■SS投稿スレcheese3

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 真琴がこの世から居なくなって数ヶ月…。
 オレはその時出会った天野美汐と現在、付き合っていた。
 もしかしたら傷を舐め合っているだけなのかも知れない。
 辛い現実から逃げようとしているだけなのかも知れない。
 でも、オレ達はそれでも構わない。
 自分と同じ瞳を持った人間をどうして見捨てる事が出来ようか?
 どうしてお互い意識しないでいられようか?
 いつかは自分の力で歩き出せればそれでいい。
 それが何時になるかは解らないけど…。
 オレ達はオレ達のやり方で未来へ向かって歩き始める事しか出来ないのだ。
472:2001/04/09(月) 13:07
「…相沢さん?」
 そんな事をふと考えていたら、横から天野が不安そうな面持ちでオレに話し掛けて来て
いた。
 オレは極力冷静に無難な返事をする。
「ん? いやすまんすまん、ちょっと考え事していてな、いや、今日はいい天気だなーっ
て思って」
「そうですか…」
 そうして、再び沈黙に包まれるオレ達。
 そう。
 オレ達は付き合っていると言っても殆ど会話をしない。
 するのはベッドの上で行なわれる喘ぎ声による会話。
 お互いの傷を舐め合うように、オレ達は週に一回必ずホテルへ行って性行為を行なう事
にしていた。
 定められたスケジュールを守るように。ただ黙々とこなす仕事のように。
 本当はもっと会話を重ねて見たい。
 もっと普通のカップルのように笑い合いたい。
 けど、今のオレ達にとってそんな砕けた行為は禁じられた世界。
 天に向かって消えて行った『あいつ』に対して失礼に当たる行為。
 だけど…。
 だけどオレは…。
「お? 天野、あそこにゲームセンターがあるぞ。ちょっと入って見ないか?」
 だけどオレは抗う。
 真琴たちの残して行った『鎖』から解き放たれる為に必死に抗う。
 だってこのままでは駄目になってしまうから。
 こんなやり方では近い将来おかしくなってしまうのが目に見えているから。
「………」
 天野が軽蔑するような視線でオレを見つめる。
 だけどオレは構わない。オレは頑なに拒む天野を無視して強引にゲーセンへ引っ張り込
む。久しぶりに入ったゲーセンは相変わらず下世話な雰囲気を醸し出していた。
473:2001/04/09(月) 13:07
「…見損ないました」
 そして紡ぎ出される天野の軽蔑した声。
 疑念と裏切り、そして怒りと悲しみに包まれた声がオレの心に響いて来る。
「お? あの格ゲー、新しいのが出てたんだ。ちょっとやって行こうかな、天野はそこで
見ていてくれ」
 だが、オレはそんな天野の声を無視するように店内を物色する。
(…あ)
そしてオレは発見する。真琴との最後の思い出を残してくれたあの機械を。あの天邪鬼が
憧れてやまなかった光景を映し出してくれたあの機械を。 
「…よし。なあ天野、あのプリント機でちょっと記念写真でも撮っていかないか? せっ
かくここまで来たんだし…」
 そう言いながら天野の手を掴もうとした瞬間。
 バシッ!
 突如響き渡る肉を叩く音。それは拒絶の意志。オレの手を払いのけた天野による否定の
調べ。
 ダッ!
 そして駆けるように店内から出て行く天野。
 オレは周りの嘲笑する声を無視して、天野を追い掛ける。
 やはり無駄だったのか?
 オレのやろうとした事は間違った行為なのか?
 頭の中で巻き起こる様々な疑念が浮かんでは消えて行く。
 それはまるで不協和音のように、オレの心を不快な感情で埋め尽くして行く。
 一体オレ達はどうなってしまうのか? 何故こんな事になってしまったのか?
