「ふー…」
イベントが終わって控室に戻ると、急に疲労感に襲われた。
喋ってる時は無我夢中だけど、こうしてみて初めて、トークも体力使うもんだなぁ…と。私はいつも仕事が終わった時にしみじみ実感する。
「お疲れ様、ひよっ」
それなのに。
なんでこの子はいつも、こんなに底無しの笑顔を私に向けてくるんだろうか。あ、若さってやつ?
「亀もね」
「私は疲れてないよぉー」
言いながら、スタッフさんが用意してくれていたらしいお茶をさりげなく私の前へ差し出してくれる。
「…なに、妻アピール?」
「えへへ〜」
「どや顔しない!」
「してないよー!」
また、ころころと子犬みたいに笑う。
いつもの笑顔。曇りがなくて、明るくて、悩みなんてありません、っていう顔。
「……亀」
「ん?なあにー?」
でも、そんなわけない。
皆にそう見えたって、私には分かる。
私は目線と同じくらいのところにある亀の頭にぽん、と手を置いた。
「わぁっ」
嬉しそうに顔を綻ばせる亀。本当に子犬だ。
「……お疲れ様、亀」
「え?だから私は…」
「いいから!お疲れっ」
「………」
しばらくキョトンとしていたその目が、ふっと細められる。
いつもの子供みたいな笑顔じゃなくて、一仕事終えたお母さんが見せるような、安心しきった穏やかな笑顔。
「…ありがと、ひよ」
少しはにかんで見せたその頬はほんのり赤らんでいて、うわっと思った。
引いてるんじゃなくて、何だこいつ、可愛いっ…!っていう方。
でも、そんな風に褒めるとまたどや顔で「も一度言ってー!」とか言ってくるんだろうから、やめておく。
「ひよ」
「ん」
「…これは夫アピール?」
「違うわっ!」
あぁ、こいつは褒めなくたって調子乗るんだった。