カタカタ、カタカタッ…
「ふう…今日はさすがにお金使い過ぎちゃったなぁ…。まぁいっか、楽しい時間を
過ごせたんだし、たまにはこーゆーのもありってことで。」
エクセルで家計簿を付け終えると、バスタオル一枚きりの少女はそのまま手早く
ウインドウズを終了させ、パソコンチェアーからすぐ横にあるセミダブルのベッドへと
腰掛けなおした。ベッドのスプリングがきしむのに合わせ、先に布団の中で
寝そべっていた男は、眺めていた週刊誌をベッドラックに置く。
「へへへ、さすがにウチの大蔵大臣様は寛大でいらっしゃるっ!」
「…あんたもマンガばかり書いてないで、少しは新聞とかニュースも見なさいよっ。
今は大蔵大臣じゃなくって、財務大臣っ!」
「うっ、うるせえなっ!それくらい知ってるよっ!今のはクセだ、クセッ!」
「どうだか?」
たわいもないおしゃべりを交わしつつ、男は少女のために布団をはぐり、彼女を
ベッドへと誘う。男もまたバスタオル一枚の姿であり、たくましい上体は晒したままだ。
少女は左手を首の後ろにやると、その手で美しい髪を集めてから彼の側に潜り込んだ。
そっと寄り添い、枕を共にしてから…男はあらためて布団をかける。包み込まれた
ぬくもりが心地良いらしく、少女はうっとりと目を細めて自分の髪を指先でクルクル
もてあそんだりしている。シャワーで濡れた髪は寄り集まり、ひんやりとしていて
指に優しい。
少女は高瀬瑞希。普段はその長い髪をサイドポニーテールに結わえているのだが、
さすがに就寝前ということもあって、そのチャームポイントは下ろしてしまっている。
一見すると別人のようではあるが、健康美に満ちた笑顔に翳りが生ずるということはない。
男は千堂和樹。大手と称されるほどのサークルを主催している同人作家だ。
精悍な顔つきと端正な体つきは、彼の可愛らしい絵柄と作風からは想像が困難であろう。
実際、恋人である瑞希に売り子を手伝ってもらうと、たいていの参加者は彼女が
男性名で同人活動をしているのだと思い込むことが多い。正体を知った男性は
一様にたじろぎ、女性は一様に目を輝かせるのだから面白いものだ。
それでも、今日の二人は同人活動を離れ…普通の恋人としての時間を心ゆくまで
堪能してきた。
午前中は瑞希の大好きなテニスで気持ちのいい汗を流し、ファーストフードで
簡単に昼食を済ませてからウインドウショッピングをしばし。その後で映画を
観て、ワインなんかを楽しみながらゆったりと夕食。
先程も瑞希は嘆いてみせたが、今日のデートで家計は予想以上の出費を強いられた。
同人活動であればさほど気にすることなく画材を買ったり、コスプレの材料を買ったり
しているのだが…いざそんな嘆きが出てくるということは、よほど二人が恋人らしい
コミュニケーションを怠っていることのいい証拠だろう。
「いっぱいお金使っちゃったけど、今日は楽しかった。誘ってくれてありがと、和樹…」
「なに言ってんだよ。こっちこそ急に誘ったのに、OKしてくれてサンキューな。」
スタンドの薄明かりの下、二人は軽く鼻先を触れ合わせたままでそう謝辞を交わす。
ふとしたきっかけと衝動で、何の予定も立てぬままのデートであったが…二人とも
十二分に満足していた。恋人と二人きりで遊びにでかけることの歓びを再認識し、
胸はもうお互いへの愛しさでいっぱいだ。
「…今日のテニスも疲れたけど、はしゃいだ瑞希が見られてよかったよ。たまには
外に出るのも悪くねえな。」
「えへへ、よかった…。だったらお昼にも言ったけど、最低でも月に一回はテニスに
付き合ってよね?約束守ってよ?」
「わかってるって…お前ってすぐ泣くヤツだからなぁ…」
「ま、またその話ぃ…」
目を細めての和樹の揶揄に、瑞希は頬を染めながら少しだけ口許をとがらせた。
やはりからかわれては面白くないようで、やや伏し目がちとなって和樹の視線から
逃れてしまう。
これというのも、夕食前に観てきた映画のせいであった。
その映画は、ある青年医師が主人公の物語であるのだが…内容は省略する。