 夕日の光がオレの心情を描き出す様に長く真っ黒な影を照らし出していた。
474:2001/04/09(月) 13:08
 既に陽が暮れ、綺麗な満月がオレを照らしていた。
 あれから散々天野を探したのだが結局見付ける事は出来なかった。
 オレは公園のベンチに座り、とりあえず一息つく。
「ふう…」
 そして吐き出される溜息。今日一日の疲れを象徴する小さな声。
 ふと空を見上げれば様々な事がオレの頭の中に現れては消えて行く。
 真琴との出会い。まだ元気だった頃のあいつと戯れた日々。そしてその悲しい最後。
 天野がその事を知った時の表情をオレは忘れる事が出来ない。
 まるで魂の抜けたがらんどうの人形のような顔でオレの話に耳を傾けていた天野。
 結末が解っていたはずの天野。
 だがオレの語った内容は天野の古傷を再び浮かび上がらせるのに十分な威力を秘めていた。
 そしてその日から始まった天野との爛れた日々。
「天野…」
 そしてオレはあいつの名を呟いて見る。
 だが、その響きに感情の揺らめきはない。
 ただ、耳に聞こえるだけ。空しい呟き。心の篭らない言葉。
 こんな事になるのならあいつの最後を天野に語るべきじゃなかった。上手くぼやかした言い方をして、あいつの古傷を浮かび上がらせるべきではなかった。
 でも、今となっては後の祭り。
 噂によると天野はクラス内で更に孤立し、あろう事かオレとの関係を噂され、日々荒んだ心で学校生活を続けているという。
 あいつは一体どうなってしまうんだ?
 友達もなく、ただ過去の傷を背負いながら黙々と生き続ける天野。
 オレとの肉体関係を結ぶ事でその壊れそうな心を何とか維持している天野。
 そりゃ、オレだってきつい。真琴を失った悲しみが完全に癒えた訳ではない。
 だが、あいつのやり方は結果的に自分の心を追い詰めていると言う事に何故、気付かないのか?
 何故、気付こうとしないのか?
 あいつが、いや、オレ達が笑い合える日は本当に来るのか?
 オレにはまるで見当も付かなかった。
475:2001/04/09(月) 13:09
「相沢さん…」
 その時。オレの耳にあいつの声が響く。
 それは空虚な響き。機械のように感情の篭っていない声。
 ふと、見上げれば。
 目の前には天野がオレを見定めるような視線で突っ立っていた。
 とりあえずオレは天野に話し掛ける。
「天野…。探したんだぞオレ…。でも無事で良かったな」
 そして紡ぎ出される欺瞞の声。その場で塗り固めた嘘の言葉。
 本当は天野の事など大して心配していない。
 かりそめの関係。心の通い合ってない恋人同士。
 オレはその偽りの言葉に心の中で反吐を吐き出しながら天野を見据える。
「…今日は」
 そんなオレの心情を知ってか知らずか、天野がボソボソとオレに向かって話し掛けて来る。
「今日はいつものホテルへ行く日です。さっきはとんだハプニングではぐれてしまいましたが、まだ時間も有ります。さあ、行きましょう」
 そう口にしながらオレの手を掴み強引に立ち上がらそうとする天野。
 その様はまるでヤク中の患者をオレの中に連想させる。
 爛れ切った精神。歪んだ心。オレはそんな天野の心情を想像して吐き気をもよおす。
 駄目だ。これ以上こいつに関わってしまっては駄目だ。
 これ以上はオレ自身もおかしくなってしまいそうだった。後ろ向きな思考。前を見つめない荒み切った瞳。
 オレはそう即座に理解し、天野の手を振り解く。
 突然の行動に虚をつかれ、唖然とする天野。
 その瞳は漆黒の闇を彷彿させる程に暗く濁り切っていた。
476:2001/04/09(月) 13:16
「…どうしたんですか相沢さん? さあ、早く行かなくては…。明日の学校に差し支えて
しまいます」
 そんなオレの心を汲む事なくいけしゃあしゃと語る天野。オレはそんな天野を無視して
一人歩き出す。
 これ以上コイツに関わる訳にはいかない。
 このままではオレの方の精神がもたない。オレとて真琴を失ったショックからまだ立ち
直ったとは言えないのだ。
 だから…。だから笑いたかった。
 例えかりそめだとしても笑みを浮かべて見たかった。
 そうすればアイツの事を忘れる事が出来るから。アイツを失った悲しさを癒す事が出来
るから。
 だが、天野はそんな事を理解しようともしない。
 こいつのやっている事はただ酔っ払ってるだけ。悲劇と言う名の水辺で一人たそがれて
るだけ。
 そんな事には付き合ってはいられない。
 だからオレは天野の元から去る。本当にやらなければいけない事が他にあるからだ。
「相沢さん!」
 そんなオレの行動を見てヒステリックに声を荒げる天野。
 あの無愛想で無口な天野が見せる意外な行動。恐らく両親以外に見せたのはオレが初め
てだろう。
 オレはそんな天野に答えるべく一応振り向いて見る。そこには。涙を浮かべながらまる
で迷子の子犬のような表情を見せる天野の姿があった。
477:2001/04/09(月) 13:17
「どしたんだよ、天野…? 何、泣いてるんだ」
 オレは意地悪く天野にそう問い掛けて見る。
 その言葉を受け、天野はささやかな怒りの顔を浮かべる。それはまるで追い詰められた
人間が見せるヒステリックな表情。初めてオレに見せる剥き出しの敵意。
「相沢さん…今日はどうしてしまったのですか? 私をあんな所へ連れ込んで…。そして
今度は私を無視するような行動を…。私が一体何をしたって言うんですか? 教えて下さ
い、相沢さん…」
 そう言葉を押さえながらも身体が震えているのが解る。
 恐らく自分の感情を押さえるのに必死なんだろう。
(…に、してもだ)
 オレはそんな天野の心の動きを何となく感心しながら見つめていた。荒みきり、既にが
らんどうになったと思われた天野がこれほどまでの怒りの表情を見せるとは…。
 別に天野の心は失われた訳ではなかったと言う事か?
