の味がしなくなった」
ぎりりと布越しに指を突き立てられた。涎交じりの顎が仰け反らされる。
「私、久を食べちゃった」
今の瞬間、大量に液体が分泌されただろう。その確信と、純粋な羞恥で、私の何かが
壊れた。たまらなくなって、両腕で顔を覆う。そんなことをしたのは初めてで、それがさら
に羞恥を煽った。最後に映った美穂子の顔には、やはり妖艶な色が浮かんでいた。
「ううぅぅぅっ!!」
いつ下着を脱がされたのか私は覚えていない。そしていつ自分が自分の足を抱え、美穂
子のされるがままになっていたのか、それも覚えていない。ただ、股の間が、快楽か羞恥か
それらの混ざったものによるものか、かつてないほどに熱かった。
「あぁぁ……」
普段は隠し、見られないようしている部分に、美穂子の顔がぐいと突っ込まれ、あまつさ
えぺろぺろと舐められている。その事実だけで頭がおかしくなりそうなのに、美穂子はまた
的確に私を責め立てた。口元に垂れた自分の涎が気にならないほどに、私の感覚は一部
分だけに集約されている。
脚を大きく抱えられているので、私の敏感な部分はすべて美穂子にさらけ出されている。
美穂子は目を伏せ、普段の母親のような表情とは完全に違う色のもとで、私への愛撫を
行っている。
「ひ、ぁ……」
太股をれろりと、舌で嘗め回される。普段ならくすぐったさを覚えるであろう感触が、身体の
内側をまるで生卵を捕むときのように、快楽を刺激している。そしてすう、とそこに意識がいった
途端に、指が性器の突起を刺激しにくる。私はまさにまな板の上の魚のように、美穂子の愛
撫のされるがままに、びくりびくりと跳ねているだけだ。
「久は、素敵だね」
呟くような声と共に、膣にふうっと息が吹きかけられた。
「ひゃん!」
頭のてっぺんから出たような声は、いったい誰のものだろう。羞恥で赤い顔がさらに赤く
赤くなり、思考力がどんどん奪われていく。
美穂子がくすりと笑った気配がする。
「らいふき」
突起を口に含みながら、美穂子は声を出したらしい。敏感な部分が歯や舌や粘膜にあた
り、ぐるぐると震える。電気が通るというのは本当のことだ。
「いつもかっこいい久の恥ずかしいところ、もっと見せて」
いやぁ。また、自分のものでない声が出る。導線で作られた哀れで愉快なマリオネットの
ようだ。
美穂子は左手で乳房を揉みしだきながら、右手で膣を弄くり回している。入り口をくにく
にと刺激したと思えば、内側を指のひらで撫で回し、ふいに奥に突き入れたりもする。ど
こで覚えたのだろう。私はこんな責めをしているのだろうか。そんなことを考えている余裕
は既にない。ただただ、美穂子に身体ごと弄ばれるだけだ。
「みほこぉ……」
1時間くらい前まで竹井久だったはずの物体が、まるで溶けたバターのように弱々しい声
を上げ、死にかけのカエルのようなひ弱さで身体を蠕動させている。口の中で転がされてい
る胡桃になったような気分だ。すべての場所から、美穂子の身体のすべての部分が、私の
身体のすべての部分に愛撫を繰り返している。
「好きよ、久」
「みほこぉ、みほこ、みほ、お、あぁぁ……」
背骨にハッカでも仕込んだのか、と感じるほどに背が一定しない。上に跳んだり、右に捻
られたり、自分の意志から完全に逃れている。
「いぅっ。あっ、はあぁぁっ」
「久。久。久。久」
お腹から高まってくるのがわかった。それは心臓を突き抜け喉元を抉り、唇に予感をたぎ
らせ鼻腔を抜ける。
「来る。来るよっ。みほこ。みほこっ」
すべてを了解したように、美穂子は膣口に口を付けた。私が最も求めていた部分への、
最も求めていた愛撫だった。美穂子は両足で抱きかかえるように私の背中を挟み込むと、
それこそ捕食するような勢いで、私の膣を吸い込んだ。
きゅぅぅ、と口の中で何かが鳴った。下腹に杭が打ち込まれた。脳がぐるんと裏返った。
「みほこっ。来るっ。みほこ、みほこっ」
「いいお、いあ」
子宮の中に子どもがいたら吸い込まれてしまうと思った。私のすべてが吸い込まれたら
いいと思った。氷混じりのジュースをストローで吸い込むような音が、耳の奥から響いてき
た。唇のあたりがぬめぬめとした。喉の奥は焼けそうだった。
「やだ。やだ。みほこ。みほこ。やだあっ。あ、あ、あああ……」
シーツを握っていた両手を、美穂子の手が探り当てた。反射的に私はそれをぎゅっと
握った。美穂子も同じ力で握り返した。
美穂子と、繋がった。美穂子に、繋がれた。その感覚が、瞬間的に身体の中で弾けた。
「うううぅぅぅ……」
まるで爆発するように、背骨が破裂した。美穂子の身体から逃れるように、右に2度蠕動
する。黒目がぐりんと後ろに行った。感覚が何か妙な状態になり、白い遠くのところに押し
出されていく。自分の存在がふにゃふにゃと落ち着かない。はっ、はっ。短い息が遠い。す
べてが遠い。これが幸せということなのだろうか。それとも全く別の何かなのだろうか。わか
らない。わからなくていい。美穂子がいる。こんなに近くにいる。だからいい。全部いい。ねえ、
美穂子。そうでしょ、美穂子。美穂子。
蠕動を続けていた私の身体がどさりとシーツに包まれるまで、5分ほどの時間がかかった。
意識はわりとすぐに戻ってきた。飛んでいたのも、多分数分くらいだろう。何か形容し難い
だるさが、蓑虫のように私を包んでいた。今が私一人だったならば、このままぐっすりと眠り
込んでいたのかもしれない。
しかし私がぼんやりとでも覚醒したのは、ある種の息苦しさを感じたからだ。猫が顔の上
で寝ているような心地、と認識して、ああなるほどと気づいた。先ほどまでの行為の相手が、
私の唇をきゅうきゅうと吸っているのだなと。
電気が通ったあとのような身体の感覚を、苦労して掴みにかかる。唇は口の中の飴を弄ぶ
ように、完全になすがままだった。その感覚だけでも、彼女が普通の状態でないことがわかる。
気づかれないように呼吸を整えると、ばきばきと関節が鳴っているのを無視して、思い切り
行動に移した。側でかがみ、私の唇を夢中で吸っている美穂子の身体を、ぎゅっと抱きしめる。
のと同時に身体を反転させて、ベッドの上に美穂子を押さえつけた。ひゃっ。可愛らしい声が
漏れた時には、既に私が美穂子の上に乗っかっていた。とはいえ無理をしすぎたのか、頭は
ぼうっとしているし、左腕ががくりと折れた。それでも苦労して、にいっと笑ってみる。
「みーほーこー」
その左手で、眉をぎゅっと寄せている美穂子の頬を掴む。柔らかくてかなり熱を帯びている
そこを、ぐにぐにと引っ張った。
「久」
「やってくれたなー」
「……ごめんなさい」
本気で申し訳なさそうにしている美穂子の表情が面白くて、私はにまにまと頬を引っ張り続けた。
「きもちよかったよー」
言って、頬に口付ける。美穂子の目尻には既に涙が浮かんでいた。まったくこういうところは
どうしたものか。でも今はあまり深く考えられない。身体も限界だ。頬から指を離すと、またど
さりと美穂子の横に倒れ込んでしまった。
白い天井が、まだちかちかとする目に優しく映る。
「凄かったよ、美穂子」
「……久が、いつもとあんまり違うから」
右手が、ぎゅっと握られた。美穂子の身体の方がはるかに熱かった。
「いつもよりずっとずっと可愛くて、なにがなんだかわからなくなったわ」
「美穂子」
手を握り返す。呼吸も収まってきた。地和を振り込んだ時以上の気怠さと、天和を上がった
時くらいの満足感が、私の心に降りていた。
「美穂子に可愛がって貰えて、私は凄く幸せだよ」
「久」
「美穂子は私を抱いて幸せだった?」
首の向きを変える。顔を真っ赤にして、目尻に涙を溜めた美穂子が、幾分恥ずかしそうに
こくりと頷いた。
私はにこりと笑うと、身体を無理に動かして、その美穂子の頬に口付けた。
「またしようね」
至近距離で、みるみるうちに美穂子の顔が崩れていく。美穂子の涙の感覚も、付き合いが
長くなれば慣れてくる。私の身体を責めたことで、何か罪悪感のようなものを感じているのだ
ろう。いつも自分がされているのに。気にすることなど全然ないのに。そういう自己罰的な部
分は、修正した方がいいかなとも思う。
ぐすぐすと泣いている美穂子を抱きかかえて、私はちらりとそんなことを考えていた。どちら
にしろ、美穂子が泣きやむまではしばらくかかりそうだったし、また私と美穂子の付き合いだって、
そう簡単にはなくならないものだ。まあ、今幸せだし、いいかな。と自分を納得させて、私はゆ
るやかに目を閉じた。眠り込む時間もまた、ある程度はありそうだった。
この恥ずかしさは何に起因するんだろうと毎回思う。性行為のあと、2人でのそのそと服を
着るのは。1人づつシャワーでも浴びに行けば少しはましになるのだろうが、人の家の廊下
を裸で歩き回るのも気が引ける。身体を拭いて下着と服を身につける間、相手の身体を見
ていいものかどうか、目を逸らすのは失礼なのかどうか、じっと考えてしまうのだ。
身体つきがあまり変わらないからか、美穂子のストックの下着は私の身体に違和感なく当
てはまった。するりと脚をそこに通して、私も換えの下着を持ち歩こうかとちらりと思う。私の
下着は既にぐちゃぐちゃだ。私に喘がされる美穂子がその恥ずかしい思い付きを実行に移し
たのも、どうにも当然という気がする。
「……恥ずかしいね」
目を逸らしたままの私の肌が、喋りかけた相手が真面目にこくりと頷いたのを感じた。少し
笑って、制服のスカートを上げる。少し前まで好きやら何やら言っていたのが信じられない。
性行為のときは、本当に自分が自分でなくなっているようだ。あんな恥ずかしいことを、堂々
とできるなんて。
「……久」
美穂子の声が届いた。スカートをはいて、ブラもつけて、そろそろ恥ずかしさもなくなって
いる。振り返ってみると、きっちりと服を身に着けた美穂子が、少し恥ずかしげに、そして誇
らしげに微笑んでいた。
「ありがとう」
その笑顔があまりに美しかったので、私の動きは止まってしまった。半歩近づいて、美穂
子は私の目を見つめた。
「美穂子」
「私といてくれて、私を抱いてくれて、私を受け入れてくれて。久、ありがとう」
恋人に面と向かってそんなことを言われて、嬉しくならない女はいないだろう。赤くなって、
泣きそうになって、俯いてしまうのも。ただ、素直にそうするには、私はきっと、竹井久であ
りすぎた。いっぱいになった胸を喉のあたりで押し留めて、私はきゅっと唇を結んだ。こう
いう場所こういう場面では、どうしても格好をつけたかった。目に涙がたまるのだけは、防
げなかったけれども。
ああ。今こんなに私が格好を付けたいのは、もしかしたら抱かれていたときに、美穂子に
甘えすぎたからかもしれないな。
涙混じりにくすりと笑うと、私も美穂子に一歩近づいた。
「その唇」
「え?」
「さっきまで私の舐めてた唇」
途端に美穂子は真っ赤になり、口を両手で押さえた。その仕草に私は心から笑って、
美穂子の側面に回り込んだ。
「こちらこそ、ありがとう。美穂子」
私の頬も赤くなる。それを隠すように、私は腕を美穂子の背中に回した。一瞬震える
ように、美穂子の身体が動く。それでも構わず、私は軽く美穂子の身体を抱きしめると、
そのまま頬に口付けた。
こんなことをするりと出来るようになるなら、セックスも悪くはないかな、と思った。
以上です。再びありがとうございました。
漫画の方も全国に移り、今後竹福的展開はあるのかなーとちょっと心配な日々です。
スラダン風に言えば赤木と魚住みたいになるのかな。
キャプテンが、ボコボコにされてガックリしてる部長のところに実家の仕事服で登場して
「竹井さん。宮永照は松とすれば、あなたは竹よ。泥にまみれなさい」
とか言いながら去っていったら凄く萌える……かもしれません。
その後警備員にもっそい勢いで謝るキャプテンと、何やってんだか、と苦笑いしてる
部長のことを考えると、ええと、その、いい気分になります……。
ではまた、お会いできる日まで!
GJ!
でもあなたのせいで大根カツラ剥きしてる美穂子が…w
キャプテン攻めなのにかわいいw
この話の部長とキャプテンはやっぱりいいな
次も期待してます
GJ!!
すっごい面白かった!続き期待してます!
読みやすいし文体も大好きだー
しかしここのスレタイトルの
【隔離スレ】
は何とかならんのか?
アンチが立てたとか言われてもしゃーないセンスだ
そりゃそうと原作
個人戦で部キャプ展開は没なんかね?
原作でカットされた個人戦で唯一の見どころのだったのに
経緯を知らない人がいたのか
このスレ立てたのはアンチだよマジで
百合本スレで極度の竹福カプ嫌いが暴れてた時期があって、そいつが「お前ら邪魔だからこっち池」って意味でこのスレ立てた
投下に気付くのに大幅に遅れたが、
>>285GJすぎるだろ…JK
今更だけど前回連載のキャプテンの告白シーンは本気で鳥肌が立ちました
まだ本スレにいるんだろうなぁ部キャプアンチの荒らし…
保守
294 :
クリスマスツリー ◆.lsSk9mKak :2009/12/03(木) 04:04:07 ID:qDyMfBu7
死んでくれませんか?
by 福路
295 :
名無しさん@秘密の花園:2009/12/04(金) 11:00:35 ID:dgUz1lhc
部キャプって最高だよね
保守
保守代わりに。
初めてはたった一度きり。
どこかで聞いたことがある。それはテレビだったか本で知ったのか忘れてしまったけど。
私も美穂子と迎える「初めて」の際には、美しい思い出残るように、とまだ付き合いだした頃に思い描き、夢を馳せていた。
――そして本日いよいよ「初めて」の日を迎えようとしていた。
まずは軽いキスを交わす。最初はそれだけて恥ずかしがって沸騰しそうだった美穂子も、何度も数をこなしている内に自然に出来るようになっていた。
「…いいの本当に?大丈夫?」
「ええ。あなたを愛しているから…だから…」
もごもごと最後の方は小声で聞き取りにくかったけど確かに「あなたを私のものにして」って聞こえた。ぐはっ!そんな潤んだ目で言われたら理性飛んじゃうじゃない。無自覚ってなんて恐ろしいの。
「あ、あと…」
「ん?」
真っ赤な顔で首を傾げて
「や…優しくして…?」
ズド――――ン!!