「だってお前、泣いてばっかりだったじゃん。好きな男でっちあげられるお祭りの
シーンで泣くわ、無人島の館のシーンでも泣くわ…特にアイツが屋上で泣くトコ
なんかぐずぐず言いながら泣いてたくせにっ!」
「べっ、別にいいじゃないっ!泣くのがそんなに悪いっ!?」
「…ううん。ああゆうシーンで素直に泣ける瑞希って、オレは大好きだぜ?」
「あっ…すぐ、そんな風に言って…」
「大好きだから…映画観てるあいだ、ずうっと手ぇつないでたんだけどな…?」
すっ…
そう言うなり、和樹は布団の中で右手を這わせ…瑞希の左手を見つけ出して、
指を絡めるようにしてつながった。俗にいうエッチつなぎであるが、瑞希も驚いた
のは一瞬だけであり、しおらしく指を絡めてひとつになってくる。お互い、手の平が
孕んでいる熱に胸の高揚を抑えきれない。
「か、和樹…」
「瑞希…久々の二人きり、もっともっと楽しもうぜ?」
「あ、やっ…」
するっ…
瑞希のささやかな抵抗を聞き流し、和樹は左手の人差し指で彼女の裸身を覆って
いるバスタオルの合わせ目を解いた。エッチつなぎしていた右手も一旦離し、恋人の
身体を撫でるようにして彼女の背後へとバスタオルを追いやってしまう。
これで瑞希は布団の中で、一糸纏わぬ全裸体となった。ふくよかな乳房も、程良く
くびれたウエストも、充実したまろみを帯びているヒップも…なにもかも和樹が
すぐ触れられるようにされてしまう。
「う…か、かずき…」
「固くなるなよ…エッチはデートより慣れてるはずだろ…?」
「そうだけど…今日はずうっと、あんたと一緒にいたから…なんだかドキドキして…
ちょっと、照れくさい感じ…」
無防備を極めた格好の瑞希は、愛しい和樹の前でありながらも物怖じするかの
ようにその身を強張らせた。ついさっきまで固くつながっていた左手も、今は
恥じらいで股間を覆い隠している。
和樹の言うように、確かにここ最近はデートよりもセックスの回数の方が多い。
二人の同棲生活に降りかかった奇妙な事情もあり、ついつい毎晩のように身体を
重ねてきたことは紛れもない事実だ。
しかしそれは戯れ半分でのセックスであり…実際にここまで愛しさを募らせた
うえで身体を求め合うのは久しぶりであった。そのぶん、初々しいほどの恥じらいが
瑞希の内に湧き出てくるのである。
裸を見られているわけでもないのに、ただ同じ布団の中にいることだけでも
照れくさくてならない。すぐ側に和樹の息遣いを感じるだけで、なんだかのぼせて
しまいそうなくらいに頭がぼおっとしてきた。そのため呼吸も少しずつ高ぶり、
はふ、はふ、と小刻みに忙しなくなってゆく。
「…瑞希っ、もっとこっち来いよ。」
「あっ…ちょ、恥ずかしいよ…」
「もっと胸、くっつけろって…そうそう、すがりついて…ほら、ぴったり。」
「あん…かずき…」
突然背中を抱き寄せられ、瑞希は思わずかぶりを振ってむずがったのだが…
強引な力で抱き寄せられてしまうと、観念したかのようにうつむいてしまった。
そのまま二人の前髪が重なり、額がくっつく頃には…裸の胸どうしはぴったりと
密着してしまう。迫力すらある瑞希の乳房は二人の零距離で柔軟にたわみ、絶妙な
女性らしさを存分に醸し出して和樹の男心を挑発する。
ドキ、ドキ、ドキ、ドキ…
慣れ親しんだ瑞希の柔らかみではあるものの、和樹もやはり久々のデートを
済ませたために、胸は思春期のように高鳴ってくる。
愛しい恋人を抱きたい衝動は、彼を少しだけわがままにさせた。
「瑞希っ…」
「あっ…んんっ…」
ちゅっ…
背中を抱いていた右手でうつむいた顔を起こすと、和樹は自然な動作で瑞希の
唇を奪った。そのまま軽く小首を傾げるようにして、密着に角度を付けてゆく。
瑞々しい二人の唇がたわむと、その過敏な薄膜を介して愛しさが光の奔流で
あるかのように激しく行き交った。その思いがけない心地よさに、和樹も瑞希も
じっと目を伏せ、呼吸も止めて…無我夢中で悦に入る。
「んふぅ…んっ、んんんっ…」
感極まった瑞希がかわいい鼻息を漏らしたのは、二人の舌先が優しいスキンシップを
計ったときであった。