「何なに、失敗作〜?」
クッキーの包みを出した途端、ひよはニヤニヤと変な顔をした。
「そ、そんなことないもん!」
せっかく喜んでもらおうと思って頑張ったのに、あんまりだ。私は一度出した包みをすぐにバッグへ引っ込めた。
「そういうこと言うならもう、なしね」
ぷいっと反対側を向くと、すぐに「えぇー!」という残念そうな叫び。
「ごめんなさい!亀様!」
「……もう」
そんな顔でお願いされたら、怒ってた気持ちが萎えちゃうよ。
私は俯きながら向き直って、怖ず怖ずと包みを差し出した。
「はい。ひよのために頑張ったんだからね…?」
あぁ、この台詞はもっと軽い感じで言うつもりだったのに。
きっといっぱいいっぱいなのがバレバレだ。
「か、亀?」
「何…」
「今のめっちゃ可愛い!キュンキュンしたっ」
「え?」
見上げると、ひよはすごく嬉しそうな表情で口元に手を当てていた。
「あ、ありがと」
ひよからストレートに褒められるのは珍しい。思わず頬が緩んでしまう。
「あーやばい。抱きしめちゃうとこだったわぁ」
笑いながらそう言って、クッキーの包みを受け取る。
「………」
なら、抱きしめてよ。
そう言いたいけど、言えるわけもない。きっと、いつもみたいに警戒されて、冗談だと済まされるだけだ。
「一緒に食べよっか!」
見れば、もう包みを開けて目を輝かせている。
「もぅ、子供みたいなんだから」
こっちこそ抱きしめたくなっちゃうじゃん、ばか。
ひよは「亀に言われるなんて心外だな〜」と文句を垂れながら、テレビのリモコンをいじり始めた。
「何観るの?」
「映画だよー。借りてきたから、一緒に観よ」
「うん!」
一緒にクッキーを食べながら、隣同士で一緒に映画を観る。
夢みたいなシチュエーションに思わず胸が高鳴る。
「でもこれ長いんだよねぇ…二時間ちょっとって書いてある」
レンタル特有の簡素なDVDパッケージを睨むひよ。対して私はもっと頬が緩んでしまう。
「三時間でも四時間でもいいよ?ひよといられるなら」
「はぁ?なにこの子は、怖いわっ」
「うふふふ」
いつもと同じ軽口。ひよにとってはそうだろう。
でも、私にとっては……。
「…本気だよ?」
あ、今日はちょっと意地悪だ、私。
ひよをじっと見上げる。
「な、なに、どうしたの」
焦ってる焦ってる。
笑って視線を泳がせながら、若干赤くなるひよっち。
もう、本当に可愛いんだから。
「ひよっちは?」
可愛いせいで、意地悪が止まらない。
私は床についたひよの左手に手を重ねた。私より大きくて細い手が、ぴくりと震える。
「か、亀……?」
その頬が、より赤く染まる。
ダメ、そんな表情しないで。
冗談だよって、言えなくなってしまう。
「……答えてよ」
もう離さなきゃいけないのに。
嘘だよー、って笑わなきゃいけないのに。
私は気付いたら顔が熱くてたまらなくなっていた。心なしか、目も潤んでしまっている気がする。
「う…え……」
「………」
「……だ、だぁーーーっ!」
「っ!?」
ひよは両手を挙げていきなり奇声を発し始めた。もちろん重ねていた手は弾かれる。
「ひ、ひよ?あいたたたっ」
「このばか野郎!からかうのもほどほどにしろーっ!」
ぐりぐりとげんこつを頭に押し付けられる。
「いたいいたいっ!ギブ〜!」
元ピッチャーの腕力で思い切り攻撃されたのだから、堪ったものじゃない。私が目尻に涙を溜めた頃、ようやく解放してくれた。
「年上をからかった罰じゃ」
ひよっちはフフン、と満足気に、それでも僅かに耳を赤くして言った。
年齢のことを言われるとなんだかムカムカする。一生縮まらない二年間が、まるで私たちの間にある壁のように感じるのだ。
「痛かった……」
「ほら拗ねないの。再生するよー」
目線はテレビに向けたまま、頬を膨らましている私の頭をぽんっと叩く。
やった方にとっては、何気ない行動だ。
でもやられた方は、不意に訪れた感触にドキドキしないわけはなくて。
「ずるい……」
「へ?なにが?」
やっぱり、惚れた方が負け、ってつくづく本当だと思う。