その時私の中の何かが爆発した。
だめだめ。「初めて」は美しい思い出になるように。美しいものに。美しいものに…
「…ごめん。無理かも」
「え、久?っきゃあ…!!」
美しい思い出にはならないかも。優しく出来る自信が無くなってきた。だって私の下にいる美穂子があまりにも魅力的だから。
以上。
わっふるわっふる!!
保守
ひっそりと300ゲト
保守
ほ
し
ひゅうま
ん
ふむ
ん
ご無沙汰しています。以前竹福でSSを書いていた者です。
本誌の竹福展開でテンションが上がったので、以前「キャプテン攻め」「浴衣」で書いて、
思い切り時期とか色々なものを外していたSSを投下したいと思います。
本当に色々とアレですが(エロもないし)、読んで頂ければ幸いです。
夏と呼ぶには風に氷を感じてしまう、夏祭りというには空気に寂寥感が多すぎる、そのよう
な夜だったと思う。勿論冬ほどに寒い日であるわけはなかったし、多くの人が寂しいと感じて
しまうような事象はなかった。もしかしたら寒さも寂しさも感じたのは私だけで、他の人は全く
そんなことはなかったのかもしれない。
きっと、逆なんだ。福路美穂子という、私にとっての強烈な熱量を感じたせいで、あの夏の
夜が涼しく思えてしまったのだ。それほど、美穂子は熱かった。凄かった。愛しかった。それ
以外のものに、寂しさを覚えてしまう程に。まるで気温が10度も低かったように感じられる程に。
つまりは、私は美穂子が好きなんだな、と多分心底腑に落ちた、そんな夜だったのだと思う。
“夏の終わり”
Gパンに目立たない白いカーディガン、5分もかからなかったであろう化粧姿の美穂子が目
に入ったのは、私と彼女の役割が同じだったからだと思う。はしゃぎ回る部員を後方で眺め
ながら、気を配りつつも匂いつきの雰囲気を楽しむ。そのようなことをしている人間は、必然、
周囲の異常のようなものには敏感になるのである。普段心の底にいる人が周囲にいると、
自然に目がいってしまうように。
田舎にしては大勢の人間がそこにはいたので、風越の麻雀部のメンバー十数人は私たち
に気づかなかったし、清澄の麻雀部のメンバーも彼女らには気づかなかった。グループ間は
最短距離にして5メートルは離れていたし、ざわめきも派手なものだった。もしかしたら親兄弟
でも気づかないくらいだったかもしれない。晩夏の祭りは派手になるものだ。
頬にわずかな熱を感じて、ふ、と目を上げると、美穂子の左目がふわりとそこにあったのだ。
それは売られているお面に沈み込みそうなくらいにひっそりとしていたけれど、決して埋もれ
てしまうことはなかった。その瞳はきらきらと輝きながら、私の首筋あたりに焦点を合わせて
いた。針で突かれるようなちりちりとした感覚だった。美穂子だ、と私は直感した。目線だけで
私に火傷を負わせられる人間なんて美穂子しかいない。美穂子だ。美穂子だ。しかし私の感
情が喜びへと変化する前に、その熱は拡散する。それは静かな川面のように、するりと皮膚
を流れていった。それでも、刹那にも近いわずかな時間、美穂子の瞳が、私の皮膚を愛撫し
たのを感じた。それは喉の渇きにも似た寂しさと、夏の朝に水を貰った植物のような歓びを私
に感じさせた。美穂子も私を見ていた。その直感が、愛しかった。
映画の1シーンのよう、とはこういう瞬間のことを言うのかもしれない。部長、と自分を呼ぶ
声で、私の目がいつものものでないということに、私はようやく気がついたのだ。我に返って、
改めて視線を美穂子へと送る。既に美穂子は人混みに紛れていた。ただ、美穂子を守るよ
うに、池田ちゃんが前に立って歩いているのが見えただけだった。彼女が右手に持つ林檎飴が、
火星のようにふらふらと揺れていた。
怪訝そうに目を顰める和に、わたしはああごめんと笑いかけた。その時にはもう、美穂子
の姿は私の耳の後ろあたりに流れてしまっていた。行ってしまった、と思った。瞬間、先ほ
どまでの人のざわめき、ソースの辛さと何かの甘さが混じり合った独特の香ばしさ、汗ばむ
ほどの下から登ってくる熱気が、一気に私を包み込んだ。包み込まれて初めて、自分が自失
するほどに美穂子に見とれていた、ということに気付かされた。一瞬の間を数分と錯覚するほどに。
いや、ちょっと違うな。歩き出し、かすかに一人ごちる。美穂子にではない、美穂子の瞳にだ
な、と。宇宙をそこだけ切り取り、向こうの全く別の何かが透けて見えているようなあの瞳が、
私という存在をきりきりと刺したんだと。美穂子のそのほかの部分は、美穂子を認識した瞬間
に、あるいは私の脳の内部に吸収してしまったのかもしれない。目が、あの目だけが思い出さ
れる。そもそも美穂子はそれほど目立つ格好、目立つ体格をしているわけではない。むしろ池
田ちゃんの浴衣姿の方が、よほど人の目を引く気がする。それでも、あの美穂子の瞳は、しば
らくは私の身体から消えてくれそうにはなかった。刺すように、唇で吸いたてるように、まさに一
瞬で私のすべてを愛撫していったあの瞳を。
心臓が熱くなっていたので、私はパイナップルを一切れ買った。250円のそれは、甘みと冷た
さで過不足なく私の内部を冷やしてくれた。鼓動がじわりじわりと冷静なものに戻っていく。火
照った身体が静まっていく。
ぼんやりしとんかー。まこが綿飴を囓りながら、肘で私を突っついた。京太郎と優希がはしゃぎ
ながらヨーヨーを釣っているのを、さながら若い夫婦のように、微笑んで和と咲が眺めている。
皆で浴衣を着てきたせいか、和の胸はいつも以上に人の気を惹いているようだ。私は別にと軽
く応え、パイナップルの棒で肩を叩いた。歯に挟まったパイナップルが、少々気持ち悪かった。
出店は延々と続き、まるで夢の中のように終わりが見えなかった。水が跳ね返り、きゃっと優希
が小さく悲鳴を上げる。とんと人ごみに咲が背中を押される。にぎやかじゃなあ。もしかしたら私
とまこも夫婦のように見えているのかもしれない。そうねえ。まこは軽く首を傾げて、また右手の
綿飴をぱくついた。和はまるで抱きかかえるように、咲の身体を支えている。
もう夏も終わりかしら。私は呟いた。やっぱり久はぼんやりしとるの。達観したような声でまこ
は応えた。私は浴衣の前を押さえた。美穂子の視線があったような気がした場所が、ふいに熱
を私を意識させたのだ。首筋が、ちくりと痛んだ。美穂子は視線だけで、私の体温を上げられる、
この世界で唯一の人だ。まこ。私は胸に置いた手を解き、頭の後ろに持って行った。次お好み焼
き食べにいこっか。まこはにいっと笑った。広島風なぁ。私もくすりと笑い、頷く。胸がちりちりと熱を持つ。
美穂子の前だと表れるだらしない私を、彼女たちにはあまり見せたくない。そんな竹井久の
プライドが、私の背中を伸ばしていた。
運命という言葉は信じられなくても、幸運という言葉は信じられる。私が5人とはぐれ、仕方ないな
と人混みを外れてぼんやりとしているとき。あの白い美穂子が所在なげに佇んでいる姿を発見して、
私の頭にはその熟語が点灯した。山奥の神社というものは、道を外れると人間がふっといなくなる場
所があるものだ。その同じ場所、同じ時間に、ふたりがふらりと合わさってしまう。それは幸運に違いない。
私の視線に、美穂子はすぐに気がついた。私の視線は美穂子の右手のあたりを泳いでいたのに、
わずか1、2秒で美穂子はこちらを向いた。そして私を認識した瞬間、ふわりと両目が開く。色の違う
両目の中に、等しく私の像が写る。わずかに右に首を傾けて、美穂子はにっこりと笑った。晩夏が初
春に戻ったような笑みだった。
「久」
小走りで、美穂子が私に近寄ってくる。木々を少し外れた、井戸を左手にした薄暗い場所だった。
私と美穂子が再び出会うのに、誂えたような場所だった。
「美穂子」
出店の真ん中は叫ばなければ言葉が通じないほどの喧噪なのに、そこから出店を抜け3メートル
ほど入ったここでは、心臓の音が聞こえそうなほどに静かになる。私の発した言葉が、うわずってし
まったのも聞かれているだろう。
目映い光を背に、美穂子は喜色を溢れさせていた。
「素敵な浴衣ね、久」
私は途端に真っ赤になって俯いた。青の生地に色とりどりの花火をあしらったその浴衣は、確か
に私のお気に入りである。でもだからこそ、恋人ににこやかに褒められると、何やら気恥ずかしく
なってくる類のものだ。私は顔を一瞬で熟れきったトマトのようにして、両肩を両手で抱いた。
「……美穂子は浴衣じゃないんだね」
我ながら稚拙な言葉だ。美穂子は軽く首を傾げると、また一歩私に近づいた。
「久は私の浴衣を見たかった?」
自分の肩を抱いたままで、私は唇を尖らせた。
「美穂子が私の浴衣を見たいくらいには、きっと私は見たいわよ」
身体も頬のように火照ってくるのを感じた。汗ばむ熱気は、どうやら私の内側から発されている
ようだ。今の自分は裸よりも恥ずかしい格好をしているのではないのだろうか。浴衣が、皮膚にご
わごわと感じる。美穂子に主導権を握られるというのは、あまり頻繁に起こることではない。
美穂子は背中で両手を組んだ。
「久。可愛い」
顔を私に突き出して、美穂子は小悪魔のように笑った。私の中に弱々しい私が隠れているように、
きっと美穂子の中にも、こういういたずらっ子のような美穂子がいるのだろう。そのまま背を伸ばして、
美穂子は私の頬に、自らの頬をすりよせた。
びくりと身体が震えた。すべすべの白い肌が、私の皮膚と合わさった。
「男の子たちの気持ちが、よくわかる気がするわ。だって、いつもかっこいい久が、こんなに可
愛いもの」
くすぐったげに言うと、美穂子は軽く、鳥の羽音のような音を出して、私の頬に唇をつけた。
背筋がぞくりと蠢き、頬に一気に血が上る。くらりと視界が歪む。国士無双を聴牌したときだって、
こんな気分にはならない。
それでも。それでも、ノックダウンの瞬間に、私はぎりぎりで踏みとどまろうとした。なにせ幸運に
導かれて、ようやく美穂子としかも二人きりで出会えたのである。一方的に翻弄されるのは、竹井
久のされることではない。
満足そうに顔を離した美穂子に、私も笑いかけてみる。
「貴女の前だけだよ」
私から一歩を踏み越える。ぎゅっと身体を合わせると、右手で頭を固定した。涼しい風が、辺り
を薙いだ。
「素敵な美穂子の前でだけ、私は可愛くなれるんだ。きっと」
ぐっと唇を、美穂子の唇に押し付けた。押し出すような吐息が、美穂子の鼻から漏れ出した。
カーディガンの縁を左手でなぞると、それだけでびくりびくりと美穂子は身体を震わせた。私は
逆襲の成功を感じ、独りで少し満足した。ソースの香ばしさはなく、何かの飴のような甘さが、
私の咥内を登っていった。
唇を離すと、光を背にして、それでも赤くなった美穂子の顔がよく見えた。きっと恥ずかしさは
私と同じくらいだろう。しかし私も、照れも手伝ってさらに顔を赤くしている。そろそろ心臓がもた
ない。理性も本能もぎりぎりだ。視線を地面に落として、私はため息混じりに言った。
「そろそろ破裂しそうだね、私たち」
ぶん、と一度だけ大きなモーションで、美穂子は首を縦に振った。なぜか目に涙が溢れていた。
私は微笑み、座ろっか、と提案した。毀れそうな涙を乗せて、美穂子の瞳の焦点がその言葉で戻ってきた。
「京太郎と優希がどっか行っちゃって、あれれと思ってたら和と咲もどっか消えちゃって。それ
でふっと気づいたらまこもいなくてねえ」
5分たたずに一人になっちゃったよ。笑いながら言うと、美穂子は心配ね、と真面目な顔で返
してきた。そんなに深刻なものではなさそうなのは、私にはよくわかっている。苦笑いでそうだ
ねと言った。
井戸の縁は暗く、お互いの顔もあまり見えない。夏の夜でも、どこか涼しい空気が漂っている。
喧騒が、まるで夢の中で現実の音を認識するように、何か頼りなく、ぼんやりと聞こえてくる。
しかしそれらを背にして、微笑みながら隣にいてくれる美穂子には、しっかりとした現実感が
あった。
美穂子は軽く頬に手を当てた。
「私も。素敵なお面があってね。ぼうっと眺めていたら、いつの間にか一人になっていたわ」
今頃池田ちゃんや細目ちゃんは真っ青になっているのではないだろうか。自らの元キャプ
テンを溺愛する彼女らが、私は本気で心配になってしまった。とはいえ私にとっては、私自
身の幸せが最優先である。彼女らのために、ようやく手の中にいる美穂子を、彼女らに渡す
ようなことはしない。せっかくのお祭りなのに残念だね。私は控えめに彼女らを気遣った。
美穂子も気むずかしげに頷いた。
「そろそろ携帯電話を持った方がいいのかしらね」
その言葉には、なにやら試練に赴く勇者のような響きがあり、私は吹き出すのを必死で堪えた。
美穂子は機械音痴ではあるが、携帯の通話機能くらいなら問題なく使いこなせるはずだ、と私
は思っている。そもそも美穂子ほどに頭がいい人が、機械を使いこなせないというのはどういう
理屈なんだろう。微笑み混じりに、私はそんなことを考えてしまう。
「でも携帯あると、私たちも待ち合わせがしやすくなるよ」
実際、それは本当のことだ。美穂子の実家の電話番号も、美穂子の両親が家にいない時間
も知っているのだが、何かしら実家に電話するというのは気が引ける行為である。携帯電話が
あれば、私たちももっと親密な付き合い方ができるだろうに。まるで昭和のような逢瀬は、確か
に女同士の恋愛には必要なのかもしれないけど。
美穂子は深刻な顔で私を見た。
「久。私が上手く、携帯電話を扱えると思う?」
今度は堪えきれず、私は吹き出してしまった。あっははは。私は身体を折り曲げて、口も押
さえずに笑い転げた。静かな山奥に、それは必要以上に大きく響いた。祭りの喧噪が、また
遠のいた。
美穂子はそんな私を、何か複雑な表情で眺めていた。私の笑いは呼吸に不自由を感じ、
咳が出てしまうまで続いていた。
「美穂子。美穂子、そんな理由で悩む高校生なんて、そうはいないよ」
ぽんぽんと肩を叩く。美穂子は俯き加減で私の攻撃を受けていた。ようやく笑いが収まり、
私ももっとまともなことを言おうと、頭をぐるぐると回転させる。さすがに笑いすぎたようだ。
美穂子は私の麻雀同志であると同時に、恋人なのである。もっともっと細やかにしなけれ
ばならない。
微笑みながら、私は美穂子の目を見つめた。
「美穂子なら、大丈夫だよ」
私と一緒のときには、美穂子は片目を閉じることはない。両目で、私を見つめてくれる。だか
ら私は、美穂子に嘘をつくことはない。格好をつけることは、よくあるけども。
「使えなくてもさ、美穂子は大事にするでしょう。通話だけしか使えなくても、使いこなせている
人よりずっとずっとね。携帯が、ああ、この人に使って貰って良かった、って使い方をするよ。
だから、大丈夫」
今も本心を、少し格好をつけて言った。美穂子はじっと、色の違う両目で、私の目を見つめていた。
深い海の底と、宇宙の遠い果てのような瞳が、夕闇の中でちろちろと輝いている。白いカーディガン
の向こうから、灰色のTシャツが覗いていた。少しだけ風が吹いて、美穂子のさらさらの髪をわずか
に揺らした。
たった数秒後に、風はやんでしまった。髪の毛がぱたりと落ちて、美穂子はゆっくりと微笑んだ。
「少し、自信がないわ」
でも、と美穂子は続けた。私は無意識に手を組んでいた。
「久が、そう言ってくれるなら。私も、頑張ってみる」
楔を打ち込むように言った。私も頷いて、美穂子に微笑んで見せた。
「美穂子は大げさだよ。携帯電話のことくらいで、そんな顔することないって」
実際美穂子は真面目すぎて、細かいところで悩みすぎるきらいがある。すぐに泣いてしまうし、
そうかと思えば自分の中に溜め込んでしまうところもある。麻雀のときの、あのたくましくて息の
