■SS投稿スレcheese3

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第二十話 シンセイ・乙

 左腕が焼ける。
 焼けるように痛い。
 何だ?
 何が起こった?
 この痛みは何だ?
 俺の体はどさっと転げ落ちた。
 理解できない。
 わかるのは、左腕が弾丸を叩き込まれたように痛むということだけ…。
 弾丸? まさか。
 俺は完璧に避けたはずだ。
「ぐううっ…」
 痛みに口が勝手に呻き声を洩らす。
 視界が明滅した。
 瞼の裏が赤い光に染まっていく。
「君は一つの可能性を見失っているのだよ…」
 奴は、わざとゆっくりとリロードしながら言う。
「まず一つは、君達をここに連れてきたのは私だという事」
 君達?
 そうだ、ナユキはどこだ?
「そしてもう一つは、手榴弾の爆発の後に、私が君の背後に現れたということ」
 ナユキ…。
「以上を組み合わせて考えると、ある一つの可能性が浮かび上がる」
 がしゃん。
 奴がリロードを終えた。
(ナユキは…)
 ……。
 そういうことか。
「……」
「私なら、高速移動している物体ですら空間湾曲によるワープをさせることができるのだ」
「ふ…ふふ…」
「何を笑っている?」
「お前こそ…、忘れているぜ…。一つの可能性を…ッ!」
「戯言を」
 銃口が俺の脳天に向けられる。
「君には最後の大逆転などを狙う余裕など、無い」
「…そうかな」
「強がるな」
 ごりっ、と、冷たい鉄が頭に突きつけられる。
「こういうのを冥土の土産と言うのか…自分を殺す者の名前ぐらい知りたいだろう?」
「……」
「君を黄泉に送り返す者の名は、久…」
 ずんっ!
 音にならない波動が、奴を薙ぎ払った。
 そのまま、風の中の紙切れのように吹き飛ぶ。
 そして、柔らかくない丘の土の上に叩き落とされた。

「な…、なぜだ…」
 奴は必死に起き上がろうとする。
 だが、ずたずたにされた体には十分に力が入らないらしく、半身を上げきった所で力尽きた。
 奴の荒い息が聞こえる。
「貴様も…まさか、ゴーストを?」
「生憎だが、違う」
 俺は傷ついた左腕を庇いながら立ち上がった。
 ふらふらになりながらも、何とか左腕に応急措置を施す。
 今は、出血が止まればいい。
 きつく包帯を縛った。
「どちらにしろ、バケモノみたいな力だがな」
 俺は振り返る。
「そうだろ、ナユキ」
「バケモノだなんていわないでよ〜」
「いや、あそこまで加速できる人間を普通はバケモノと言うぞ」
「特殊陸上部の部員の子だったら、あのくらいは誰だってできるよ」
 ナユキは戦慄の一言を吐いた。
「つまりだな」
 俺は奴の方を振り返る。
 そう言えば、さっき自分の名前を言いかけたが…なんだっけ。
「ナユキの姿がさっきから見えなくなっていたのは逃げたからじゃないんだ」
 俺は説明モードに入る。
「一旦戦域を離脱して、それから高速で奇襲をかけるためだったんだ」
「本当に音速になったらユーイチごと吹き飛んじゃうからね。ぎりぎり真空波が出ない速度で」
「…そういうことだったのか」
 奴は仰向けに姿勢を変えると、呟くように言った。
「理解できていなかったのは、私のほうだったか…」
「もともと、2対1で俺たちに挑もうってのが、何もわかってない証拠だがな」
「勝算はあったんだよ…信じろ」
「そうかい」
 俺は適当にあしらった。
「もう指一本動かせはしない…」
「……」
「体中が痛くて苦しいな…」
「…それはつまり」
「殺せ、って言ってるんだ」
 奴は告げる。
「君だって銃の一つや二つ、持っているんだろう?」
 俺は懐のデリンジャーを握った。
 弾丸は…二つ、入っている。
「早くしろ。私は…目を閉じているから」
 言わなくても、男の目は既に閉じられている。
 俺は

 撃たなかった。

「ナユキ、医療用のロボット、持っていたっけ」
「あるよ。たしかおーりんじがここに」
 ナユキはorangeの発音が変だった。
「じゃあおーりんじ、死なない程度に治してあげて」
「うぃ、まだーむ」
 おーりんじは自分の発音も変だった。
「今のはユーイチの声だよ」
「そうだったか。確かにロボットの声にしては親近感が沸きすぎると思った」
 そんな会話を聞いているのか、おーりんじは僅かに俺のほうを向いた。
 でも、すぐに自分の作業に向かう。
「く…はははは…」
 男は嘲笑う。
「どういう意図だ…アイザワ」
「何だ、俺の名前を知っていたのか」
「…私に、情けでもかけたつもりか?」
「否」
 俺はきっぱりと答える。
「あくまで自分のためだ」
「ふ…その答えこそ矛盾している…」
「矛盾なんかしてないさ。むしろ自己完結している」
 俺は近くにあった岩に腰をおろした。
「人は殺さない。それだけのことだ」
「は…」
 男は、一つ息を吐いた。
「それこそ、矛盾している」
 そう言って、何も言わなくなった。
 眠ったのだろう。