 人間らしい心が残っていたと言う事か?
(…そうだ)
 そしてオレの頭に浮かぶ更なるアイデア。この爛れた状況を一気に吹き飛ばす禁断の賭
け。
 上手く行くかどうかは判らない。だが、やってみる価値はあった。
 オレはそう判断し、思い付くままに天野に語り掛ける。
478:2001/04/09(月) 13:18
「…どうしたって? 天野、そんな事を聞きたいのか?」
 オレがそう言うと天野が静かに頷く。目に溜まった涙を溢しながら。唇をわなわなと振
るわせながら。
「そんな事決まってるだろ。飽きたんだよ、お前の身体に。その貧相な身体に。大体身体
を売ろうなんて十年早いんだよな。どうせ男にもてないからって適当な口実をつけてオレ
に近付いて来たって言うのが真相じゃないのか? 狐がどうこう言う話も嘘八百。適当に
悲劇ぶってたらモテるとでも思ったんだろう? まあ、お前暗いもんな。それくらいの演
技をしなけりゃ男も寄って来ないって訳か? ハハ、オレもまんまと騙されたよ。ただの
淫乱症だったんだな天野は…」
 そこまで言い終えた瞬間。
 バシッ!!
 オレの頬に強烈な痛みが走る。
 そんな呆けた表情を浮かべるオレの前に。天野が鬼のような形相を浮かべながらオレを
睨み付けていた。
 そして瞳から零れ落ちる涙。悔しみと怒りを織り交ぜた血の涙。
 ザッ!
 次の瞬間。大地を踏み付ける激しい音と共に天野が無言のまま、オレなの前から立ち去
って行く。
 恐らく天野がオレの前に現れる事は二度とないだろう。
(…これで良かったんだ…。これで…)
 そしてオレは心の中でそう呟く。
 あれだけの怒りの表情を見せた天野。きっとこれからはオレ無しでも立派に生きていけ
るだろう。
 オレは天野の後ろ姿を見ながら、そう願う事しか出来なかった…。
479:2001/04/09(月) 13:18
 翌日。
 オレは息を切らせながら学校の廊下を疾走していた。
 血の気の引いた表情を浮かべながら。混濁した意識に蝕まれながら。
 今日の朝、突然行なわれた全校集会。その場でオレは信じられない事を耳にする。
 天野が…。あの天野が…。
 『自殺』した…!?
 ガラッ!
 次の瞬間、オレは天野の在籍していたクラスのドアを思い切り開く。
 だが、そこには色取りどりの花が。あいつの死を象徴する花瓶が机の上に置かれていた。
 そしてそんな天野の死を悲しむ事なく、笑い合うクラスメート達。
 まるで最初から居なかったように。まるで死んだ事を楽しむようにいつもと変わらない
であろう喧騒に包まれた教室。
 オレはその光景を見て急速に心が失われて行くのを感じる。
 心臓を鷲掴みにされて見知らぬ何処かへ引っ張られて行く感触。目も眩むばかりの宙空
から投げ落とされる感触。
「…くッ!」
 そしてオレはまた走り出す。
 現実から逃避するように。自分という存在を包み込むこの世界から脱出する為に。
 だが、それは叶わぬ夢。
 ふと気付くと。
 オレは屋上で大の字になりながら空に漂う雲を見つめていた。授業開始のチャイムが鳴
ったが今のオレにはどうでもいい事だった。
480:2001/04/09(月) 13:20
 オレは間違っていたのか?