長い姿はなんなのかと思ってしまうくらいだ。とはいえ、それほどに繊細だからこその麻雀では
あるのかもしれない。だから、いい。それに、がさつで人を気にしない美穂子なんて、美穂子で
はない。私が気付いて、美穂子と一緒に悩んだり、解決すればいい話だ。
「でも。安い買い物ではないし、私は機械が苦手だから」
「大丈夫大丈夫。私がいるし、部活のほら、池田ちゃんとかだって教えてくれるよ」
そうかしら。美穂子は笑った。そうだよ。私も安心させるように笑いかけた。どこかからまた
ソースの匂いが、ぷんと風に乗って漂ってきた。
「少し寒いかな」
日が落ちてから少し経つと、少しの肌寒さが忍び寄ってくる。浴衣の前を押さえて、私は呟くように言った。
「使う?」
美穂子がカーディガンを脱ごうとしたので、私は慌てて止めた。
「いいよそんな。そこまで寒いってわけじゃないし。それに」
自分が何を言いたいのかをそこで察して、私はさらに慌てて唇を閉じた。しかし美穂子が聞き
逃すはずもない。ちょこんと首を傾げて、続きを促される。その仕草に、私は弱い。
また顔が赤くなる。目線も下に向いた。ゆうに10秒は逡巡して、私はどもりながら、口の中に
溜まっている言葉を伝えた。
「み、美穂子に、まだ見て貰いたいから」
言いながらさらに照れた。着ているものを褒められて嬉しくならない女はいない。それが浴衣
みたいに、普段着ないものなら尚更だ。しかし私は、可愛いなどとは言われ慣れていない。そん
なことをねだったこともない。尋常じゃなく、照れてしまう。まさに清水の舞台から飛び降りる心地だった。
美穂子は軽く目を見張ると、穏やかに微笑んだ。
「綺麗だし、可愛いわ、今日の久」
私の心が見えたような言葉だった。可愛いと言われることが嬉しいことだ、などとは特に思って
いなかった私なのに、なぜそれがこんなにも嬉しいのだろうか。胸が、まるでゼリーの制作過程
を逆戻しにでもしているかのように、熱くどろどろとなっていく。その感覚はあまりに甘美で、私は
それにあまりに不慣れで、気が遠くなりそうだった。髪に簪でも入れてくればよかったかな。ぼん
やりとどこかでそんなことを思った。
美穂子の手が頬にかかった。美穂子の体温は熱くも冷たくもなく、私の体温と混ざり合った。
「その潤んだ瞳も、浴衣の青に映える白い肌も、とても可愛らしい久も。全部全部、好きよ」
区切られたような言葉が、美穂子の口から溢れてきた。美穂子の頬も上気しているし、瞳も潤ん
でいる。それでも、それを指摘する余裕は私にはなかった。まるで金縛りにでもあったかのように、
私は動けなかった。美穂子は私の頬を支えると、にっこりと笑った。幸せそうに、欲情したように、
眠る直前のように、笑った。そしてその顔のままで、ゆっくりと顔を傾けた。
唇が、合わさる。瞬間、子どもが火に触れたように、びくんと震えてわずかに離れた。それを寂しい、
と感じる間はない。刹那の時間で、先ほどよりも激しく強く、美穂子の唇が私の唇を捉える。んん。
甘い、砂糖のような吐息が漏れる。鼻息が熱い。皮膚がそれを感じた瞬間、軽く美穂子が舌を絡
めた。そしてゆるりと咥内を吸う。私の0.01%くらいが、美穂子の中に吸い込まれる。その想像
は私に官能の火を燃え上がらせた。たまらなくなり、私は唇を合わせたまま、美穂子の頭をくしゃ
くしゃにした。右手はそのままで、左手で腰をぎゅっと抱く。まるで予想しているかのように、美穂子
は腰を押しつけてきた。ふぅん。吐息はどちらのものだろう。興奮はどちらが上だろう。私の舌も、
自然に美穂子の中に入っていく。美穂子は驚きも拒絶もなく、自然と私に合わさっていく。くちゃ。
泥を踏むような音が耳に響く。美穂子。美穂子。美穂子。頭の中が均質になる。久。久。久。美穂
子の思考を感じる。私も美穂子の0.01%くらいを吸収したのだろう。口元が妙に甘い。じゅる。
じゅる。美穂子の柔らかい身体が、どんどん熱を帯びていく。私もそのはずだ。美穂子の腕が、
いつの間にか私の首に回っている。顎のあたりに液体を感じる。
ああ、繋がった。そう感じた。女同士の繋がりは、必ずしも性器への愛撫を必要としない。決定
的な何かが決定的に満たされれば、それは絶頂に近い何かになる。すぐに性行為になる。夕闇
は迫り、周囲には現実感はなく、座った井戸の縁はひんやりと冷たい。そんな場所で、私と美穂
子はまるで蚯蚓がのたくるように、粘膜と粘膜を擦りつけ合った。裸で抱き合うように、唇を押しつ
け合っていた。
数分だろうか、それとも数十分か。唇を離した時には、既に涎の跡が顔の下半分を覆っていた。
どちらの涎にもまみれた唇が、赤くちろちろと私のすぐ近くで揺れている。そのままで美穂子は、
淫靡に、可愛らしく、心から私を愛しているという風情で、満月のように笑んだ。
「携帯電話、買うわ」
美穂子の右目から、涙が一粒零れた。それが興奮のせいか全く別のものなのかどうか、私に
はよくわからなかった。
「もっともっと、久と愛し合いたいわ。もっともっと、久といたい。もっと、久の可愛いところを見
たい。可愛がって貰いたい」
美穂子の後ろでは屋台の威勢のいい声が響いていたが、それらはまるでガラス越しの演劇
のように、なにかぼんやりと遠くに感じられた。風景を切り取ってそこに天国を出現させたように、
美穂子がきらきらと輝いていた。目も、口も、きっと身体も、私にとっては眩しかった。太陽のよ
うでなく、夜空に輝く月のように、夜の海でひっそりと輝く真珠のように、眩しかった。
「好きよ、久」
ああ。私は不意に確信した。今までの私の人生の中で、選択肢がいくつかあった。選ぶ時に
自信があるものも、ないものもあった。でもそれらすべて、私は正しいものを選んだのだなと。
私は正しい道を歩けたのだなと。今、美穂子の近くにいられる自分が、いちばん幸せなのだなと。
だから、それでいい。辛いことも悔しいことも悲しいことも、すべては福路美穂子の傍にいるこ
とで、漂白されるのだ。
涙が出るかと思ったが、私は自分のことでは泣けないようだった。ただ、笑顔がひょいと胸か
ら出てきた。どんな顔をしているのかはわからない。でも、多分会心の笑みだろうと思う。落ち
着いて、完全で、幸せを感じられる、そんな笑顔ならいいなと思う。
「私も。美穂子が好き。世界でいちばん、美穂子が好き」
この気持ちはなんだろう。神様は何を考えて、人間にこのような感覚を与えたのだろうか。
永遠なんて、そこらのラブソングか安っぽい恋愛小説の中だけの言葉だと思っていたのに。
この瞬間が永遠に続けばいい、なんてろくでもないことを、私は本気で願ったりした。
遠くの方で、祭り囃子が鳴っていた。それは遠すぎず近すぎず、私たちの鼓膜を揺らしていた。
砂糖が焼ける甘い匂いが、どこからともなく漂っていた。
暑さの中にも数週間後の秋を予感させる何かがある、そのような夏の夜だった。
繋いだ手は、汗でじんわりとしている。通常ならばかなりの不快感だろう。それでも、光の
当たる場所に来るまで私と美穂子はそれを外そうとはしなかったし、また私も、多分美穂子
も不快であるとは思わなかった。それが美穂子の肌なのだから、私の肌とくっつくのは当た
り前なのである。私は本気でそう考える。
だから。人の波に戻る瞬間、その手を離すのが名残惜しかった。夢から現実へ覚めるよ
うな、母親の穏やかな子宮の中から出される時のような気分だ。考えていることは同じだった
のだろう。私の足が止まると同時に、美穂子の足も止まった。
ちらり、と片目でお互いを見る。言いたいことも、やりたいことも、お互いよくわかっている。
だから、その目線だけで事足りた。私が右手の力を抜くのと、美穂子の左手から力が抜ける
のが、やはりほとんど同時だった。安心のような、切なさのような、もしかしたらまったく意味
がないかもしれない吐息が、美穂子の口から漏れていた。それは人々の明るい声に紛れて、
永遠にこの世界から消滅してしまった。
重力に従って、まるで花びらが散るように、私と美穂子の手は離れた。肉体の手応えのな
さ以上に、精神がずきずきと痛んだ。
私と美穂子は、ここまでなのだろう。この線より向こうへは行けない。ここから先はない。
ふたりの話題に上ったことはないが、私も美穂子も、多分よくわかっていることだ。私と美穂子
が一緒にいるときに、女同士だということは、負の意味をもってずっとついて回る。身体から離
れない影のように、ずっと。
「たまに、少し考えるの」
ぽつりと美穂子が呟いた。背丈が同じくらいなので、鼓膜が辛うじてその音を拾った。
「明日世界が終わるなら、どれだけいいだろうって」
私たちに気がつくほどに、人々の列には近寄っていない。賑やかな声と賑やかな姿だけが、
目と耳に映る。
くすりと美穂子の吐息が、ふらふらと揺れる冬の蚊のように聞こえる。
「そしたら私は、好きなだけ久にくっつくわ。いつでも、どこでも。外でも中でも、道路でだって、
私は久から離れない」
目の前を、腕を組んだ男女が通り過ぎていった。赤い浴衣の赤い頬の女性が、背の高い男性
と幸せそうに寄り添い、何かを喋っている。
よくわかるよ。口の中だけで呟いた。よくわかるよ、美穂子。でも私は、竹井久だから。格好つ
けで、それでも美穂子が好きになってくれた、竹井久だから。だから意地でも、死んでも、それ
こそ明日世界がなくなったって、そんなことは言わないんだよ。
「私は違うよ」
つま先で軽くリズムを踏んだ。軽く視線が上下する。少し、目を閉じる。まるでリーチ後に牌
をツモるときのように、左手に汗が滲んできた。
「麻雀でもさ。地震が来て牌が全部倒れたらとか、そんなこと考えないよ。そんなこと考えない。
変な牌切っちゃったり、嫌なリーチ来ちゃったりしてもね、それでも一番いい手を捜すだけだから」
私の言葉なんて、きっと美穂子は百も承知で言ったのだと思う。ぽろりと、こんな夏の夜だ
から、弱音が出てしまっただけだろうと。だから、軽く同意すればよかったのかもしれない。
私もだよ、と言えばよかったのかもしれない。でも、なぜかそのとき、私にそれはできなかった。
それは、散々可愛いと美穂子に言ってもらえた反動なのかもしれない。妙な格好をつけた
かったのは。
「明日世界が終わるってわかってても、私はいつも通り、一番いい手を捜すだけだよ。その
日だけ特別にはしない。もう終わるからって気を抜いたりしない」
私もね、あの光の中で、みんなに祝福されて、美穂子とふたりで歩いてみたいよ。でも、
それが駄目なら仕方ないよ。きっと、それにも意味があるんだから。何か、私が美穂子を
好きで、美穂子が私を好きで、それでもみんなに祝福はされない。そんな変な理由がね。
「なんかね。そうしないと、そう考えないと、今まで積み上げてきたものがぐらぐらって壊れ
そうな気がするんだ」
ごめん、偉そうに言っちゃったね。言い終わると、なぜだか涙が出そうになった。思わず俯
きそうになる。でも、私はそうはしなかった。きっ、と前を睨んでいた。そうしなければいけない
と思った。
背中を汗が流れる。右頬に、美穂子の視線を感じる。その部分が熱い。火でもつきそうだ。
でも、ついたっていい。美穂子に燃やされるなら、構わない。
「……久は、不思議なの。なんだか、物語の中の人みたいで。あんまり、かっこよすぎるから」
美穂子の声は、ぽつりとした小さいものだったけれど、そこには何かの熱があった。小さくても、
火傷しそうな熱が、確かに声にこもっていた。
「でも、よかった。久を好きになった私は、きっと幸せ者なのね」
一度息を吸い、吐いて。どこか楽しそうな、遊ぶような響きで、美穂子はその言葉を私に告げた。
「大好き、久」
猫が気まぐれに鈴を鳴らしたような声だった。火が、消えた。でも熱はまだそこにあった。
熱だけが、私の頬に触れていた。その熱はすぐに言葉になり、私の口をこじ開ける。
「私も大好きだよ、美穂子」
そう言った。その言葉は数秒だけ私と美穂子の間に留まると、出店の光と甘い匂いに溶けて、
痕も残さず消えていった。
世界に私と美穂子のふたりだけになっても、きっと私も美穂子もそれだけでは幸せには
なれない。愛以外に、誰か、何か、必要なのだ。パンだけで生きられる人間を、既に人間
とは呼ばないように。私と会うために池田ちゃんとの予定を断る美穂子が、既に美穂子で
はないように。きっと確認したのは、そのようなことだ。私と美穂子が似ているからこその、
愛し合っているからこその、それは取り決めなのだろう。皆を不幸にして、進める道ではな
いということは。
それでも、くっつきたいな。美穂子はそう言った。そうだね、とは私は言わなかった。くっつ
かないよ、好きだから。そう言った。美穂子は楽しそうに、そんな私に好きだと言った。だから
私は幸せだった。
数歩ほど進んだところで、キャプテン、と一際高い声が響いた。数秒後、せっかくの浴衣を、
人と沢山押し合ったのだろう、かなりくしゃくしゃにしてしまった池田ちゃんが、美穂子の胸に
飛び込んでくる。いつも耳がぴょこんと立っているのが見える気がするのに、今はそれもぺ
たりと寝ている。美穂子がそんな彼女をぎゅっと抱きしめて、ごめんなさいとありがとうを囁
いていた。やれやれ、と私は天を仰いだ。私と美穂子とのふたりだけの時間はあっけなく終
わったようだ。向こうの方から、別の風越のメンバーも急いでやってくる。頃合か。少し残念
だが、それでも美穂子は、セックスのときなどは正反対の言葉を言ったり言われたりしてい
るが、私だけの美穂子ではない。少し涙が浮かんでいるらしい池田ちゃんに、さすがに美穂
子は苦笑い交じりで、今のキャプテンは貴女なんだから、などと囁いて、背中をとんとんと
叩いていた。まあ、ねえ。私も軽く苦笑いが出た。今は彼女らに、美穂子が必要なのだろう。
「じゃあ、私はこれで」
とはいえ私にも、少数だが可愛らしい後輩たちがいる。独りになるのは寂しいが、彼女らも
きっと見つかるだろう。そのまま別れのつもりで、軽く手を振った。
美穂子は一瞬はっとした顔を浮かべた。次の瞬間に、それは罪悪感と寂寥感の入り混じっ
た顔になる。しかし、それはたった2瞬だけのことだった。その次にはいつもの、美穂子の笑
顔が浮かんでいた。色々な人に見せる、美穂子の顔だった。
「ええ、今日はありがとう」
うん、と私は頷いた。上手い笑顔が出せた。美穂子も池田ちゃんを抱きしめながら、笑顔
を浮かべた。それを瞼の中に入れて、私はくるりと踵を返す。折りしも風越の数人が、人ご
みをぬって美穂子の目前に到着したときだった。
祭囃子に、香ばしい匂い。明るさと暗さがはっきりした道に、色とりどりの服の人々。祭りの夜
が、急に私を包んだ。それはある程度の寂しさと寒さを私に意識させた。独りだ、と強く思った。
それでも。私の脚は、前に進んだ。それでも、頬は熱を覚えている。耳は、大好き、という、あの
巫女が人々の願いを神に伝えるような声を覚えている。手は、お互いの汗を覚えている。だから、
大丈夫。それだけあれば、私は前に前に進める。寂しさがあって、寒さがあっても、私は真っ直ぐ
前を向いて、真っ直ぐ前にと進めるはずだ。
好き。口の中だけで呟いた。そうしたら涙が出そうになったので、私は慌てて口をふさいだ。
頭が痛くなるくらいに甘い林檎飴を食べよう。そう考えて、私は今目覚めたばかりの小鳥のように、
きょろきょろと左右を見渡した。
以上です。またお付き合いくださって、どうもありがとうございました。
漫画の方、部長はカッコいいしキャプテンは可愛いしで、久方ぶりにときめきを覚えました。
あの部分、5ページくらいあればいいのに……。
やっぱり竹福は素敵だなあと思いました。
来週くらいに、またひとつ投下できればと考えています。
その際もよろしくお願いします。
ではまた、どこか部キャプのあるところで!!
