葉鍵ロワイアル感想&討論スレ♯11

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567名無しさんだよもん
最近、思ったんだが……

大抵、各作品の終わりで何かが起こるわけだ。
例えば「○○が××達と出会った」とか。
そこで切るのが次の書き手にバトンを渡すのに申し分の無いところなんだが。
……何だか知らないが、起こった出来事から「少し先」を書かれた作品が多いように感じた。
あと、いきなり出来事を起こして自分一人で完結させる人とか。
なんか、そういうのはまた違うんじゃないのかなと思う。

あと、起承転結ではっきり分けて欲しいな。
「遭遇した」とか、何らかの出来事を起こしたところで切れば「起」
「○○が戦いを始めた」とか、「起」で起こった出来事の続きで切れば「承」(場合によっていきなり「結」)
「また誰かが現れた」とか、また新たに何らかの出来事を起こしたところで切れば「転」
「○○を××が看取った」「○○殺害」等、「起」で起こった出来事が収束すれば「結」

そういった感じでちゃんと作品を分けてほしい。
でも、上のヤツは俺の見解によるものだから、あくまで参考程度に。
……まぁ、「承」と「転」が一緒になってたりして展開がややこしいことこの上ないのよ。
ちゃんと区切りよく切っておけば、続きの書きにくいパートなんて無い筈だと思うよ?俺は。

もう一つ。
いきなり伏線を増やす単発もののパートってのは、どうしたものか?
それはリレーとしてはちょっと違うんじゃないかなと思うが。
「起」でも「転」でも何でもなく、ただいきなり伏線が増えるだけ。
確かに作品を書く上での要素は膨らむのだが……。
特に林檎氏の作品に多く見られるかなぁ。月代の表情変化や鬼の覚醒とか。
決して悪くはないけど、リレー小説である以上、流れの中に組み込んでほしかったな。

えらく長くなった。まぁ、書き手の一人の意見として一つ言わせてほしかった。