舞-HiMEで百合 PART4

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598偶然という名の?
「玖我さん、玖我なつきさーん!・・玖我さんですね?じゃ、こちらへどうぞ」
そうして通されたのは病院の診察室である。
カルテやら診察道具が置かれた机の上、その正面に輝いた所に、
ネガにも似た写真、つまりはX線写真が煌々と照らし出されているのが見える。
椅子に座り、何やらカルテに何か書き記している白衣の男性。髪は白く歳は大体四十から五十くらいだろう。
と、なつきに気付いたのか手を止めて、「玖我さんですね?どうぞ」座るように促した。
「これを見る限りでは、骨折等の心配はありませんね」
「そう、ですか」

そう言いながらX線写真を見る医者につられてなつきも見る、確かに素人が見ても骨折はしてない様だ。

「一応痛み止めと、湿布を出しときますから。こまめに変えて下さい」
「はい」

それだけ言うと医者はまたカルテに何か書き記し始めた。
なつきはさっさと診察室から出ると待合室に入り、ふと自分の包帯が巻かれた右腕を見る。

『舞衣ー!』『み、命!ちょ、危ないって!』『まーいーっ!好きだ!』
『っ!なつき!よ、避けてー!』『はぁ?・・・うわぁ!』 

どおぉん!ごろごろごろごろばたん!

『なつきー!?だ、大丈夫?』『うきゅ〜・・・』『・・・う、腕が、ごふぅ』『なつきー!?』

・・・とまあこんな感じで腕に怪我を負ったという訳だ。
元々なつきは病院が好きではない、かなりの激痛と腫れ、それに必死に舞衣に頼むから病院にと言われ、嫌々来たのだ。
あの時の命の加速と全体重が乗ったタックル、かなりの威力があった。なのにどうして舞衣は何時も平気で居られるのか。
なつきの頭に思い浮かぶのはあの豊かな、一体何が詰まっているのかと聞きたくなる胸だった。
あの胸が、命のタックルの衝撃を緩和しているのだろうか。

[玖我なつきさーん、三番の窓口へどうぞ]
599偶然という名の?:2005/10/04(火) 19:32:34 ID:jyzSjZQK
アナウンスの声にはっとする。それと同時にそんな馬鹿な話はあるものかとも。
椅子から立ち上がって、窓口に。これで後は処方された湿布と痛み止めを貰えば家にやっと帰れる。

「これで帰れるな・・・・・ん?」
視界の写ったのは、一人のお婆ちゃん。なんだか大きなバックを難儀そうに持って歩いている。
地面に着きそうになったバックを持ち直しては止まり、歩いてはまた持ち直して止まる、その繰り返し。
このままでは目的地に着く頃には日が暮れているのではなかろうか。
周りを見ても看護士は忙しそうに動き回っているし、若い男性は見る事すらしないし、
五十代くらいの男性は気づいてはいるものの、知らん振りだ。

「・・・いや、だが今の私は怪我をしてるから―――」
「ああ!」

ドスンっ!

無理、と独り言を呟こうとした瞬間、重そうな物が落ちた音と、お婆ちゃんの悲痛な声。
なつきははーっと深い溜息を吐いてから、困った顔のお婆ちゃんの元へと小走りで近付いていった。


「いやー助かったわ〜。今時あなたみたいな人居るとは思わなかったよ、ねえおじいさん?」
「そうだなぁ、珍しいのぉ」
「いえ、そんな」

結局、来る予定のなかった病室のある階に足を運んでしまった。
挨拶もそこそこに(お婆ちゃんが孫の嫁にと話してきたので)病室から出て廊下へと。
そこには何人かの患者と思われる人達がリハビリという名の散歩をしていた。
時折止まって休んでいたり、おぼつかない足で歩いていたり。
そっと彼らの邪魔をしない様にゆっくり歩く。と、ころころと転がってきた物体。
(?何だ?ボール・・・じゃないな)
近寄って見るとそれは茶色の毛糸玉だった。何気なくそれを拾い上げる、すると―――

「あの・・・申し訳ないのだけど、それ、こちらに持ってきて貰えるかしら?」
600偶然という名の?:2005/10/04(火) 19:35:34 ID:jyzSjZQK
――声の方を振り向くと、ベッドにゆったりと座り、申し訳なさそうに眉根を寄せて笑う女性が居た。
その手には編み棒と、今なつきが持っている毛糸玉の一部と思われる編みかけた物。

「・・・あ、っと、す、すいません!・・・どうぞ」
「ありがとう」

慌てて女性の居る病室へと入り、毛糸玉を手渡す。今度はにっこりと微笑んだ。
つられてなつきも笑う。

「あなたは、怪我でも?」
「え?・・・ああ、腕をちょっと」
包帯が巻かれた腕を軽く上げてみせる。

「あなたは、どうして?」
「私?そう、ね、私は結構長いの」
少し辛そうに顔を伏せてしまった。まずい、と自分の発言の短慮さに嫌気が差すなつき。
けれど女性はなつきのその様子に気付いたのかふっと笑う。