 矛盾、か。
 でもな。
 矛盾しているぐらいが、俺はちょうどいいんだよ。
「この人の手当て、終わったよー」
「お、そうか。次は俺の番だな」
「どこ怪我したの?」
「左腕だ」
「ちょっと見せてくれる?」
 俺は左腕を突き出す。
「うーん…、思ったより深くないね」
「でも痛いぞ」
「このくらいなら自生している薬草で消毒すれば、大丈夫」
「でも痛いぞ」
「とりあえず、この草を何回か噛んでから、傷口につけてくれる? ちょっと、しみるけど」
「でも痛いぞ」
「なにか不満でもあるの?」
「いいからさっきのロボットを使え」
「ごめん、ユーイチ…」
 ナユキが顔の前で両手をくっつける仕草をする。
「おーりんじ、使えるの一回だけなんだ」
「畜生」
 俺は天を仰ぎ、自分の不運を呪った。
「…しゃあねぇ。これは緊急事態なんだ…緊急事態…」
 俺は自分に言い聞かせながら、ナユキから受け取った薬草を咀嚼する。
 ひたすらに苦い。
 それを傷口に当て、ぎゅっと押さえつける。
 ひたすらに痛い。
「緊急事態が…こんなにも辛いものだとは…思わなかったぞ…くぅっ」
「そういうときこそ、ふぁいとっ、だよ。ユーイチ」
「そうか、ファイトか」
「そうそう」
 意識を明滅させるほどの痛みにつられて、ナユキと同じポーズをとってしまう。
 痛い上に気恥ずかしさが上乗せされる。
 泣きっ面に蜂たぁこのことだ。
「……」
 俺は無言で両手を下ろした。
 傷口から染み出した血が、ぽたり、と紅い染みを作った。
「さて、まあ…」
 風が強くなってきた。
 隣に座るナユキが無意識に髪を押さえた。
「これから、どうすればいいんだろうね」
「皆目見当がつかないな」
 先刻の刺客も今は昏睡状態にある。
 もっとも、彼から何かを聞こうとしても、無駄なことだろうが。
 あの動きは、彼がそのような訓練を受けた人間であることを示唆していた。
 ある意味で、生物としての限界を超えた能力。
 …なぜ、ヒトはそこまでの
「ゴーストって、なんなんだろうね、ユーイチ」
「…それも、わからないな」
 わからない事だらけだ。
「わたし、特に根拠も無いけど、こう思うんだよ」
 ナユキが吶々と語りだした。
「ゴーストって、誰もが持っている願いの力じゃないかなって」
「…願いの力」
 確か、前にアマノが似たようなこと言ってたっけ。
 ここは、願いの世界だ、とか。
「カオリの力だって、もともとは誰かを二度と離したくないと思ったから、ゴーストが腕の形になったって言ってたよね」
「ああ」
「それが、願いの力なんだと思うよ」
「よく…わかんないな」
 腕を組んで、丘に寝転がる。
 …いつの間にか、心地よい風が吹いていた。
 丘を吹き降ろす風が、優しく頬を、前髪を吹きぬける。
「ゴーストか…」
 風に誘われるように、少しずつ瞼が重くなる…。
「…っと」
 寝てる場合じゃなかった。
 今は任務中だ。
 一刻も早く、次の指令を受けないと――。
「――そうだ!」
 俺は一つ、極めて重要な、それでいてあたりまえのことに気が付いた。
「ナユキ、携帯は今も持ってるか?」
「え?」
 不意に質問に、ナユキがおろおろする。
「え、っと…あ、持ってるよ」
「それで、アキコさんに連絡してみろ」
「でも、ここは…」
「いいから。何もしないでここでボケっとしてるよりはましだろ」
「あ、言われてみれば」
 ナユキが素っ頓狂な声を上げる。
「たく、俺もナユキもなんでこんなこと忘れていたのか…」
 そう愚痴る俺の横で、ナユキが短縮ダイアルのボタンを押した。
 しばしの沈黙の後、
 ぴ…ぴ…ぴっぴっぴ…。
「つながったか?」
「うん。大丈夫みたい」
 電子音が心強いリズムを弾き出す。
 ぴっぴっぴっぴ…ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ。
「あれ?」
「うん?」
「音が、止まらないよ」
「え?」
 ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴーーーーーー…。
「おかしいな、全然止まらない」
 脳裏を嫌な予感がよぎる。
 爆発物。
「! ナユキ! 早くそれを離」
「…うわ」

 ドオオオオォォォンッ!