>>317 超GJ!!!リアルタイムで読みながら泣いてしまった
>>317 GJすぎる・・・これが神か
細やかな心理描写と表現が秀逸だし、全体的な話の流れも本物の小説家ばりだわw
感動したありがとうw
/ ̄\
| |
\_/
|
/  ̄  ̄ \
/ _ノ ヽ、_ \
/ o゚⌒ ⌒゚o \ とても繊細で素敵な物語でした
| (__人__) / ̄\ 褒美としてこの林檎飴と購入権利書をお受け取り下さい。
\ ` ⌒´ | |
/ヽ、--ー、__,-‐´ \_/
/ > ヽ▼●▼<\ ||ー、.
/ ヽ、 \ i |。| |/ ヽ (ニ、`ヽ.
.l ヽ l |。| | r-、y `ニ ノ \
l | |ー─ |  ̄ l `~ヽ_ノ_
こんにちは。再度、以前竹福で連載していた者です。
非常に空気の読めていない感じなのですが、オプーナの購入権利書を貰ったのが嬉しかったので、
また、さらに2日にわけて投下させて頂きます。
では、よろしくお願い致します。
夜明けの直前がいちばん暗い。春の直前がいちばん寒い。ええと、これって誰が言った言
葉だっけなあ。想いながらふうと息を吐くと、にわかに身体の感覚が戻ってきた。随分と集中
していたらしい。うん、と休憩のつもりで首を回す。途端にいやに大きな音が鳴った。
英語の文法を書き綴ったノートは、先ほどの休憩から数えても10ページはめくっているは
ずだ。2、3の重要とされた構文を頭の中で再生しつつ、私は自らの身体に休憩を命じた。途
端に、まるで体重が三倍にも上昇したように、どっと疲れを感じる。少し無理をしていたようだ。
でもなあ。体重を後ろにかけて、身体を僅かに伸ばした。数年は使用している椅子が、ぎり
ぎりと不吉な音を鳴らした。だからもうすぐに楽しい時間が来る、と信じられるほどに、私は
真っ直ぐな人間ではない。そしてだからといって、今の私を楽しませてくれるのは、そのよう
な妄想以外にはないことも理解している。耐えるしかない。外の天気と同じような寒々しい現
実は、ここ数週間変化がないし、これから数週間先でも変化はないのだ。そのような、昔か
らある誰が言ったかどうかもわからない言葉を、気休めにするしかないだろう。それが本当
に気休めにしかならないことも、よくわかっているのだけれども。
私は溜息まじりに、シャーペンの裏をとんとんと机で叩いた。上げた目線の先で、デジタル
の電波時計が淡々と秒を刻んでいる。ちりちりと右手が悲鳴を上げていた。ここ数時間ほど
酷使していたことを、声高に抗議しているようだ。ごめんごめん。と独りで小さく呟いてみる。
返ってくる返事もない。せめて幽霊でも出てくれれば、こちらも張りが出るというのに。人間
以外がいたこともないこの部屋は、電灯の明かりに照らされて、相変わらず白っぽい姿でそ
こにあった。
ふと、ポケットに入れていた携帯電話を引き抜く。着信と受信を確認する際に、わずかに甘
い疼きが走った。しかしそれも一瞬だけだ。ずっと身につけていたのだから、それらがないこ
とくらいはわかっている。わかっているのに一瞬でも疼かずにはいられない胸は、貪欲なの
か単に打たれ弱いのかどちらだろうか。そんな取り止めのない思考をしている中でも、指は
勝手にボタンを弄っていた。ここ数日ほど、何度も刻んだ動きだ。予想通りに出てくるその画
面に、私はまたため息をついた。
「……美穂子」
福路美穂子の自宅の電話番号、住所が記されたその画面を、私はほとんど涙交じりの目で、
ぼんやりと眺めた。白っぽくて暖かい何かが、私の身体をちらりと走った。
“春よ、来い”
「や」
いつも通りの場所にいつも通りの人間を見つけて、私はいつも通りの言葉をかけた。講義の
終了直後の廊下は、講義の途中のしんとした静けさとはうってかわって、何かしらの音で溢れ
ている。冬も深まってきた今では、そこには一生が決まるかもしれない数ヶ月を過ごした奇妙
な連帯感とともに、妙な暗さと浮ついた明るさが同居している。
加治木ゆみはそのどちらに呑まれることもなく、淡々とそこに立ち、静かに缶コーヒーを口に
含んでいた。
「それいっつも飲んでるねえ」
「趣味だ」
ぼそり、というにはいささか険のある口調にも、随分と慣れてしまった。私はふうんと言いな
がら、ズボンのポケットから硬貨を取り出す。それを彼女の隣に立っている機械にねじ込もう
と脚を進めると、それを察した彼女はわずかに身を隅に寄せてくれた。
「ありがと」
その仕草と同じくらいのわずかさで、彼女はこくりと頷いた。私もそのくらいの調子で、かす
かに笑ってみる。かつん。硬貨が機械に沈む音が、ざわめきのなかでもしっかりと聞こえた。
ホットカフェオレの缶を手で弄びながら、首をぐるぐると回す。ぐきぐき、と派手な音が、身
体の中を通っていく。身体が固まっているし、頭も渦巻き状になっている。飲料の甘さが、ま
た随分と効きそうだ。
幾人かが自販機に向かってきたので、私と彼女は講義室に入ることにした。2,3人の顔見知
りに手を振って、埃の舞う部屋へと歩く。
彼女とはこの時間、同じ講義を受けることになる。初めての講義の時には、知った顔があるこ
とに随分と驚いたものだが、今ではもうすっかりと慣れてしまった。そもそもこの地域に予備校
は数えるほどしかない。気づいてみれば、周りにも見たような顔はいくつかあった。清澄の生徒
もいるし、彼女の鶴賀の生徒もいるようだ。世間は狭いものである。
私にとっての幸運をふたつ挙げるとすれば、加治木ゆみがいかにも私に「負けたくない」と思
わせるタイプの人間だったことと、その彼女が私の志望校と同じだったことだ。そのことは私に
めらめらと向上心を起こさせ、成績の低空飛行を防ぐとともに、内心の情熱を退屈でしんどい
受験勉強へと駆り立てた。場合によっては、カッコをつけたがる自分の性格と、周辺に国立大
学が少ない立地条件に感謝してもいい。ともかく、学部は違えど、同じ文系で同じ志望校の私
と彼女は、実に健全なライバル同士となっていたのである。
特に会話もせずに、私と彼女は最前列に並んで座った。
「調子はどうだ?」
「ぼちぼちでんなー」
彼女が眉を上げるのを見ると、少しは楽しい気分になる。私がにやにやと笑うのを見て、彼女
はもともと渋い顔をさらに渋くさせた。
「まあ現状維持ってとこだよ。そっちは?」
「同じようなものだ」
ぶすりと言いながら、彼女は鞄から本の束を出した。私もそれに倣う。と同時に、声を出すの
が昨日以来であることも思い出した。なんだかねえ。思わずくすりと笑ってしまった私を、彼女
は妙な顔で覗き込んだ。
「どうした?」
「や、なんでもないよ」
顔の下半分を抑えながら、私は片目をつぶって見せた。
「そういえば、模試とセンターの組み合わせ返って来るの今日じゃない。どうだった?」
センター試験の結果に一喜一憂する間もなく、国立組は二次対策を完成させなければなら
ない。それ以前に、センター試験の結果如何によっては、そこで志望校をあきらめなければな
らなくなる場合もある。少し上目遣いで眺めてみても、しかし加治木ゆみの表情は変わること
はなかった。
潮の満ち引きのように、一旦空になった講義室に、また人が入ってくる。同じ年頃の同じよう
な服装の人間たちが、同じようで微妙に違う心を弄びながら、開始のベルに怯えている。
ひょいと出された紙を見て、逆に私の眉が寄ってしまった。
「……可愛げないね」
「お前はどうなんだ」
目論見は外れてしまったが、しかし人のものを見てしまった以上、自分のものを出さないわ
けにはいかない。のろのろと必要以上に鞄を漁ってみたが、残念ながら講義が始まるまでは
少々時間が残っている。唸りながら、私もその薄い紙を投げ出すように差し出した。
それでも、同じように彼女の眉も寄ってしまった。
「……Aか」
「なによ。あんたもじゃない」
自慢してやろうと思ったのに。そう言うと、多分同じような考えがあったらしい彼女も、不満げ
に腕を組んだ。
「竹井は私よりも勉強してないと思っていた」
「ていうかあんたの方が順位は上じゃない」
何か言葉を飲み込む風情で、彼女は溜息をついた。もっと上だと思っていた、とか思ってい
るのだろうか。その仕草に腹が立ったが、ともあれ私がダメージを負ったのと同様に、彼女の
方も負ったのは事実らしい。それなら彼女に一撃くれたのに満足すべきなのかもしれない。
2人共に合格圏内なのだから。ふう、と私も溜息をついて、鞄から最後の参考書を出した。
あと1分ほどで講義が始まる。彼女も同じように、鞄を横においた。2人で同時に正面を向く。
殺風景な黒板が、鈍い緑色の光を放っている。
「……あのさ」
あと30秒。私の胸のある部分が、くいっと前に押し出された。
もしかしたらそれは、その薄っぺらい、そのくせちかちかと目につくその紙を、消しゴムのカス
ほども愛想のない事務員にずいと突きつけられた時から、ずっと私の胸で悲鳴を上げていた
部分かもしれなかった。
「なんだ?」
少しゆっくりと彼女は言った。私の心の中まで見透かしたような響きだった。だから私は、
彼女の方は見なかった。見ることが出来なかった。
「なんでもないよ」
「そうか」
ベルが鳴る。同時に講師が入ってくる。途端に消える会話と、起こる咳払いの声に、私たち
も姿勢を正した。何よりもまず優先されるのは、ここで知識を詰め込むことだ。軽く首を振って、
私も参考書を開く。同じように、彼女も本を開いていた。
もしかして美穂子の事、何か知ってるかな。飲み込んだ言葉は、暫く空中を漂った後、泡に
なってどこかに消えた。
予備校の近所にあるそのそば屋は、早くも安くも美味くもない店だったが、それでも私と彼女
がちょくちょく利用する場所になっていた。理由は私たち自身にもよくはわからない。萎びた雰
囲気が案外合っていたのかもしれない。
私はカレーや丼ものにも挑戦するが、彼女はいつも天ぷらうどんを食べている。それも趣味
らしい。麻雀のあの柔軟さと、こういうことは違うようだ。
「最近麻雀打ってる?」
親子丼を口に運びながら聞いてみると、彼女は麺を啜りながら首を振った。
「牌に触れてもいないな。最後に部活に顔を出したのも、そういえば去年だ」
ふうん。卵混じりの白米が、ぐるぐると口の中で回っている。ぱさついていて濃い味だった。
これもはずれかなあ。頭の中でぼんりと考えていると、きつい目で彼女が私を促しているのを感じた。
口の中のものを飲み下して、私も首を振った。
「こっちもだねえ。センター終わってからしようかとも思ったけど、全然余裕なかったよ」
目の前に彼女がいるにも関わらず、言葉と共に郷愁の波が押し寄せてきた。咀嚼をやめて、
私は軽く目を閉じる。夏前からの、いや宮永咲が現れてからの、あの怒涛のような日々。合宿、
地区大会、練習、また合宿、そして全国。血液の温度が10度も上がったかと思うほどの、熱く
て充実した日々だった。それに。
それに、美穂子がいた。
まだ温くはなっていないが美味しくもない丼を、無言で口に運ぶ。戻ってきた現実は、このぱ
さぱさした舌触りのように、味気ないものだ。ふと正面を見ると、彼女もぼんやりとうどんのつゆ
を眺めていた。
似たようなことを考えているんだろうなと思うと、たまに感じる妙な親近感が沸いてくる。美穂
子とは違う意味で、彼女とも似ているのだろうとはよく感じることだ。弱小の部を率い、3年目に
ようやく出場できた。その気持ちを共有できるのは、私には彼女くらいしかいないし、おそらく彼
女もそうなのだろう。性格は違えど、腕は認めるところだ。
彼女はわずかに首を振ると、箸で器用に溶けかかった天ぷらを掴んだ。
「懐かしいな。まるで10年も昔のようだ」
「うん」
彼女はそれをつるりと吸い込む。私も鶏肉を噛みしめた。煮すぎて固くなっていた。
「いい大会だったな」
「うん。いくつになっても思い出すよ、きっと」
深く木目が入った机は、年期を感じさせるほどに黒ずんでいる。20人くらいしか入れないだろ
う狭い店内には、室外機の音が大きく響いていた。店の奥にある小さなテレビの向こう側では、
髪を振り乱した真っ赤な口紅の女が、大きな包丁を振り回していた。それを暇そうな店主が面白
くなさそうに見ている。店内にはこの3人しかいないようだ。そして立て付けの悪い扉の向こうを、
甲高い笑い声が通り過ぎていった。
おもむろに彼女は器を両手で持つと、ずるずる、とつゆを啜った。
「おかしいな。私たちはまだ18だ。それなのに、なにか老人みたいな話ばかりだな」
ぐいと口元をふくと、彼女は僅かに笑った。自嘲にも郷愁にも見える、微笑みだった。
「もしかして燃え尽きた?」
同意したかったが、私が彼女に是と答えてはいけないような気もして、私はわざとからかい口
調で言った。そしてまずい丼を掻き込む。彼女はぴくりと身体を震わせると、今度は口元だけで
ふふと笑った。
「そういえば、竹井とはちゃんと勝負したことがあったかな」
丼を置くと、私も笑った。
「個人戦のことも忘れちゃったの?」
「いいや、覚えてるよ。だがまあ、色々とな」
修羅場が終わったのか、テレビからは今度はにぎやかな声が聞こえてきた。何かリゾート地
の紹介でもしているようだ。ますます興味なさそうに、ねじりはちまき姿の店主は大きくあくびを
した。透明な冷蔵庫の向こうで、ビール瓶が所在なく立っていた。
「わかった。じゃあ入試が終わって竹井久がいちばん最初に打つ麻雀は、加治木ゆみとのも
のってことにするよ」
「そう願いたいな」
ほとんど同時に、私と彼女はコップを手に取った。濃い味とぱさぱさの具材で酷使したからか、
それはやけに爽やかに喉を通っていった。
冷たい風が容赦なく吹き付けてくるので、店を出た途端、私も彼女も思わずコートの前に手が
伸びた。空を大きく覆った暗闇が、寒さをより激しくしている。首のマフラーを突き抜けるように、
寒気が体中を刺してきた。この風さえなければ、少しは過ごしやすいのだろうに。自然と体勢が
前のめりに、足早になる。日本でこうなら、シベリアはいったいどんなものだろうか。頭の隅で、