「ああ、気にしないで。今まで意識不明で、お医者様にも目が覚めないかもって言われていたものだから」
「・・・・・・・」
「それにね、私、娘が一人居るの。そうね・・・歳はあなたより少し下の。長い間独りっきりにしてしまって、
 けれど直ぐに退院ってわけにはいかないし、だから、ね、これくらいしか出来ないのよ」

女性が編みかけの物を軽く掲げて見せる。よく見るとその手は普通の人よりずっと細くて白い。
本当に長い間ベッドの上に居たと物語っていた。

「リハビリにもなるでしょう?本当に、こんな事しか出来ないんだけど・・・」
「でも、娘さんは嬉しいと思います」
「・・・そう?」
「なんて言ったらいいのか解らないですけど。やっぱり自分の大切な人が生きてて、
 自分の為に何かしてくれたり、しようとしてくれたりするだけで、その、嬉しいと思います」
601偶然という名の?:2005/10/04(火) 19:37:23 ID:jyzSjZQK
女性の瞳が何とも寂しげで悲しそうで、思わずなつきは一息で喋っていた。
言い終えた途端、恥ずかしさが込み上げる。顔が赤くなるのが分かり、俯く。

「えと、何が言いたいのかっていうと、あの、上手くは言えないんですけど」
本当に、自分は何が言いたいのだろうか。元々自分の思いを口に出すのは苦手だというに。
滑稽な程にしどろもどろになる、遂には黙るしかなくなってしまった。
恥ずかしさでここから逃げ出したいが、それも出来ず。

「・・・ありがとう」

笑う気配と声がして、女性を見ると微笑んでいた。それは、遠い記憶の母を彷彿とさせる微笑。

「優しいのね」
「そうで、しょうか」
「お世辞じゃなく、本当に優しいわ、あなたは」
今度はさっきとはまた違う恥ずかしさで、視線を合わせられない。


それから、なつきと女性は色んな事を話した。主に彼女の娘の話だった。
今は高校一年生で、優しい子で、とても親思いの子で、可愛くて、それこそ目にいれても痛くない程で。
自分の予定が空けば病院に来て、面会時間ぎりぎりまで居てくれる、本当に優しいと。
なつきはその娘の話を聞いて相槌を打つだけだったが、それでもなつきは良かった。
女性が本当に嬉しそうに、楽しそうに話していて、それを聞くだけで良かった。
けれど、そんな彼女にも娘の事で一つ気がかりがあるらしい。

「―――本当に良い子、なんだけど」
「どうかしましたか?」
「私に心配を掛けさせたくないのか、あんまり学校での事は話してくれないのよ」

それとなく聞いてはみるものの、心配しないでとか、それなりにやってるからと、誤魔化してしまうそうだ。
互いに気を遣っているからの事、互いに思いあっての事だが、やはり気になるらしい。
602偶然という名の?:2005/10/04(火) 19:39:31 ID:jyzSjZQK
「何とか聞いてみたいとは思うんだけど・・・あら?もうこんな時間」
女性の視線の先を見ると、時計が置いてある。

「ごめんなさい、こんな時間まで付き合わせてしまって」
「いえ、その、楽しかった、ですから」
「本当?私の話ばっかりでつまらなくなかった?」
可愛らしく小首を傾けて尋ねてくる。その姿はまるで少女の様だった。

「全然。じゃあ、帰ります」
「ええ、気をつけて」
ぺこりとお辞儀をして、そのまま病室から出ようとする。けれども、扉の付近で足が止まる。
一つの考えがなつきの頭に浮かんだ。けれど、言っていいものだろうか。

「どうかした?」
不思議そうな声が後ろからした。
言うか言わまいか、言ったら変な眼で見られる事だってあるだろう。だってあまりにも不自然だ。
けれど、やっぱり、ここで言わないともう機会が無い様な気がする。

「?・・・もしかしてどこか具合でも――」
「あ、ああああの!・・・・・・ま、またここに、っていうか・・・」
勢い良く振り向いて、おかしいくらいにどもった。

「あ、あなたに、会いに来ても、・・・いい、ですか?」
最後の方は聞こえたかどうか分からない。
きょとんとした顔、やっぱり変に思われただろうか。
会ってから一日も経っていない人間から、いきなりまた会いに来てもいいか、なんて聞かれたのだ。
今度こそ本当に逃げ出そうと思ったなつきに、彼女が言った言葉は。

「是非」

その、たった一言だった。
603偶然という名の?:2005/10/04(火) 19:40:42 ID:jyzSjZQK
「なんか、疲れたな・・・」
けれど、その疲れはちょっとした達成感から来るもので。
あの後何時でも来てくれて構わないからと言われ、本当に嬉しかった。
彼女の名前は奈美さん、それにしても綺麗な人だったと顔と姿を思い出してみる。
肩より少し長めの赤い髪、自分より濃くて深い緑の瞳・・・はて、そんな姿をした人が他にも身近に居た様な。
そうは思うが、思い出せない。誰だったろうか。

