ある日のとけいけ、居間にて。
長「ふぅ……ただいまー」
ア「おや、長針ではありませんか。新しいバイトは終了ですか?」
長「終了です。ふぅ……」
ア「どうしたのです、そんな深いため息をついて」
長「まあ、ちょっとね……」
ア「……まさか、紳士的な意味での『ふぅ…』なのですか……?」
長「変な目で見んな。あんた最近、短姉に毒されすぎよ」
ア「ふふ。感化と言ってください」
長「まあいいわ。……それよりニート、ちょっと話聞いてくんない?」
ア「私はニートではありません、一日に一度しか仕事が無いだけです」
長「似たようなもんじゃない。いいから話を聞け! ででん!」
ア「それは幻の銘酒、『八分間』!」
長「ふっふっふ、どうよ。話を聞く気になった?」
ア「ま、まあ、少しなら。仕方ありませんね。ちび」
長「よろしい。ちび」
ア「こら! 未成年が口をつけていいものではありません!」
長「うるさい奴ね。あんただって見た目はちびっ子じゃないの」
ア「私は立派に成年です! ……ただ、身体の発育がちょっぴり不足しているだけで……」
長「なにかなー?」
ア「な、何でもありません!」
長「ふーん。どれどれ」
ア「ひゃう! どこを触っているのです!」
長「……こりゃ中学生レベルだわ」
ア「いいから、話をしなさい!」
長「……それでね、新しいバイト先ってのが、徒歩3分で丸ビルです! みたいな、すっごい瀟洒ビル……もとい、商社ビルなわけよ」
ア「居眠り3分でナイフが飛んできそうな職場ですね。もっとも、学生のうちから労働に勤しんでおくのは良いことです」
長「なんつーかもう、今までと比べて、私への視線がハンパなくてさあ」
ア「有名になったのですから、仕方ないでしょう。だいたい長針は、こらえ性というものが足りない。我慢の勉強をするいい機会です」
長「うっさいわね。ちびり」
ア「正論です。ちびり」
長「……まあね、もともと、短姉や秒より見られるポジションだから、ある程度は我慢してんのよ」
ア「ふむ」
長「でも、”アレ”だけは我慢ならない!」
ア「”アレ”とは何です?」
長「長針的に、地獄の時間帯ってのがあんのよ」
ア「地獄、ですか」
長「具体的には、”11:45〜12:00と、17:30〜18:00”!」
ア「……ああ、なるほど。お昼前と定時前ですね」
長「そういうこと! あの時間帯の視線はもう、痛いなんてもんじゃないわ。みんな揃いも揃って、私が1分、いや1度進むのを、
親の仇みたいに睨みつけてくんのよ! ぐいっ」
ア「まあ、それは仕方ありませんね。あと、長針は飲みすぎです」
長「そりゃみんなお昼になって欲しいわけだし、早く帰りたいわけだし、気持ちは分かるよ? 私だって早く進んであげたいよ?
でもね、時の流れを変えることなんてできないんだよー! ぐびっ!」
ア「気持ちはお察ししますが、酒量が」
長「特にあの、私を見た後で、『まだあと10分もあるの……』って落胆する目つき! 悪いのは私か! 私の性なのかー!」
ア「心配しなくても長針は女性です。いい加減お酒に飲まれていますよ」
長「ああ、たとえ薄給でも、用務員室の時計だったあの頃に帰りたいよー! ぐびぐびー!」
ア「やれやれ。大手商社ビルの時計とはいえ、楽ではないのですね」
長「………」
ア「おや、酔いつぶれてしまいましたか? 無理もない」
長「………」
ア「仕方ありません、何か作ってさしあげましょう」
アラーム針は案外手際が良いのです。
ア「……『千秋万歳の後に、誰か栄と辱を知らんや』、と。やはり、漢詩は日本酒に合いますね」
長「………」
ア「長針、起きてください。お茶漬けです」
長「………しで。」
ア「おや。起きていたのですか?」
長「……なんどがじて。」
ア「は?」
長「……ねえ、なんとかじてよ〜」
ア「は、はい?」
長「委員長気質のあんたなら、いい考えも浮かぶでしょ〜? ねえ、お願い〜」
ア「そう言われましても。……ちょっと! なんでしがみついて来るんですか!」
長「いやだ。なんとかしてくれるまで離さないんだから! 小ぶりなお尻もわしづかみにしてやるんだから!」
ア「やめてください! 私には短針というものが!」
長「うわ、本当に小っさい!」
ア「ひゃん! どこ掴んでるんですかー!」
どんがらがっしゃーん!
短「あらあら。ずいぶんと楽しい事になってるわねえ」
ア「短針! 助けてください、長針が暴れて困っているのです!」
長「お、短姉ではござらぬか〜」
短「……すっかり出来上ってるわね」
長「んーふっふ〜、短姉も矯正してやりますぞ!」
短「なんのこと?」
長「そのけしからん胸です! その胸を矯正してやれば、時の流れもどうにかなるかも知れませぬ。姉上、お覚悟ー!」
短「ちょ、ちょっと!」
長「……うへへ。やはり、短姉の乳は天下一品のもみごこちですなあ」
短「あなた、何してるの! ……や、やめなさ……」
長「いやです〜、もっとやわらかくなるまで止めたげませ〜ん」
短「なに言ってるの! そんなに激し……ひゃうっ……ああん!」
ぺちこん!
ア「短針に狼藉してはなりません!」
長「あによ、アンタのふくらみかけなんかに用はないわよ〜」
ア「とにかく、離れなさい! ぺちこん! ぺちこん!」
長「痛い痛い! なんでアンタがしゃしゃり出てくんのよ! だいいち、アラーム針は頑丈だから痛いのよ!」
ア「当然の報いです! 大丈夫ですか、短針」
短「ええ、ありがとう。助かったわ……」
ア「!? そ、それは、よかったです……」
長「ほほ〜う?」
ア「なんですか!」
長「これは、ニヤニヤですぞ〜? 着衣の乱れた短姉に、さしもの生真面目さんもメロメロですか〜?」
ア「な、何を言っているのです! そんなことはありません」
短「あら。言っておくけれど、私、本気の半分も出してないのよ?」
ア「あ……、そ、そうなのですか」
短「ねえ、私の本気、見てみたい?」
ア「(ぱくぱく)………!!」
長「おおっとー? アラームたん真っ赤っ赤だー! 皆の衆、アラームたんはむっつりですぞ、むっつりスケベでありますぞ〜!」
短「案外、純情なのねえ」
ア「も、もう、あなたたちなんて知りません!」
次の日。
短「あら?」
長「目覚ましが鳴らない! 完全に遅刻じゃないの!」
秒「なんでー!?」
ア「当然の報いです」
秒「うわーん! あたし、とばっちりー!」