ちらりとそんなことを思った。よくはわからないけど、きっと人が住むには厳しすぎるものには違
いなさそうだ。
「竹井」
「なに?」
「福路がな」
思わず私は彼女へと向き直った。彼女は真っ直ぐに前を向いている。
「私は元気だから心配しないでと伝えてくれ、だそうだ」
彼女を通じて、美穂子の姿が浮かんだ。少し小さくなったような背、さらに細くなった腰。そし
て僅かに厳しげな顔。あの夜のときの美穂子が、私に寂しげに言う。心配しないで。いかにも
美穂子が私に言いそうな言葉だった。だから、聞いてもいないその声が、私の耳に響いた。
首を振って、俯く。一瞬忘れた寒さが、身体に染み込んできた。
「……どこで?」
不明瞭な私の言葉にも、彼女は正面を向いたままだった。
「偶然だ」
短くて彼女らしい答えだった。そう。私は呟いて、コートの真ん中をぐっと握った。
私と同じ大学を受験することについて、家や学校でどのような反対があったのかを、私は
まったく聞いていない。また3年の夏から、エスカレーター式の学校でわざわざ国立大学を
受験しようとする美穂子がどのように見られているのか、それも私は知らない。
私が知っていることは、私のように1年の頃からある程度の準備をしてきたわけでなく、さら
に成績も付属校で少し上くらいの人間が、夏も終わりに近い時期にいきなり受験勉強を本気
で始めるということは、とてつもなくしんどいだろうということだけだ。
雨も雪も降りそうになかったが、空は綺麗に雲で覆われているらしかった。夜の闇の向こう
に、星の光はひとつも見えない。
「そういや貴女のことも話したっけ。負けたくない奴がいるって」
少し上の方を見ながら、呟くように言った。駅までの道は、人通りはそれほどでもない。そも
そも、人混みを外れるために、そば屋で時間を潰したようなものだ。
彼女は何も言わず、しっかりと前を向いて歩いている。
「元気だから心配しないでって、はは、いちばん心配しちゃう言葉だよねえ」
だから、一人で喋った。一人だと、自然に言葉に自嘲が混じる。美穂子の内に秘めた意志
の強さは、よく知っている。だからこそ、私は。
ふ、と隣の彼女が足を止めた。
「私も心配するなと言った」
「え?」
1歩遅く、私もそれに気づいた。振り返る直前に、呟きにも似た彼女の声が、私の耳を叩いた。
あまり表情の変化は見えないが、それははじめて見る顔だと感じた。彼女の、きっと恥ずかしげ
にしている顔なんだろう、と思う。彼女はらしくもなく、僅かに俯き加減で言葉を続ける。
「先輩は思い詰めるタイプだから心配だ、と言われたからそう答えた。そしたら、じゃあ心配し
ないでいいですね、とえらく笑われた。だからいいかと思っていた」
私もきょとんとした顔をしていたのだろう。彼女は今度は顔をはっきりとわかるくらいに紅潮さ
せた。それで、私は思わず微笑んでしまった。その誰かの口調を真似ようとして、少し考えて
真似なかったような仕草が、なんだかひどく可笑しかった。
笑い出した私を見て、彼女は拗ねたようにポケットに手を突っ込んだ。
「ともかく、私もそうなんだ。福路だって、同じ気持ちだろう」
どうやら私を慰めようとしているのだろう、ということに私はここでようやく気づいた。普通なら
そういうことはすぐに気づくものなのに。やはり加治木ゆみはこういうところで損をしているよう
だ。目線は彼女の太股あたりに寄せたまま、それでも私は別のことを口にする。
「明るい人なんだね、その人」
「……明るくは、ないな」
「じゃあ前向きな人?」
「まあ、極端な言い方をすれば」
なぜだか苦しげに彼女は答えた。あらあら。微笑がさらに大きな笑いに変化しつつあった
ので、慌ててかみ殺した。本気で拗ねだしそうな気がしたのだ。それに、彼女の気遣いを感
じていない、と思われるのも少し癪なところだ。
「寒いよ。歩こう」
くるりと向きを変えると、ほっとした気配と共に、彼女の足音も続いてきた。舗装された道
路が、靴をするすると滑っていく。地元とは違って歩きやすいし、光だって多い。人も多いか
ら、煩わしくは感じるけど、何か暴力的なものはなさそうだという安心感がある。
駅が近づく。周囲は暗い。それでだろうか。ふと、なんでも喋りたくなる衝動に襲われた。
一瞬迷って、結局私は口を開いた。加治木ゆみになら、何を喋ってもいいような気がしたのだ。
それが錯覚でも後悔しないだろうと、なんとはなしに思った。思ってしまった。
「付き合ってるんだ、私と美穂子。恋人的な意味でね」
後ろに変化はなかった。あっても気にはしなかっただろう。
「今とは正反対の、綺麗で暖かくて素敵な夜だった。星が眩しいくらいだった。それでこうやって
歩いてて、あー、何話したっけな。覚えてないけど、そう。こんな風に、言われたんだ」
振り返る。彼女の真剣な目が、私の目を凝視している。呪いみたいに。祝福みたいに。運命
みたいに。すう、と彼女の顔が、美穂子にだぶった。あのときの美穂子の、聖者のような表情
を感じる。
「貴女が好きなの、って」
ざ、と風が吹いた。彼女のフードが、ばたばたと音を立てて逆立った。私たちの方を見ようと
もしない誰かが、すたすたと通り過ぎていった。かばんを右手に持ち、左手をポケットに入れた
まま、彼女はじっと私の目を見ていた。
私はまた、向きを変えた。その目が、少し痛かった。自然、いじけたような口調になる。
「……今は寒いし、ここにいるのあなただし、もうまる1月くらい会ってないけど、さ」
また、俯いた。アスファルトが闇夜のように暗かった。今の私の目もそのように見えているだろう。
はあ、とため息が出る。先ほどの暖かさの残滓が、そこから漏れていった。駄目だなあ。
そう思った、瞬間。
私は思い切りたたらを踏んだ。ポケットとかばんに支配された両手が、幸いにも敏感に反応
した。腕を伸ばし、それでなんとかバランスを取り、数歩をよたよたと進む。なんとかこけずに
すんだ、というところで、ようやく頭がたたらの理由を突き止めた。
「何すんのよ」
睨み付けると、私を蹴り飛ばした張本人は、いかにも不愉快げに私を見下ろしていた。数秒
ほど見合う。そしてまた今度も予想外に、彼女は軽く頭を下げた。
「今のは悪かった」
「へ?」
「だが、私だってモモとは1月会ってないんだ。自分だけが不幸のような顔をするな」
真剣そのものの顔だった。自分だけが不幸、と言われて、一瞬頭が凍る。しかし次の瞬間、
凍った私の頭のどこか奥の方で、情報が自動的に攪拌された。モモ、と彼女が呼ぶのは、
確か鶴賀のあの副将だったはずだ。そう、あの1年の娘。顔は、あー、思い出せないか。
でもなんで今、彼女の名前なんだろう。とそこで、先ほどの恋人の話で彼女が「先輩」と呼ばれ
ていたことに思い至った。そしてこのタイミング。
私の表情が怒りから驚きへと変化していくのと同じ時間で、彼女の表情は不愉快から羞恥
へと変化した。
「……忘れろっ!」
走り出す寸前の速度で横を擦り抜けようとした彼女を、先ほどよりも10倍は本気の反射神経で、
左腕の中に捕らえる。すれ違った人が何事かという目線をこちらに送ってくるが、それらはすべ
て黙殺する。
身体のつくりが同じくらいの彼女の耳元が、ちょうど私の口元に来る。まるで美穂子だ。その
発想をとりあえずは横において、微笑みそうになりながら、そこに確認の言葉を送り込んだ。
「東横桃子?」
「……!!」
「付き合ってんの?」
「知らん!!」
「もう寝た?」
思い切り身体が弾かれる。顔を本当に真っ赤にした彼女が、噛みつくような視線を私に送って
いた。でも、どれほど睨み付けられても、もしくは本当に噛みつかれていたとしても、今の彼女
の頬の様子では、それは深刻なものにはなりそうになかった。普段の彼女からは信じられない
ほどの可愛らしさだ。東横桃子という人間の印象は、その麻雀の実力から考えれば驚くほど低
いが、なるほど、いい目をしているのだろうなということは理解できた。きっとほとんどの人間が
知らない彼女のそういう姿を、一人でこっそりたっぷり堪能しているのだろう。
とはいえ、これほどに分かり易い反応をされると、恋人ではないこちらとしては困ってしまう。
それに私も、下世話と思われるのも気が引ける。
なぜだかコートの首のあたりをきつく抑えている彼女に、私は曖昧に笑いかけた。
「いや、まあ、そういうのはプライベートなことだしね」
「……当たり前だ!」
「でも想像しちゃった。ごめん」
うっすらと涙を溜めた目が、つかつかと近寄ってきた。頬でも張られるかなと思ったが、数回ほど
秒を旅させた後、結局彼女は大げさ目に溜息をついただけで、その話を切り上げてしまった。
「まあいい。さっきの話よりは、18歳らしい」
行こう。寒い。短く言って、彼女はすたすたと歩き始めた。私もどこか安心しながら、無言でそれに続く。
数分ぶりに、隣り合う。駅は間近に迫っている。いつもそのくらいで、寒さに慣れてくるのだ。駅の
明かりが強くなり、比例して人の通りも多くなってくる。それは私たちと同じ年頃の、大きめの鞄を
持った男女が多かった。
私立の受験が終わったらちょっとは人も減るかな。そんなことを先週、彼女と会話したことを
ふと思い出した。
彼女の歩く速度は、じわじわと速くなっていくようだった。
「……肌が触れあうと、どうしようもなくなるんだな」
ぽつり、と彼女は呟いた。胃の奥から食べ物を吐き出すような声だった。
「ゆみ?」
「人の温もりは、よくない。あるのが当然という気になる」
横目で彼女を盗み見る。さらに胃から出るものを、堪え忍ぶ顔で彼女は続ける。
「モモがいることが当然ということは、モモがいないことを苦痛に感じるということだ。それが、
消せない。麻雀でも、勉強でも、何をしても、消えない。どうしようもないんだ」
駅に着いた。言葉を切ったまま、私たちは改札を通った。夕方のラッシュを外れた駅構内に、
人はまばらにしかいない。閉じられた売店とシャッターのかかった商店街は、いつも私に物寂
しさを与える。
たっぷり5分。無言のままで私たちは歩いた。その間、色々なことが頭に浮かんだ。一度、
美穂子とこの駅で降りて、買い物に行ったときのことも。特に何を買うでもなく、2人でふらふ
らと町を歩いた。適当に入った喫茶店で食べたケーキが美味しかった。いつも行儀のいい
美穂子が、はしゃいでいたのか珍しく口元にクリームを付けていたので、私はそれを指です
くって舐め取った。美穂子はカップの紅茶と同じ色に、その白い肌を染めていた。
階段を登る時に見えた空は、やはり真っ暗だった。はあ。吐いた息が白く、まるで魂のよう
な痕を空気に作った。階段の一歩ごとに、美穂子の一挙手一投足が思い出された。
「……消えないね」
発車時間が近いホームは、人でごった返している。そこを隙間を縫うように移動する。降り
る駅で、改札の近い場所になるように、今から移動しておくのだ。その先回りは、いい大学に
入りいい企業に行く、というような私たちの人生のように私には感じられた。なんだか落ち着
かない気分になるね。私は前に彼女に言った。考えすぎだ。彼女はにべもなく答えた。
「今でもさ。道ですれ違った人を、あ、美穂子だ、って目で追っちゃうんだ。でもいつも全然違う。
美穂子と同じ香水とか、美穂子と同じ髪型とかさ」
「……わかる」
「ちょっとだけ美穂子なんだよ。ちょっとだけ、美穂子を感じちゃうんだ。良くないよね。お腹
へってる時に、ご馳走の写真見るようなものだよね、あれってさ」
考えすぎだと私に言った時よりは険しい表情で、彼女は唸るように言った。
「私は眠るときの枕が嫌だ。モモの匂いがついてる気がする。そういうのは、苦手だ」
言葉の内容と表情のギャップに、私は思わず吹き出してしまった。彼女は先ほどのように
過剰な反応はしないで、ただ顔を赤くしただけだった。酷く低い音量のアナウンスが、ちろち
ろと鼓膜を擽った。
大きな音を鳴らして、電車がホームに侵入する。ぐにゃりと、集団がアメーバのような動きで、
横に行ったり縦に行ったりを繰り返す。
人間よりは機械に近い動きで、扉から人がはき出された。そして私たちが詰め込まれ、どこ
かのスタートボタンが押される。警笛。アナウンス。閉じる扉。機械的すぎて、逆に人間性を感
じてしまうような、妙な連続性がそこにはある。
狭い空間で、人の熱気に包まれる。一気に頬に熱が籠もった。
「……春になったらさ」
呟いた。窓の外で、光の点が滑るように流れていく。列の後ろの方だったので、私たちは必
然窓際に立つことになる。押さえつけられはしないが狭い車内では、呟くくらいがちょうどいい。
間近で、彼女と視線が合う。相変わらず強めの視線だった。
「今度はのろけ話しなきゃね。こんな話じゃなくて、もっと、こう、溺れるみたいな」
「そうだな」
間近だったからか、それとも付き合いが半年を超えたからか。ほとんど変わらない表情が、
しかし穏やかなものになったことを、私は直感的に悟った。それはきっと、初対面の相手では
確実にわからない変化に違いなかった。
「もっと10代らしい話をするべきだろうな、私たちは」
「そうそう。ダブルデートの予定とかね」
「……そういうのはいいんだが」
そのまま、彼女は窓の外を眺めた。私もそれに倣う。駅までは十数分。それまではこの姿
勢のままだ。
「春が来たらな」
「うん。春が来たらね」
籠もった声で、スピーカーが次の駅が近づいたことを告げた。
今回は以上で……、と言いますか、キャプテン出なくてごめんなさい……。
次回は出るんですが、今回はそこまで行きませんでした。竹福スレなのに……。
竹福って書いてるのに、なぜか加治木さんが目立っちゃって……。本当にごめんなさい。
少し受験には思い入れがあるので、多少設定をいじっても書きたい話でした。
あと1日、お付き合いくだされば幸いです。
では、また。世界中の竹福好きと受験生に、愛を込めて。
久とゆみが友人になるのは面白い展開ですな。
女のような少女のような
この二人の雰囲気めっちゃ好きやわ〜
早くキャプテンを出してくれ!