 凍て付くような風を感じながらオレはそう一人呟く。
 悲劇という海の中でただ酔っ払っていたように見えた天野。
 だがそれはオレのとんだ勘違いだった。
 あいつは本当に追い詰められていたのだ。その心が潰されない様に。その繊細な感情が
傷付かないように必死に抗っていた天野。
 だが、オレはその悲痛な心情を理解する事なく、あいつに止めを刺してしまった。
 自分の負った傷を理解してくれるはずのオレから吐き出された昨日の暴言。
 それはあいつにどんな感情を巻き起こしたのだろうか? どんな地獄を見せ付けてしま
ったのだろうか?
 それはもう今となっては解らない。
 だってあいつはいないのだから。天野は…真琴達と同じ世界に旅立ってしまったのだか
ら。
 己の心から巨大な念が浮かび上がって来る。それは後悔の念。二度と取り戻せない失意
の感情。
 その感情は嵐を巻き起こしオレを、いやオレの心を砕くように荒く激しく暴れ狂う。
 だが、今のオレに抗う術はない。
 オレの心はその嵐に飲み込まれ見た事のない世界へオレを誘う。
 一体オレはどうなってしまうのか? そしてどんな結末へ導くのか?
 今のオレにはまるで解らない事だった。
481:2001/04/09(月) 13:23
 あれから数週間が過ぎた。
 名雪や秋子さんもオレの心情を察する様に優しい言葉をオレに投げ掛けてくれる。
 だが、オレの心が癒される事はない。
 いや、それどころかオレの身体は自分でも予想もつかなかった危険な領域にオレを誘う。
 それは徐々に頭の中を蝕んで行く爛れた欲求。
 天野を失った事によって訪れた狂気の世界。
「うう…」
「祐一、どうしたの? 顔色が悪いよ」
 休み時間。
 オレが脂汗を浮かべながら、そんな『ある事』をこらえていると、背後から名雪がオレ
の肩に手を置きながらそう心配げに語り掛けてくれる。
 だが、そんな名雪の思惑を無視するように、オレの興味は別の事に集中する。
 名雪の触れる手の平の柔らかく温かい感触。
 綺麗に整えられたロングの髪の毛から漂うシャンプーの香り。
482:2001/04/09(月) 13:24
「い…。いや、何でもない。ちょっと寝不足なだけだ」
「そう…? ならいいんだけど…」
 そう言いながらオレの肩から手を離す名雪。
 オレはそんな名雪に内心ホッとしながらも、とてつもない憤りを同時に感じ取る。
 それはオレの中に吹き荒れる暴発する性欲。
 本当は違う。本当は肩に触れた名雪の手を掴み取り自分の思うがままに玩びたい。
 獣のように名雪を貪り尽くし、その身体の隅々までを征服し尽くしたい。
 だが、そんな事をする訳にはいかない。
 そう、今のオレは狂っていた。
 思い出されるは天野の小さくも慎ましやかな胸。まだ完全に毛が生え揃ってはいない恥
丘。激しい獣欲を高ぶらせる艶やかな表情。
 そしてオレは気付く。
 天野の存在を。あいつが同じ傷を舐め合う事が出来る唯一の人間だったいう事実を。
 そう。オレも何時の間にか癒されていたのだ。あいつとの交わりがオレにとってここま
で重要なウェイトを占めていた事にオレは今更気付かされる。
 あいつは間違っていなかったのだ。
 おかしくなっていたのはオレ。自分の心に過信したオレ。
 本当に笑い合える日が来るまでオレはあいつと共に過ごすべきだったのだ。
 そんな簡単な事に気付かずにそんな関係を自らの手で破壊してしまったオレ。あろう事
かこの世から引導を渡してしまったオレ。
「ぐ…。うう…」
 そしてオレは涙を流す。
 激しい後悔の念。とてつもない寂しさに追い詰められたオレの心が救いの手を求める為
に流す血の雫。
 だがオレを救える人間などもういないのだ。もう誰も。
483:2001/04/09(月) 13:24
 数日後の夕刻、オレはあの丘へ来ていた。
 真琴と最後の別れを交わした丘。
 今日と言う日の終わりを告げるオレンジ色の光がオレの姿を包み込む。あの時もそうだ