「誰、だったかな・・・・ま、いずれ思い出すだろ」

そう一人呟き、なつきは家への帰路を歩き始めた。



「ママ、今日の具合はどう?」
「今日はお天気がいいから、体の調子もいいわ」
「そっか」
体の調子が良い、それを聞けるだけで、少女、結城奈緒の顔は綻ぶ。
蝕の祭りが終わった時、母は意識を取り戻し、喋れたり、体を動かせる様になった。
今の今までずっと意識不明、死ぬまで一生このままかもと医者に言われていた母、
だからこそ、話を出来るだけでとても嬉しい。

「そうだ、これ、もうすぐ完成するのよ」
ごそごそと何処からか取り出したのは毛糸で編まれたくまさん。
入院生活は暇だからと、母が始めた趣味で、これまでにも二つ程作品が出来上がっている。

「ほんとだ。でも早くなったね、編むの」
「そう?やっぱり体が少しづつ回復してるのかしら」
604偶然という名の?:2005/10/04(火) 19:43:29 ID:jyzSjZQK
いいながら、完成させようとの事なのか、編み始める。やはり母の言う通り回復してきているのだろう。
編む母の手は昔の記憶の中のものと比べてやはり細い、でも―――

「ママ」
「どうしたの?」
「手、触らせてくれる?」
――でも、やっぱり柔らかな手。
編む手を止め、その手が奈緒の頭へのびていく。
優しく、何度も何度も撫でるその手は、幼い日の記憶を甦らせる。
数分程そうしていただろうか、何か思い出したのか、くすくすと笑い出した。

「ママ?どうかした?」
「大した事じゃ・・・まあ大した事なのかしら」
「何かあったの?」
「三日前にね、女の子に会ったなって」
「女の子?」
話を聞けば、毛糸球が偶々開いていた扉から廊下へと出てしまい、それを拾ってくれたらしい。
そして嫌な顔一つせず話し相手になってくれたとか。

「優しい子なのね、きっと」
「へ〜、どんな人なの?」
「そうね、歳は奈緒より二つか三つくらい上で・・・髪は腰辺りまで、結構長かったわね。
 それと瞳の色は緑。背は、奈緒より頭一つ分高かったかしら」
「ふ〜ん・・・あ、名前は?」
「名前?そういえば・・・聞かなかったわ」
がくっと思わずずっこけそうになる。

「ママ・・・」
「でも、また今度来ますって言ってたから、その時に聞けばいいじゃない?」
ね?と微笑まれる。奈緒が言いたいのは、そういう事ではないのだが。
けれどそれを言った所で、『大丈夫よ』とやっぱりにっこり微笑まれるのがオチだろう。
605偶然という名の?:2005/10/04(火) 19:46:59 ID:jyzSjZQK
「でも、良い人なんでしょ?」
「ええ、今時珍しいくらいの優しい子よ。・・・少し、奈緒に似てるかもしれないわね」
「あたしに?」
「なんていうか、内面的な所が似ている気がするのよ」

面会時間も過ぎる頃、奈緒は一人寮への帰り道を歩いていた。
『なんていうか、内面的な所が似ている気がするのよ』
それに対し、特に何も言えなかった奈緒だったが、ある一つの思いが芽生えた。
その人に、会ってみたい。
何より母がこれだけ話している人物だ。それに母の相手をしてくれたという、会って一度お礼が言いたい。
ふと、母の言葉を思い出す。

『少し、奈緒に似てるかもしれないわね』
その言葉に、ある一人の人物が頭に浮かぶ。
瑠璃紺の髪を靡かせ、颯爽と歩く人物。あの新緑色の瞳は何時も射抜くように真っ直ぐ見てくる。
そして、少し低めのあの声で。

『奈緒、私とお前は似てる』
そう、遠くない昔に言われた。

「って!何考えてのあたし!それにその人が玖我って訳じゃないんだっつーの!」
ぶんぶんと頭を振ってその考えを振り落とす。
ありえる訳がないのだ、そんな偶然。あったとしたら、それはなんだろうか。

「・・・・・・運命?」
小さく、消え入りそうに声に出してみた、運命。
その言葉はまるで、彼女と近しい関係になるのが運命だと思わせる様な。

「そ、そんなわけないわよ!うん、ないない、絶対にない!」
赤い髪に負けず劣らず顔が真っ赤になっている。
さっきよりもっと大きくぶんぶんと頭を振って、顔の熱を冷ますように小走りで寮への道を急いだ
606名無しさん@秘密の花園:2005/10/04(火) 19:49:53 ID:jyzSjZQK
なんか長くなってしまったorz
ひとまずここら辺で。
続きはまた後日がいいですかね?それとも何時間か後にとか・・・