このままでは部かじゅに目覚めてしまう!w
規制でGJするのが遅くなり申し訳ないorz
>>317 綺麗な文章に感動した。
>>330 かじゅと部長が友達って展開はかなり好きだ。続きを所望します。
予備校の場所の駅とは比べ物にならない、というほどでもないが、やはりこの駅は小さい。
駅のホームに対して地下道も高架もなく、そのままの高さで改札を道が続く。疲れている時に
はありがたいが、なにか身体に力が有り余っている時は、もう少し何とかならないか、と感じて
しまったりもする。
予備校にいる間に、こちらでは雪が降ったようだ。地面にうっすらと白いものが積もっている。
今はやんでいるが、いつまた降り出すか分からない。なにせ夜は冷える。雪とか霜とか、そう
いう冬の備えは備えすぎてしすぎることはない。
「明日はモモに会おうと思う」
別れ際。不意にとしか言えないタイミングで、彼女はぽつりと呟いた。街とは違い、人は影
も見当たらない。気温も、風が吹くと震えが来るほどに低い。
「3学期に自由登校になってから、一度も行ってなかったんだ。何を話せばいいのか、何を
すればいいのか、わからなくなっていた」
多分、私にではない。私の向こうの、自分の中の東横桃子について、彼女はぽつりぽつりと
話している。
「センターが近いから、しばらく会わなかった。連絡もしなかった。それだけで、ただそれだけで
私は、どうしようもなく雁字搦めになっていたようだ。いつでも会えていた、ということも、よくない
ことないかもしれん」
だからな。彼女はようやく、焦点に私を捉えた。
「明日会って、喋って、抱きしめる。好きだと言う。好きだと言わせる」
宣言するように言った。決然とした、何か少年が誓いを立てるような表情だった。それが実
によく彼女に似合っていたので、私も微笑み返した。
「しっかりね」
「何言ってる。竹井もだぞ」
「え?」
彼女の表情が、今度はいたずらっぽいものへと変化する。訝しむ私に、彼女は煽るように告げた。
「今度の講義に報告だからな。私はモモに。竹井は福路にだ。事情はわからんが、竹井も福
路も、そんな顔のままじゃ、ちゃんと春は迎えられないぞ」
じゃあな。私の返事を待たず、彼女は身を翻した。あっけにとられたまま、私は後ろ姿を見
送った。別れの返事もできなかった。また彼女もそれを待たず、すたすたと惚れ惚れとするよ
うな速度で、ぐんぐん遠ざかっていく。もしかしたら、見えない頬をまたも赤くしているのかもし
れない。しばらく、彼女の吐く息の白さだけが、煙突からの煙のように見えていた。
ほう、と私も息を吐いた。自分の中のもやもやも一緒に吐き出そうと思ったが、上手くはいか
なかった。それはまだ胎内に、数式やら文法やらと一緒に、ぐるぐると渦巻いていた。
もしかしたら加治木ゆみに心配されるくらいには、私も美穂子も、酷い顔をしていたのかもし
れない。それに気づいて、また息を吐いた。寒さが歯茎に染みた。鋭い痛みが頭を刺した。
私、貴女の大学を受けようと思うの。彼女がそう言った時、私の胸に去来した感情は、嬉しさ
よりもむしろ別のものが強かった。ある種の戸惑いが心にあった。それは罪悪感に似た氷塊
だった。自分のせいで彼女の人生を狂わせてしまったのではないか。その思いに怖くなった。
私が美穂子に何と言ったのか、私自身は何も覚えていない。ただ、美穂子の意志の強い瞳に、
穏やかさや優しさの中に隠れた何かに、鋭く胸を抉られていた。そのことだけは、はっきりと覚えている。
美穂子に最後に会ったのは、きらびやかなクリスマスの次の夜だった。そのときの美穂子は
少し痩せて、ひどく疲れているように見えた。美穂子の強さを知りながら、しかしそれはあまり
にも痛々しく私に映った。だから私は、予定通り神社に合格祈願のお参りをした後、そろそろ帰
ろうかと早急に提案した。美穂子はふわりと笑った。普段通りの笑顔だった。そうしましょうか。
美穂子は言った。そしてす、と私の正面に立った。訝しむ私を窘めるように眉を寄せて、美穂子
はぎゅっ、と私の両手を握りしめた。久。笑顔のままだった。久。好きよ。ずっとずっと、好きよ。
これから1000年会えなくても、これから1000年、ずっと好きよ。こつん。そのまま、美穂子は
額と額を合わせた。唇だと、肌が荒れちゃうかもしれないから。呟くように言うと、鼻先だけでくす
りと笑った。そして来た時と同じくらいの唐突さで、美穂子はまた私から離れた。
そしてそれ以来、私と美穂子は同じ空気を吸えていなかった。
滑りそうになる脚を無視して、私は走り続けた。胸の中の情動が、灰の底に埋まっていた
私自身に、ようやく火がついたようだった。あの夏の感覚が、まだ何枚かの膜に包まれては
いるが、やっと右手に戻ってきた。今度、加治木ゆみには例の缶コーヒーを奢ろう。そう決
める。彼女の言葉で、火がついた。自分の中の、大事な何か返ってきた。自分がどれだけ
駄目だったかに、今やっと気がついた。
息が荒い。それでもいい。肉体的な痛みなら、むしろ歓迎できる。精神的に停滞している
よりも、何倍もいい。そう。春を待つのは、趣味じゃなかった。忘れていたかもしれない。春
を迎え撃つことを。攻めることを。何も考えずに、ただ悪い待ちにしていたわけではない。
すべての可能性を考えて、その待ちにしただけだ。だから、今回もそうするべきだ。
息が上がる。関係ない。地面が滑る。知らない。私が知っていることは、美穂子が今多く
のものを犠牲にして努力しているということと、2人で生きようと約束したことだけだ。だから、
走る。伝え切れていない想いを伝えるために。抱き締め切れていないものを抱きしめるために。
ぜえ、ぜえとまことに品のない呼吸をしながら、私は壁に手をついた。一軒家が数十ほど密
集している場所の一角に、私はへとへとになって到着した。ぜえ、ぜえ。痰交じりの息を吐きな
がら、私は軽く笑ってみた。いくら彼女との会話で火がついたとはいえ、まだバスもある時間
帯なのに、駅から美穂子の家まで30分も走るなんてどうかしている。本当に、どうかしている。
座り込みたいという欲求が身体全体から出ていたが、私はそれをすべて黙殺した。どうかしな
ければ、恋なんて出来ない。女の子にキスしたりしない。壁を這うように進む。美穂子の家は
目の前に見えていた。2階の美穂子の部屋には、まだ明かりがついている。ぜえ、ぜえ。息が
定まらない。このままだとインターホンも押せそうにない。ふう、と大きく息をつく。危うく下半身
がずるりと滑りそうになり、慌てて踏ん張った。
その瞬間。がらり、とどこからか音がした。うるさかったかな。首をすくめて、その音の方へ
と目線だけを向かわせた。
「……久?」
私を久と呼ぶのは幾人かいる。しかしこんな声で私を呼ぶのは、世界で一人しかいない。
その声でまた気が抜けた。既にかくかくと笑っている膝が、致命的な打撃を受ける。ずるず
ると滑りそうになる身体を、私は両腕で必死に支えた。さすがに雪の上に座り込むのは避け
たいところだ。
私が何を言おうか、そもそもこの体勢をどうしようかと回らない頭を回しているその20秒
ほどで、玄関の扉が開いた。上から私を見て、状況を察してくれたのだろう。美穂子はまさ
に着の身着のまま、といった風情で、私の右腕をとってくれた。
「久。どうして」
「まって。ちょっとまって」
私はふらふらと美穂子に抱きついた。首にタオル、上半身は鼠色の半纏、下半身は学校指
定であろう赤いジャージの美穂子は、戸惑ったように私を支えた。
「息、切れてて。やっぱり、急に走っちゃ、駄目だね」
ともかく、呼吸を整えなければ話にならない。あー、とわけのわからない音を出しながら、
それでも私の喉はなんとか通常を取り戻しつつあった。美穂子は何も言わずに、私の背中を
とんとんと叩いてくれた。
数分ほどで息が戻ってくれたので、ふう、と息を吐き、美穂子から離れた。そのまま塀に凭
れかかる。
「ありがと。助かったよ」
お礼のつもりで軽く右手を挙げる。
「美穂子が出てきてくれなかったら、ずぶ濡れになるところだったよ。ほんと、助かった」
心配げな美穂子の表情が、その言葉でようやく和らいでくれた。
「なんだか久がいるような気がしたの」
「ナイス勘」
息を大きく吐いた。これで、最後だ。このまま汗が冷えるのを待つ時間はないし、そもそも、
私の燃え上がった気持ちが、身体が治った途端にむくむくと姿を表してきている。なにせ美穂
子が目の前にいるのだ。1月あまり会っていなかった美穂子が。匂いもたっぷり吸い込んだ。
これで気分が乗らない方がおかしいだろう。
「それより久。今日はどうして」
「好きだ」
へ。美穂子の口から、珍しく吐息のような呟きが漏れた。少し笑って、私はずるずると塀をず
り上がった。
「好きだ、って言いたくて。来ちゃった」
ははは。そこまで言って、私はようやく塀から離れた。2本の足で立って、正面から美穂子を
見据える。美穂子の半分くらい開いた口から、白い息がふらふらと漏れている。
首に白いタオルを巻き、ぽかんとした赤い顔の美穂子は、やはり壮絶に可愛らしかった。頭
の中がぼうっとしてくるのを感じた。
「他にも沢山。まだ私の言いたいこと、全然言えてない気がしたんだ」
「……久」
「寒いからすぐに言うよ」
まだまだ身体が熱い。逆に冷えだしたら危ない。本当に後先を考えていなかったと今更なが
らに思う。でもいい。なにせ美穂子に会えただけで、昨日の部屋の中での暗い思考は、糸の
切れた風船のようにどこかへ飛んでいってしまったのだから。
「入試終わったら、一緒に敦賀の加治木と徹夜麻雀するから」
「えっ?」
「絶対勝つから。美穂子も負けちゃ駄目だよ」
一気に言った。美穂子はさらに困惑した表情を浮かべる。構わず、一歩近づく。
「次はラブホテル行こ。大きくて広くて綺麗なところ。そこで1日中裸で、抱き合おう」
ぶわっと美穂子の顔に朱が散った。それを視界の端に収め、私は美穂子の手をとった。
冷たかったので、ぎゅっと握った。風邪を引かせるわけにはいかなかった。私の体温を忘れ
られるわけにもいかなかった。
「ずっとだから。ずっとだよ。二人でおばあちゃんになって、二人で老人ホーム行って、二人で
じいちゃんばあちゃん麻雀のカモにして、二人で死ぬんだよ」
こつん、と額と額をつける。あの夜に美穂子が私にしたように。そして頬と頬をすり合わせた。
冷たいかと思っていたのに、熱かったので、少し安心した。
「それ言わなきゃって思ってたら、走ってた。伝えられてないって思ったら、たまんなくなった。
私が美穂子を、死んでも離さないってことを」
耳の向こうに、力を込めて注ぎ込んだ。
美穂子の入試の話を聞いてから、なぜこの一言を言えなかったのか。私はきっと、怖かった。
美穂子が落ちるのが。美穂子に疑われるのが。私には自信がある。落ちても麻雀で食べていく
と覚悟している。そもそも、家にお金がないので大学は国立にしか進学できない。しかし、美穂
子は違う。彼女は私立でもどこでも行ける人だ。だから付属の大学に行くことが自然だったの
に。もしかしたらここから、悪い方へと転がってしまうかもしれない。だからといってやめろとい
うのは、私の気持ちに対する不信を生むかもしれない。そのふたつに挟まれて、私は怯えてい
たのだ。彼女の人生と私の人生、両方に対する怯えが、受験という状況の中で私を雁字搦め
にしていた。
美穂子の、決めたことには真っ直ぐ殉じる強さも、その実力も、そして私を愛してくれていると
いうことも。私はきっと、知ってはいたけど、信じてはいなかったのだ。美穂子のことを。もしか
したら自分のことも。全国大会が終わり、次は大学に受かることを一番に考えないと、と思った
時点で、美穂子という存在のことをきちんと考えられなくなっていたのかもしれない。美穂子と
向き合えていなかった。理由を付けて放っておいた。少なくとも、解凍した時にばらばらになって
しまうような凍らせ方は、大学に受かったとしてもそれからぎくしゃくしてしまうような付き合い方は、
何かしら間違っているというのに。
美穂子の入試について、もっと話を聞けば良かった。もっと話し合えば良かった。もっと一緒
に頑張れば良かった。もっと。もっと、一緒に。その後悔にも似た想いが、私をここまで突き動
かしていた。
「……久はかっこいいから」
呟きが、私の耳に届いた。いつの間にか、美穂子の両腕が、しっかりと私の背中に回されていた。
「私は久も悩んだりするんだ、ってことを、時々忘れてしまうの」
「……美穂子」
私も、手を背中に回した。以前よりも弾力の減った感触が、それでも手の中に収まってくれた。
かすかに美穂子は笑ったようだった。
「私、貴女みたいになりたくて」
「私に?」
「きっと久はそんな声になると思ったわ。だから言えなかったのだったかしら」
思わず離れようとした私の身体を、さらに美穂子は抱きしめた。極寒に一人きりでいる旅人
のようだった。離れそうになった手を、だから私は元に戻した。
美穂子はゆっくりと、呟くように言った。
「部長の引き継ぎをして、部活に行かなくなって、そしたら私、何もなくなってた。空っぽに
なっちゃってた。麻雀ばかりやっていたものね、時間の潰し方も、なんだかよくわからなくて」
「なにもないことなんてないじゃない」
「そのときはそう思ったの。本気で、そう思えたの」
ちょっとおかしくなってたのかしら。僅かに笑う気配がした。
夜半の住宅地は、誰も通らなかったし、生き物の気配もなかった。空も晴れる気配がなかった。
私の耳に聞こえるのは、美穂子の声と、僅かに早くなった美穂子の鼓動と、どこかを走る車の音
だけだった。
ゆっくりと美穂子は続けた。