った。あの時もオレ達はあの巨大な夕焼けに身を焦がしながら最後の戯れを楽しんでいた。
 そして力尽きこの世から霧散する真琴。
 オレはその光景を頭に浮かべながら激しい胸の痛みに翻弄される。
 けど構わない。
 その程度の罰は受けて然るべき存在なのだから。オレはもうこの世にはいられないのだ
から。
 例の狂った欲望は日を増す事に悪化し、オレの心を確実に蝕んでいく。
 最近では特に家の中が一番危険だった。
 名雪と秋子さんの姿を見るたびに暴発しそうになる禍禍しい性欲。
 二人に襲い掛かりその猛々しい肉棒を取りだし犯し尽くしたいという欲求。
 昨日はその一歩手前まで暴発してしまい、オレは激しい失意とそれを上回る後悔の念に
押し潰された。
 そう。オレはもうあの家には居られない。それがオレの下した結論だった。
 いや、既に『人間』を維持出来ない程にオレの心は淀み、荒み切っていた。
 ならここで終わりにしよう。
 オレはそう心に誓いながらポケットからナイフを取り出す。
 これであの二人のところに行ける。もう一度笑い合える。
484:2001/04/09(月) 13:25
「フフ…」
 そしてオレの口から零れ出す笑み。オレはそんな自分の笑みに新鮮な喜びと驚きを感じ
ながら己の手首に刃先を向け一気に振り下ろす。
 ブシュウッ!!
 そんな音と共にオレの手首から溢れ出る鮮血。オレを幸せな世界へ誘ってくれる真紅の
道標。
 これでもう苦しむ事はない。これでもう悩む事はない。
 意識が急速に朦朧とし、糸の切れた人形のように崩れ落ちるオレの身体。
 そしてそんなオレの前に現れる天野の幻。オレを迎えに来てくれる救いの天使。
 オレは喜びいさみながらあいつの元へ駆け寄る。
 だが。
 そんなオレの意志を嘲笑うように天野が意外な行動をオレに差し向ける。
 オレを押し戻す様に。オレを現世へ叩き落す様に天野が必死の抵抗を見せる。
「天野…お前!?」
 そう心の底から戦慄し、気を抜いた瞬間。天野が一気にオレを現世の階段へ転がり落と
す。
 唇の端を歪めながら。この世のものとも思えない邪悪な笑みを浮かべながら。
 そしてオレは理解する。
 天野はオレの事を許してなどいないと言う事を。
 オレの苦しみのたうつ様をもっと見ていたいのだと言う事を。
 そう、これは復讐。引導を渡してしまったオレに対する永遠の呪い。
 オレはそう理解しながらそのまま意識を失う。天野に抗う術はもう残されていなかった。
485:2001/04/09(月) 13:25
 ふと気がついた時。目の前には見知らぬ天井が広がっていた。
 白に覆われた世界。鼻を突く薬物の匂い。
 だが、今のオレにとってそんな事はどうでも良い事だった。
 身体が疼く。蓄積された欲求が爆発する。
 そしてオレは己の肉棒を取りだし、ただひたすらに擦り続ける。痺れるような快感。現
実から遊離する至福の空間。
 そんな中、廊下の向こう側から足音が聞こえて来る。
「…祐一、大丈夫かなあ? お母さん」
「安心して名雪。祐一さんならきっと大丈夫よ」
 何事か声が聞こえるが今のオレにはさしたる興味はなかった。
 今のオレはただこの悦楽の世界に身を委ねるしか出来ないのだから。天野の幻影を追い
掛ける事しか出来ないのだから。
「うッ!」
 ビュッ! ビュッビュッビューーーッ!
 そして解き放たれる大量の白濁液。その瞬間開かれるドア。
 オレはその身を唸らせる激しい快感に打ち震えながらその光景を見守る。『鎖』から解
き放たれ会心の笑みを浮かべる己の姿に酔いしれる。
「キャ…。キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
 そして部屋の中に響く誰かの叫び声。
 だが、今のオレにとってそんな事象はどうでもいい事だった。
 だって笑顔を取り戻せたのだから。オレ自身を縛り付ける『鎖』から解放されたのだか
ら。
 窓の向こうに映える巨大な夕焼け雲がそんなオレを祝福するように漂っていた。