「これが本当の私なんだ、って思ったら。怖くなっちゃった。このまま死ぬまでこうなのかなって」
でもね。密やかな声が、よく聞こえた。くっついている場所から、美穂子の成分が私の中に
入ってくるようだった。
「目の前に久がいてくれたの。真っ直ぐ走る久が。かっこいい久が。だから、私も久みたいにな
ろうって、久みたいに生きたいなって」
「それで同じ大学に?」
「ええ。色々と、試してみたくて」
私はほとんど溜息混じりに、美穂子の耳にゆっくりと言った。
「そんなよくわからない理由で、こんな辛いことしなくてもよかったと思うけど」
「ええ、甘くなかった。受験勉強って、こんなに辛いものなのね。知らなかったわ」
淡々とした声だった。だから、美穂子の顔が見えないのが不安になった。美穂子は何か普通で
なくなると、声も表情も淡々としたものになる。無理矢理にでも離れようかと思ったけど、美穂子の
腕の力は強かった。
「でも、決めたもの。だから、いいの。行けるところまで、行ってみる。走れるところまで、走ってみる。
最後まで、やってみるわ」
「……うん」
「だって、私は知ってるもの。私が転んだり、挫けたり、止まったりしたときは、絶対に久が側に
いてくれるって。それでも久は、私を好きでいてくれるって」
「いるよ。美穂子が嫌がっても、いる」
「だからね。だから、だから久……」
淡々とした声が、ぼやけた。何かが、溢れたようだった。感じていた体温が一気に上がる。
同時に腕に力が込められた。顔が見えなくて良かったかもしれない。きっと、罪悪感で心臓
が止まってしまいそうなほどに、美穂子はぼろぼろの顔になっているだろう。
「だからね、久。今は、ちょっとだけ。ちょっとだけ……」
美穂子は泣き虫で傷つきやすいけど、でも普通よりよほどは強い人だ。でなければ名門校
の部長なんて務められない。エースを張ったり出来ない。一人でも、頑張れる。結果が出なく
ても、簡単にへこたれたりしない。負けても、挫けたりしない。でも、だからこそ辛い時に、溜め
込んだりしてしまう。その感情を出せなくなってしまう。人に言えなくなってしまう。並のもので
ない、受験の辛さを。だから今、強いからこそぴんと張りつめてしまう心の糸が、ぷつりと切れ
てしまったのだろう。強いからといって、辛さを感じないわけじゃないのだ。
美穂子の涙は、聞いたこともないほどに静かなもので、また聞いたことのないほどに苦しげ
だった。きっと、例えば池田ちゃんや先生や両親には、見せたことのない涙のはずだ。泣き虫
の美穂子が、だからこそ見せられない涙のはずだ。だから、これは私が受け止めなければな
らない涙だった。
真冬に降りしきる雨のような涙は、私の肩にじわりじわりと広がっていった。美穂子は私にし
がみつきながら、二度と離さないとでも言うように、私の背中に力を込め続けた。
「……もっと一緒にいればよかったね」
呟いた。美穂子越しに、家の明かりが見えた。それはいかにも暖かそうに、いかにも幸福そ
うに映るものだった。でも私にとっては、美穂子の小さな肩と、髪の毛の生の匂いと、少し肉の
落ちた背中が、何よりも愛しいものだった。
ぽんぽん、と軽く、私は美穂子の背中を叩いた。
「私、かっこよくなんかないよ。いつだって自信ないし、美穂子の気持ちを聞くのが怖くて、ねえ、
怖いって理由だけで、2ヶ月も聞けないままだったし」
大学に受からなければという想いが、他の視野を狭めていた。そこまでしなければ駄目だと
勝手に思っていた。それは多分事実ではある。事実ではあるが、それと両立させなければなら
ないものが、確実にあるはずなのだ。
「だから美穂子。一緒にいてよ。それで、私を助けて。私を叱って。私も美穂子の傍にいるから。
美穂子が泣きたくなったら、そうだね、タオル代わりにくらいならなれるから」
最後は少し冗談めかした。笑ってくれるかなとも思ったけど、美穂子の涙は止まらなかった。
まるで本当にタオルにするように、美穂子は私をきつく抱きしめた。
「……久」
「うん」
「この久は、夢じゃないよね。消えたりしないよね」
「消えたりしない。離れもしないよ。ずっと一緒だよ、美穂子」
美穂子は私の夢を見ていたのだろうか。それで、寂しい想いをしていたのだろうか。そう考え
ると私もたまらなくなった。目の裏に熱い何かが登ってくる。まるで幼子が母親にしがみつくよ
うに、私も腕にありったけの力をこめた。
「……久ぁ。寂しかったよぅ。しんどかったよぅ。不安だったよぅ……」
「ごめんね。本当に、ごめんね……」
崩れかけの美穂子の声が、私の涙声と混じりながら、寒さで凍りそうな空気に溶けていった。
美穂子が真っ赤な顔を上げるまで、その道には猫一匹も通らなかったし、空からは雨も雪
も降ってこなかった。微笑み合い、唇のかわりに額と頬を擦りつけ合い、そして名残惜しさを
隠そうともしないで別れるまで、私たちふたりだけがそこにいた。誰にも、何にも邪魔はされな
かった。美穂子が扉を閉めてから、急に寒さが襲ってきたが、それでも急いで帰宅してお風呂
にゆっくりと浸かったおかげか、風邪を引くこともなかった。
いちばん暗くていちばん寒い時期は終わったのだろうと、寝る前に布団の中でぼんやりと思った。
美穂子と私は似てるということを、ようやく私は思い出していた。弱音にしろ苦痛にしろ、そう
いうことは表に出さないことで、生きてきた人間だということを。まわりには既に、心の奥底の
感情を出せる人間がいないということを。だから、互いを求めたのだと。
大学に受かることは大事だ。そして美穂子の心のことだって、私には大事なことだ。どちらか
ひとつに偏ってはいけなかった。それを、忘れていた。どうせやるのならば、どちらも手に入れ
てみせるという覚悟が必要だということを、失念していた。
加治木ゆみには、コーヒーを10本以上は贈らなければならないかもしれない。ちらりと頭の
隅で思った。私がそれに気付けたのは、雁字搦めになった、と言ったときの彼女の顔なのだ
から。彼女ももしかしたら、私や美穂子を見て何かに気づいたのかもしれない。ただ、彼女の
ことだ。そうであっても何も言わないだろうし、私や美穂子に感謝はしても、その気持ちを私た
ちに示さないに違いない。だから、奢るコーヒーは1本でいいか。久しぶりにすっきりとした眠り
に落ちる直前、私は瞼の向こうにいる不機嫌そうな彼女の顔に向けて、軽く舌を出してみた。
学校の教室以上に見慣れてしまった講義室には、先に彼女が座っていた。なんとなく負けた
ような気分になりながら、ずかずかとわざと彼女の座っている場所を通って、逆側に出た。彼
女は露骨に嫌そうな顔で、こちらを睨み付ける。切れ長の目が恐ろしさを増している。おお怖い。
とはいえ仕掛けたのは私なので、気にせず隣にどしんと座った。
「やあゆみちん」
無言で睨まれたので、今後はこの呼び名は使わないことに決めた。やれやれ、と首を振って、
私はゆっくりと鞄を開ける。この講義は夕方の中休みの次なので、まだ時間に余裕はある。
溜息混じりに、彼女は握っていたペンを置いた。
「随分と楽しそうだな」
皮肉っぽい口調に、私は笑って返した。
「色々とすっきりしたからね」
そうか。彼女は無表情に言うと、ぐぐっと背を伸ばした。骨の鳴る音がここまで聞こえた。
十数列並んだ木の机は、最終的には半分くらいが埋まるが、今は両手の指で足りるくらい
の人間しか講義室にはいない。パートのおばさんが、ごしごしと黒板を拭いている。暖房機
がフル回転しているおかげで、部屋はTシャツ1枚でいられるほどに暖かいが、空気の乾燥度
は屋外の比ではない。
私はどさりと分厚い参考書を置いた。
「美穂子Dだってさ。この時期にそれだと、やっぱ厳しいかも」
参考書を買うお金がもったいなかったので、私は図書室で借りたものを使用している。すっか
りとよれよれになってしまったそれには、小さく他所の予備校の名前が印字されていた。
「厳しいだろうが、しかし福路だ。案外、私も竹井も簡単にひっくりかえされてしまうかもしれないな」
自分自身に言い聞かせるような調子もあったので、彼女がある程度は本気でそう言っている
のがよくわかった。私はもっと楽観的だったので、少し不満ではある。とはいえ、判定は11月
頃の模試とセンター試験との合計で決まるものであり、美穂子の場合は、前者のDと後者の
Bの合計でのDプラスだった。よろしくは全くない。もう1ランク下げるのが常道ではある。しかし。
でも、と美穂子は言った。今は11月に解けなかった問題も、少しはわかるようになってきたから。
まだまだ頑張ってみるわね。その言葉を、私も信じるだけだ。少なくとも、これは麻雀の話で
はあるが、私の知っている美穂子のこういうときの「少し」は、決して「少し」ではなかったのだ
から。信じる価値は大いにある、勿論、その可能性があるからこそ、人間は苦しまなければ
ならないのであるが。希望が残っている方が、辛いこともある。
美穂子の涙を思い浮かべて、私は軽く溜息をついた。
「だから私らも頑張らないとね。本末転倒だけは避けないと」
「まったくだ」
シャーペンを取り出して、私は明るくくるりと回した。
「まあ美穂子は、私立の1つは受かったって言ってたから。その辺は大丈夫だよ」
「そうか。入試会場で出会ったんだが、受かっていたか。良かったな」
「え、あんたたち一緒のところ受けてたの?」
「国立専願でなければ、学力的にも妥当な選択のはずだ」
あそこが受かったのなら、こっちが受かる可能性も高いだろうな。彼女の言葉は、しかし私
の頭上を素通りした。これで私が受かり、彼女と美穂子が落ちたらどうしようか。めちゃくちゃ
切ない結果になるんだけど。と考えて、私は頭を振った。一瞬、彼女と美穂子が微笑み合って
いる姿が浮かんだのである。また冷たげな彼女と暖かい美穂子の対比がよく似合っていた。
その雑念は実にリアルで、夢にでも出てきそうだった。頭を振っても消えてくれそうになかった
ので、とりあえず私はシャーペンの芯を少し出して、左手の甲に突き立ててみる。
「竹井、何してる」
「やな絵が浮かんだの。こうでもしなきゃ消えない。みっともないけど」
鈍い痛みが身体を貫いて、後悔が私を支配する。しまった、とは思っても言ったりはしない。
彼女はそんな私を冷ややかに眺めると、そうか、と小さく言った。
「その絵はどうせ実現しない。安心しろ」
「当たり前よ。私がさせないわ」
「それにモモがさせないよ」
一度瞬きをした後、彼女は笑った。どことなくシニカルに見える笑みだった。
「えらい自信だね」
「あいつ、高校卒業したら私と結婚する気でいるから。驚いたよ。あんなこと普通に言われるとは、
本当に思わなかった」
嬉しいと怖いが両立している奇妙な表情で、彼女は言った。目は黒板の奥の素粒子あたりを
見ているのであろうか、妙に遠い。私はそののろけ話らしきものをからかおうとして、少しため
らってしまった。なにやら面白い、というよりは怖そうな話になりそうだったからだ。
ちらりと時計を見る。あと数分で講義が始まる。そろそろ人も増えてきたようだ。彼女を横目で
見て、私は結局溜息混じりに言った。
「あんた受験やめなよ。卒業したら麻雀プロになって、東横さん養ってあげなさい」
そしたら美穂子の席が空くから。言葉を切って、また横目で彼女を観察する。ゆうに三瞬は動
きを止めて、彼女はふうう、と長い溜息をついた。なにか内蔵に近いものをはき出すような溜息
だった。
「竹井。私もペンを刺したくなってきた」
「実現しそうな絵でも出ちゃった?」
深刻な顔で、彼女は頷いた。彼女もまた、私とは別の領域でせっぱ詰まっているようだ。
彼女にはコーヒー一杯分の恩もあるし、何か慰めようか。そう思ったけれど、適当な言葉は
すぐには出てくれそうになかった。それに出てきても、美穂子に使いたくなる類のものだろう。
しばらく首を捻っていると、にわかに講義室に人が増えてきた。時間はすぐそこだ。そして適
当な言葉も浮かびそうにはない。一度首をぐるりと回して、結局私は、数日前のあの言葉を贈
ることにした。
「まあ春の直前がいちばん寒いって言うしさ。頑張ろうよ、お互い」
彼女の肩を叩いて、努めて明るく言ってみる。その手を眺めることもせずに、彼女はもう一度、
今度は顔を覆って溜息をついた。そしてその1秒後、狙ったようなタイミングで、講義の始業ベル
が高らかに鳴り響いた。
以上です。再びありがとうございました。
このふたりが大学生になっている話は多いのに、受験期って結構少ないよなー、
などと考えたのがきっかけで、色々と書いてしまいました。
個人的に受験しんどかったので……。
微妙に色々と変わっているかもしれませんが、楽しんでいただけると幸いです。
今までずっと部長視点だったので、今度はキャプテン視点でも書いてみたいなあ、と思っています。
そのときもよろしくお願いします。
では。すべての受験生にエールと、すべての部キャプ好きに感謝を込めて。
>>342 GJでした
キャプテンが勉強で苦労してるのって考えたことなかったから、なんだか新鮮だった
確かに風越はエスカレーターっぽい気がする
>>343 GJでは表現できないほどの名作乙です。
このスレって普段は過疎気味なのに不意に大作が投下されるから困る。
>>343 GJ!
悩みながらも向き合う部長とやっと涙を流せたキャプテンに惚れた
部長とかじゅもよき友人、よきライバルな関係は見ていて気持ちいいね
春になったら二組とも存分にのろけさせてあげてください
こっちにもスレあったんか
ほしゅ
個別キャラスレはまだ復旧せぬか
部キャプの素晴しさは異常
誰かが残していった退屈 あくびが出ちゃう ゴロゴロしちゃう
平和というのは、そんなもんなのか そんなのありですか?
飛びだしゃいいー
>>349 なのだが
このカップリングの同人誌が少ない…
様な気がする…
いや、かなり多いだろ
キャプ受け以外思いつかない・・・キャプ攻めは無理なのか!?
上埜さんがしてくれないのなら、私がするまでです!
>>354 部長が強過ぎるんだ
押されてあたふたしてる姿とか想像できねぇ
咲-saki-7巻発売記念保守
部長VSキャプテンの脱衣麻雀。まぁ提案するのは部長だろうな
問題なのは、この二人が本気出したら確実に勝てそうなのが現時点の咲世界にいない罠。それこそ他家が剥かれて終了も有り得る。
作品は違うが、赤木なら全員剥いてしまいそうだが…この時、赤木女子高生の裸に興味無しっ…!ってかそれじゃ意味無い。あくまで部長VSキャプテンの構図が大事
むしろ、逆手に取って部長にわざと振り込みまくるキャプテン…でも、キャプテンも麻雀で手を抜く事は無さそう
「安いものです。私はこの半荘一回で上埜さんとの結婚生活を買います」ときて欲しいが、この台詞が似合いそうなのは部長
よくわかっていらっしゃる
アニメ24話の妄想SSを投下してみる。原作読んでないから食い違いとかあったら脳内補完&指摘して欲しい。
〜(ある大学の講義後の風景)〜
「教授。この部分の翻訳ですが、このような形は如何でしょうか?」
「これはまた随分と冒険してみたものだねぇ……。でも、ちゃんと流れにも沿ってるし、面白い訳だとも思うよ。理由を聞こうか」
「夏目漱石はI Love Youを『月が綺麗ですね』と、二葉亭四迷は『死んでも良い』と訳したそうなので、このI Love Youに人間関係と話の流れを加味して考えてみました」
「なるほど……。」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ヒュー!ドーン!
「素敵……」
「そうね」
本当に何を考えているんだか。無警戒にも程があると思う。隣にいる女は自分を取って食いはしない、単に友達感覚で誘った……なんて本気で思っているのかも知れない。
今までに三度もチャンスがあった。その全てが水泡と化するのは寂しい気がする。
「あそこでああしていれば」「ここでこうしていれば」
何事に関しても言えることであるが、こういう感情は持ってはいけない。麻雀を打っている以上、人一倍身に沁みているつもりだ。
結局の所…お互いに臆病かも知れない。いや、違うな……自分は恋愛事が少し苦手なだけだ。そう自己完結してみる。
一度目は2/3の確率を「隣」と意識させてみたこと――もっとも、対面であっても「貴女の顔を見ながら…」と言うつもりであったが――
二度目はその対局の直後。団体戦の中堅戦と終了時のお陰で個人戦で顔を合わせた瞬間に彼女を思い出していたのだが、あえてあの場で言ってみせることで心理的にもう一押ししてみた。
もっともこの二回は対局前と直後だったので、結果は期待していない(それで上手くいく事に越したことは無いが)後の布石と言うやつだ。
重要なのが、そうして迎えた三局目。今日が花火大会であるという、大物手をWリーというくらいのツキを上乗せした先刻の一局。
年頃の娘なら「この後、予定ある?」なんて聞かれた時点で、ナンパの一種と取っても仕方無いのに「いえ、特にありませんけど?」という素直な返事が返ってきた。どうやら、和了れずに流局したらしい。
洞察力の高さからして、布石の時点でも気付いて良さそうなものだが、恋愛事には疎いのか、弄ばれているだけなのか。こんなにも流れを作り出すサイン(I Love you)を送っているのに、欲しい応えも諦めに続く返事も返ってこない。
自分の作り出した流れに他者を巻き込む――時には他者を翻弄し、時には他者を思い通りに動かす――事は得意なつもりだ。
でも、彼女には自分の攻めも何度か華麗にかわされてたしなぁ…と夜空に浮かんでは消えるものを眺めながら、ぼんやり物思いに耽る。恋愛には悪待ちという攻め方より、ストレートな手の方が良い。
ところで、自分は彼女――福路美穂子――のどこを好きになったのだろう、と考えてみる。接点と言えば3年振りの再会とたった3回の対局。たったそれだけに過ぎない。中堅戦で垣間見た部員思いの優しさ?あるいは、綺麗な両目も含めての容姿に?それともその強さに?
分からない。もっともこれは勝負事と同じで理屈ではない、と思うからさしたる問題では無い。
こっちの想いに向こうが気付かないこと。やはり、これが一番の問題だ。こういう時に素直に好きと言えれば、言ってもらえれば楽だとはなのだが……。
女の子は、恋愛には積極的な娘も告白には受け身だったりする……。それで、お互いが勝手に諦めちゃったりして終わるケースも多いんだとか。現場の人間になって初めて、自分に告白してきた女の子の勇気には感心する。
こんな時には、男の方が勇気を出して一歩を踏み込むのだろうが、お互いに女である事が今は少し憎らしい。
それは関係無いか。仮に自分が男であってもストレートな手なんて似合わない事は誰よりも知っている。逆に彼女が彼だったとしても、こんなに惹かれることは……いや、それ以前に出会うこともなかっただろう。だから考える……この娘に振り込ませる悪い一手を。
……えの……竹井さん?
え?あぁー何?
いえ、何だか難しい顔してるみたいなので……
あーごめんごめん、ちょーっと考えこと
そうですね、これから忙しくなりますし……
ヒュー!ドーン!ドーン!ドーン!
――それもあるんだけどさ……!
「終わっちゃいましたね……」
「でもさ、花火の後の星空って、花火の残した欠片みたいで……ううん、元々、星空の方が綺麗なものなのかもね」
―よし、決めた!四度目の正直よ!仏の顔も…って言うし、今度こそ聖母の顔じゃなくて女の子の顔を見せて貰おうじゃない!
「ねぇ、知ってる?夏目漱石が……」
〜fin〜
※夏目漱石が「月が綺麗ですね」と訳したという話。あれ嘘らしいねw
おまけ(何か思いついた小ネタ)
全国大会前日、女子高生二人は最高だった。
沈黙……二人に快楽とも言える緊張……ゆえに沈黙っ……!
手持ち無沙汰な福路は竹井に茶を出そうと準備……対する竹井はいつもの不敵な態度を取り戻そうと待機………
至福っ……!乙女の夢……法悦…垂涎の至福…!
嬉々として働く福路 至福の雑用…!
竹井……ただ座っているだけ…至福の傍観……!
二人は………至福っ……!桃源郷を彷徨う(さまよう)が如くの圧倒的至福っ…!沈黙っ…!だが内心は…!狂喜乱舞っ…!咆哮…!歓喜…!感涙…!嗚咽…!感動…!
そして……僥倖っ……!圧倒的僥倖っ……!否…!全国出場という実力による結果で二人は為し得たのだ……!旅館での……奇跡の相部屋を……!
その価値プライスレスっ……!(現在に換算するとプライスレスはプレイスレス………)
それでも、何かを言い出したくなるのが人の性……この沈黙を破る突破口……竹井にはみつからない……もちろん福路にも……
しかし……次の瞬間、両者に電流走る――!
「福路さん……あのっ……!」
「上の…竹井さんっ……!」
連鎖っ……!重なる想い……。
駆け巡る二人の脳内物質…!
βエンドルフィン…!
チロシン…!
エンケファリン…!
バリン…!
リジン…!
ロイシン…!
イソロイシン…!
「キャプテーーン」
「遊びに来たじぇ!」
「あ……あら。調度良かったわ。お茶も入ったのよ」
「あらら……」
残念ながら、頭ハネ……
相部屋ってのを見て「ツインか?」と勘違いして、駆け巡る脳内物質がやりたくなってやった。反省してない。
石投げないで…
GJ!
文章上手いっすね
良いもの読ましていただきました
アカギナレGJ
美穂子のことを大事に思ってる久っていう構図は原作じゃ来ないかなぁ。。。
最近は原作も色々凄いね
ほしゅ
隔離ってついてるからあんまり印象が宜しくないんだよ
ほし
キャプテン誕記念ほしゅ
レベル高いな
374 :
名無しさん@秘密の花園:2010/11/25(木) 23:44:51 ID:zZF4tN7P
hosyu
375 :
sage:2010/12/22(水) 21:16:50 ID:88Mg0qRj
部キャプが愛しすぎて・・・保守
あら、やだ・・・
部キャプのためにホワイトクリスマスになることを祈って保守
378 :
377:2010/12/24(金) 21:38:07 ID:LCtKnCbg
エロ無しクリスマスネタでよければ明日にでも投下するんだが・・・
需要ないかな
いや待ってるよ
380 :
377:2010/12/25(土) 06:34:37 ID:6F6M9BeW
エロなしだけど投下。
381 :
377:2010/12/25(土) 06:35:49 ID:6F6M9BeW
『今から行く』
久からのメールに気づいたのは、風越麻雀部クリスマスパーティーの帰り道だった。
毎年行われるクリスマスパーティー。
部員の意識向上とOGとの交流が目的ということで、今年卒業した私も招待されていた。
本来ならOGは片付けに参加したりはしないのだけれど、久しぶりに会う部員たちを見るととても懐かしくなって思わず、片付けに参加してしまった。
華奈からは
「うちらの仕事無くなるから帰ってくださいっ」
と怒られてしまったけれど。
恋人達の甘い夜。
私もその例に漏れず久と過ごす初めてのクリスマスイブになる予定だったのだけれど。
「ごめん、美穂子。どうしてもバイト休めない」
二週間前、久は私に深々と頭を下げた。
「12月ってただでさえ客が多いのよ。しかもクリスマスとか半端なく客が増えるみたいで。24日も25日も代わりにバイト入ってくれる人なんていそうもないし。」
「そう……」
久は繁華街でカラオケ店のバイトをしている。忘年会やら何やらかんやらでとにかく12月は忙しいらしい。
「埋め合わせは必ずするから。本当にごめん。」
申し訳なさそうに俯く久を見たら、責めることなんて出来るわけなかった。
華奈と別れた後、時間を確認しようと携帯を開くと、未読メールを示すマークが点灯していた。
受信時刻は19:58。今から二時間近く前だった。
考えるより早く私はタクシーを拾うため手を挙げていた。
382 :
377:2010/12/25(土) 06:37:30 ID:6F6M9BeW
急いで自宅へ戻ると、マンションの入り口から少し外れた所に人影があった。
「おかえり、美穂子。寒いね」
その人影はゆっくりと私へ近づいてきた。
「久……バイトは?」
「ゆみが代わってくれたんだ。」
そういって久は微笑んだ。
「気合い入れて来てみたら、美穂子留守だしさ。仕方ないから待ってたんだ。」
「電話をくれればよかったのに……」
「それが、美穂子にメール送った後充電切れちゃって。」
久は笑う。
「時間もわかんないし、連絡もつけようがないし、やっぱりちゃんと充電しなきゃだめだね」
不意に久の唇が私の口を塞いだ。
「日付が変わる前に帰って来てくれてよかった」
触れた唇は氷のように冷たく、それは久がいかに長い間この寒空の下にいたかを物語っていた。
「私さ、結構マジで美穂子に惚れてるんだ。」
私の手に固く冷たいものが載せられた。
「だからさ、一緒に暮らそう。」
手のひらに握らされたのは、見覚えのある鍵だった。
「これ・・・」
言葉に詰まる私をみて、久はぼりぼりと頭を掻いた。
「あー、うん、嫌だったらいいんだ。気が向いた時に寄ってくれるだけでもいいし。美穂子が預かってくれるだけでもいい。
なんていうか、ごめんね?急に鍵なんか渡されても困るよね」
裏目ったかぁと小さく呟きながら、久は踵を返そうとした。
「嫌なわけ・・・・・・ないよ」
右手で久の左腕をつかむ。
「毎日久と会えるのに、嫌だなんていうわけないじゃない。」
「そっか。よかった。」
そういって久は優しく私を抱き寄せてくれた。顔は見えなかったけれど、久が優しく微笑んでいるような気がした。
383 :
377:2010/12/25(土) 06:38:15 ID:6F6M9BeW
以上。
メリークリスマス。
乙とメリークリスマス!
乙。これは良い部キャプ。
駅前でクリスマスデート→雪で電車が止まってラブホで一泊
部キャプのクリスマスイメージはこんな感じ
悶々したまま終わるのもがっつりいたしてしまうのもどちらも捨て難く
乙!いいホワイトクリスマスだった!
こんなスレがあったとは
これはなかり良スレだな
8巻の表紙は部キャプ希望!!
今日発売だな
地方だから2日は遅れるがorz
394 :
名無しさん@秘密の花園:2011/11/11(金) 11:02:22.79 ID:VkiUw9YL
...
今更ながら竹福にハマったし
部キャプのエチ本ってあんまりないのな。
住人ナッシングだよね?
スレタイがどう見てもアンチスレなのがな……。
黒キャプ×部長が物凄く好きだ。
わかるよ、頑張ってみるよ。黒キャプっていってもどんな感じがいいんだろか?
海外のBBSでも主役カプを差し置いて専用スレッドが立つ部キャプ人気
黒キャプ…そうだな〜
俺的には、滅茶苦茶怒った時のキャプテンがそれに当たるんじゃないかと。
でもキャプテンが怒ることなんてそうそう無いからな…
部長がよっぽどの事をしでかしてくんないと。
後は、“いつも受けに回っちゃう人の為の薬”みたいなのを部長が面白がって購入。
勿論信じてない。
んで、キャプテンの食事とか飲み物とかにスキを狙って入れる。
そしたら効き目がみるみる現れて…的な。
酔っぱらうと弱い部長
または
酒乱なキャプテン
キャプ部最高!
なっ、まさにそれ書いてる途中‥‥orz
書けたら読んでくれよ。最近支部に上げてるから。
期待!
楽しみにしてるゼ☆
黒キャプ…
久の浮気をオッドアイでお見通しというのはどうでしょう。
嫉妬がピークを超えると 赤い瞳が邪眼になって暗黒オーラを纏うとか
410 :
名無しさん@秘密の花園:2012/04/17(火) 19:37:11.15 ID:oEld1XPS
部長×黒キャプもいいと思うんだ
黒キャラ受けhshs
書きたいよー 俺に暇をくれ〜 リアル忙しすぎる
412 :
↑:2012/05/23(水) 20:00:01.29 ID:Lj098omu
馬〜〜〜鹿w
pixiv上げたよー。半分だけー。
ほ
も
一番続々打ちあがれ
ほ
419 :
名無しさん@秘密の花園:2013/01/18(金) 22:19:43.28 ID:j7mzV3qG
部長大好きだ。でも部長には美穂子さんがいるので一歩引いて見守ってます・・・。
420 :
名無しさん@秘密の花園:2013/01/22(火) 02:14:18.94 ID:OyTtnPGb
中3時代の上埜さんカッコいい。ありゃキャップでなくても惚れる
咲-saki-関連スレでここまで過疎ってるのって・・・
隔離って名前では無理だよ
荒らしが立てたスレだしな
424 :
名無しさん@秘密の花園:2013/11/03(日) 06:08:54.15 ID:z3HhZIPH
保守
ほ